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壊れた脳 生存する知(山田規畝子)他

壊れた脳 生存する知 (角川ソフィア文庫)奇跡の脳―脳科学者の脳が壊れたとき (新潮文庫)

壊れた脳 生存する知(山田規畝子)
奇跡の脳―脳科学者の脳が壊れたとき (ジル・ボルト テイラー)



 ある日の朝礼で、私の上司であり、主治医でもある義兄が、全職員を前にしていった。
 「ここに入ってこられる方は、病気やけがと闘って、脳に損傷を受けながらも生き残った勝者です。勝者としての尊敬を受ける資格があるのです。みなさんも患者さんを、勝者として充分に敬ってください」

(壊れた脳 生存する知」より)


 両名とも医師、三十代の頃に脳卒中を発症、リハビリを経て仕事に就いた共通の経歴があります。常人が想像を絶する体験を経てもなお、彼女達は希望に満ち、勇敢に立ち向かっていく姿が綴られています。

 脳卒中を起こすとほぼ後遺症(高次脳機能障害)が残る。では、それはどのようなものか?ということはあまり一般に知られていない。私も知らなかった。
 意外に、というと失礼だけど、勘違いしやすいのは知能が低下するわけではないこと。それは本を読めばわかる(文章はしっかりしているし語彙も豊富)。知能が低下しているように見えるとすればそれは様々な機能障害によるもので、これらにはいくつか種類がある。下記は「壊れた脳~」の巻末解説から(主に山田氏の症状)。

・空間性認知障害
 目で見た情報を上手く処理できなくなる。モノと背景の区別がつかなくなったり、上り階段と下り階段の見分けがつかなくなる。時計が読めない、文字を文字として認識できない。辞書で調べるときもどの単語が先に、後ろにあるかの見当がつかないなど。また、自分の身体が空間に対してどこに位置しているのか、右手と左手の区別が困難になるなど。

・記憶障害
 短期記憶が使えなくなり物忘れが激しい状態になる。常識を忘れる。自動車を運転していても右側通行と左側通行を忘れてしまうなど、普通の人から見たら「なんで?」と思うような当たり前のことを忘れたり、パッと出てこなくなったりする。

 この他、言語障害や身体障害(半身不随など)も起こる。痴呆症と大きく違うのは本人に自覚症状があることで、失敗やできないことに対して本人もそれを自覚できることにある。この障害が理解されにくい大きな要因は(身体障害が無い場合)外見的には正常に見えてしまうので、正常であることが期待されてしまう点。要するに同情されにくい。それが本人に対するプレッシャーや孤独を強めることにもなっている。

 本を読んだ感じでは、ここの精神的な苦痛をどう乗り越えるかがその後のリハビリや復帰に大きく影響するのではないかという気がしました。思考能力も昔の記憶もある。そうなれば本人は頑張って昔を取り戻そうとするんだけど、なかなかそうはいかない。普通のことをやるだけでも疲労困憊。エネルギーを少しずつ貯めて、使ってまた休んで、ということを何度も繰り返したと両氏とも語っています。そういった状況の中で理解者や支援者がいなければ孤立してしまうし、頑張ろうという意欲も消えてしまう。ふたりが幸運だったのは理解者が居たことと、これは面白い共通点だったのだけど、どちらも学習意欲と負けん気があったこと。できないことを悔やむのではなくできるようになったことを誇ろう、ちょっと失敗したってそれがなんだ、という意欲と楽観、図々しさが彼女達の回復力と順応力に繋がったのではないかと思います(年齢的にも若かったというのもあるでしょう)。長期にわたるリハビリを乗り越えた彼女達が口を揃えて強調するのは、脳には驚くべき能力が備わっていること。たとえ損傷したとしてもそれを補うように成長し、様々なことを吸収するバイタリティが備わっている。

 認知機能が大きく損なわれると人間はどのようにモノを見、感じるのか。当事者の口からそれを聞けるのは面白い体験です。面白いと言うと不謹慎なのかもしれないけど、彼女達の本は闘病記でもあり人生哲学を語った本でもあります。彼女達は決して腐ることなく人生に向き合い、受け入れ、未来を語る。病気や障害を知ることはそれほど難しくない。ネットで検索すれば症状や予防方法がいくらでも出てくる。しかしその裏で忘れられがちなのは、彼らが誇りある人間であるということ。障害を知ることと、障害者を知ることは似ているようで全然違う。残念なことに私はそれをよく忘れる。当事者の言葉はそれを思い出させてくれます。
 また、調べてみると脳卒中後の自殺率は健常者に比べて高いというデータがあるようです(特に罹患から5年以内が爆発的に多くなる)。生活が一変してしまうこと、障害そのものの苦痛や孤独感、かつての自分との比較など絶望しない理由を探す方が難しい。病気や障害とどう闘っていくか、付き合っていくか。彼女達の言葉は生きるヒントを与えてくれます。


[ 2016年05月04日 18:53 ] カテゴリ:本の感想 | TB(0) | CM(-)
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