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第33話「すれ違う想い!父と娘のビミョ~な1日!」

○今週の出来事
①リコはご機嫌ナナメ

 申し訳程度のイチゴメロンパン要素。もう全部冷凍ミカンでいいんじゃないかな。
 三人がおやつを食べているのを盗み見る怪しい影。早速事案発生の予感。甘い匂いを嗅ぎつけるモフルン。精霊がその辺をうろついています。一人になったモフルンを狙う怪しい影。あ、ケモナーの方でしたか。
 モフルンの悲鳴。怪しい影に捕まってあんなことやこんなことをされてしまいます。モフルンを助けるためにみらいとはーちゃんが影にとびかかります。遅れて駆けつけたリコが待ったをかけます。もうすでにボロボロ。これ絶対(パンチが)入ってるよね。
 とうとう出番が回ってきたリコ父ことリアン氏。


 あと1ヶ月ほどで映画です。


 みらいの家族に紹介。微妙に躊躇いがちのリコ。
 社交辞令が終わると待ちかねたようにみらいとはーちゃんがさきほどの暴行事件について謝罪します。一部の業界ではご褒美なのですが。私も女子中学生にもみくちゃにされたい。あまり気にした風ではないリアン氏は古めかしい箱を取り出します。お土産のようです。
 何が入っているのかとワクワクするみらいとはーちゃん。中に入っていたのは色とりどりの鉱石。
 「石だ
 「石だね
 この微妙な反応。これを予期していたのかリコは無言のままブスっとした顔を浮かべています。たぶん内心でもう少しマシなもん持ってこいよって思ってる。一方、リアン氏は得意気。
 リアクションはみらい父と祖母も同様。しかしみらい母だけは素敵!と好感触。アクセサリーショップは伊達ではないようで、強い関心を示します。加工すれば売り物になりそう。おさらいですがリアン氏は考古学者。はーちゃん(視聴者)に簡単に説明。なお「考古学 ゴッドハンド」で検索すると業界の闇が。
 みらい父が仕事がら世界中を回っているので娘さんと会えなくて寂しいでしょう?と水を向けると、娘の手前で照れ隠しなのか曖昧に頷きます。むしろこの話題はみらい父の方がしたかったようで、春休みに娘と会えなくて辛かったと正直に打ち明けます。どうやら朝日奈家はざっくばらんで親も含めて喜怒哀楽はストレートに出す雰囲気、リコの家庭はそれと比べるとあまり表に出さない雰囲気のようです。そんな様子の父にリコは不満げ。毎回言っていることですが、プリキュアの視聴層は未就学児童なので主人公達の親に対する感情はそれを踏襲しています。普通この時期の娘は父親に懐きません。


 みらいの部屋で本題。相変わらず精霊がうろついています。このもう好きにして感。
 水晶をとおして校長がリアン氏とコンタクト。どういうことかとリコが訊ねると校長の依頼で父が来たのだと知ります。自分に会いに来たわけではないと知ってまたテンションが下がります。ここまでの時点で(というか今回終盤まで)彼は娘に特別な関心を寄せていません。少し見ないうちに大きくなったな、でも胸は変わらないか?ガハハ、みたいな冗談一つ言わない。リコから見れば父は自分に興味が無いのではないかと映っても仕方ありません。
 リアン氏が馬車に目を留めると例の魔方陣が浮き上がります。すぐさまメモを取ります。魔方陣をよく見ると少し模様が変わっていることに気づくみらい。前回のバナナが回収された結果ですが彼女達はそれを知りません。
 校長が言っていた調査というのは、つまりプリキュアのこと。娘がプリキュアだと彼は知っています。すまん、と申し訳なさそうに謝る校長。あー、すっかり忘れていたというか、彼らがつるんでたからその辺ツウツウとは思ってたんですが、一応プリキュアの件は校長以外は内緒でしたね。魔法つかいは若干変則的なところがあるんですが、親にはプリキュアがバレてない前提でした。
 驚きのあまり声も出ないリコ。それならそれでなんで知ってたと言ってくれないのよ!?と思ってるかもしれません。

 プリキュアの力を認めるシャーキンス。そんな彼を珍しがるベニーギョ。ようやく実体化します。本作の敵の中では一番かっこいい。幹部は他にもいるようですが姿はまだ見えません。今回は彼女が出勤。


