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第49話「さよなら…魔法つかい!奇跡の魔法よ、もう一度!」

○今週の出来事
①太陽の魔方陣

 ラパーパの力を受け継いだみらい達は覚悟を決めます。
 いつものエクストリーム・レインボー……と思ったらミラクルとマジカルだけ。太陽の魔方陣の中心から生まれる巨大な拳。そびえ立つ巨大フェリーチェ。え、ちょ、おまっ、お前だけでかくなるのかよ。無限シルエットみたいに合体するんじゃないのか。本当にラパーパの後継なのね。
 彼女の腕をカタパルトにしてミラクルとマジカルが飛びだします。ふたりを繋ぐモフルン。ルビースタイルで蹴り。映画でもあったスタイルチェンジ戦闘。
 「何が起きた?」
 状況が飲み込めないデウスマスト。視聴者も同じ気持ちですが、要するに勝ち確ってやつです。
 デウスマストの疑問に答えず再びルビーが拳をぶつけます。本当に殴りやがった。デウスマストが登場したときに流石にこれだけデカイと殴れないだろ、ビームで終了かと思ったんですがそんなことなかった。プリキュアが牽制すると、その後ろからフェリーチェが跳躍して蹴り。なんだこのウルトラマンとライダーの共闘みたいなの。等身大はもちろんのこと巨大化して戦った最終決戦は今までもあったけどスケール混在して戦うのは新鮮。
 一旦距離を離してファイティングポーズ。なにこのシュールな絵面。
 しかしデウスマストも負けてはいません。太陽を取り込んでさらに強力になっています。安定のピンクトルマリンガード。デウスマストの腕がピンクに。おそらく浸食(浄化)されているのだと思われます。
 動きが止まったところでサファイアビームでなぎ払いからのトパーズで巨大モフルン作成。お、夢が叶ったな。デウスマストのマウントを取ります。っていうかデウスマストよりデカイっておかしくね?
 浸食が全身にまわりはじめるデウスマスト。もはやプリキュアの力は圧倒的。かつての戦いはラパーパ単独でしたが、今回は彼女が生んだ星の生命であるプリキュアとの連携。戦力的にもアップしています。が、そんな理屈なんてどうでもよくて、終わりなき混沌なんてご大層なもの女子中学生からすればどうだっていいんです。だって彼女達にとって一番の困難と苦しみは別離にあるのだから。この意味で本作のラスボスはデウスマストではありません。別離そのもの。それを承諾した彼女達は何よりも強い。この最終決戦は消化試合にすぎません。戦いが始まってからプリキュア側がほとんどしゃべらないのもそうですね。この戦いについて語ることがない。相手の言葉を聞く必要もない。

 閉じ込められて身動きが取れなくなったので空間転移。宇宙を割って出現。迎え撃つプリキュア。最後の締めはダイヤ。ダイヤモンド・エターナルを生み出すと渾身の力を込めて殴って撃ち出します。拮抗する両者。すると地上の人々の力が現れます。魔法界、ナシマホウ界を問わず星に住む人々。校長はかつての親友クシィと手を繋ぎます。その隣にしれっと立っているバッティさんとか猫の方に目が行くんですけどね。このざっくりした巻き巻きな展開。そもそもこのアニメの主人公は世界のために戦っているわけではないので、命がどうとかそういうのはあまり重要じゃありません。っていうかこの最終決戦自体重要じゃない。本当に魔法つかいは戦うことに意味を見出さなかった物語なんだとつくづく思います。毎日友達と遊ぶ。それを邪魔する奴はお邪魔虫でしかない。その認識で十分なのだと。
 元の姿(オーバーザレインボー)に戻るとデウスマストを追い払います。
 「キュアップ・ラパパ!
 「星々の果てまで!
 「混沌よ!あっちへ行きなさい!

