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第17話「最後の実験!変身できないキュアホイップ!」

○今週の出来事
①最終実験

 毎回頭をぶつけすぎて健忘症にならないか心配のいちか。今週は彼女のお話。
 お菓子とともに手紙をしたためる母上。


 学校に来たペコリンはひまりとあおいを呼び出すとゆかりが招集をかけていると伝えます。生憎いちかは別行動。

 珍しく高いところにいないリオ。前回のゆかりとのやり取りで最早正体バレは確定。最後にして最高の実験を企むリオはいちかのもとへ……行ったら何かテンション高めで悩んでいる彼女を発見。いつも使っている小麦粉と新製品で迷っているらしい。使ってみなきゃわからないんじゃない?と答えると両方買うことに。話が早い。その後も卵、バターと悩みながらも買っていきます。普段ひまりが仕入れしているから食材で悩むことは少ないのかもしれない。それはそれとして、この子達小遣い食材費で消えていきそう。売上で十分すぎるほどペイしているとは思いますが。
 いちかが作ろうとしているのはクッキー。海外にいる母から手作りスイーツが届くのでお返しに作ると声が弾みます。まだ届いてもないのに気が早いとリオが返しても嬉しそうな笑顔を返します。母親エピソードは1話以来ですが、今回も再会するわけではないので引き続き保留。といっても実際に会って何するかと言えばやっぱり一緒にお菓子を作るって話になりそうなので、その頃に物語はどう展開しているのか。
 そろそろ荷物が届く時間。チャンス、とばかりに怪しい視線を向けるリオ。手を差し出すと家まで送ると申し出ます。おいテメー、何ナチュラルにお買い物デート&家に上がり込もうとしてんだよ。

 その頃キラパティではいちかを除いたメンバーが集合。ゆかりは口を開きます。


 家は父不在。親がいない家で女の子とふたりきり。これは間違いなくイベントが起こる。
 冷蔵庫に母親の写真が貼られています。改めて状況説明。いちかの母は医者で国境なき医師団的に世界各地を回っている。生返事をするリオ。何か地雷案件らしい。ちょうど宅配便が来ます。
 中身はマドレーヌ。一緒に食べる?といちか。プライベートなお菓子を一緒に食べるこの状況。イベントが起こらないはずがない。大人の階段登れるかもしれない。って男の子なら妄想します。いちかの純真さが眩しい。躊躇いがちにマドレーヌを受け取るリオ。やはり何か引っかかっているらしい。それに気づかずいちかはマドレーヌを一口。おいひ~!と味わいます。リオは口にせずいちかのキラキラルを観察。普段のいちかならリオの態度に気づけたのかもしれませんが、人参をぶらさげられた馬状態なのでそこまで気が回りません。
 箱の中にはお菓子だけでなく母からの手紙も。まだまだ忙しいようですが日本に立ち寄る機会があると知って大喜びのいちか。純真で無垢で底抜けな彼女の姿にリオの記憶が蘇ります。例によってトラウマ持ちのキャラでしょうか。浄化してみたら妖精に戻ったとか安直な展開ではなさそうです。
 「なんで喜んでいるの?」
 疑問を投げかけるリオ。お母さんは外で好きなことをしてるだけだよね? 勝手じゃない? 直球。そんなこと(ない)…と言い返そうとするいちかの声を遮って「放っておかれて寂しくないの?」と畳み掛けます。彼の闇も類似案件なのかもしれません。身近な人が自分よりもスイーツを選んだ的な。お母さんは困っている人達のために頑張っている。お母さんだからできる仕事と前向きに解釈するいちか。夫婦共働きが当たり前になっている現代の家族では、孤立している子どもというポジションは珍しくありません。ここをどうフォローするかは子ども向けアニメの一つの課題でしょう。といってもどうなんでしょうね。いや、私は母が専業主婦でしたが、仮に共働きでいわゆる鍵っ子だったとしても、それはそういうものとして自然に受け入れる(特に愛情に飢えるとか不安感は覚えない)ものなんじゃないかとも思いますが。個人の性格にもよるけど。リオの場合は少しこじれたイベントがあったようですが。
 自分の言葉に頷いたいちかは「かっこいいなと思う」と言います。お母さんは自分のことを思っていてくれる。なぜならこのマドレーヌはこんなにも美味しいから。
 「おかしいよ…なんでそんなふうに思えるの?
 新たに湧いた疑問をそのままぶつけるリオ。今の彼は仮面を付けていない。酷いことされているのは君の方だろ? 彼としては彼女の立場を汲んで代弁しているという気持ちがあるのかもしれません。自分と似た境遇。なのにどうしてそう都合よく考えられるのか。何故怒らない? ひまりもあおいもあきらさんもゆかりさんも君たちはどうかしている。思い返せば彼女達の境遇は少なからずネガティブな要素を含んでいます。非力で虐げられたこと、家の中で孤立していること、ままならぬ生活を余儀なくされている家族がいること、自由ゆえの不自由さ、それらがマイナス方向に動いてもおかしくないのに彼女達はそれを苦にしないどころか上手く折り合いをつけてポジティブに生きている。怒りの炎を燃やすリオには奇異に映ります。
 スイーツなんかで何がわかる。スイーツで人の気持ちがわかるとか意味わかんねーよ。何このアニメ? 人の意思を増幅して物理現象に変えるとかサイコフレームかよ、オカルトかよ。ネオンみたいに光りやがって。スイーツがすべてを歪めている。手に持ったマドレーヌを灰色に変えます。
 「いちか…俺はね……スイーツが、大っ嫌いなんだよ
 イベント発生。


