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映画「プリキュアオールスターズNewStage3 永遠のともだち」

○本編
①前説

 妖精学校でミラクルライトの説明。前作でお馴染みのグレルとエンエンが解説。最近は特にそうですが、会場でライトを灯す子がほとんどいません。完全に慣れています。それでいて使うべき時は一斉に使う。よく訓練された女児達です。
 最近のふたりの働きを評価した先生は彼らに新しいプリキュア、ハピネスチャージプリキュアについて調査して欲しいと依頼。

 OP。相変わらずの日常。みんなで勉強を教え合っているのにかれん一人黙々と筆を進めているのがシュールというか、らしいというか。ゆりさんは、もも姉以外の友だ…いえなんでもありません。奏太は爆発してください。夢に向かって修行中なのでみんな失敗しています。これは中盤に関係する前振りですね。みんな集合。完成写真はラストにて。


②お宅訪問
 悪夢を見る女の子。間一髪のところで怪獣が吸い込まれていきます。助けてくれたのは妖精。ウサビッチに似たデザイン。お母さん妖精マアムの後ろから子ども妖精ユメタが出てきて女の子に声をかけます。悪夢から解放された女の子はユメタと一緒に遊びます。
 息子を見守るマアムは怪しい響きのする声でつぶやきます。檻で囲まれた世界。彼女は今回過保護親として登場しています。我が子のため、という時の彼女は不気味なほど冷静で行動に躊躇いがない。盲目(盲信)的です。プリキュア映画は特に親子向けとして配慮されて作られるのですが、本作は挑戦的な作りになっています。


 ソリティアを訪れるグレルとエンエン。彼らがドキドキ組を頼るのは前作の縁ですね。忘れられているのではないかと不安になります。扉が突然開いてアイちゃんがお出迎え。愛らしい姿にほっこり。客席からも「可愛い」との声が漏れたのでアイちゃんは女児にも人気があるようです。前作では登場が間に合わなかった亜久里が声をかけます。マナ達も彼らに気付いて声をかけます。
 ふたりは自分達が訪れた事情を説明。ランスがおしゃぶりなのはデフォ。マナ達も新しい後輩ができたことは初耳のようです。しかしそれにしても時間的には進んでいない(歳を取っていない)はずなのに、どんどん後輩が生まれていく設定って凄いな。
 早速シャルルがリボンに連絡。妖精は横の繋がりが広い。

 待ち合せ。近くにもも姉がいたり、和音がランニングしてたりと画面の隅っこの方にさりげなく設置されています。
 約束の時間になってもなかなか姿を見せません。個人的に「お金持ち=懐中時計」のイメージなのでありすの時計はらしい感じです。子ども達の間で原因不明の昏睡が広がっていることがニュースになっています。ここであゆみちゃんがちょっと登場。全くどうでもいいことですが、この街の資本は四葉財閥が牛耳っています。
 リボンが現われます。人目を避けて茂みに隠れますがマナは構わず顔を突っ込みます。いつもどおり初対面でも物怖じしない態度。傍から見ると不審者ですが。


 大使館。眠りこけるめぐみを起こそうと色々試したひめは顔に落書きして笑いこけます。このシーンは子ども達にも好評で必ず笑いが起きます。ひめはムードメーカーで、映画の中でもマリンと並ぶギャグ要員。プリキュアはボケが過剰供給されていますが、ギャグ要員となると乏しく、実は貴重な人材だったりします。
 リボンに案内されたドキドキ組がやってきます。笑いこけているひめを見たグレルとエンエンは疑わしそうな目で見ます。気持ちは分かる。特にドキドキ組は優秀だったので落差が酷い。見知らぬ人達に気付いたひめは影に隠れます。映画の脚本はハピネスと同じ人なのでキャラの違和感はほとんどありません。ちなみにハピネスの監督である長峰さんは本作についてノーチェックだそうで、信頼関係だと小川監督は述べられております(プリキュア新聞より)。
 どうやらめぐみも最近起っている怪現象に巻き込まれた様子。ブルーがやってきて頭に手を置くと妖精の気配がすると言います。鏡を使って夢の世界に。ブルーさん便利です。


