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第36話「愛がいっぱい!めぐみのイノセントバースデー!」

○今週の出来事
①親子の会話

 明日はめぐみの誕生日。ひめ達がせっせと準備する隣でめぐみが手伝わせてと言い出します。主役が誕生日会セッティングしてどうするんだと止めます。台所に大量の食材。実際いっぱい人が来たので結構な規模のようです。ところで今からローストチキン準備してますが、これって前日から置いといて大丈夫なものなんですかね。
 めぐみを追い出します。
 不満顔のめぐみに誠司は「今日だろ?」と水を向けます。その一言で理解。今日は久しぶりにお父さんが帰ってくると張り切ります。

 映画宣伝仕様OP。先日公開されたばかりですがもう必殺技撃ってます。あぶなかった。これだからプリキュアの映画はとっとと見てしまうに限る。映画でもライジングソードは大活躍。


 父帰宅。髭をはやしたナイスミドル。意外とカッコイイ人でした。嬉しそうにめぐみは抱きつきます。めぐみが視聴者と同じ精神年齢で描かれています。
 父親は海外での仕事をめぐみに見せます。国際なんたら機関みたいな支援を主体とした活動でしょうか。どうやらめぐみのお手伝いしたい願望は父の影響もありそうです。人助けはあたりまえな家庭なのでしょう。凄いね、と感嘆するめぐみにやりたいことをやっているだけだと答えます。どんなに凄いことでも本人にとってはそれが当たり前。だからこそできることできないことが見えてくる。謙遜でなしに自然体で話す父の言葉には大人の貫禄があります。
 妻に様態を尋ねます。良くも悪くもないとあっさり答える母にめぐみは真剣な表情で病気は自分が治すと言います。おそらくプリカードを使って、ということでしょう。「ありがとう。でもねお母さんは大丈夫よ」。意外な答えにめぐみはたじろぎます。どういうことか。
 父と母を視線を合わせると、打ち明けるように話し始めます。
 母の病気を治すのは難しい。でも無理をしないで薬を飲んでいれば普通に生活できる。本当にそれで大丈夫なのか? 念を押すように聞くめぐみ。
 「ありがとう。お母さんは幸せよ。素敵な旦那さまがいて、可愛い娘がいる。お母さんのことを思ってくれるめぐみのその気持ちだけで十分よ」

 ベランダで黄昏れるめぐみに父は毛布をかけてやります。少し気が抜けたと話すめぐみ。
 「私はなんとかしてお母さんを助けたいと思っていたけど、必要なかったのかな…
 「ごめんな、めぐみ」
 病気のことを詳しく説明しなかったことを謝ります。余計な心配をかけさせなくて病気のことはあまり話題にしなかった。
 「親は誰よりも子どもの幸せを願うものなんだよ。めぐみの幸せがお父さんとお母さんの幸せなんだ」

 やはりこうきましたか。めぐみのお手伝いしたい願望の根本は母への献身にある。おそらくめぐみは母の病気についてもっと深刻に捉えていたのでしょう。めぐみのメンタルは視聴者の子どもと同じ程度と考えられるので、この不安は妥当です。自分がなんとかしなければお母さんが大変なことになっちゃう!という危機感。5話の時に言いましたがこれは負債です。子どもが親の親になろうとする。身の丈を越えた努力を課し続ける。これを精算する必要があるだろうと思っていたのでこのエピソードは順当。しかしこれで解決させないのがやはりプリキュアらしいところ。今度はめぐみの中にポッカリと穴が開いてしまう。自分はもう必要とされていないのではないか、結局自分は親の役に立てていなかったのではないかという無力感と空虚感が起る。映画は別の問題をキッカケにしてめぐみに示唆を与えていますが、本編でもこうしてめぐみに内省を迫っています。幸せとは何か。自分にとっての幸せと他者のそれとは違うことに彼女は気付きつつあります。


②神様との会話
 誕生日当日。クラスメイトだけでなく色んな人が集まっています。どういう繋がり? 普段お手伝いしているので案外顔が広いのでしょうか。
 パーティドレスにお化粧。照れるめぐみ。誠司は彼女の姿を見て見取れてしまいます。誕生日だというのに浮かない顔。めぐみは空元気を出して誤魔化します。
 盛大なパーティが始まります。ホントに規模大きいな。ケーキが運ばれてきます。ちなみにロウソクの数は14本。公式サイトにも14歳の誕生日とあります。文化祭のときの3年2組はなんだったのか。飛び級でもしているんでしょうか。
 