②素朴な気持ちは消えない
 ゆかり達がいちかの家を訪問。ドアを叩くといちかが迎えます。ゆかりから聞いた事実を伝えようと焦るあおい達。しかしいちかは不自然なほど冷静に言葉を返します。「スイーツって何それ」。反応がおかしい。キラキラルがない!とペコリンが気づきます。死んだ魚のような目のいちか。
 高笑いが家の上から聞こえてきます。いつものリオ君。お前ほんとに高いところ好きだよな。彼が持った獲物にはキラキラルが。ゆかりの反応を見たリオは前回のお返しができたと満足げに笑います。ついに牙を剥くイケメン転校生。いちかのキラキラルを使って作られるのは黒いキャンディロッド。

 変身して挑むプリキュア。ジュリオはホイップのコピー技を繰り出してきます。お約束な展開だけど熱い。人のキラキラルをパクれるんだから性能(技)もパクれる理屈。さらにはショコラの技まで。オリジナルで対抗しますがコピー技の方が強いという理不尽。いちかのキラキラル強い。

 その頃いちかはペコリンに促されて家の居間に。目の前のマドレーヌと手紙を見ても今ひとつな反応。大好きって何? やはり頭を打ちすぎて健忘症になったようです。言わんこっちゃない。ペコリンが擬音を混じえて説明しますが理解を得られません。キラキラルがなくなるとスイーツによって得られた感情も消えると説明する長老。母親への温かい気持ちをなくしているかもしれない。ああ、単に精神エネルギーというに及ばず、その気持ちも入ってるのね。それなら益々ヤバイ。慌てるペコリンと長老。ふとキッチンで食材を見つけます。ペコリンはすぐに母にクッキーを作ろうとしていたのだと気づきます。普段出番のないペコリンですが、いちかとの付き合いは一番長い。そもそもの出会いが今の状況に近い。
 どうでもいいと答える彼女を一喝するペコリン。何かを思い出しかけるいちか。なら作ればいいじゃない。このアニメはそういうアニメ。クッキーを作ればきっと思い出す。あなたの中にあるものを。

