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第21話「想いよ届け!プリンセスvsプリンセス!」

○今週の出来事
①誘惑の森

 時は遡り、トワがいた頃のホープキングダム。
 思うように曲を弾けず焦りが積もるトワ嬢。そんな彼女に「なれるさ」と声。叶えてあげようとさらに呼びかけてきます。
 嬉しそうに振り返ると眼前には怪しげな森。思わず後ずさり。首を横に振る彼女に、声はなら仕方ないと誘いを引っ込めます。それでいて兄はさぞがっかりだろうと罪悪感を刺激。トワは夢を叶えるために自ら森の中へと進みます。
 言うまでもなくこの導入ははるかと対を成しています。両名とも(グラン)プリンセスになりたい。そこにかけられた言葉も「なれるさ(なれるよ)」。しかしそこから先は異なる。元は同じでもはるかとトワは枝分かれしていて、これは次回にかかってくると思われます。

 「ワタクシハ…ブラックプリンセス。コノセカイニゼツボウヲ」
 現在。見た目が変わったと思ったら言語能力にも支障をきたしています。
 ディスピアの命令を受けてトワイライトはプリキュアとカナタに攻撃をしけかけます。動揺して反応が遅れたカナタを庇って、はるかが変身しながらガード。こういう特殊変身かっこいいよね。トゥインクルも加勢して一旦仕切り直し。謝るカナタをフローラは労ります。
 黒い鍵の危うさを直感的に見抜くフローラ。トワイライトを食いつぶしかねない。時間はかけられません。
 カナタの妹云々についてマーメイドとトゥインクルは詳しく知りませんが、わからないなりに話しについてきてくれます。トゥインクルは話しのツボ押さえるの上手いよね。ま、要するにそういうことです。

 即行速戦。必殺技を連発してトワイライトを封じ込めると一気にフィニッシュ…と行きたいところですが先にトワイライトがモードエレガント。バイオリンを弾くしぐさをするとビーム。エア演奏とかシュールだな。
 カナタが防御。この人超使える。どっかの名ばかりの神様とは一味どころか十味以上違います。そのせいであまり出張れないけど。強すぎて退場。よくあることです。トワ!と呼びかけても無反応。
 ディスピアが姿を現します。「お前の妹は夢を持っていた」。強く大きな夢。しかし大きい夢は道のりも遠く険しい。
 「己の未熟に苦しみ不安に溺れた王女の心に私は呼びかけ、そして……王女は自ら踏み入ったのだ。絶望の森の奥深くへ」
 わざわざ絶望の森と言っているように、ディスピアは花のプリンセスの怖い魔女とかけています。そうするとトワが花のプリンセスのポジションになるわけですが、これははるかと並ぶ位置付けということなのでしょう。ふたりともプリンセス目指してるし。イース、セイレーン、レジーナと同じように番組中盤から終盤への物語の軸を担うポジションが与えられています。夢を抱きながらも迷いの森へ入り込んでしまった…というのがトワの物語です。

 トワを誘拐した狙いは王国民から希望を奪うため。意気消沈した国民達の絶望がディスピアの糧に。本来なら用済みだった王女は、余興を思いついたディスピアが色々改竄してディスダークのプリンセスに。誘拐して洗脳って、普通に怖い話しです。
 希望の王女が絶望の王女となって希望を消し去る。しかしそんな余興も数々の失敗によって破綻。失敗作だったと切り捨てます。最近のプリキュアでは珍しい悪党ぶり。
 その失敗作に最後の命令が下されます。


②舞う花のプリンセス
 カナタのバリアも吹き飛び全員ダウン。トワイライトは完全にディスピアの操り人形。これ次回どこまでやるのかわからないですけど、母と娘の関係って結構ややこしいと聞きます。母親が娘を自分の代理にするのはしばしばあるようです。余談ついでに言えば、例えばきららとステラはフランクではありつつも意識的には母と娘の境界線がちゃんとあります。共有できるもの、できないものがあるし、両人ともそれが分かっている。ところが姉妹のように仲の良い母子はこの境界がひどく曖昧になります。共有部分が多くなればそれだけ勝手にぶんどりやすくもなる。それは自我への浸食といって差し支えない。トワの話しは夢を求めるあまりに身を焦がしてしまうネガティブな面と、他者(母)がそこに入り込んで引っかき回す話しが輻輳しています。たぶん後者はプリキュアでやらないと思いますが、やってくれたら大喜び。

 「夢は…あるよ
 フローラが立ち上がります。
 シャットとロックが遅まきながら到着。パワーアップしたトワイライトにシャットは歓喜の声。浮かれていたら目の前に巨大なディスピアの顔。慌ててどけます。という茶番をスルーしてディスピアはフローラに見苦しい、何故立ち上がるのかと問いかけます。これクローズさんだったら間違いなく消されてたと思うわ。ギャグキャラにジョブチェンジしたおかげで寿命の延長に成功。
 フローラは瞑想するように瞳を閉じると「希望はある」と静かに、力強く言います。脳裏にはトワイライトとの出会い。目を開くと顔に笑みがもれます。眼前にはあの頃と姿を変えた彼女。しかしフローラの瞳には何一つ変わらないものとして映ります。
 「今、私の目の前に!