 パーティも一段落してため息をつくめぐみ。誠司が声をかけます。疲れたと話す彼女は一旦引っ込みます。外の景色を見るようでいてガラスに映った自分の姿を見つめためぐみはまたため息をつきます。すかさず誠司が話しかけます。心配して付いてきたようです。
 よく分からなくなったと話すめぐみ。プリカードが集まったら母の病気を治すつもりだった。でも母は今のままでも幸せだと言う。
 「あたし、人助けに自信がなくなっちゃった
 今、彼女は変革を迫られています。今まで自分が考えてきた幸せ、人助けの意味が現実と解離していたことに気付き始めています。無論母が幸せだと言ったのは娘に心配をかけさせまいとしての意味合いもあるでしょうが、やはり事実でもあるでしょう。母の言葉を素直に受け取れば、めぐみは愛されているし、今までの彼女の献身を認めていることも分かります。だからこそ病気のことを打ち明けてこれ以上心配する必要はないと娘を病気の呪縛から解放しています。しかしめぐみの問題は最早そういうことではありません。自分が考えていた幸せ、人助けの意味が根底から覆された。何を成すべきかを見失ってしまった。
 一般的に言ってめぐみはとても良い子です。優しく献身的で素直。しかしそれがかえって彼女の現実認識をややこしくしてしまっています。もう少し彼女が鈍感ならそういうものかと現実を受止め順応していくでしょうが、彼女はあまりに特化してしまったので思考が偏っていました。それを矯正するのはなかなかに面倒臭い。さらに彼女の自己肯定感の低さも相まってダブルパンチ。とはいえ、こうした現実と自分をすりあわせていく過程は誰しもが通る道です。自分が考える幸せが他人の幸せだという思考からの脱却が図られようとしています。
 めぐみは視聴者から見たときに、同じか一歩先を行くキャラとして造詣されています。

 めぐみの言葉に誠司は困惑し一瞬言葉に詰まります。演技(演出)上手いな。人を助けてきたじゃないか。そうかな。ふたりの認識が違います。めぐみは今人助けをしてきたつもりになっていたのではないかと思っている。その疑念は半分当たっています。誠司のフォローも半分当たっています。プリキュアとしても尽力している。落ち込むなんてらしくないと誠司は言葉を続けます。誠司の言葉に一応頷くめぐみ。悩むことはない、自信を持てと誠司は励まします。後述する神様と話している内容が違います。誠司のフォローも決して悪いわけじゃないんだが今回はポイントがズレていた。誠司が言っていることは棚上げに他ならない。めぐみの内省は彼女の成長にとって必要なもの。現実と自分が摩擦を起こしているとき、苦しいとき、それは今のままの自分ではマズイというシグナルかもしれない。その機会に彼女は恵まれたと考えることもできます。

 不安を打ち消すように鏡の前で頬を叩くとブルーに呼ばれます。ミラールームに強制召喚。


 幻影帝国ではオレスキーが誕生日。当然誕生日会を準備しているだろうとチョイアークに確認すると逃げられます。完全に忘れられていたようです。
 煩わしそうに話すホッシーワ。隣でナマケルダも誕生日は知っていたけど面倒臭いからスルーしたと答えます。このふたりセットで登場すること多いよね。カビとケーキなんて相性悪そうなんだけど、キャラ的には組合わせやすい。
 ディープミラーがめぐみの誕生日会を知らせます。