 デウスマストは概念的存在。滅ぼせません。それはフェリーチェも承知。全ては混沌から生まれたのならあなたも生み出す力を…。リンカネーション。デウスマストは宇宙の果てに消えます(映像的に新しい宇宙が生まれているっぽい)。


②少女時代の終わり
 みらいとリコが気付くと目の前に虹色に光る地球。
 元の形に戻ろうとしているとはーちゃんの声が聞えてきます。よく見るとはーちゃんが地球をその手に抱いています。スケールでけぇ。魔法界とナシマホウ界。今はそれが自然な形。しかし強く混ざっていた反動があるのでそれを調整するために自分が手伝うと言います。
 それを聞いたみらいとリコは察するとともに自分達も…と名乗りをあげますがはーちゃんは断ります。みんなのおかげでこんなに大きくなれた。ほんとに。どこからでもみんなのこと見ていられるから。本作の大胆なところは属性そのものは変えていないこと。ラパーパの後継者であるはーちゃんはラパーパに帰属される。クイーンとひかりのように分離するわけではない。でもはーちゃんははーちゃんとしての意思を持つ。実際問題としてみらいとリコが別れるのではーちゃんをどこに置くかという話もあるので本来の位置に戻すのが正しいでしょう。ナシマホウ界人、魔法界人、星の母。属性が違っていても巡り合わせがあることに意味があります。
 「あまねく生命 世界に祝福を!
 世界をあるべき姿に変えます。ここで示唆があるのは、前回校長が言っていた世界の分断が不可逆であるという確証はないことです。この星の守護者たるはーちゃんがいる。その星を繋ぐみらいとリコがいる。縁は巡り会う。
 この物語は宇宙創造から神話を経て壮大な話が広がっていますが、根本はとても小さい。それは女の子と女の子の出会い。でもその時間は決して永遠ではない。何かのタイミングで人の縁が離れることがある。それが夏休みが終わったからなのか、卒業したからなのか、引越ししたからなのか、自然消滅的なものなのかは別にして。また、子どもにはどうしようもないこともある。親の引越しを子どもの力でどうすることはできないし、海外の友達に気軽に会いに行くこともできない。本作の別離は現実的です。友達とずっと一緒にいられない。不条理に感じようともそれを子どもである彼女達は克服できない。
 「魔法界……離れてく
 「みらい……私も
 リコの言葉にみらいは小さく頷きます。

 ふとこの先のことに気付いてリコがモフルンに話しかけます。大丈夫と答えるモフルン。みらいと一緒にいられる。それにきっとまた会える。モフルンの言葉に背中を押されたリコは深呼吸すると魔法を唱えます。
 「キュアップ・ラパパ! 私達は! 必ず! 絶対! また会える!
 「これでばっちりよね
 リコの魔法だから今ひとつ心許ない。でもリコだからみらいは信じられるでしょう。彼女は絶対にみらいの期待を裏切らない。これまでもこれからも。はーちゃんがかけた魔法。みらいがかけた魔法。そしてそこにリコの魔法がかけられます。
 再びみらいはリコの言葉に頷くと、ふたりは杖を響き合わせます。

 二つの星と二人の女の子はしばし別の時を歩みます。魔法界へと戻るリコ。
 出会う前に戻るように杖も手から離れ、みらいもまたナシマホウ界へと戻ります。
 リンクルストーンとキャリッジは宇宙へと。何故そこで冷凍みかん?……………ああ、キャリッジの本体冷凍みかんだったわ! ってそういう問題か!? ここでそのネタ拾う?!

 みらいの腕の中で、モフルンは独白します。
 「リコありがとうモフ。あの時モフルンを見つけてくれて。モフルンは『魔法つかいがいた』ってみらいに教えてあげたくて一生懸命伝わるように願ったモフ。そしたらリコはモフルンに気付いてくれて、みらいのお友達になってくれて、モフルンもみらいとおしゃべりできて、いっぱい、いっぱいおしゃべりできて、とっても嬉しかったモフ
 「みらい、リコ、はーちゃん、みんな大好きモフ
 この物語がこの4人の物語なのだとよくわかります。モノ言わぬぬいぐるみがふたりを巡り合わせるキッカケになっていたこと。それは偶然ではなくぬいぐるみの意思だったこと。友達が友達を繋いでくれたこと。
 「うん、私もだよ、モフルン
 空にかかる虹を見上げながら頷くみらい。モフルンの言葉の最後は聞き取れていないかもしれません(ぬいぐるみに戻っている)。でもみらいならそう聞こえたでしょう。全ては元のままに。友といた時間は過去となり、人の意思にかかわらず過ぎていく。


