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第43話「ぶつけあう想い!ラブリーとミラージュ!」

○今週の出来事
①恋い焦がれて

 ミラージュと対峙。最後には不幸になるだけだと絶望しきっている彼女にファンファンの声は届かない。三幹部をさらにこじらせた方です。
 そう思わせてしまったのは自分だと言う神様。でもこれは相手の不満を立証しただけで何の解決にもなりません。それが分かってるクセになにもしてねーじゃねーか!とさらに反感をかうだけです。事実、ミラージュは全部あなたのせいだと恨みをぶつけます。
 ラブリーが割って入ってブルーは悪くない!と弁護。…話しがややこしくなってきました。元彼と口論していたら新彼女が割って入ってくるとか修羅場にしか見えない。私はブルーのことを良く知ってるのよ、と言わんばかりの態度にミラージュ様はマジギレ。ほら、怒っちゃったじゃないですかー。
 自分を捨ててアクシアに封じただけでは飽きたらず、今度は自分を消そうってのか!と悪い方(当初の目的としては事実)に受け取るミラージュ。今回ラブリーの見せ場なので肝心の神様は傍観者になっていますが、アクシアに封じた件はちゃんと謝罪すべきだと思うよ。
 そこで指をくわえて見てろと神様を磔にします。

 ミラージュが自分の涙を床に落とすと、床から大量の水が溢れてきます。面白い仕掛け。巨大な鏡にはミラージュ自身が磔にされる映像が浮かび上がります。サイアークと同じ。違うのは自分で自分を縛っていること。今のミラージュは不幸の体現者。自分を不幸にしている人。分かりやすい。
 堕天使っぽく黒い羽を生やして戦闘フォームに。心なしか等身が高めになって、中学生vs大人みたいな構図に。

 不幸か愛か白黒を付けよう。望むところ、とラブリーはライジングソードを引き抜きます。カッコイイ。
 しっちゃかめっちゃかに剣を振るうラブリーに鏡でリフレクトさせたビームを側面から当てます。テンダーもそうなんですが、プリキュア経験がある人は戦術に幅があります。格の違いを見せます。
 この世の真実は悲しみ、苦しみ、迷い、痛み、全て不幸で占められている。幸せなんて世界を知らない人間の儚い夢に過ぎない。そう悟るミラージュ。個人的には本気でそう思うのなら死ねばいいんじゃないかな、と本気で思います。そんな世界ならこっちから願い下げだと私なら見切りを付けてしまう。そうしないのは未練があるからで、その未練が怒りや怨嗟に転嫁されていると見るべきなのか…。実際のところはよく分からない。執着はエネルギーの源泉になるものだと思うんだけど、その点で私はそれをエネルギーにしにくい。執着、特に人への執着は自我の希薄化(他者への同一化、依存)を招くので一定値を越えることはない。その分を好奇心で補う。面白そうなことや興味が沸いたものをやる。つまり遊びだ。飽きたらそれまで。それは生きることにおいても同じ。プラスであればやるが、マイナスになった途端見切りをつける。自分を忘れるほどに憧れたり恋い焦がれることは無いが、深く絶望することもない。意識的にというより、自然とそういう風になっているので、それがそのまま人生観や認識になっているから他の人の視座はよく分からないんだよね。たぶん、他の人は他の人で、同じように無意識に違う視座を持っているんだろうけど。
 だから、その、なんだ、ミラージュさんのような人はある種の代償なんだよ。誰かを強く抱きしめたい、その誰かを失ったときに、空振りした手が自分を抱くんだけど力が強すぎて自分に爪を食い込ませるような。痛い、痛いと泣くその声にはその人の想いの強さが反映している。その痛みから逃げた私は好奇心でそれを代替している、と言うと卑屈っぽく聞こえるけど上手くできてるもんだと自分でも思うよ。まあ意識的にやってるわけじゃないんだけど。これはこれで面白い人生だと思っているし、面白くできる自信もある。自分が何故そんな人間に生まれついたかは知らないけど、そうなった以上はそれを誰よりも使いこなしてみせる。それができるのは俺だけ。それくらいの傲慢さがあってもバチは当たらないと思うんだよね。要は使い方。それを熟知せずに使えば大けがすることもある。なら、愛もまた使い方を熟知しなければならないんじゃないか、というのがラブリーに課されるわけだ。よかった、ちゃんとプリキュアに話し戻せた。