③夢の世界
 お約束どおり空から落下。ここのありすの驚いた表情は珍しく、可愛い。そして黄色はずるい。ブルーは様子を見てくれと調査を丸投げ。この人結構人使いが荒い。
 改めて周囲を見回すと不思議世界が広がっています。カメに乗って遊ぶ子ども達。美味しそうなスイーツに亜久里ものどを鳴らします。我らがマナはいつの間にか雲に乗って自由に飛び回っています。流石の順応性。彼女の場合、ただ遊んでいるだけでなくこうしてこの世界の仕組みを肌で理解しようとしているかもしれないので侮れません。よく見るとめぐみもフグに乗って遊んでいます。
 ひめ達に気付いためぐみが手を振ると、その拍子に落下。マナが空中キャッチ。お互いに言葉が重なって自然に笑いが漏れます。自己紹介。愛乃めぐみ、相田マナ。愛に溢れてますね。

 女の子と隠れんぼしている妖精がユメタだと気付いたグレル達は声をかけます。自分を憶えているのかと不安そうに尋ねるユメタに、友達じゃないかと自然に答えるグレル。ユメタがネガティブな発想をするのは夢から覚めると子ども達が自分を忘れてしまうことが起因しています。それが彼の自己肯定感を大きく引き下げている。
 妖精学校の同級生だとみんなに紹介。悪夢を食べるバク。しかしユメタは怖くてまだ悪夢を食べられないとうつむき加減に言います。悪夢を吸うには掃除機が必要のようですが、通常は箒の形をしています。自分達と同じだとグレルが気さくに応じます。プリキュアの妖精になるために勉強中だとエンエン。この会話だけでも彼らの成長がよく分かるシーンです。彼らは未熟であることを恥や負けだとは思っていない。従って自己否定感はありません。勿論、直接的に恐怖や敗北感を味わったユメタと単純比較することはできませんが、後ろめたさが無いことは概して良いことです。

 ここに居る子ども達がニュースで話題になった眠り続ける子ども達であることに気付きます。これは一体どういうことだ!? そう問いかけた瞬間、竜巻がグレル達を包みます。


 先ほど居た場所から離れたところに転移。枯れた珊瑚礁など荒廃した景色が広がっています。色鮮やかな夢の世界はごく一部。その周囲には荒廃した世界が、というのはこの夢の世界がまやかし、かりそめ、限られた空間であることを物語っています。
 マアムが現われます。淡々と、それでいてモノを言わせぬ態度でここから立ち去れと出口を示します。勿論ハイそうですか、と帰るわけにはいきません。何故こんなことをするのか。ユメタのためだと言うマアムは吸い込んでいた悪夢を放出。一気に臨戦態勢。ちなみに悪夢の中の人は野沢さんです。プリキュア的には初代のほのかのお婆ちゃん。ファンには有名な話しですが、当時10年続けましょうと述べられたそうで、今作では特別出演しています。10周年を飾る映画なので製作側としても報いたかったのかもしれません。
 ドキドキチームが変身。

 戦闘開始。ハートが先陣を切って回し蹴り。良い太ももです。ロゼッタにパス。バリアを使っての白兵、悪夢は距離を一旦とってからのダイブを仕掛けてきます。リフレクションでガード。隙を突いてスパークルソード。ちゃんと当たります。吹っ飛んだところを無駄に回転しながら追いかけて、打上げ。ダイヤが引き継いで空中で乱打、悪夢の首根っこを足で押さえ込んで地上に落とします。叡智の光さんめっちゃ肉体派です。プロレス的な技ですが、子どもには珍しい(可笑しい?)ので笑いが起きることもあります。
 落下したところをエースショットで浄化。一丁上がり。ハピネス出番なし。
 ところが悪夢はいとも簡単に再生。ここは夢の世界。実体なんてありません。ましてマアムの管理下。ゲームマスターを敵に回しているようなものです。追い出されます。パカっと地面が開いたときに悪夢も落ちそうになっているのが地味に笑えます。

 残ったユメタを優しく抱きしめるマアム。ここは優しい母の揺りかごの中。


④檻の世界
 夢の世界から脱出できたおかげか、めぐみは目を覚まします。落書きはそのまま。思わずひめが吹きます。酷ぇな。
 作戦会議。子ども達を助けなければいけないが、対処に困る相手です。マナは他のプリキュアの助けを借りようと言います。しかしすぐにグレルが反対の声をあげます。プリキュア全員でユメタをやっつけるのか!? これは良い指摘です。プリキュアはすでに30人を越えており、軍団レベル。クラス全員で一人を相手にするのと同じ。オールスターズのシナリオ的な急所はここにあります。もちろんマナもユメタ達を倒そうと考えているわけではありません。三人寄れば文殊の知恵、みんなで解決策を考えよう。
 今日の所は一旦引いて、明日決行。しかしこれが命取りに。