 「ねぇ、リコ。もし世界がはじめから一つのままだったら私達どうなってたかな?
 「そうね、そんな世界でもきっとみらいはみらいね
 「いつも明るくて、危なっかしくて
 「リコは魔法が苦手で?
 「むー、うん…ふふっ、それで無茶して飛びだして、そしてやっぱりみらい、あなたと出会うの
 「モフルンとはーちゃんともね
 「もっと近くにいたかもしれない
 「もっと遠くにいたかもしれない
 「でも必ず出会った。私達の最初の出会い。それだけでも大きな奇跡なんだもの
 「だったらもう一度強い想いを込めて願えば奇跡は起きる
 「また会える! 絶対に会いに行く! 十六夜の夜に箒に乗って
 「だから…またね!
 「うん…またね!」 

 月日は流れます。


③十六夜の夜に
 卒業式の写真を見る夫を今日子は笑います。
 いってきまーす、と言いながら家を出て行くみらい。
 お婆ちゃんが声をかけると、振り返っていってきますと答えます。
 やった! でもそうじゃない!! 俺が見込んだとおり成長したみらいは美人。そんなことは変身バンクで知ってた。魔法つかいが成長したあとの姿を描くだろうことも読んでいた。だから待ってたのに…楽しみにしていたのに…なんでロングストレートじゃないの!?
 ここでAパート終了。はい、ここからも本作の力点がどこにあるのかわかります。


 改札口を通って電車で学校へ。雰囲気的に大学のようです。ずいぶん飛んだな。アニメ的に時間が飛びすぎると視聴者が混乱するのでせいぜい高校生くらいに留めるのかと思ってたけど。いや、これが正しい。物語の論理的には社会人(ギリギリで大学生)になるのが望ましい。髪型が原形留めているのはその折衷案でしょうか。くっ、でもそこはもう一歩踏み切って欲しかった(未練がましい)。
 来ている服は大学生的にちょっとどうなの?って感じですが、そこはスルーして、みらいの雰囲気は成長した女性。講義を受ける姿勢も真剣。

 スタジアムに行くとすでにゆうと、勝木さん、まゆみが待っていました。雑談しているといつの間にか壮太がゴールを決めてしまいます。こっちの方を見てくれますが少しバツが悪い。中学の頃と変わらないとゆうと。見た目的には君も変わってない。まゆみが一番それらしい年のとり方してる感じがしますね。勝木さんは一部に人気的な。
 帰りがけ、中学以来すっかり魔法つかいを見なくなったとつぶやく勝木さん。まゆみが懐かしいと相の手を入れます。もう一度会いたいな~。それでこそ勝木さん。

 家に帰ると夕飯の準備を手伝います。
 みらいが置いたバックにモフルンが入っています。それを見たお婆ちゃんが「大きくなったわね」と笑います。先の映像でみらいは中学卒業まではモフルンを連れていますが、高校では鞄に入れていません。そのことから考えると大学に入ってからもそうだと考えるのが自然です。今回はたまたま旧友と会う機会があったから連れていったのかもしれません。普段から連れて歩いている可能性もありますが、物語的には連れていない方が意味的に強くなります。この数年でみらいは大人になったし、変わった部分がある。それ故にお婆ちゃんはこの言葉を発したのだとも考えられます。今回は非常に情報密度が高くて困る(嬉しい)。
 みらいとモフルンが初めて出会ったときのことを語り始めます。1話でみらいがリコに話したようにモフルンはお婆ちゃんからのプレゼント。でも生まれたばかりの赤ん坊にはちと早いでは?と母。泣いているみらいの隣にぬいぐるみを置くとみらいはその手を握ると泣き止んで笑います。
 モフルンは小さい頃から今もずっとみらいを見守ってくれていると話し終えます。お婆ちゃんのお話が大好きだと答えるみらい。不思議なお話をいっぱいしてくれる。ぬいぐるみを買い与えた。それだけの話ですが確かにお婆ちゃんが言うとどこか物語的です。色んなことに興味を持てて、だから出会えたんだ。遠くを見るようにつぶやくみらい。
 「素直な言葉は力になる」出し抜けに言うお婆ちゃん。
 「思いが繋がっていれば、それは奇跡を起こすのよ」
 変わる中で、変わらぬものがあるのなら。
 まるではじめて聞く言葉のように祖母の言葉を受止めるみらい。