 再びみらいの部屋。
 改めてリンクルストーンとスマホンを前にして感嘆するリアン氏。詳しいのかと訊ねるはーちゃん。隣にいるリコめっちゃ不機嫌。気づいてて敢えて話し進めてるなら彼の肝っ玉も中々ですが、たぶん素で気づいてない。不器用というか、鈍いというか、あるいは彼の中で娘に対する感情が変わっていないからなのかもしれません。リズもそうなのですが、リコに対する評価は元々高くて(けどそれを表に出すわけではなくて)いつ会おうが、再会までの期間が開こうが、その評価や感情が変わらないために敢えて大きなリアクションを取らないタイプの人。いわゆる感情表現が苦手なタイプ。本来リコは寂しがり屋(自己評価に基づいて周囲を価値付けて行動するのではなく、周囲からの価値付けに影響を受けるタイプ)なのであまり相性は良くない。しかもリコは意固地になると引っ込むタイプなので今回は彼女の悪い癖が久々に出ています。
 リアン氏の考古学者としての評価は高く魔法界随一と校長も太鼓判を押すほど。しかし魔法界に伝わる伝説はすでに校長が調査を行っており、これ以上の成果は期待できない。それならとナシマホウ界で調査していたと娘の顔よりもエメラルドをじっと見つめるリアン氏。


②手の届かないところで
 再現VTR。リコと出会ったときのことをリアン氏に語るみらい。相変わらず擬音多い。
 「キュアップ・ラパパでピカッ! ババン!
 なるほど、わからん。
 「気持ちは十二分に伝わってきたよ、ありがとう」
 大人の対応。
 話しを聞いて改めて娘のダイヤを見つめます。このダイヤは2つで一つ。それがナシマホウ界に……思いを巡らす父に含むモノがあるリコ。この子ももう少し恥を捨てられるほど素直なら苦労は無いだろうに。人生を楽しくするコツは恥は捨てるべきときは捨てることです。それで誰も損をしないなら捨てればいい。そしてもう一つ、意地を通すべきときは通すことです。それで誰も損をしないなら通せばいい。自分しか得をしないなら、おそらくそれは間違っています。利他主義の話ではなく、経験的に大きな失敗のタネはそうだからです。
 娘に背を向けて調査のことに頭がいっぱいなリアン氏。また精霊が周囲をうろうろ。詳しく訊ねてみるとこの前光になって消えたとモフルン。甘い匂いもする。それを聞いて気づいたと校長。あのときに見た印と似ていると言います。ほんとかと思って見返したら4話で確かに出てました。仕事にのめり込んでいく父に堪りかねたリコは背を向けてどこかへ行ってしまいます。
 そこにみらい父がやってきます。急いでモフルンと水晶を鞄に隠すみらいとはーちゃん。ふたりの表情面白い。
 ようやくリコが居なくなったことに気づきます。


 公園に独りで居るリコに話しかけるみらい。第一声から父親を褒めるあたり彼女のコミュ力の高さが伺えます。それがリコの胸中を占めていることだと彼女はわかっている。まずはリコの父へのネガティブなイメージを軽くしようという判断でしょうか。
 しかしリコの口は重い。

 一方、残りの面子はリコを見つけられず立ち往生。すぐ近くで父娘が自転車を練習しています。
 目論見が外れてしまった、とみらい父。彼の狙いでは親子水入らずにするつもりだったようですが少し遅かったですね。
 リアン氏とて娘を気にしていなかったわけではなく、慢性的に疎遠な親子関係のためについ仕事の話ばかりしてしまったと反省。あの子は自分をどう思っているのやら。
 「そんなの好きに決まってるよ!
 はーちゃんが瞳をキラキラさせながらキッパリと言い切ります。

 みらいは春休みに魔法学校から帰ったときのことを話し始めます。心配していたと素直に語る父。子どもを思わない親はいないよ。
 「だって!
 とても嬉しそうに言うみらい。その話を聞いてリコはふとみらいの母もまた同じことを話していたのを思い出します。この点でも朝日奈家はオープンな感情表現がデフォで、みらいもまたその影響を十二分に受けていると解釈できます。