 子ども達とユメタが寝静まった後、マアムはグレル達が残したプリキュア教科書を開きます。眠っているプリキュア達を次々と夢の世界に閉じ込めていきます。前作に引続きナイスなアイデア。上述したようにプリキュアの戦力は膨大でまともに相手にできません(させられません)。前回はプリキュア教科書、つまり攻略本を使うことで個別に弱点を突きましたが、今回はマアムの得意フィールドに引き込むことで無力化を行っています。またこれが新人の抜け穴にもなっていて一石二鳥。
 次第に狂気を表わしていく母の姿にユメタは怯えます。母が行っていることが間違っていることだと彼だって気付いている。しかし同時に何故母がそこまでやるのかにも気付いている。もはや彼も共犯者であり、怯えることしかできません。


 大使館。プリキュアが全滅したことを知るめぐみ達。してやられました。戦力99%ダウンです。めぐみはそれでも自分達が残っていると胸を張ります。戸惑いの声をあげるひめ。グレルとエンエンは話しに乗ります。こうなってはひめも行くしかありません。まともに行っても勝てる見込みはない。めぐみが一計を案じます。


 テレビ本編でも登場した忍者コスチュームで侵入。
 当然、見つかります。この世界はバクの庭。分からないわけがない。
 グレルとエンエンがユメタに会わせて欲しいと願い出ます。友達だと言っても信用されません。聞いたことがない、連絡してきたことも、訪ねてきたこともない。これはなかなかに辛辣かつもっともな言葉。マアムの行動原理は息子の安全第一。変な虫が寄ってこないよう排除しようとしていることが見て取れます。「毒になる親」の中にはこうした過剰な規制を設ける親が存在します。つまり子どももまた彼(彼女)達の管理下にある僕なのです。檻の中に居るという意味で違いはない。なお、私はたとえ肉親であろうと自分以外は全て他人(他者)だと思っているので、あけ透けな物言いをします。私が親になったとしたら確実に放任主義を取るでしょう。その意味で私は冷淡です。「甘える」というのは言わば他人を私物化することです。しかしそれこそが情、絆、家族の本質でもあります。何事も過ぎれば悪い面が顕著になっていくということです。

 交渉決裂。ならば正面突破。


 あっさり負けます。変身すらカット。
 牢の中では変身もできない。自力で脱出することも不可能。ユメタが姿を現して、夢の中ではお母さんが一番強いと言います。これはこの世界で、という意味と、子どもにとって、という意味も含まれるでしょう。特に未就学児童であれば子どもの世界とは親といる世界と同義です。マアムはそこからユメタが出ることを拒んでいます。
 ユメタは夢が覚めると子ども達は自分を忘れてしまう、辛いと言います。彼はバクとしての自分に虚しさを感じている。何の見返りもない。そんな折り、お母さんが子ども達を夢の世界に留めてくれてみんな楽しく遊べている。みんな幸せ。不都合はない。それがいけないのか?と問うユメタ。現実世界のことが全く頭から抜けているあたりがある意味リアルというか、テンパって偏った思考にありがちで生々しい。彼も彼の母親もゼロサムゲームをしている。
 ユメタを心配してグレル達はここまで来たのだと言うめぐみとひめの言葉をはね除けて、ついでに教科書も棄てて立ち去ります。


⑤まやかしの世界
 気付くとのぞみは教壇に立っています。「のぞみ先生」。生徒達から期待の眼差しが向けられています。意気揚々と授業を始めるのぞみ。
 咲も上手にパンを焼きます。店の外には行列。育代さんお久しぶりです。相変わらずお美しい。そして聖歌先輩は相変わらずのファッションセンスですね。
 自分の夢、理想の自分がいる世界を楽しむ歴代主人公達。こたつで丸くなりながらハミィとおしゃべりするのが夢って、牧歌的だなぁ。猫だしね。プリキュアの漫画描いていた番君はプリキュア(やよい)が描いた漫画を買っています。


