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桶川ストーカー殺人事件/殺人犯はそこにいる(清水 潔)

桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫)殺人犯はそこにいる: 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件

○桶川ストーカー殺人事件―遺言 清水 潔 新潮社
○殺人犯はそこにいる: 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件 清水 潔 新潮社



 警察の対応に納得していないなら警察に菓子折を渡してはいけない。また、警察から受け取ってもいけない。菓子折の授受は「解決した」「納得した」と見なされるから。
 警察の常識は世間の非常識。


 ストーカー事件の真犯人(とされる自殺した男)は妄想性パーソナリティっぽいなぁ。極端に猜疑心が強く、情緒が不安定で、他者に対する認識が画一的。恋人にブランド品を多数贈ったり、金があれば人殺しすらできると言ったりと人間を打算的で利己的なものと思い込んでいる。自殺するのもこのタイプには珍しいことではなく『無差別殺人と妄想性パーソナリティ障害』でも好き勝手やったあと自殺するケースがまま見られる。このタイプを最大限に好意的に評するなら繊細で傷つきやすい人ってことになるんだろうけど、その繊細さが他者への攻撃性に転化されるのが厄介。


 さて、この二冊は早い話し警察批判がメイン。事件を取材した著者は両事件において大きな役割を果たしている。ストーカー事件では犯人の居場所を突き止め、足利事件では冤罪判決を導き、独自に真犯人(の可能性が高い人物)を特定している。しかし、取材すればするほど警察の杜撰な対応、隠蔽と組織的保身が次から次へと出てくる。といった内容。

 ざっと列挙すると、
・桶川ストーカー事件
 被害者が嫌がらせなどの証拠を持ち込んで訴えたのにも関わらず門前払い&告訴状を改竄し被害届にした。
 被害者の訴えを無視した結果殺人事件が起きたとの批判をかわすために、被害者のイメージを損なう情報を流して世間の目を逸らした。ブランド品好きのチャラチャラした女、水商売をしていたなど被害者にも非があるかのような印象を与える情報など。なお、これらの情報は全く見当違いで誇張。
 さらにタチが悪いことに、マスコミは警察の情報(一次情報)を鵜呑みにして報道。
 直接の加害者は真犯人の兄であるが、その真犯人は一切スルー(事件前に被害者が訴えていたことを『無かった』ことにした)。事件はあくまで弟想いの兄が勝手にやったこと。
 さらにタチが悪いことに、裁判所もそのストーリーを鵜呑みにして判決。

・足利事件
 決め手とされたDNA型鑑定に難がある。理想的な状態であれば特定する有力な材料になるが、DNAの状態が悪い、他のDNAが混入していると正確な判別がつきずらい。どうも被害者家族のDNAを採取していなかったらしく(通常は犯人以外のDNAを引き算するがやってない節がある)、証拠とされたDNAには複数の型が混入し、間違った組合わせで冤罪判定した模様。(DNA型判定は父・母のDNAパターンの組合わせで判別するため2つの番号の組合わせになるが、この事件では4つの番号が混在していた)
 DNA型判定をした科警研は絶対に誤りを認めない。認めると他の事件に影響する。
 強引な取り調べで自白強要。自白したため、その供述内容とそぐわない目撃証言は黙殺。
 時効もあるし、当時のDNA結果と食い違いもでるし、真犯人についてはスルー。


 『殺人犯はそこにいる』の中で冤罪となった人々が、自供してしまったがそれは強要されたからで裁判では裁判官がそれを見抜いてくれるはずだ、といった淡い期待をしていた話が出てくるんですが、当然裏切られます。わりと勘違いしている人がいるんですが、裁判官はただのおっさん。職業的な経験や訓練は積んでいるでしょうがサラリーマンです。映画『それでもボクはやってない』がわかりやすいんだけど、裁判ってのは検察と被告(弁護士)が都合の良い証拠を持ち寄っておっさんが決めるゲーム。アメリカの法廷ものとか特にそんなイメージで描かれていますが、そういうもの。真実を求める場じゃありません。そんな機能も能力もない。
 警察も同じ。おっさんとおばさんしかいない。そんな人達が運営している組織が公正明大で正義の味方なわけないじゃないですか。しかも警察を取り締まる組織なんて事実上ないんだし。そんな組織が保身に走ればどうなるかなんて子どもにもわかる。これは別に公的機関に限った話ではなく、組織は大きくなればなるほど硬直し、縄張り意識が働き、チェック機能や情報伝達が鈍る。


 これらの事件や取材で見えてくるのは、都合の良い組織なんて無いってこと。彼らはミスるし隠すし騙す。それをマスコミがさらに増幅する。公正な組織があるなんて思ってはいけない。人間が公正ではないから。私が彼らに期待するのは給料分働けってことくらい。信頼はするが信用はしない。働きに期待するがその結果が正しいとは限らない。情報や組織を全く疑わないというのは大きな落とし穴を自分で作ってしまうことなのだ。


それでもボクはやってない スタンダード・エディション [DVD]無差別殺人と妄想性パーソナリティ障害―現代日本の病理に迫る

[ 2016年10月04日 21:14 ] カテゴリ:本の感想 | TB(0) | CM(-)
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