 ベッドに身体をあずけながら眠るでもなく何か考え事。
 ふと物音がして見るとモフルンが机の上から落ちています。抱き上げて元の位置に。どうやら窓が開いていて風が吹き込んだようです。桜の花びら。綺麗に輝く月。よく見れば今夜は十六夜。

 誰もいない静かな公園をみらいは歩きながら今日の出来事を話します。話相手は遠くのあの子。色んな国のことを勉強している。店の仕事で海外にも行っている。もっと知りたい。私の世界のワクワクを。そしていつか…。話したいことがいっぱいある。足を止め、月を見上げながらこぼします。
 「会いたいなぁ…
 頬を伝わる涙。

 静かに歩き出します。ふと目の端に捉えた場所に行ってみると周囲と少し異なった雰囲気の木が。杖の木に似ています。木に触れるとカランと何かが落ちる音。
 枝を拾い上げるとみらいは腕に抱いたモフルンに自分をここに連れてきてくれたのかと訊ねます。無論モフルンは何も答えません。半信半疑ながらも枝の感触を確かめると振り上げて呪文を唱えます。もう一度みんなに会いたい。何も起りません。そんなことはわかっていたとばかりに腕を降ろすみらい。バカな妄想と枝も手放してしまいます。

 トボトボと引返しているとお婆ちゃんの言葉が甦ります。
 駆けだして再び枝を拾うと月がよく見える開けた場所へ。
 再び呪文を唱えます。今度は何度も諦めることなく。あの時を思い出しながら。みんなに会いたい。みんなとずっと仲良しでいたい。溢れ出る涙を拭きながら呪文を唱え続けます。みんなとずっと一緒にいたい。何度も何度もそう願います。声が嗚咽になるまで。絞り出すように彼女の名を呼びます。
 「キュアップ……ラパパ……リコに、みんなに、会いたい
 風が吹きます。


 気づくと空の上。突然カタツムリニアが飛びだしてきます。
 空を落ちながら目の前の奇跡をみらいは食い入るように見つめます。手からモフルンが離れてしまいます。その手を掴む別の手。
 「ダメじゃない。気をつけなきゃ。モフルンは大切な、友達でしょ?
 よく知っている声。
 みらいは再び魔法つかいと出会います。


④時と人は巡り
 みらいの腕に飛び込むリコ。空の上、月の下、再会を喜び合うふたり。
 カタツムリニアには補習メイトとチクルン。水晶さんも。校長はさすがにこっちまでは出張らなかったようです。
 ふたりの胸の中でモフルンは再びしゃべるようになります。さらにははーちゃん……って変わってねーー!!
 こうして少女達は再会を果たしたのでした。めでたし、めでたし。


⑤次回予告
 新番……あれまだ終わってない?


○トピック
 本当に打上げやるつもりだよこのアニメ。


 本編中でも触れましたが、本作の本質は少女達の出会いと日常にあります。
 この物語は悪を倒しません。誰かを救いません。夢を叶えません。友達と出会い、友達と遊び、そして友達と別れる。その当たり前のことをやります。永遠とも思える日常にも終わりが来る。子どもにはどうにもできないことがある。そのことを彼女達は承諾し、再会を誓い合います。
 それで終わってしまう関係の方が多いでしょう。親友と別れても日常は続きます。その生活にも慣れてしまう。ふと昔を思い出してももう終わったことなのだとすぐ忘れてしまう。でももしかしたら少ないながらも本当に再会を果たすことができる子達がいるかもしれない。それをやるのが本作魔法つかいです。