 母に何か言おうとして開きかけた口を閉じるユメタ。そんな彼をマアムは優しく包み込みます。何も心配しなくていい、悲しみからも危険からも守ってあげる。何でもする。ドキドキのレジーナとは全く逆のベクトルで、しかしある意味同質の呪縛をかけています。この母は子どもを縛っている。私がそうするのはあなたのためだ。つまり共犯化させているのです。あなたのためにやっている、あなたの犠牲になっているのだと言っているのに等しい。こう言われた子どもがこれに抗することは難しいでしょう。言外の意味を子どもは鋭く感じ取ります。
 違う作品で一例をあげるなら、「罪と罰(ドストエフスキー)」では、生活に困窮した母が息子宛に次のような手紙を書きます。なおこの手紙は小説内でも20ページ近く改行なしで続いています。自分達が息子であるあなたを愛していること。大学を中退したことに驚きと悲しみを覚えたこと。金に困窮しているがなんとかそれを工面しようとしていること。妹に縁談も持ち上がったこと(実際には金で娘を売るに等しい縁談)。あなたのためならば如何なる犠牲も払うこと。再三にわたってあなたの幸せは私達の幸せであり、あなたは私達の希望なのだと書かれています。
 この手紙を読んだ主人公は悶絶します。この母はいわゆる教育ママで、息子にかける期待の重さは尋常ではありません。この期待と束縛が人の心にどれほどの重圧をかけるのか、そのことに気付いているのか、気付いていないのか分かりませんが、人を操作することに長けている人はよくこの手を使います。私のような人間はこのような真綿で首を絞めるかのように心を絞めてくる手に敏感なので、嫌悪感とおぞましさを覚えながら脱兎の如く逃げ出します。人の心を操作しようとする、人の中に入っていこうとすることはそれ自体悪いことではありません。先ほど述べたようにそれが絆や情を作ります。私はそれがテンでダメだけど。

 子育てに一生懸命のマアム。しかし仕事も一生懸命。新しい悪夢を発見すると疲れていても全力を出します。視聴者の親にも訴える内容なので、仕事しながら子育てしている層をモデルにしています。


 教科書に鍵が挟まっていました。脱獄。


 子ども達はユメタと遊びながら、早く大人になりたいと現実を夢見ます。その言葉に気落ちするユメタ。
 めぐみ達と合流。股抜きがNSでのお約束らしい。その角度、見えるよね! 絶対!
 説得再開。ユメタが学校を辞めるときに言った夢とは、子ども達を閉じ込めることか!と今度は道義に訴えかけます。挫折と敗北の記憶。夢など叶わない。ならば楽しい夢に逃げ込めばいい。
 本当にそうなのか。プリキュア達の夢を見に行こうとめぐみは言います。

 順調そうに見える夢。しかしどうやらそれだけではなさそうです。
 板書の手が止まるのぞみ。文面が出てきません。すると手が勝手に動いてスラスラ。生徒達は流石のぞみ先生と尊敬の目で見つめます。のぞみはチョークを置いて思案すると、こう切り出します。
 「今のは、私の実力じゃありません。これは都合のいい夢ですね
 プリキュア5のファンは特に感じ入るものがあったと思います。私はゾクゾクしました。このセリフをあっさりと、自分の無力さをすぐに認めた彼女は凄い。いや、教師を真剣に目指す彼女であればこそ、このセリフ以外にありえない。
 のぞみは生徒達の前で自分の夢を語ります。その夢を叶えるには弛まぬ努力をし続けなければならない。
 「楽しい夢をありがとう
 なればこそ、夢は夢として、彼女は感謝する。久しぶりに彼女のカリスマ性を見ました。
 夢はなりたい自分になること。それはつまり結果のみならずそこへの過程を含んだ自分の在り方が問われるということです。


 異変を察したマアムがユメタのもとへ駆けつけます。ユメタは母から離れます。めぐみ達に敵愾心をあからさまに向けるマアム。悪夢を大量放出。
 「みなさん、お待たせしました!
 メタな発言です。変身。
 数の問題もありますが、戦闘慣れしていないハピネスは劣勢。