 無駄なあがきはやめろ、世界は永遠の眠りにつく。ラブリーを逆さ吊り。目の前に鏡に囚われたミラージュの姿。いずれあなたもそうなる、という示唆でしょうか。拷問のごとく責め苦を受ける中、ラブリーは目の前の鏡に映るミラージュの姿を見ると瞳に力が宿ります。

 雨。拷問が終わって水に浮かぶラブリー。対象的に至極ご満悦といった風なミラージュ。滅び行く世界と雨にうっとりとします。面倒臭い人です。たぶん、これが彼女なりの自分の慰め方なのでしょう。泣いている自分の姿を見てさらに泣き出す子どものような、その行為が当然の権利であり主張だと泣くことを目的とするような顛倒が見られます。
 「違うでしょ
 抗議するようにラブリーは立ち上がって言います。それは誤魔化しだと言わんばかりのニュアンス。
 「世界を不幸に染めて、ブルーを絶望のふちに追い詰める。これが私の願いよ」
 「そんなの嘘だよ!
 「私はあなたの攻撃を受けて、あなたの本当の気持ちが…その思いの強さが分かった。本当はブルーのことが好きで好きでしょうがないってことが!
 プロレスかよ。まずは相手の技を受ける。これはファントム戦でハニーがやったことと同じです。やはりこのプロセスはハピネス的に重要らしい。相手の言動の強さはその相手の気持ちの強さ。それを知るには一度受ける以外にない。それをしなければ相手の心に近づけない。共感とは痛みをも同様に感じることだ、というロジックだと思われます。物語が終盤に入って先鋭化してきました。
 図星をさされて取り乱すミラージュ。ラブリーに放った攻撃の一部が反射して鏡の一つを割ります。分かりやすい心象。
 「私にはあなたの悲しみが…苦しみが分かる。だって、だって…私もブルーのことが大好きだから!
 その言葉を受けたミラージュの表情には……敵意が浮かびます。


 割れた鏡が落ちると水面に波紋が広がってミラージュの立っている船が上下に動きます。それが収まると突然彼女は笑い出します。ブルーはお前を利用しているだけだ、いくら愛したって愛されることは無いと告げます。お前は私の二の舞、同じ穴のムジナだ。彼女の哄笑は蔑みと優越から出ている。
 「それでも……いいよ
 静かにラブリーは答えます。
 予想外の返事にミラージュは呆気にとられます。どうでもいいんですが、作画が気合入りすぎてこのアニメのテンションの上下っぷりが半端ねぇなって思います。良くも悪くも毎週「お前誰だよ!」みたいなツッコミをしたくなる。
 「これまでブルーと一緒に過ごした時の中で、私は自分が本当の自分でいる幸せを学んだの。それまで見えていなかった、見過ごしていた世界がブルーと一緒にいるとキラキラと輝いて見えてきた。心を幸せで充たすってこういうことだとブルーは私に教えてくれたの! その想いはブルーへの愛が叶わないと分かったからって消えたりしないよ!
 今まで見過ごされてきた誠司さんマジ涙目。初恋って初々しい的な。大人の汚さを知ってスレた女と初恋を知って世界に新鮮さを見た女の差的な。自分にもこんな時代がありましたよ的な。
 「あなたも同じはず! 一度見た幸せはどんな苦しみや悲しみの中でもなくなったりしないはずだよ!
 人と結びついた記憶、それが神聖なほどに思い入れが強い記憶というのはやはり大事に保存(記憶なので多少改変されるんですが、快い改変をするということは神聖である証し)されるのかもしれません。共依存や虐待された子ども時代があった人々がそれでも親との絆を強く願っているように(彼らは「優しい親」の記憶を大事に持っていることが多いようです)。ちなみに私にも幼少の頃の親との心地いい感情や記憶はあるんですが、親と仲が悪いわけではないのでそれを後になって悪いイメージで上書きした経験がありません。仲が悪くなると必ず上書きしなきゃいけないってわけでもないでしょうが、どうなんでしょう。恋愛事にも疎いし、ちょっとここは経験から実感として言えないんですが。もしくはその記憶が宙ぶらりん(現在の自分と解離がある)になるからこそ、その理想とのギャップに身を焦がすのだろうか。響が奏との想い出を燻らせたように。
 しかしそれにしても、世界が輝いて見えたとか、六花さんのマナへの気持ちは恋なんですね!!