 跳びかかってきたトワイライトの攻撃をステップを踏んではじき返します。バイオリンは心を閉ざして弾くもの。あなたはそういった。
 「でも私、あなたの演奏にすごく感動した
 「あなたみたいに弾けるようになりたいって、思った!
 フローラの力とトワイライトの力がぶつかり合うと周囲に花びらが舞い散ります。何その固有結界。優雅に、軽やかにトワイライトの攻撃を受け流すフローラの動きはまるでダンスを踊るよう。
 「それはきっと、あなたの音色は心を閉ざしても抑えきれない夢!
 「それに! 遠く離れたカナタへの想いで溢れていたから!

 いやーほんとタイミングよかったわー。つい先日ルース・ベネディクトの「菊と刀」を読んだんだけど、あ、これ終戦直後に出版された本で、日本人の心性(伝統や文化)をアメリカ人と対比させながら書かれた本なんですが、それを読むと当時の日本人の心性がどんなものか、またそれがどれだけ今の日本人にも受け継がれているかがわかります(廃れたものもあります)。著者は日本人の鍛錬についてこう述べています。
 日本語では、鍛練の達人が到達するとされる心境のことを、さまざまな言い方で表す。役者・信徒・剣客・説法師・絵師・茶道の師匠など、立場に応じて、充てられる言葉はまちまちである。それらはいずれも同じ意味を帯びている。ここではもっぱら、そのうちの一つである無我という言葉を使うことにする。
 無我は、上流階級の間で盛んな禅宗の用語である。無我の境地の定義はこうである。それは、人間の意志と行動との間に「ずれがなく、髪の毛一本差しはさむ余地がなくなる」という経験を指す。その際、宗教上の経験であるか、それとも宗教と無関係の経験であるかは問われない。放出された電流は、瞬時に陽極から陰極へと走る。ところが、無我の境地に達していない人々の場合、意志と行動との間にいわば壁が立ちはだかり、電流を絶縁する。日本人はこれを、「観察する自己」および「干渉する自己」と称する。
 そして、特殊な訓練を経てこの絶縁体が取り除かれると、「している」という感覚がなくなる。回路がつながり、行動は何の努力も必要としなくなる。それは、「主客合一」の状態である。行為は、当人が心に思い描いたことをそっくりそのまま再現する。

 日本人の哲学によれば、人間は心の奥底では善なのだという。内なる衝動が直接行動となって具現化するとき、おこないはよいものになる。しかも、努力を要することなく。


 いわゆる達人とか、鍛錬を積んだ人に対してのイメージってあると思うんですが、この「主客合一」の感覚は現代の日本人にも残っていると思います。よく漫画やアニメで主人公が覚醒すると異常な身体能力を見せる(特に技量が伸びる)ことがありますが、それが説得力を持ち納得されるのは心技体が一つになることが合意されているからだと思います。まあ、この当時心は体よりも優位にあると思われていたので精神論と安易に結びつきやすかったんですが。今でも心が明瞭であれば肉体がそれに追従する考えは残っています。
 フローラの動きは彼女の心を体現しています。今回最大のポイントは彼女のこの神がかったアクションです。この目を見張る立居振る舞いがあればこそ、フローラにとってのトワイライトの演奏がそれと同じなのだと理解されます。ここはもう映像による説得力ですね。
 「心のない人にあんな素敵な演奏できないよ!
 「あなたの心は無理矢理閉ざされているだけ!
 「あなたの夢もカナタへの想いもその中で生きてる!
 自身の体験と直感からフローラは確信を持って叫びます。

 シャットとロックが横槍を入れてきますがこちらもマーメイドとトゥインクルが助太刀。体勢を整えると必殺技。でも押しが足りない。しかしフローラは弱気になるどころか笑います。希望の力はある。
 カナタがバイオリンを奏で始めます。幼少の頃に一緒に練習した曲。ちなみにバイオリンはパフが気を利かせて持ってきたようです。
 「君とまた一緒にバイオリンを弾きたい」
 「それが僕の夢。君とでなければ叶えられない夢」
 あの時の夢をもう一度思い出して欲しい。彼女が涙を溢すと光が溢れプリキュアの力を受け入れます。仮面パリーン。やっぱ割れるよね。たぶん次回鍵のメッキもこのノリで剥がれると思います。


