六畳半のすごし方 TOP  >  本の感想 >  未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命(片山杜秀)

未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命(片山杜秀)

○未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命 片山杜秀 新潮選書

未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命 (新潮選書)


 この本の面白い着眼点は、第一次世界大戦の日本への影響。この戦争はせいぜいドイツの中国領を奪い返した(日清戦争でもぎ取ったのに、三国干渉で手を引いたらその後ドイツが持って行った)程度だったんですが、その際に日本は当時最新鋭の火砲を使って圧倒的火力差で勝利しました。
 この戦争は日本にとって近代戦の予行練習だったそうです。その結果生まれたのは近代戦は火力、弾数が多い方が勝つ総力戦であり、勝敗は国力の多寡で決まる明確な定量的戦争観です。これは当時の日本軍が内部資料として残したものに書かれていて、精神論は無用の長物と化す……はずでした。

 ところが、周知のように太平洋戦争では精神論に傾倒した。確かに絶対的物資不足が慢性化すると玉砕的で精神論的な道しか残されないのですが、でも、最初からそんな雰囲気があった。何故か。著者によると上記の認識があったからこそだと言います。

 本書に登場する人物は主に3名。
・皇道派 小畑敏四郎
・統制派 石原莞爾
・戦陣訓 中柴末純

 順を追って説明されていて、小畑は第一次大戦後、日本軍内の統帥要領をまとめた人で、この内容を簡単に言えば、即行速戦で敵軍を包囲殲滅して完全勝利しろという内容。兵站については項目はあっても中身がない。
 これだけ聞くと脳筋かよ!と思われそうですが、そうではなく、国力がモノをいうなら、そもそも日本勝てないよね?っていう認識が前提にあります。小畑は日本が「持たざる国」であることを認識しすぎた人で、勝てないなら勝てる奴としか戦争できないと考えました。当時の日本とアメリカの国力差は9倍。イギリスとは4倍。勝負にならないことは明白。なら、勝てる相手に対して最小限の被害で済む戦いをして、強い相手とは戦わない。これが小畑の戦争観でした。戦わないためには外交で上手くやる。戦う相手を選ぶ。ただ、軍隊が最初から負けることを想定して規律を書くわけにはいかないので、いつでもこうやって戦いますよ、という体裁を整えるには先の即行速戦型の文言にするしかなかったというわけです。

 これに異議を唱えたのが統制派の石原。この人は満州事変に関わった人です。小畑は受動的すぎる。そんなんじゃいつまで経っても日本は持てる国になれないし、大国から戦争をふっかけられないとも限らない。「持たざる国」なら「持てる国」になればいいじゃないと考えた。そのためには国力増強が不可欠。だから満州に目を付けたんですね。満州事変後すぐに農民移民団が作られましたが、おそらくこの文脈でしょう。「統制派」というのは経済統制の意味合いも入っています。
 ちなみに、皇道派は2・26事件などで日本軍内部勢力争いで負けてその後は統制派が実権を握っていきます。が、石原も政治に口を出しすぎたため煙たがられて左遷されてしまいます。
 つまり、即行速戦の基本戦略は残ったまま、満州を手にしたままで、その当事者達は表舞台から消えてしまう。残ったのは過去に作った慣例と新しい指導者だったわけです。

 そこで登場するのが「生きて虜囚の辱を受けず」で有名な戦陣訓に関わったと目される中柴末純。
 この人はぶっとんでいました。勝てないなら勝つまで戦えばいいじゃない! 機関銃撃ってこようが日本人が肉壁の勢いでつっこんでいけば、敵が戦意を失って勝つはずだ! だから死ね! 死ぬまで戦え!と言いました。そのために日本人を教化した。天皇万歳で死ねる兵隊。それができないようでは勝てない。
 限界がある日本軍の戦力でそれでも戦い抜くやり方を考えたときに、これしかないと思ってやったのだろうと著者は言ってますが、こんな人が偉かった日本は終わってますねとしか言いようがない。実際終わったんですが。


 太平洋戦争中の日本軍イメージって「勝てもしない戦争を精神論振りかざして戦った無能な軍隊」だったんですが、事はそう単純ではなく、辿っていくと国力において絶対的に劣る国が帝国主義的領土拡張競争に巻き込まれてしまった状況が見えてきます。もちろん、日本内部の問題も多くの脆弱さと無責任さがあったんですが、ドイツもそうだったように、完璧な体制(政体)で戦える国なんてなかったんだろうな~という気にはなります。
 日本軍内にこうした文脈があったというのは押さえておいて損は無い。


[ 2015年06月11日 07:53 ] カテゴリ:本の感想 | TB(0) | CM(-)
トラックバック
この記事のトラックバックURL