 咲も都合が良すぎることに気付き始めます。絶対おかしい! 行列にダークフォールが並んでいるとかそりゃねーよ。カオルちゃんはドーナツ焼けよ。つぼみは結構冷静。
 賞をとったこまちは辛い現実に立ち向かって夢を叶えていくことの意義を唱えます。増子さんお久しぶりです。ブンビーさんはなんでここに居るんですかね? うらら、やよいは作中で現実にぶちあたった人達なので自然とセリフに熱が入ります。ラブは楽観的。これは割と重要です。一生懸命になりすぎて余裕を失うのもやっぱり辛いだけになります。胸に秘める情熱を吐露するプリキュア達。まさにオールスター、その作品を見ていた人には納得のセリフの数々。最近見始めた親子には全く何のことだか分からないと思います。特にプリキュア5は夢をテーマにしていたので出番が多いですが、すでに5年前の作品。
 夢は自分で叶えてこそ意味がある。何故ならそこに自己実現があるから。自己実現とは何かと言えば、その根幹は自己肯定感、自尊心、自分の人生をコントロールし、支配し、肯定するという意思と態度です。よく夢は職業と結びつけて語られがちですが、本来は関係ありません。例えば私の夢は老いて死ぬことを肯定することです。つまり自分の人生を楽しんで死ねればいい。何かになる、何かを持つことはあまり重要じゃない。その都度、自分に自信を持ちやりとげていく。自分の欲することを自分で叶える。私は自分が大好きだし、大好きでありたい。自分を誇りたい。自己愛をその最大の動力源とするのが私の生き方です。自分で自分の処方箋を書けるようになることも大きな意味を持つと思っています。


 グレルとエンエンは悪夢に捕まってしまいます。ユメタに助けを求めますが恐怖で足がすくんだユメタは身動きが取れません。間一髪のところで謎のプリキュアが助けに入ります。キュアハニー。テレビ本編未登場のためか一言もしゃべりません。姿だけのサプライズ。お楽しみはテレビ本編で。少々もったいつけているとも感じますが客席の反応は上々。「ハニー!」「今のはキュアハニーだよ!」「知ってるよ」「ゆうゆうだ!」とか良い感じに子ども達の好奇心を刺激していました。幼年誌の影響か、本編ではまだ名前が出ていないのにみんな当たり前のように知っています。女児の情報すげー。
 結果してユメタは何もすることができませんでしたが、グレル達はそれを責めず、むしろ自分達とは離れていろと言います。こいつらも何気にすげーな。

 マナは演壇で毅然と言います。
 「自分だけが幸せな夢なんて、そんなの全然良い夢じゃない!
 幸せの王子らしい発言です。ドキドキの愛とは他者とともに未来へ進もうとする意思。自分だけの世界に埋没するのはジコチューと変わりありません。そしてそれはドキドキが最終回で提示したように、もはやジコチューにすらなれず孤独に陥るだけです。

 独り残されたユメタは絶叫するように泣きます。これはかなり辛い。彼は全否定されている。グレル達は彼を見限ったとも言えるし、夢の世界で安逸を貪る彼をプリキュアは否定したとも言える。今、彼は自分の世界が崩壊していく気分を味わっているはずです。因果応報という言葉はニュアンス的に天罰や懲罰を含む意図があるように感じるので、私はどちらかというと「帳尻が合う」と言う方が好きです。夏休みの宿題と同じです。やらなかった人は後でその分だけ苦労する。ツケはいずれ払うものです。それを引き受けるところから始めなければなりません。それが自分の人生を負うことの絶対条件だからです。


 絶賛大ピンチ中のハピネスチャージ。悪夢軍団に包囲されます。ようやく異変を感じ取った子ども達は悪夢達の姿を見て泣き出します。ということで、そろそろミラクルライトの時間です。今回の支給はブルーが担当。
 客席を満たす応援の光が生まれます。ライトがかけ声に合わせて一斉に灯る光景は見事に統率が取れていました。これこそがプリキュア映画の醍醐味。平日の人気の少ない時間に見ちゃだめです。休日の混み合っているところでこそこの感動は味わえます(ただしいい歳したおっさんが親子連れの中で待機するという現実の厳しさを味わうことが必須ですが)。


⑥プリキュアがいる世界
 「先輩プリキュアキターー!
 色々酷いな今年の新人は。
 変身バンクを織り交ぜながら集合するシーンでのスイートの完成度の高さは異常。やっぱあの「ドレミファソラシド」は素晴らしい。ホワイトとブラックの名乗りを模した登場は威圧感もあって初代の貫禄を感じさせます。にらみ利かせる女児向けヒロインってどんなポジションだよ。

