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幾多の運命が一頭の馬に重なるとき、ゲートが開く

優駿〈上〉 (新潮文庫)


 女が買った単勝馬券は、セントホウヤだけではなかった。女は、もう一枚の馬券をハンドバッグから取りだし、「ロベルトダッシュも買ってましたのよ」
 そう多田に言って、二枚の馬券を捨てた。
 「ぼくのも、全部外れた」
 薄く笑い、多田も、二十二頭の馬を印した馬券を足元に落とした。


 生産者、馬主、騎手、サラリーマン、競走馬に関わる人々の群像劇。
 生まれ出る命に夢を託す一方で、悲劇の死、望まれた死が人々を翻弄する。運命の糸が絡み合い交差する中、彼らの祈りを乗せたサラブレッド・オラシオンは雄々しく駆ける。

 生産者同士での、馬主同士での、騎手同士での、サラリーマン同士での競争や足の引っ張り合い、食い扶持を探すために奔走しなければならない現実を前にしても夢を捨てきれない人々のもがき。そういった醜くも青臭い願いが最後の最後に一頭の馬に委ねられる。この潔さがカタルシスを生む。策略も意地も捨てて最後にモノを言うのは運。
 夢と大金を掴み取る人々の中で、負けて勝ちを取る多田という人物の姿が清々しい。

[ 2016年10月25日 19:05 ] カテゴリ:よもやま話し | TB(0) | CM(-)
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