 その間も戦闘は継続。ことごとくオリジナル技を超えるコピー技。玩具代返せ。

 クッキー作りスタート。この温度差。流石です。自分を見失ったはるかは街を彷徨いましたが、いちかはキッチンでクッキーを作る。ペコリンも手伝って工程を進めます。手持ち無沙汰な長老は消えかかると鞄に戻って、を繰り返します。酸素ボンベかよ。生地をこねるとかつての記憶が蘇ってきます。あの日見た光景。あの日の温もり。ちなみに幼児期健忘といって2~3歳以前の記憶は通常ありません。自我が確立していないことと視力が低く映像として記憶できないからそうな。え、でもその頃の記憶あるよ、って人はたぶん捏造しているだけです。人の記憶は割りと簡単に書き換えられる。特にイメージ力が高い人だと。それが良い方向に向く場合もあるし悪い方向に向くこともあるんですが、イメージや映像が原体験として意識されて情念を揺さぶるというのは人が持つ面白い特性の一つだと思います。
 クッキーを型取り。いちかの瞳に輝きが戻ります。クッキーからもキラキラルが溢れてきます。アイシングの材料って余ってたよね? いつものいちかに戻ります。

 マカロンとの対決も制するジュリオ。トドメとばかりにロッドを振り上げます。

 ちーん。クッキーが焼きあがる音。この温度差。いちかさん今外で何が起きているのかわかってなさそう。でもこのアニメ的にこれが正しい。たとえ世界が滅びかかっていても彼女ならスイーツを作る。お菓子がなきゃ始まらない。焼きあがったクッキーをアイシング。ここまでくると通過儀礼。変身アイテム作ったのと同じでこの儀式が終わらなければ次に進めない。だってスイーツに気持ちを込めることが、スイーツを信じることが人が作ったスイーツを信じることになるんだから。何かを介在しなければ人の気持ちは読み取れない。それがこの物語ではスイーツ。それを証明するのです。
 「これは私のお母さんへの気持ち

 キュアホイップが降り立ちます。無言で強襲。割りと容赦ない。怒ると口が減るタイプなのかもしれない。
 キラキラルを奪われてもまた生み出せばいいじゃない。そういう理屈。だって嫌いになったわけじゃないから。否定されるものでもないから。好きなことやってるだけだから。このシンプルさ。強さ。近年のプリキュアは主人公がシンプルです。自分の好きなことをすきにやる。そこに自己実現や代償行為は無い。
 「いちか印のキラキラルに賞味期限はないのだー!
 ひまり達が悩まない(屈折しない)のもそういうことです。素朴な前提というのか、「わけのわからないもの」としてもいいんだけど素朴に信じていることをそのまま肯定し実行していく。卑屈さや気負いがない自然体…というのが近年のプリキュアのスタンス。だから誰かを救おうと気構えることもないし、必死になって何かになろうともしない。その分だけブレない。ちょっと前までのプリキュアならプリキュアがジュリオの立場になったでしょう。スイートなんてまさにそれをテーマにした物語でした。あるいはそうした人々をケアする。だけど一方でそこまで深刻にならなくてもいいんじゃねーの? 割りと人間って柔軟でのほほんとして卑屈なく生きていける力もあるんじゃないの? 抑圧やコンプレックスを軸に置く人もいるだろうけど、別に俺そういうのないよ?って人もいるはずで、じゃあそういう方向の物語、誰も救わず必死にならず自分のために自分で動く人っていうのもアリなんじゃねーかと。っていうか子どもってそうじゃん。成長を賛美しなくても子ども達は勝手に成長していくよ。好きなことだけやっててもね。好きなことの中にも困難や克服すべき課題だってあるんだし。よし、それならそれで行ってしまおう。っていうのが今のプリキュアだと思っています。それが自由ゆえの不自由さをもたらすのか、何かこれまでとは違う場所へとたどり着くのかは出来てのお楽しみ。
 元気印のいちかに納得する4人。