 ブルーとの仲睦まじい記憶が蘇ります。
 磔にされているブルーを見やると、あの時と変わらぬ優しい表情を向けてきます。心揺れるミラージュ。ブルーのあの顔が今までで一番イラっときたわー。こいつの笑顔に「これまでの事は水に流して楽しくやろう」「そんな悲しいことは忘れようよ」みたいなニュアンスを感じるのは気のせいか。それもこれもこいつに誠実さを感じないからで、毎回美味しいところだけ持っていくからです。人がお膳立てした後でやってくるというか、肝心なことは全部人任せってのが心象落としてる。やったことのはた迷惑さに比して本人の苦労が少ないというか。こちらばかりが苦労しそうなんで、絶対に関わりたくないタイプだわ。それが地球の神ですって? 土星あたりの神様と交換してくださいよ。
 あの時の心地良い想い出。やっぱ巫女さん可愛いなぁ。説得を続けるラブリー。が、ダメ。

 愛は幸せになるための力だと言うラブリー。初恋パワーは伊達じゃない! 百烈脚を披露。この人、ほんと武闘派だよね。
 ジャイアントスイングで投げ飛ばすと、例の鏡に叩きつけます。さらに肉薄するとマウントポジション。存外なラブリーの力にミラージュはうめきます。
 ラブリーはミラージュが強がりを言っているのだと見抜きます。本当は悲しいのにそれを敵愾心に変えて見て見ぬ振りをしている。ブルーもまたミラージュを必要としている。自分はみんなに幸せになってほしい、ミラージュあなたも幸せになって欲しい。
 綺麗事を! ミラージュの額に自分の額をぶつけながらラブリーは思いの丈をぶつけます。
 「私はみんなに幸せになって欲しいのよ!
 ジコチューでした。もっとも、その情熱がなければできないこともある。情熱で動いている人は多い。仕事に夢や生き甲斐を求める人もそのタイプ。その情熱が暴走することもあるし、情熱と情熱がぶつかることもある。でも私はそれで良いと思う。世界から暴力が消えないのは敵意より善意があるからだと解釈している。だから私は暴力を否定しない。それで人類が滅びるならその程度の器でしかない。それがいやなら何とかするしかない。そのためにも情熱は必要だ。社会がそれなりに機能して回り続けられるならそれで良いし、適宜修正しながら回していけばいい。その手段として闘争があるなら、それもまた許容しよう。できれば穏便にケンカして欲しいんですが。

 イノセントフォーム。今頃気付いたけど、イノセントフォームの羽も蝶なんだね。ミラージュの黒い羽も蝶だけど。鏡が砕け散ります。
 落下するミラージュの手を掴むラブリー。
 「愛することを怖がらないでミラージュ
 「愛すること? 私がもう一度愛することができる?
 煎じ詰めるとここに来る。やはりフレッシュは救済路線のよき先駆者だったと思う。「もう一度、もう一度だけ、子どもを信じてみるよ」とトイマジンが言ったように、復讐者にしても罪人にしても、その根っこにあるのは自分が世界からつまはじきにされたという苦しみです。これを癒すにはもう一度その中に入れると信じるしかない。自分は他者から肯定される、自分は他者を肯定できる、というイメージが湧かなければその入り口に立てない。そのための手助けをプリキュアはやってきたと言えます。自分自身が罪人になることも含めて。ていうか、ミラージュは元プリキュアなんですが。
 例によってディープミラーが横槍を入れてきます。いい加減しつこい人だな。


