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ミットフォード家の娘たち(メアリー・S・ラベル)

ミットフォード家の娘たち―英国貴族美しき六姉妹の物語

○ミットフォード家の娘たち メアリー・S・ラベル 翻訳:栗野真紀子・大城光子 講談社


 「まあ、なんだってうちの娘たちは、みんな独裁者に参ってしまうのかしら?


 イギリスの貴族ミットフォード家、その姉妹の伝記。
 よくもまあ、こんなお転婆たちを世に送り出したものだと感心を通り越して呆れる。登場人物もイギリス首相チャーチル、ドイツ総統ヒトラー、アメリカのケネディ家とそうそうたる顔ぶれ。ミットフォード家はそれほど裕福な貴族ではなく下級に位置していましたが、幸か不幸か才能に恵まれ、政治にも強い関心を抱いた娘たちは山あり谷ありの人生をそれぞれ歩みます。それは喜劇と悲劇に彩られた壮大で、しかしとても小さな物語。

 現代人から見て100年前の貴族の暮らしはそれ自体ファンタジー。そもそも貴族に対するイメージが金を持っているニート、毎日派手なパーティしているお坊ちゃん、お嬢ちゃんみたいな貧相なイメージだったんですが本書を読むと印象がだいぶ変わりました。
 ミットフォード家は先に書いたように下級貴族で金銭的にはあまり裕福ではありません(といっても使用人を何人も雇うだけの財力はある)。相続した城みたいな家に住むことになっても維持費が足りず妻のシドニーは生活の足しにと鶏を500羽飼って卵を売っていた、ナプキンを節約していたという微妙にしみったれたエピソードがあったり、夫のデイビッドは一山当てようと金鉱やビジネスに手を出すなど山師のような金策ぶりが垣間見えます。
 しかし改めて気づくのは貴族は知識階級でもあること。当時貴族は家庭教師を雇うのが普通でミットフォード家はバイリンガルでした。教育水準も高く学校でも平均以上の成績。また、一口に使用人を雇うといっても炊事洗濯、乳母、家庭教師、飼育係など多様な人々を雇っていたので経営力も問われる。デイビッドはその才能に欠けていたようですが幸いシドニーには才能があり裕福ではないが貴族としてやってけるだけの生活はしていたようです。その才能は娘たちにも受け継がれ独立した地位と名誉を獲得していきます。
 もちろん貴族ならではの華々しい社交界は健在で、社交界デビューした娘が1年間に使う交際費は一般労働者の年収以上という話はイメージどおりでもあり、また下級貴族にとってはその経済的負担がバカにならなかったことも見逃せない点です。一般人から見れば贅沢だけど、本物の金持ちかと言えばそうでもない、手の届かない生活でありながら親しみが持てる、そんな絶妙さがミットフォード家にはあります。

 田舎暮らし、都会暮らし、社交界と目まぐるしく変わる序盤のエピソードは騒がしくも牧歌的で幸福的な印象を抱かせる魅力的な導入で、後述するシドニーの回想を裏付けています。姉妹が独立する中盤からの怒涛の、というかしっちゃかめっちゃかな方向にそれぞれ進む様子は一言でいうなら家庭内第二次世界大戦。ナチスドイツに傾倒してついにはヒトラーと親友になる者、ファシズム、共産主義に走る者まで出て姉妹関係にも亀裂が入る。さらには結婚、出産、浮気、離婚のオンパレード。比較的まともなのが次女パムと末っ子のデボくらいでまともすぎて影が薄い始末。この辺は彼女たちのプロフィールを紹介した方が早いでしょう。


・長女ナンシー
 頭が切れ、ウィットに富む毒舌家。若くして文才を発揮、1945年『愛の奇跡』で一躍ベストセラー作家に。その後も貴族をネタにした『貴族の義務』など世界的ベストセラーを生み出す。恋愛には恵まれず最初の結婚は破綻。その後、フランス大統領シャルル・ド・ゴールの右腕、ガストン・パレフスキー大佐と出会い、恋に落ちるが片思いに終わる。

・次女パメラ(パム)
 田舎をこよなく愛し、姉妹一女らしい性格から「ウーマン」と呼ばれた。結婚相手のデレクは文武両道の秀才で戦争でも英雄的活躍を見せるが、奔放であったため他の女性に惹かれ離婚。しかしその後も彼とは良き友人関係を続けた。物静かな性格で特に問題を起こさなかったためか本書でも影は薄い。73歳の時にテレビ出演した際には堂々たる存在感を放ち他の姉妹を食ったというエピソードが残っている。