 ちゃっかり盗み聞きしているブルー。流石です。ところでめぐみのポーズがエロい。映画でもラブリーの太ももがエロかった。
 何故か謝るめぐみ。プリキュアなのにこんなことで悩むのはいけないことなのではないか。そんなことはないとブルーは答えます。人を助けることは難しい。悩んでいい。誠司が完全に噛ませ犬に。ブルーのこの言葉にめぐみは救われたでしょう。人助けの難しさをめぐみはよく知っています。そんな悩みなんて意味が無いという誠司はブルーに比べると親身になっているとは言いがたい。流石ヒモとして300年以上女の子達に寄生してきた神様、落とすテクニックにかけては他の追随を許さない。
 めぐみは内心の不安をはき出すように打ち明けます。こういう風に本音で相談できる相手をめぐみは求めていたのかもしれません。誠司はめぐみを尊敬している部分があるので普段は彼がフォローしているように見えますが、精神的なレベルではむしろ誠司はめぐみを上に置いています。その彼からすればめぐみを対等に見ることは理想からの引き下げを意味するので抵抗があったのかもしれません。めぐみを今のままでいいと引き留める誠司はめぐみを突き放してしまっています。
 毎年プリキュアの映画は本編と直接リンクしていなくても、共通するテーマを扱っていることが多いのですが今回もそのようです。映画でも本編でもめぐみは自分のやってきたこと、やるべきことを見直そうとしています。それは彼女に洞察する力を養わせるでしょう。自分に疑問を持つことはそれが過剰でなければ良い働きをします。現実、他者、自己、課題を浮彫りにして解決するための問題意識が芽生える。よく周囲を観察し、よく自分を観察し、理想と現実の接点を見直す。締め切り、自分が求めるクオリティ、どこで人は納得してくれるか、その妥協点。仕事でも私生活でもそうした機会は多くある。その苦労を請け負う覚悟が持てた人は一段と磨きがかかるでしょう。まあ、本当に好きな人は苦労とは思わないでしょうが。
 ブルーはめぐみの手に自分の手を重ね合わせます。きたこれ。このジゴロ。
 「そうやって悩むのはいいことなんだ
 そうやって口説くことはいいことなんだ、とでも言わせたいのでしょうか。いや、言っていることは正しいし大人としての務めを果たしているとも思うんだけど、なんだろ、釈然としない。
 めぐみの心が成長するのに必要なことなんだ。ブルーはめぐみを肯定します。
 「めぐみ、君はそのままでいいんだよ。そのままでいて欲しい
 涙を溢すめぐみ。はい攻略完了。これが神の業。真面目なシーンなのにツッコミを入れざるを得ない。誠司と同じことをいっているようで内容は全く違います。誠司は変わるなと言っている。神様は変わろうとしているその姿勢のままでいいと言っている。どちらがめぐみの琴線に触れるかは一目瞭然。
 涙を拭いためぐみはブルーに話しを聞いてくれてありがとうとお礼を言います。そう、神様は話しを聞いてくれた。誠司は話しを聞こうとしなかった。ここが分かれ目です。めぐみにも幸せになって欲しいと答えるブルー。ダメ押しの好感度上げ。

 会場にはめぐみの両親も。お世話していますとお調子者のひめの頭にげんこつをお見舞いするいおな。いおなさんはこういう役回りですね。父が会場を見回すと大勢来ていると口にします。めぐみの人望を物語っています。本人はそれどころじゃないんですが。


③オレスキーとの会話

 オレスキーが会場に乱入。来客全員を一纏めにしてサイアークに。変身。
 リボンで攻撃してくる相手にこちらもハニーリボンで対抗。距離を取って戦いますが相手に圧されます。
 大使館から出て通りに出ます。久々のプリンセスバリア。が、全く効果なし。防御適性無さそうです。久々のブラスターも効果なし。
 誕生日をやりたがっているオレスキーをラブリーは誘います。一緒にやろう。しかしオレスキーは頑な。どうやら裏切られた過去があるようです。三幹部は傷ついた方々。ミラージュもそうですが幻影帝国は非常にネガティブな、痛い思いをした人々で構成されています。すなわち、この戦いは価値観の相違ではない。幸せを求めながらもそれが叶わなかった人々の怨嗟と悲鳴です。ちなみにプリキュア側はゆうこ以外片足を突っ込んでいました。そもそもミラージュが元プリキュアである以上、プリキュアであること自体に何の保障もありません。
 分からないから分かりたいとオレスキーに寄り添おうとするラブリー。神様に話しを聞いてもらったことで対話の重要性に気付いたのでしょう。この世界は最悪で助ける価値がない。誰かを助けたところで感謝ひとつされない。内心を吐露。
 「この胸に愛がある限り、私はみんなの幸せを願いたい。役に立たなかったり、失敗してしまうかもしれないけど…私はみんなのために頑張りたいの。みんなに幸せになって欲しいから、みんなに笑顔になって欲しいから

 人間というのは面倒臭いというか、複雑というか、ドキドキの24話を思い出します。あの話しはアイドルとして真琴が行き詰まった回で、王女の言葉によって真琴は慰められ鼓舞されました。今回のめぐみもおそらく同じです。彼女の誕生日を祝うために多くの人が集まった。みんなめぐみに好意を持っているでしょう。でも、それが直接めぐみを支えたり、癒したり、満足させたりするわけではないのです。人は自分が受け入れられた、理解してくれたと強く思えたとき人の温もりを感じるものです。特にめぐみは神様に淡い憧れ(好意)を持っていたので、自分が想いを寄せている相手に受け入れられることは特別な価値を持ちます(逆に思い入れがある人に拒絶されると猛烈な痛みになります)。顔も知らないファンからの声援よりも尊敬する人に認められることの方が嬉しい。そういうことです。今の彼女はちゃんと足を踏みしめて立てる地面を持てています。自分の中に芽生えた疑念と、それを書き直すための道筋を彼女は模索し始めています。たった一人でもいい、たった一つでもいい、自分が愛された、幸福だったと確信できる想い出があれば人は歩き出せる。ドストエフスキーがカラマーゾフの兄弟で言ったことは正しいと思う(スマイル38話感想の最後で引用しています)。