 胸に溜った熱さを吐き出すように、はーちゃんはリコが自分に愛情を注いでくれたことを必死に語ります。リコの優しさは家族から優しさを貰ったから。リコはおじさまのことが大好きなはずだ。確信を持って彼女は言い切ります。
 それをポーカーフェイスで聞き届けるリアン氏。リアクション薄っ。やっぱこの人、こういう人だよね。この意味でこのアニメは嘘を吐かないというか、それまでの態度が一変して人情的になることはありません。
 育ててくれた?とみらい父がツッコミを入れますが、ちょうど自転車娘が転んでしまいます。娘は父の手を借りることなく立ち上がります。珍しく表情を変えたリアン氏を制するようにみらい父が肩に手をかけると、子どもは親が思っているほど子どもじゃないと言います。みらいもリコちゃんと友達になってからたくましくなった気がする。ことはちゃんが来て笑顔も増えた。子どもは子どもの世界で大きくなる。いつまでも親の手がかかる子どもではないし、自分で立ち上がる力がある、という話です。本作は子どもが大人の業を背負わされたりはしません。子どもが大人の真似をしなければならない、という状況はそれはそれで不幸なのだと思います。まあ、細かいことを言うなら「大人」と「子ども」の概念自体が近代に生まれたとする説があって、そっから説明するのも面倒なので省きますが、子どもは子どもらしくすればいいし、大人は大人らしくすればいいんです。どっちみちみんな大人になる。その時に、自分を大人だと、誇りある人間だと思えればいい。大人かっこいい。こう思わせたら大人の勝ちです。
 親も子どもに成長させてもらっている、と語るみらい父。このアニメは親子向けアニメなので親に媚びを売って財布の紐を緩めさせるのは常套手段です。
 話し変わって、みらいの赤ちゃんの時の写真を見せます。とっておきの写真を見せますが、異変に気づいたはーちゃんとリアン氏はすでにその場から消えています。とりあえずその写真私にも下さい。


③星の祝福を授かった子
 ベニーギョ参上。
 ヨクバールを仕掛けてきます。敵前逃亡。舐められてる?とベニーギョ。モフルンがいなきゃなんともならない。
 箒から振り落とされたところではーちゃん達が駆けつけます。ベニーギョに視線を向ける父にリコはこれまた不満。もっと心配したり優しく手を差し出してくれてもいいんじゃない? 私はオマケか。雑念を振り払うように変身の音頭を取ります。今週はサファイア。割りと大事なことですが、フェリーチェの太ももと太ももの間の隙間が好きです。

 ヨクバールの攻撃を回避するとフェリーチェはその勢いのまま飛行形態にチェンジ。かっこいい。3人で飛びながら回避運動をとりますが、マジカルが被弾。動きが止まったところで攻撃の的に。
 父が盾になると火を起こして水と相殺。こんな回りくどいことをしているのは、魔法界に戦闘用の魔法が存在しないからのようです(三塚SD談)。プリキュアが戦闘で魔法を使わない(リンクルストーンでしか魔法を使わない)のはそういうことらしい。校長が戦ってたのは例外ですね。
 子どものお遊び、とばかりに笑うベニーギョ。攻撃を耐えきれなくなった父は直撃を受けて倒れてしまいます。空気を読んで今頃ヨクバールに攻撃するミラクルとフェリーチェさん。相手の攻撃を受けてから言い返すのがマナー。おじさまは強い力で溢れているとフェリーチェ。「おじさま」呼びが好きな私にとってこのアニメは至福の時間を提供してくれます。ミラクルも家族を思う優しい気持ちは力になる、その思いは絶対伝わると言葉を継ぎます。
 普段は寡黙な父。身を挺して傷ついた父。その隣でマジカルは正面を見据えます。ヨクバールの前に躍り出ると渾身の一撃。あとは虹の彼方に強制退去。

 倒れた父に手を貸しながら助け起こします。娘の表情がほぐれたのを見て安心するリアン氏。


 夜。父の出立を知って寂しがったリコはもう少しお話しがしたかったと素直につぶやきます。
 リアン氏は無言で立ち上がるとリコがプリキュアだと知った時のことを語ります。娘がプリキュアであることは変えられない。なら、自分にできることは災いを避ける方法の手がかりを探すこと。それが娘達のためでもある。つまりこれは共同戦線です。以前に校長がみらいを対等な相手として認めつつあることを書きましたが、今回の話はそれをさらに一歩進めています。
 彼女達の様子をベランダから見つめるみらい達。ちゃっかり校長も。
 リンクルストーンが目覚めた経緯を改めて語ります。リコとみらい君が出会い気持ちを通わせたことで現われた。精霊もリンクルストーンに縁がある。お前達の思いに関係しているのかもしれない。リコが訊ね返しますが、それには答えず夜空を見上げます。
 綺麗な月(おそらく十六夜)。こんな月の晩にリコは生まれた。
 「本当に大きくなった……」
 噛みしめるようにつぶやく父に、リコは少し照れます。リズもそうですがリコが生まれた時の話をするのは、生まれた時から彼女は祝福されていたことを保証するためです。星の祝福を受けたのも、彼女が世界に愛されているから。魔法が使えるから、プリキュアだから愛されているのではありません。私達の元に生まれてきてくれたから、です。
 近いうちに今度は母さんと来ると言い残して父は飛び立っていきます。魔法界の大人は傘で移動するのが普通なのか。待ってる、ありがとう!と返事をするリコ。短い会話でしたが伝わるべきものは伝わったようです。と、同時に月の精霊が魔方陣へと還ります。
 月明かりの下、リコは嬉しそうに父を見送ります。