③再会と別れ
 変身が解けたたトワはいつもの黒い服のままで髪型が昔に戻ります。これはこれでいいんじゃないかな。シャットさん的には好みではない様子。

 中ボスを倒しダンジョンから脱出。このままいるとディスピアと戦うはめになります。
 向かう先は旅の扉。アロマとパフがワープした例の扉です。後ろからツタが伸びてきます。直前でカナタがガード。トワが目を覚まし再会を果たします。カナタは彼女を勇気付ける言葉をかけるとはるか達に脱出を促します。自分は扉を破壊する。当然捨て身覚悟。手を貸そうとするはるかを彼は遮ります。君達のおかげでトワと再会し、なくしていた希望を見つけることができた。すぐに行く、まだ叶えたい夢もある。フラグガンガン立てまくってます。これ黒くなって現われるパターンだわ。
 はるかを強制送還。扉を閉めると自分はディスピアと対峙。
 「会いたいと心から望めばきっと……はるか、また会おう!」


④次回予告
 海に向かってごめんなさいするか、どら焼きに向かってごめんなさいするか選べ。


○トピック
 そしてカナタは心をふたつに分け、身体は妖精に。


 プリンセスvsプリンセスと銘打っていますが実質的には次のステップに入っています。
 物語のテーマはあくまで夢。どっちがプリンセスとして正しいか、強いかなんてどうでもいい。ラブリーの「愛はあるよ」ばりの「夢はあるよ」発言が飛び交っていますが、本作は一種の性善説、人は夢を持ち、その夢は消えることがない、というスタンスに立っていることがわかります。はるかがトワイライトに好意的で、彼女の演奏に強い共感を抱いているのもそれと関係があります。絶望することがあってもその中心には希望が、夢があるはずだと本作なら言うでしょう。夢は抑えきれないほどのパワーを持つ。徹頭徹尾夢を肯定しています。クローズ戦と同じように、関係者(他者)を同席させて夢を共有させて突破するのも同じ理屈ですね。

 それだけだと1クール目とほとんど変わりませんが、ここで夢の肯定者としてはるかが存在感を持ち始めています。
 今回彼女がやっているのは、完全に自分の外の話しです。自分は夢を持っているから絶望しないといった主張は一切せず、夢も希望も全てトワの中にあると一貫して言っています。トワイライトの美しいバイオリンの音色は、そこに心、強い夢があるから。つまり今回はるかが行っているのは自分にとっての夢ではなく、人の力の奥深くには夢があるという指摘です。この意味で力と夢は連動しています。優れた力は本作では肯定されています。みなみもきららも、そして努力の結果今や才女の域に達しつつあるはるかもまた肯定される。主人公が力持ってて強いんだから、力を持っている奴否定できないよねって話しでもありますね。

 力と気持ち(心、夢)はイコール。はるかが確信するとき彼女は美しく舞う。
 これ、非常に珍しいと思います。これまでのケースではセイレーンとレジーナがそうだったように、事前に善人であること、無邪気な子どもであることが開示されていました。それを主人公達が知っていたからこそそれを担保に肯定できたのです。ところがはるかとトワイライトにはそれがありません。トワイライトは敵のお姫様。それ以外のことはやっていない。カナタの妹だったことは理由になりません。はるかが「希望はある」と発したその理由はトワイライトの演奏です。
 感動するほどの音色を奏でられる人ならきっと強い心を持っている。それだけ。積み重ねもなにもない。この直感だけ。しかしこの点ではるかは一貫しています。彼女は最初からずっとトワイライトに好意的でした。ディスピアに操られていたから、カナタの妹だったからではありません。元をただせばみなみやきららへの気持ちもこれと同じです。この一貫した心の持ち方は彼女の強みになっています。
 一般的に人は自分の結果は努力という言葉で正当化する反面、他人の結果は才能という言葉で片付けがちです。はるかの共感はそのような安易な判断を下しません。彼女が強い思いで努力してきたように、トワもまたそうしてきたのだろうという理解があります。幼少の頃にバイオリンが上手く弾けなかった冒頭のエピソードはそれを補完しています。一言でいえばはるかの他者理解のキッカケは「すごい」。要するに子どもの感想の持ち方と同じです。すごい。自分もなりたい。そこから彼女は向上心と他者理解へと発展させています。

 はるかが示すのは、夢を持つ人の強さ、優れたものを持つ人への揺るぎない信頼と賞賛です。本作プリンセスはそれが徹底されています。力ある者を、その心の強さを信じ愛する。力を持っていても心が間違っているなら否定される、あるいはたとえ力が及ばなくても正しい心を持っていれば勝つ、というのは一種の逃げ道を用意することになるんですが、それをやる気が無い。夢は強い。それが鮮明になっています。


 そんな風に肯定される夢ですが、もちろんそれで終わりではありません。夢への思いが大きすぎるが故に躓いてしまったのがトワなのですから。また、どこまでやるのかはわかりませんが義母であるディスピアとの関係もあります。これをどのように進めていくかで物語の方向性がだいぶ定まってくるはずです。夢を叶えたい。夢は大切。そこに伴う試練と課題。これをどう選び取っていくか。
 とりあえず、ベッド取ってごめんなさいって七瀬さんに謝ることから始めましょうか。


[ 2015年06月28日 15:30 ] カテゴリ:Go!プリンセスプリキュア | TB(0) | CM(-)
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