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39 刑法第三十九条

39-刑法第三十九条- [DVD]


監督 森田芳光
脚本 大森寿美男
原作 永井泰宇『39 刑法第三十九条』


 「小川香深、あなたの登場は予定外でした
 「予定外の共犯者でした

 出演者全員ボソボソしゃべりすぎ。


 タイトル直球な映画。
 刑法第39条
1.心神喪失者の行為は、罰しない。
2.心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。


 ある日、小学1年生の少女がいたずら目的で連れさられ殺される。犯人は15歳の少年で39条によって罪は問われなかった(ツッコミを入れると少年法が適用されると思う)。第一発見者でもあった兄の主人公は復讐を計画し、戸籍を変え別人になりすましてかつての犯人を殺す。逮捕された主人公は2重人格を装うが、彼を精神鑑定した小川香深は彼に殺意がないことから詐病ではないかと疑う。

 この主人公は無罪判決(正確には精神保健福祉法29条に基いて措置入院の手続きがされる)が出た瞬間に真実を告げる予定だったのではないかと思う。無罪になった精神異常者を精神異常者を装って殺して無罪になる。この皮肉を以って司法を殺す。


 狂人ゆえに無罪、というのは慣習的に世界的にも認められることのようです。なんで無罪になるのかと言えば、色々あるようなんですが、人間を自由意志を持った存在と定義した場合、その意思で殺意を持って他者を殺すことは悪であり罪と言える。禁忌を知りながらなお禁忌を犯すのだから。ところが(自由)意思がない人間が人に害をなしても極論すれば人形が人を殺すようなもので罪に問うこと自体意味がなくなる(罰を与えても罰と認識しない)とかなんとか読んだような覚えがあるんですが、よう知りません。たぶん昔からの慣例が残ってるんだと思います。精神異常者はその奇矯な行動から神がかり行者、狐憑きなどのように一種人ならざる者と見なされ扱われていたんだけど、都市化に伴ってそういう人が大量に寄り集まっちゃって病院に拘束するようになって、病名つけて今に至ってるんだと思ってます。ヨーロッパでは昔見世物として料金取ってましたからね。つまり、精神異常者を「精神異常者」として認知し扱っているのもまた現代ならではのこと。異常者が殺人を犯す確率(殺人を犯せる環境)も現代の方が整っているだろうし。現代的な疑問と言えば疑問かもしれません。
 実際的な話をすれば、犯罪者=全員死刑であればシンプルですが現実にはそんなことはできないしすべきでもない。刑罰を課す考え方として、大きく2つある。一つは応報刑、もう一つは教育刑。前者はやった事実に対して一律に罰を与える。後者は社会復帰を前提にした更生するための期間として罰を与える。例えば少年法の前提にあるのは、子どもは環境の影響によって変わる可能性があるので、彼らが犯罪を犯すのは社会の責任でもあり、また更生させることができると考えるから。犯罪者を社会復帰させるため、というのが教育刑。この2つが実際の司法にどの程度の按分で考慮されているのかは知りませんが、教育刑の立場をとれば、精神異常者を牢獄に入れても何の改善もしない。入院させて適切な治療を受けさせるのが筋と考えられる。異常犯罪者全員が死刑になるほどの犯罪犯すわけじゃないからね。
 本作のように極端なケースを用いれば確かに歪みや疑問はクローズアップされるけど、実際のケースは軽いものから重いものまであって(実数で言えば軽犯罪の方が多い)、その全てに一律的に応報刑を適用することが社会にとって利益となるか?というと話は変わってくる。極論を用いるのは論点整理や思考実験には向くかもしれないけど、実用的であるかは別。
 さらに言えば罪を犯した人に「犯罪者はゴミ、死ね」っていう国と、「はーつっかえ。でもワンチャンやるから今度はしくじるなよ」という国とどっちが良い国かってことでもあるね。厳正に完璧に人を裁けるなら前者でも良いと思うけど、痴漢冤罪に見る日本司法のクソさを考えれば前者寄りにするのは諸刃の剣。厳罰化するということは司法に生殺与奪権を握らせることであり、ではその司法が適切に運用されているかはこれまた別の話。


 余談が過ぎたけど、本当に完全完璧な狂人がいて、その人が犯罪を犯した場合罪に問えるのか?というと議論の余地はある。しかし多くの人が疑問に思うのは「本当に異常なの?」ということ。
 タイトル忘れちゃったんですが、実際に精神鑑定した人の本の中で「異常な殺人とは?」という疑問がありました。殺人自体が異常なのに、異常な殺人を線引きできるのかと(補足すると著者は異常者など存在しないと言っているわけではない。自己の認識すらできているか怪しい人も存在する)。異常を判断するのは鑑定人と裁判官。この人達にその判断力あるの?って。同じような事件で同じような症状なのに片や実刑、片や措置入院。この差は何なのか。個人的にはガチャだと思ってます。精神異常認定ガチャ。運良く引ければ異常って診断してもらえる。結局人が人を裁くってそういうことだと思いますね。
 死刑を廃止する理由の一つに冤罪があげられるのも、人が人を裁く以上冤罪の可能性がなくならないのなら『疑わしきは被告人の利益に』という原則が適用されるべきではないのか、ということでもありますね。ちなみにアメリカでは死刑囚は裁判手続きや施設設備など色々面倒で金がかかるので死刑にするより生かしておいた方がコストがかからないって理由もあるようです。昔「命なんて安いものだ」と言ったアニメの主人公がいますが、どうやら現実は普通の囚人の方が死刑囚より安いようです。

 ま、事実があったとしてもそこに人が関与すればそれは解釈になるってことっすね。
 私自身は39条廃止しようが、死刑廃止しようがどっちでもいいと思ってます。そういうルールでやるっていうのならそれはそれで。結局は人が決めて運用してるだけですからね。決め方の問題。それで不都合があったらまた直せばいいんじゃないですか。正常と異常、常識と非常識なんて人が決めてるんですから。


[ 2017年07月17日 22:18 ] カテゴリ:映画の感想 | TB(0) | CM(-)
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