 子どもの頃は遠い場所でも、親の都合で会えなくなっても、大人になれば行けるようになるし自分の判断で行えるようになる。勿論ただ大人になればできるものではなく、意思と行動力が必要になる。私は大人になって常々思います。実はそんなに子どもと変わらないのだと。頭は子どものまま身体が大人になるだけなのだと。社会的にいくらかの制限が解除されるだけなのだと。
 なら、それをそのままやってしまえばいい。子どもの発想で大人の権力を使う。
 世の人達は言うかもしれません。「大人になれ」「大人なんだからわかるだろ」。さも夢を捨てて妥協することが大人の証拠と言わんばかりに。そんなこと知ったことかと。大人だから好きにやるんだろ。そのための力と方法を得る。自分のワガママを自分で叶える。文句は言わせない。それができないなら大人である意味がない。醍醐味がない。私は心の底からそう思います。
 子どもの頃が良かった、親友がいた、楽しかった。などと回顧に浸る趣味は私にはありません。今が最高に楽しい。今もこれからも最高の人生を作る。そのためには大人でなければならない。大人であるからできる。私はそう子ども達に言いたい。少年よ、少女よ、大人になることは素晴らしいのだ!


 というのは話が飛びすぎるけど、もう会えないなどと誰が決めた?って話です。
 会いたいなら会いに行けばいい。幾分かの運が必要になるかもしれないけど、人の意思と行動力でできる。魔法つかいは魔法をテーマにしているから「願う」ことによって達成しているけど、本質的には人の力で可能なことです。
 魔法つかいは色んな意味でこれまでのシリーズの枠組や定型を崩してきた物語なんですが、それでもこの物語がプリキュアなのだと確信をもって言えるのは、子ども達の強さを信じる物語だからです。困難を乗り越えてハッピーエンド、誰かを救ってハッピーエンド。それはもう散々やってきた。だから今度は真摯にその後を描く。苦難を乗り越えた先は親友のいない日常が待っている。それでもその先があると信じて前を向いて進む。
 つい昨日まで魔法と聞いて喜んで、イタズラして遊んでいた子達がいつの間にかそんな姿を見せる。そこに私はこの物語の、子ども達への肯定とエールがあると思います。子ども達は現実をしっかり受け入れる力がある。今この瞬間を永遠に引き延ばすようにずっと一緒で在り続ける物語は子ども達からその力を奪うばかりか、信じていないことを逆説的に認めることなのかもしれない。
 しかし同時に時間の流れは残酷です。親友のいない生活に慣れ、それを望むことも忘れてしまう。みらいが枝を捨ててしまう姿もまた現実です。それを救うのは理解者の声なのかもしれないし、様々な偶然なのかもしれないけど、最後の最後に踏みとどまって声を荒げて願いを唱えるのは自分の仕事。会いたいなら会いたいと言えばいい。言わなければならない。みらいの姿は大人になることの無常さと悪あがきが同居しています。彼女の泣き叫ぶ姿はとてもみっともなく子どもじみている。でも私はその姿に親近感と愛おしさを感じる。彼女の中に決して消えぬ素直な願いがあるから。
 その願いをどのような形で実現するか。実現できると信じられるか。それは大人が立ち向かわなければならない問題です。子どもには子どもなりの戦いがあるし、大人には大人なりの戦いがある。戦い方、生き方は変わる。でも変わらないものもある。大人になることは子どもではなくなるのかもしれないけど、子どもの頃から持っていたものを捨てることではない。プリンセスはそれを最初から最後まで貫いた物語でした。魔法つかいは偶然から始まって、その偶然から生まれたものを愛し忘れなかった物語です。プリンセスは自分であること求め、魔法つかいは自分達がいることを求めた。どんな願いを、どのように叶えるか、それは物語の数だけあります。

 この物語は子どもが子どもらしくあることを肯定しました。同様に、大人になることも肯定しました。大人になることは自分という人間が続いていくこと。劇的な変化があるとは限らない。でも、強い気持ちを持ち続けていればそれを叶えるチャンスもある。出会いと別れがあるならそこに再会を付け加えてもいい。大人になったときにできることがある。時間が解決することがある。だから別れることを、大人になることを恐れることはない。子どもか大人かを問わず女の子を信じる。それを示したこの物語はシリーズに新たな1ページを書き足したと思います。


 そういうわけで最終回はまるまる打上げ・同窓会。これを最後にもってこれるのは魔法つかいだけ!


[ 2017年01月22日 16:03 ] カテゴリ:魔法つかいプリキュア! | TB(0) | CM(-)
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