 本物のホイップ・デコレーションに打ち破られるコピー。所詮は紛い物。あるいは先ほどまでの自分の気持ちより今の気持ちの方が大きい。特大ケーキを今度こそ本体にお見舞い。
 直撃を受けて仮面が割れるジュリオ。やっぱり漫画みたいな瞳してんな。スティックも砕けます。潔く負けを認めます。怒っていると言ったホイップはしかしロッドを納めるとクッキーを一緒に作りながら話聞かせてもらおうと笑顔を見せます。一緒に飯作って食いながら腹割って話そうってそういう話。大概の問題はコーヒー一杯飲んでいる間に心の中で解決するものだって医者も言ってた。
 誰がそんなことするか!と拒絶するジュリオ。スイーツなんかで気持ちが通じ合うものか。主人公のスタンスに反対する正しい意味での敵。といってもナチュラルにそれを信じているのではなく、裏切られたことへの憎悪が彼をそうさせているのでしょうが。スイーツもお前も大っ嫌いだ!と言い残して去っていきます。それフラグですよ。デレ期は近い。

 また高いところに立つ人影。新たな刺客。


 いちかは母への手紙を書きながら、リオの言葉を思い返します。


③次回予告
 テンション上がってきた。


○トピック
 賞味期限が切れた途端に新キャラを投入する東堂いづみの容赦の無さがわかるエピソード。
 イメケン転校生から小生意気そうな女の子に。需要に応える有能スタッフ。


 プリンセス後半のエピソードに相当するものを前半に持ってくる攻めの姿勢。
 もちろんはるかのエピソードに比べれば動機や情熱の面で差異はあります。夢の前提を見失うことははるかにとっても物語にとってもクリティカルな問題でした。「プリンセスになる夢」は彼女自身を守るファンタジーであり、理想へ進むための道標という意味で「創られた幻想」と言っていいものです。つまり作為的なもの。常に意志によって形を維持し信じ続ける信仰的なもの。言い換えればはるかはそうなるよう自ら作り上げたわけです。ここに彼女の求道者としてのストイックさがあります。

 それに比べるといちかのそれは、素朴な気持ちをベースとするもので夢や理想にまで昇華されたものではありません。漠然としたスイーツへの信頼と言っていい。カナタにプリンセスになれるよって言われて無邪気に信じているのに近い。でもちょっと違うのはいちかは自分でスイーツを作れること。その手応えをちゃんと感じ取ることができることです。彼女の素朴な気持ち(スイーツへの信頼、スイーツが人の気持ちを代弁するという確信)は彼女自身の伝達方法にもなっています。この辺はスイーツアニメなのでコミュニケーションがスイーツに集約されていると思えば話が早い。要するにいちかにとってスイーツは信頼できる意思伝達方法でもあって、そのことを彼女は純粋に信じているわけです。これは彼女固有のものではなく、一種の自然現象、素朴で原初的なものです。だからわりかし簡単にスイーツでキラキラルがポンポン出てくる。一般人でも恋人でも家族でも美味しいスイーツ、心のこもったスイーツを食べればハッピーになれるし気持ちが伝わる。素朴って単語を何回も使っているけど、それが一番しっくりくる。

 再三繰り返しているように物語のベースは自分の好きなことをすきにやる、自分のために頑張る物語です。かといって明確な成長を目標にするわけではない(スイーツは自己実現ではなくコミュニケーション方法として作中で用いられているのもそれを補強している)。素朴に信じていることをやって、好きなことをやって楽しんでいるだけ。魔法つかいからそういう路線。魔法つかいは敵を大人の問題(子どもに関係ない大人の話や「世界」というそもそも子どもにどうすることもできない問題)に設定することで直接的な衝突を避けたわけですが、本作キラキラはスイーツという同じ土俵で異なる気持ちを持つ者同士を引き合わせる。流石です。この辺がまさにプリキュア的。まーた妙なことに首突っ込んでるよ。
 私は大好き。でもあなたは大嫌い。スイーツを巡る対立は人の心を浮き彫りにしていく。


[ 2017年05月28日 13:39 ] カテゴリ:キラキラ☆プリキュアアラモード | TB(0) | CM(-)
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