②迷い子の魂
 文字どおり身を焦がす炎はブルースカイ王国を火の海へと変えます。

 拳と拳を打ちつけ合います。ミラージュさんがもう女児向けアニメの敵ですらない件。自分を燃料にして燃やし続けるミラージュは見るからに命を削っています。彼女の放つ一撃を接近して躱すと、抱きしめたラブリーはミラージュの命の強さを実感します。こういうことをやらせるとプリキュアは真摯に情熱的だと思う。何度も繰り返しますが、近年のプリキュアの主題は人の不幸と幸せ、苦しみの探究です。愛によってそれを癒せないか。いや、愛が苦しみを生むんだ。そうであるなら、苦しみで身を焦がす人には強い情念や生命力があると言えないか? それが路頭に迷い悲鳴をあげているのだとを言及しています。ラブリーは今、とても冷静にミラージュを分析しています。この戦いはイデオロギーでも無ければ、色恋沙汰ですらない。行き場を失った迷い子がそこにいるだけです。
 ミラージュが何故こんな大騒動を起こしたかと言えば、恋人に捨てられたことが悲しかったからです。傷ついたからです。私がこれだけ苦しくて悲しくて惨めな思いをしたことをお前(ブルー)は分かっているのか!という主張のためです。元を正せば「悲しい」から。でもそれをそのまま認めてしまえば惨めな気持ちになるだけです。だから人は往々にしてその悲しみを敵愾心や復讐に換えて糾弾する。ラブリーはそれを見抜きました。ミラージュの堅い鎧の中には傷ついた繊細な心があることを。ラブリーはミラージュの厚いベールを一つ一つ脱がしていく。むき出しの気持ちが解放されたときにそこに現われたのは、狂乱的情熱でした。
 これはとても面白い、真摯な指摘だと思います。つまりね、元のミラージュは巫女さんで清楚で可愛らしい、もっと言えば従順で大人しそうな子です。それが振られた腹いせにこんなキチガイじみた姿を現すのはもう別人になったのか、狂ってしまったのかと思えるほどです。なんて惨めでみっともない姿なんだと。あんな可愛い子も一皮剥けばこんなものかと。そうじゃない!とプリキュアは言っています。この想いの強さがミラージュという人間の本質的な強さで、彼女にはそれだけ人を愛せる力があるのだと言っています。だからこんなにも傷ついたんです。ラブリーはそんな彼女を肯定し守りたいと決意する。それは、これまでプリキュアシリーズがやってきた救済をより先鋭化するものです。
 「ミラージュ! 私はあなたを救ってみせる!
 「ブルーのため! すべての命の愛のために!

 ラブリーの羽が広がると光が波紋のように王国に広がり炎が消えていきます。
 「ミラージュあなたは強い。それは愛する力が残っている証し!
 その力があれば幸せは必ず戻ってくる。仲間達も戻ってきたので最後の一手。クリスマス商戦まではスポンサーに義理立てしよう。しかし、その後は知ったことじゃねぇ。それがプリキュアクオリティ。
 いつもなら物理で特攻かけて終了するところですが今回は違います。たぶん本来的にはこれが正しい。っていうが物理なのが間違ってる。廃人になったミラージュがプリキュアに弄ばれているようにも見えるのがシュール。愛を見失って絶望した人の表現としてはリアル過ぎて痛い。これはレジーナに対するアプローチと同じですね。その人の存在を肯定し愛そう。抱きしめよう。
 浄化とともに世界中のサイアークが消え、封じられていたプリキュア達も解放されます。ところで、そこ何処?

 膝を付いて呆然とするミラージュ。あらやだ可愛い。すったもんだありましたが、要するに一人の女の子の失恋と再生に纏められます。その再生にどれほどの時間を要するかは人によります。再生できない人もいます。
 目の前に立つブルー。ミラージュを抱き留めます。
 「ミラージュ君を愛している。300年前からずっと。ミラージュ、もう君を離さない。絶対に!」
 巫女さんの格好に戻ります。その光景に安堵するプリキュア達。
 神様はミラージュに口づけします。
 「よかったねミラージュ、ブルー。本当によかった…
 涙が溢れます。痛みを胸に抱きながら。