 集合したものの、子どもの悲鳴が聞こえて駆けつけただけなのでここがどこだかよくわかっていない先輩方。夢の世界だと説明を受けたマリンはさっそく寝ようとします。

 戦いの火ぶたが切られます。包囲された状態から四方八方に散って戦闘開始。敵の大量投入に対してこちらも数で押し切る。
 今回の映画はアクション面でも充実。絵的な面でもそうですが、実際前作のNS2で全員集合したのは上映開始後50分。今作は40分と実際に尺が多く取られています。プリキュア映画は基本的に70分で統一されているので半分近くオールスターアクションに割り振られています。それでいて必要な物語やお笑いシーンも確保されているので飽きさせず、アクション寄りなストーリーものとして上手くバランスさせています。NSとDXの美味しいとこ取りをした印象。DXシリーズを彷彿とさせるシーンが随所に盛り込まれているのも特徴的ですね。またCGの使い方が上手で、背後で戦っているプリキュアはほぼCGで描かれています。よく見ると細かい動きをしています。

 製作が間に合ったのか、ラブリーは衣装チェンジによる範囲攻撃を披露。続こうしたプリンセスに椰子の実が落ちてきます。マリンの後継者決定です。
 空中にいる敵はS☆S組が担当。現在では空を飛べるプリキュアは珍しくない(というかS☆Sは厳密に飛べるわけではない)のですが、空中戦はやはり彼女達の独壇場というイメージが強い。
 フォルテッシモ。「今年も決まったっしゅ!」。ハートキャッチ組は毎回優遇されています。
 DX1で見せたクレーターパンチからのシューティングスターで一網打尽。プリキュア5の火力は高い。それを見習ってハッピーも技を出そうとしますがこけて頭突きを披露。こちらはNS1のシーンから。ハッピーをフォローすべく、ルージュとマーチが共闘。シュート技を使うコンビなのでこれは是非とも見たいと思っていたシーンでした。
 今度はあざとい黄色コンビであるレモネードとピースが……と思ったら穴を掘って待機していた悪夢達がロケットランチャーを撃ってきます。遁走。ミント・サンシャイン・ルミナスの盾組がガード。アクア、サニー、ビューティが援護射撃。得意なポジションや戦闘スタイルを活用した戦術を展開しています。
 しかもプリキュアだけではなくアイちゃんの魔法援護も加わって万全の体制。予想外のアクシデントにも柔軟に対応。

 メカ悪夢召喚。もうなんでも有りの様相。クマっぽいキャラがロボットを操作ってどっかで見たことがあるような気がするけど思い出せない。よくあるモチーフなのかもしれません。こちらは初代が担当。相変わらずのホワイトの回し芸。ブラックのパンチでメカ悪魔を粉砕。凄い迫力だどもうプリキュアじゃねぇー。
 脱出装置で逃げると、ムーンライトとエースにロックオン。あかん、それ相手が悪すぎる。案の定返り討ち。寝首をかこうなんて100年早いと小学生に言われます。


 本来ならば無尽蔵に悪夢を出せるマアムに分があるはずですが疲労が溜っている彼女にも限界が見えています。息子を守ろうとする彼女にラブだね、とラブリー。マアムの愛情を肯定しつつ、ユメタを信じてあげて欲しいと言います。過保護(過度の干渉)は信用していないことの裏返しでもあるので、この親子関係は信頼が薄いという指摘でもあります。
 息子の幸せを考えて…と自己の正当性を主張するマアム。それはあなたの夢だとプリンセスに指摘されます。単に自分の都合の良いように話しを進めているだけ。答えに窮したマアムは悪夢を仕向けます。逡巡するユメタ。プリキュア達の言葉が脳裏をよぎります。
 悪夢の前に立つと、しっぽが掃除機にアップグレード。悪夢を吸引。
 ユメタは母に謝ります。自分の弱さが母をそうさせたのだと理解している彼の認知力は高い。弱いから不安になり、不安を解消するために干渉し、干渉されるたびに弱さをため込んでいく…という関係は共依存の一つの在り様です。この関係がややもすると強力かつ根深いものになるのは、この場合であればマアムがユメタの手足の延長となることで彼にとっては快適さと不安からの逃避を、マアムにとっては全能感を得られる点にあります。独立した個人ではなく、未分化な二者として二人三脚を組む。互いに寄生し合う関係になる。しかし大抵の場合はユメタ側が重圧や抑圧、極端に低い自己肯定感のために苦しみがちだし、自立しなければならない歳になったときにその力が養われていないので長期的に見た場合本人の生存能力に支障をきたすことがあります。

