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大人のための児童文学講座(ひこ・田中)

○大人のための児童文学講座 ひこ・田中 徳間書店

 児童向け小説47作品を各4ページで紹介した選評集。
 「ふしぎなふしぎな子どもの物語」と一部被っている文章はあるものの、同書で見せた”読み”の鋭さはこの本でも冴え渡っている。その時代に子どもをどう捉えていたか、どう表現していたか、子どもを取り巻く環境が児童文学にどのような形で表れていたのかが解説されています。児童文学作品を概観しながら変遷を辿る仕様。そのため選評は先述したように時代性や書き手の意図を読みながら連続的に記述されています。巻末の紹介作品と同時期に起った社会的出来事の年表は対比するのに便利。

 著者の解説でなるほどと思ったのが、児童文学は恋愛結婚支持派だったこと。
 子どもらしさ、子どもはどうあるべきかが児童文学にメッセージとして折り込まれるので、当然子どもは愛されて大切にされるものだとの理念が黎明期の基本ベースになります。であれば親が恋愛結婚をしてその愛の結晶として子どもが生まれて大切にされている方が体裁がいい。
 そういったところからスタートしているようですが、後々これが崩れていきます。現実の世界で離婚率が増えてくる。これに合わせて児童文学の世界でも片親や孤児が出始めます。ただし最初は離婚をぼかすことが多かったそうです。また、過渡期では子どもがキッカケになって再婚したり、寄りを戻すなど家族の回復が描かれています。まだ子どもの力が信じられていたんですね。
 しかしその偽装も段々できなくなり、離婚を直接的に扱うことが増えてきます。アメリカでは60年代、日本では70年代後半。厳しい現実の前ではフィクションである物語も抗いきれないのか、子どもの力では親の離婚を防いだり、再婚を促すことができなくなっていきます。面白いのは、物語で描かれる子どもの姿も変わっていること。
 黎明期の頃は判で押したような天真爛漫で無垢な子どもや素直な子どもが描かれていましたが、これが変化して例えばトム・ソーヤのように自分が置かれた環境を自覚している子どもの姿が描かれるようになります。単にずる賢いのではなく、子どもらしく振る舞うことを理解している子どもです。無垢な子どもは自分を無垢だと自覚していません。自覚していたら無垢ではないでしょう。元々子どもが無垢であると考えるのが大人の勝手な幻想なんですが、そのイメージからの脱却が顕著になっていきます。
 離婚などの過酷な環境が鮮明になってくると、子ども自身の不安、恐怖、葛藤なども描かれるようになります。物語がリアリティを志向するようになる。もはやステレオタイプの子どもは登場しなくなり、子ども視点の子どもの世界が赤裸々に語られるようになる。児童文学はある種「子どもの特権」の元に作られたものだと考えられます。理想や理念ですね。ところが近年はそれが崩れている。離婚は隠せないし、大人が大人していないこともバレている。それと同時に子どもが子どもらしくない、ありのままの姿が描かれるようになるのは必然的な流れだろうと思います。

 子どもの家族関係で見てみると、離婚に合わせて「家族とは何か?」がテーマになっていきます。血縁ではない家族が表れ始める。本書で取り上げられた物語で最新のものは94年発表の「わたしにはパパだっているもんね」。これも両親が離婚して母親のところに住んでいる少女が主人公の話ですが、面白いのは主人公がその環境を利用している点です。母親と住むこともあれば父親と住むこともあり、主人公の判断でより快適な方と暮らすことを選んでいます。ここではそれまでのような悲壮的で辛い世界観を脱してポジティブな子どもの姿が提示されています。

 流れをまとめると、児童文学の世界ではそれまで愛され大切にされていた子どもが描けなくなり、次第に過酷な環境に置かれ始める。それに合わせて無垢だと思われていた(大人がそう思いたかった)子どもが次第にリアリティを持った人間として描かれ、子ども自身そうした環境を自覚していく。家族が複雑な人間関係によって作られているものだと明らかになり、そしてそれを自分の手で掴み取っていく。このような変遷を辿っているようです。
 いわば子どもの自由主義とでもいうのか、個の発見と選択が為されているんですね。子どもと大人の境目が曖昧になると「子どもだから」という免罪符が使えなくなる。理想やロールモデルがあるからこそその鋳型にはめようとする意図が働きますが、逆に子どもだから許されることもある。保護と自由はトレードオフ。もはや子どもは管理されるものでも、無垢でもない。現実と戦わなければならない。それでいて相変わらず弱い立場にある。分が悪すぎる。でもそこで足を止めるわけにはいかない。
 これを知ったときに面白いな~と思いましたね。児童文学に限らず、暗い時代、苦しい環境がテーマになるとそれに苦しむだけの作品から脱して前に進もうとする作品が出るものなんですが児童文学も変わらない。児童文学に対する見方が変わりました。読むときはそれが描かれた年代や時代背景も知っておくと面白さが増しそうです。

大人のための児童文学講座大人のための児童文学講座
(2005/04/16)
ひこ・田中


[ 2014年11月19日 20:08 ] カテゴリ:本の感想 | TB(0) | CM(-)
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