④次回予告
 なんかモフルンが一番知ってそうな雰囲気。


○トピック
 姉といいあんましゃべんない一家に生まれたリコ嬢の苦労が忍ばれます。


 すれ違ってしまった父娘。朝日奈家とはーちゃんの応援が彼らを近づける。
 といっても、父と娘が抱き合って「おお!娘よ!」「ああ!お父様!」と距離を一気に縮めるわけではなく、彼ららしい距離を置きながら心の整理と準備をする話で、おそらくまた出番があると思われます。
 基本的にリコの自尊心や家族観はリズとのエピソードで整理は付いています。リアンの登場は今後の前段となる部分、つまり今回語られたリンクルストーン覚醒のキッカケ、新たに現われた精霊が今再びみらいとリコの繋がりによって動き出すことが確認されています。
 また、親との共同戦線もポイント。シリーズで親にプリキュアがバレたのはフレッシュやドキドキなどいくつかあるんですがいずれも終盤で、ストーリー上の実際的な変化はありません。世間にプリキュアが周知されることの裏付けみたいなものだったんですが、今作では協力者のポジション。これは親(大人)も成長していくという部分にもかかっていて、プリキュア(子ども)が起こすことがとりもなおさず大人達にも、ひいては世界にも影響していく……予感がします。いや~、前から言ってますが、魔法つかい全く読めなくて「そんな気がする」みたいなレベルでしか言えないんですが。


 本作の監督である三塚氏はこのように語っています。

 「ここ最近の『プリキュア』シリーズは主人公たちがプリキュアに選ばれることで、世界を救ったり、誰かを助けなければいけないという気持ちから行動することがわりと多い。その結果、自分を削りながら戦うことが多いように感じていたんです。なので、今年はできるだけ、そこから一旦、別の方向に行ってみたいと思っていて
 「戦いはするんだけれども、あまり使命感を強く押し出さないというか。自分たちの貴重な日常を、戦いに費やさない方向で描けないかな、と

 「あくまで彼女たちは、普通の日常を送るべき女の子であって、例えば、まるまる1日特訓するとか、貴重な青春をそのために使うのはちょっともったいないと思っていて。言い換えると、プリキュアであることが人生にとってリスクになっちゃいけない、というか。あと「敵」と呼べる存在を持ってしまうことは、必ずしも幸せではないと思うんですよね」(フェブリ 36号)


 先にも書いたように、本作は子ども達に大人の業を背負わせません。大人の欲を押しつけもしません。彼女達はプリキュアとしての使命も責任も無いし、思想戦もしません。子どもの世界で子どもとして学び育っています。そしていつの間にか親の手を借りなくとも自分で考え、自分で立ち上がる力を身に付けています。しかしそれは親(大人)を必要としないという意味ではありません。意思ある人間として、誇りある人間として対等な人間として大人も彼女達を認め、彼女達も彼らを認める。そのような描かれ方をしています。
 大人の代わりに世界を救わなければならなかったプリキュアは、もしかしたら今回は大人達とともに世界を救うのかもしれない。この前も書きましたが、本作はこれまでと違う結末を見せてくれそうな気がします。


 あ、あと、どうせ最終回とかその辺りでまた書くと思いますが、三塚氏のコメントは本シリーズの核心を突いています。
 つまりそれは、「一個人としての幸せを素直に求めたい」という気持ちです。これをテーゼとしてプリキュアは生まれました。その後に「自分の幸せのために他者を犠牲にしてよいのか?(他者の不幸に見て見ぬ振りをするのか?)」というアンチテーゼが生まれてこれが救済路線として最近まで続いていました。自分の都合だけを見るか、相手の都合も見るか、とも言えます。この辺は再三この感想で書いてきたので繰り返しはしませんが、このテーゼとアンチテーゼは繰り返していいと思っています。だって、どっちも大事だもの。
 より良い生き方とはどんな生き方か。プリキュアはそれにどこまで、どのように答えることができるのか。正義の味方としてではなく、正しき人としての在り様を求めるのがプリキュアシリーズの本懐だと思っています。この二つのアプローチ、せめぎ合いが本シリーズに彩りと活力を与えています。矛盾を抱えることは決して悪いことではありません。その中で見えてくるものもある。


[ 2016年09月18日 23:22 ] カテゴリ:魔法つかいプリキュア! | TB(0) | CM(-)
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