 自分のために子ども達を犠牲にしたくない、自分の力で成し遂げたいと話すユメタ。マアムは自分がやろうとしていたことが間違っていたのではないかと理性を取り戻しはじめます。NSシリーズの骨子はそこに悪意がないことです。悩みや見栄、愛情が裏返しになる。言いかえれば正義がない。人は自分達で足の引っ張り合いをする。自分で自分の首を絞める。それ、もうやめようや。そういうお話しです。しかしそのためには、何故歯車が狂ってしまうのか、それは間違っていることなのか、何故そんな間違いが起ってしまうのかということを記述しなければならないわけで、近年のプリキュアはそこに比重が置かれています。


 マアムの制御を離れ始める悪夢達。マアムは疲労困憊で止める力を持ちません。彼女に代わってユメタが立ち上がります。使命感に燃える彼を母は見送ります。独り涙を溢す母。
 ハピネス組に護衛されながらユメタは走ります。グレルとエンエンも付き合ってくれます。
 各主人公プリキュアにバクの能力を付与。浄化が可能に。ハートが浄化している後ろでエースが百烈脚を披露しています。ピンクチームのコラボレーションパンチで一網打尽。ちゃっかりラブリーも加わっています。

 悪夢達は集合してプリキュア達を飲み込みます。フィールドに閉じ込めたところで、巨大悪夢が出現。この辺はDX1の巨大フュージョンVSプリキュアを彷彿とさせるバトル。プリキュアの何が面白いって、巨人相手でもまず殴りに行くところ。どんだけこいつら肉弾戦好きなんだよ。とはいえ、埒が開かないので脚部を攻撃してバランスを崩します。フォルテウェーブの動作がカッコイイ。転んだ隙をついてマーブルスクリュー。熱い展開です。あの手この手で攻めてくる敵にチームワークと戦術で対抗。牽制、陽動、盾、火力いずれも人数を活かしています。


 バクがいなければプリキュアといえど勝機はないと気付いた悪夢はユメタをターゲットに。グレルとエンエンがミラクルライトで防御。
 NSシリーズファンお待ちかね。あゆみちゃんの登場。映画オリジナルキャラが映画シリーズで活躍するのはいいですね。特にパートナーとなる妖精がいないあゆみと、プリキュアの妖精になりたいグレルとエンエンの出会いはバッチリです。
 伝説のプリキュアならぬ、幻のプリキュア、キュアエコー。なんか箔が付いています。

 エコーの必殺技ハートフルエコーが発動。高域浄化。
 浄化の光を浴びた悪夢は形を保っていられず溶け出します。そろそろ時間です。

 巨大タコ出現。
 作画が大変ということで、CGモデルを使った戦闘。プリキュア達が全員で走り抜けるシーンはライダーや戦隊映画を彷彿とさせる爽快さと力強さを感じさせます。っていうか、多っ!
 数多くいるプリキュアの中でもキャラを埋没させないマリンのキャラ特性がずば抜けています。このシーンからひたすら「頑張れプリキュアー!」と叫んでいた子どもがいて、非常に熱いシーンでした。今回の映画はシリーズ初の5.1chだそうですが、子ども100人の声援なら100chに相当。
 8本の足を初代~ドキドキの8代のプリキュアがそれぞれ押さえ込み最後は現役プリキュアに華を持たせます。ハニーの力を借りて悪夢を浄化。


⑦永遠の友達
 眠っていた子ども達は無事目を覚まします。夢の記憶はありません。


 反省するマアム。ユメタは母のようなバクになりたいと夢を語ります。マアムには多くの反省点があるでしょうが、彼女の仕事ぶりや愛情そのものは敬意に値するのでそれをユメタが汲むのは現状で最善手です。彼らの関係がこじれすぎると美談的な終わり方はまずできません。
 プリキュア達は現実に帰ります。

 夢から覚めればみんな自分のことを忘れてしまう。でもそれでいいと語るユメタ。良い夢を見て今日一日頑張ろうと思えるならそれでいい。自分の仕事の意味を見直します。
 個人的にこの手の夢に関連するものとしては、次の文章を自分への戒めとしています。
 「夢の中で、夢を見ていると自覚することは少ない。目覚めてから後悔するばかりだ。もっと自由に行動すれば良かったと。しかし、その後悔の理由は何だろうか。何故目覚めて、では今日一日もっと自由に行動しよう、と考えないのか。その時点で、何かを捨てている、と思うのは、卑屈すぎるか」