・三女ダイアナ
 「美の女神」と呼ばれるほどの美貌で、18歳で大富豪の息子と結婚するが、その後、イギリス・ファシスト党党首オズワルド・モーズリーと不倫関係に。後に結婚。夫の活動を助けるためヒトラーとも接触を図るが1940年にはモーズリー同様、危険人物とみなされ3年半の間投獄される。戦後も夫を支え続けた。自伝を出版。ナンシーやデッカには及ばないものの一定の評価を得た。

・四女ユニティ
 19歳のとき、イギリス・ファシスト党に入党。熱烈なヒトラー信奉者となり、翌年、遊学中にヒトラーに接近。やがてヒトラーの「恋人」と噂されるようになる。1939年ドイツとイギリスとの開戦の日、ピストル自殺を図る。一命を取り留めるが後遺症が残り33歳でこの世を去る。

・五女ジェシカ(デッカ)
 19歳のとき、チャーチルの甥でコミュニストのエズモンド・ロミリーと駆け落ちし、内戦中のスペインへ。その後アメリカに渡る。エズモンドの戦死後再婚。アメリカでの公民権運動の先駆け的活動を展開。しかし共産主義者だったためアカ狩りの対象となる。ソビエトの内情が明るみに出るにつれて離党。自らの半生を描いた『ホンズと反逆者たち』はベストセラーとなる。その後も葬儀会社を題材にした『アメリカ式死に方』などジャーナリストとして活躍。生来のはねっ返りが災いして姉妹の中で孤立しがち。

・六女デボラ(デボ)
 デボンシャー公爵夫人。戦後80%もの相続税を課されほとんどの資産を手放すことになるが、夫とともにチャッツワースの邸宅(戦時中接収され寄宿学校として使われた)を一般公開し収益性の高いビジネスへと育て上げた。シドニーの死後は姉妹間を繋ぐ中心的役割を担う。2014年死去。享年94歳。


 面白かったのはユニティとヒトラーの関係。ふたりの関係はプラトニックな関係だったようで、ヒトラーも彼女との会話を純粋に楽しんでいたようです。ユニティが自殺を図ったときには大きなショックを受け、自費で面倒を見たりと、ユニティにとっての足長おじさん的な姿が描かれています。歴史的人物のこうした側面が見えてくるのも本書の魅力。

 この伝記に登場する姉妹たちは確かに時の政治家や指導者たちと浅からぬ関係を持ちますが、だからといって決して歴史を変えるほどの行動を起こしたわけではありません。個人的な人間関係に留まっており、(読んだ限りでは)歴史的に見て彼女たちが残した功績は大きいとは言えないでしょう。しかしだからこそ彼女たちの姿をとおしてあの当時の風習、世界情勢、暮らしぶりが見えてもくる。世界情勢は彼女たちの関係すらも変えてしまう。あるいは彼女たちのあり余る強烈な個性がそうさせたのかもしれません。正直読んでいてこいつら人間臭いな、歳とっても子どもみたいな意地ばかり張って、と半ば呆れてしまうくらいに彼女たちの姿は生々しい。
 そんな個性派揃いの姉妹の軌跡を追う本書はややもするととっちらかった印象もありますが、それでも姉妹が姉妹として纏まったイメージを持てるのはひとえに母シドニーの存在が大きい。よくもまあ、あれだけのお転婆たちを見放さず、最後まで見守り続けたものだと感心します。彼女の娘たちへの愛情は本書を一つの物語に纏め上げている。彼女が晩年残した次の言葉が心地よい余韻を残してくれる。

 「このごろよく、みんなが若く、デイビッドと自分がいつも子供たちに囲まれていた幸福な日々を思い出します。戦争前に、あのような完璧に幸せな数年間を過ごせたことは幸運でした。そのころのことを振り返ると、なぜかいつも夏だったような気がするのよ。不思議でしょう?


 世間を賑わせたミットフォード姉妹とそれを見守った母の赤裸々な、しかしユーモラスな生き方。それは100年前から現代へと続くファンタジーでありリアルな物語。


[ 2017年06月14日 00:51 ] カテゴリ:本の感想 | TB(0) | CM(-)
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