 忌々しく罵るディープミラー。ラブリーに目を付けます。どうやらブルーに恨みがある様子。真の黒幕が動き出します



③次回予告
 茶髪の子新キャラかな?と思ったのは私だけではないはず。


○トピック
 面倒くせーことは全部他人に押しつけて、美味しいとこだけ持っていったロクデナシがいると聞いて。
 ドロドロした話しですが、中の人的にママレードボーイだと思えば。来週から可愛い声の巫女さんが登場すると思うと胸が弾みます。


 プリキュアはシリーズ毎に作風をガラリと変えるんですが、本作もドキドキと対照的。分かりやすいところでは主人公達の精神年齢が違う(ハピネスは幼い)ことがあげられるんですが、逆に言えばマナ達は大人過ぎました。マナはレジーナの問題を理解していたし、その解決方法を最初から模索しようとしていましたが、反面、彼女の父を想う気持ちに共感していたわけではありません。ややもすると自分の気持ちをぶつけるばかりでレジーナをより混乱させてもいました。論理的にはマナがやろうとしたこと、友達も親も大切なのだと気付かせることは正解でしたが、その過程でマナがレジーナの苦しみを我がことのように共感することはありませんでした。友達との距離もそうですがドキドキは自立するのにちょうど適した距離を保つことで高度な連携と連帯を機能させていたのでこれはトレードオフと言えるかもしれません。

 ハピネスはまず友達との距離の取り方から始めた物語で、その過程で他人の想いが分からないことに頭を悩ませています。そこで得られた教訓は相手の思いを知るには懐に飛び込むしかないこと、共感と思いやりを持って相手を見るしかないことでした。
 相手の温もりを感じるほどに近づいて見たときに彼女達が知ったのは、その命の強さ、輝きです。この辺の流れはレジーナ関連と共通する部分が多くて、すごく面白い。今回の話しを見て真っ先に連想したのはドキドキの41話。ありすの「そこに命がある限り、諦めてはいけません」はとても好きなセリフで、プリキュアがハッキリと命という言葉を使ってそれを守りたいと表明したのはここが最初だと思います。人を命と抽象化してそれがどのような性質のものであろうと守り信じたいという表明。その文脈がハピネスに続いています。ちなみに脚本も演出の人も今回と41話の人は全く別なので、論理的に詰めていくとそうなるのだろうと思います。作っている人は違うけど、話しは連続していると言っているのはそういうわけです。

 子どもだったレジーナに比べ、ミラージュは元同年代、対比的には(大人の)女性として描かれていてより対等性があります(相手が子どもだと庇護対象になるため)。また、共感という手法も絶妙です。辛い経験をした人は相手の辛さが分かるというロジックを私は信用しません。人は自分が経験した辛さを比較に使う。自分がこれだけ苦労したんだからお前も苦労しろよ、これでも優しくしているんだ、と正当化するために使われることがどれほど多いか。実体験が優しさの源泉になるとは必ずしも言えないのです。むしろそこで必要になるのは感性(感受性)や想像力で、共感はそれらが高度に組み合わさったものです。本来、全く異なる人生の異なる人間の中に命の息吹を感じることは相当に難しいことです。憧れは偶像化を、同一化は無頓着を、庇護は支配と地続きで優劣が入り込みやすい。限りなく相手を対等に見やりその幸せを願うなんていうのは……ああ、だから愛なんだな。フロムの言うとおりだ。これを書いている今、ハッキリと繋がった。ラブリーがミラージュの命を感じ、それを救いたいと願うのは愛そのものなんだ。

 マナは王子たる器からあふれ出る博愛によって人を救い、めぐみは自分を含めた色恋沙汰(性愛)から愛を知りその根源たる命を救いたいと願う。親と一緒に居たい、恋人と一緒に居たい、その苦しみと葛藤から人の命の熱さと強さを見出すプリキュアは情熱的です。プリキュアがミラージュを救うことは、人の魂を救うことの所信表明と同義です。このように色恋沙汰から抽象化されて本質へと拡張、昇華されていくところにプリキュアの戦いの醍醐味があります。人を信じる人間賛歌の物語。
 でも、次回予告のミラージュ様の変わり身の早さに、人って怖いなって思いました。

[ 2014年12月07日 17:07 ] カテゴリ:ハピネスチャージプリキュア! | TB(0) | CM(-)
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