 主人公にしてトリ。ラブリーイノセントフォーム。心持ち変身シーンが気合入っています。
 「ラブリーパワフルキッス!
 仕上げは化粧ボンバー。

 手を差し伸べるラブリー。ようやく主人公からこれが出てきました。オレスキーは撤退。
 これでラブリーもイノセントフォームの仲間入り。プリンセスが喜びます。


④相手がいない会話
 めぐみはみんなの前で挨拶。
 みんなからもらった愛を自分なりに返していきたい。彼女の言葉に両親は安心したように頷き合います。こういう描写が入ると締まる。

 改めてめぐみはブルーにお礼を言います。めぐみの成長を喜ぶブルー。
 プリカードが集まったらみんなが幸せになるお願いをする。願い事が変わります。より広範囲に。彼女の視野が広がったことが反映されています。めぐみを含めたすべての人々が幸せになる願いをね、と補足するブルー。言葉とは裏腹にめぐみは少しずつ自分を視野の中に入れています。
 めぐみはブルーの胸に飛びつきます。

 誠司は見た。

 ミラージュも見た。

 「さすが愛の名を持つプリキュア。地球の神をたぶらかすのもたやすいようで」
 いや、逆ですよ、逆。


⑤次回予告
 そろそろ上位技の登場ですね、知ってます。


○トピック
 このオチである。だから神様の評判は下がるんだよ。絶対こいつ人の幸せ奪ってると思うわ。


 相変わらず論理的な物語の組み方。映画も合わせて見ておくとめぐみの問題点、転換がより一層浮彫りになりますし彼女のバイタリティもまた見えてきます。遅咲きの主人公ですが、視聴者と一緒に成長するタイプの主人公と言えます。

 めぐみにはいくつか克服しなければならない課題があったんですが、解決の糸口が見え始めています。その一つは大元の原因である母親の病気。これを親の側から解放する言葉がかけられるのは物語として必然的です。元々これはめぐみ(子ども)には解決することができない問題です。そこに責任を感じるめぐみは優しい子ではありますが、それが彼女を閉じ込める檻にもなっている。言ってしまえば今回の話しはめぐみに親離れをさせています。親と自分は違うのだ。親には親の幸せがある。分離化を促しています。
 その分離化は当然彼女の世界観に大きな影響を与えます。ざっくりいってぐらつく。それを支えるために親とは違う人、ここでは神様(大人)が担当して、めぐみに安心できる場を提供しています。安心して悩めるのはとても貴重です。基本的に神様がめぐみに優しくするのは博愛のためです。めぐみが神様に尽くしてくれたからそのお返しに構っているのではなく、めぐみがめぐみだから彼はそれを後押ししている。無償の愛情をめぐみは得ているわけです。これが2つめの課題であった彼女の自己肯定感の低さを補償しています。親との分離、自分が大切にされたことで、彼女は自分をもっと前に出しても良いのだと感じ取るでしょう。
 主体としての自分を持つこと、自分が人を愛するには揺らがない強さが必要になることを知る最初の一歩となります。まだまだ先は長いですが、ようやく彼女は主人公が通る道に乗りました。

 プリキュアは本当に子どもをモデルにして作ってあるのだと思います。めぐみの態度はまさに子どものそれです。些細なこと、微妙な雰囲気を子どもは感じ取ってそれを吸収する。めぐみは優しく素直で良い子です。でもその「良い子」は必ずしも人としての自立や強さを伴うわけではありません。親から見た良い子、友達から見た良い子、人から見た良い子、一人の人間として見た良い子はそれぞれに違う。また、一つの視点で一人の人間を語り尽くすこともできないでしょう。親の目をとおして、友達の目をとおして、ブルーの目をとおして、視聴者の目をとおしてめぐみの評価は変わっていく。と同時に彼女自身の目に映る自分もまた変わっていく。そしてミラージュの目から見たときの彼女の姿も。ハピネスはなかなか面倒臭いことをしています。映画もそうですが主要人物それぞれの幸せと不幸を描く気なのでしょう。
 多くの出会いと多くの経験が人を変えていく。その過程で別な道を通る子もいる。幻影帝国との戦いはそれを浮彫りにしていきます。


[ 2014年10月12日 15:27 ] カテゴリ:ハピネスチャージプリキュア! | TB(0) | CM(-)
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