 グレルとエンエン、あゆみは永遠の友達だと約束し合います。
 プリキュア教科書に夢を守るバク達、あゆみ・グレル・エンエンの姿が描かれます。ラストは全員集合。アコと亜久里、えりかとひめの似たもの同士が並んでいて芸が細かい。


⑧エンディング
 凱旋パレード。クオリティ高すぎて鼻血でそう。歌詞はハピネスチャージEDの2番を使い、各主人公が歌っています。
 恒例の「またか」コール。次は10月にお会いしましょう。


○トピック
 NSシリーズの完結。
 あゆみ、グレル、エンエンが出会ってパートナーに。我が子を守りたい母の愛情が悲劇を招く。NSシリーズの骨子はそのままに、のぞみをはじめとした歴代プリキュア達の決意と覚悟をメッセージにして客席に愛をデリバリー。アクションの充実度においてもDXシリーズに引けを取らないオールスターズ映画の集大成となる作品でした。

 NS1は普通の女の子がプリキュアを夢見る物語。
 NS2は普通の妖精がプリキュアのパートナーを夢見る物語。
 NS3はその二つの夢を叶えた上で、もはやプリキュアとは関係ない人が自らの使命を歩み出す物語。

 プリキュアにならなくても、プリキュアに関係しなくてもあなた達は人を幸せにしてける。プリキュアを排除することでプリキュアロジックの完成度を高める逆説的証明を行っています。



 さて、ドキドキは父親にケンカを売っていましたが、本作は母親にケンカを売っています。親子の関わりが愛だけでなく、その愛の重さがテーマになることが多くなりました。
 両者に言えることは幼少期における親子関係は閉鎖的で、子どもにとって絶対的な環境に等しい。そこが愛情という名の重圧で満たされた環境になるか、殺伐とした環境となるか、信頼に満たされているかは個別的な話しです。よく社会に出たら色んな苦労をすると言われますが、実は最初から色んな苦労をしています。
 人が夢を持って自立して生きていく、というのは意外と難しいことで、そもそも夢がなくても自立しなくても生きていけます。夢を持って自立して生きていくことが正しいことか、それがあるべき姿かと問われても私は答えられません。私は(世間的には変な)夢を持っていますし、自立していたいとも思いますが、それは個人的な性格や美学なので合理的に割り出したものではありません。強いて言えば自己肯定感や適応力に関係すると思いますが、全く異なるアプローチでそれ以上のパフォーマンスを出せる人がいれば方法論の違いということに過ぎなくなります。自己肯定感が高ければ成功するかと言えば、一概にそうとも言えません。強いコンプレックスが動機となって成功への鍵となることは実際に多くあります。逆に現状に満足して新しいことに挑戦しなくなるということだってあるでしょう。
 要するに何が言いたいかと言うと、自分の人生は自分で上手いようにやってください、ってだけです。他人を思うようにコントロールして自分の地位を築くのも一つのやり方です。その意味で人生とは他者との戦いであり、自己実現(自己表現)の戦いです。自分を認めさせたい、自分の理想を実現したい。当然この戦いには共闘する、不可侵協定を結ぶ、相互交易を行う、保護を求めるという選択肢もあり得ます。
 人生とはその戦いの連続であり、この点において家族や友達のような近しい相手も時に戦わなければならない相手となります。

 っていうような自己をベースに相対化する見方は私の癖なんですが、その目で見たときにプリキュアがどう映るかと言えば、これがなかなか面白い。共依存なんかもそうですが、親子関係における心理的な駆け引き、影響は一般的には見逃される傾向がありますし、逆に過度の美談化、悲惨化されることがあります。友達との関係も友情やいじめのような結果論で語られることは多くあります。もっと言えば無自覚であることの方が多い。ゼロかイチかではなく、0~100まで微細な変化があり、矛盾があり、飛躍があることが人の心と関係で、それをプリキュアは10年以上やってきました。友達とだけでなく、敵とも、親とも戦い相手を見つめてきました。そしてこれからもそれをやり続けていくと思います。
 そんな作品に巡り会えたことは至上の喜びです。しかも毎年嫁が増える。言うことなし。


 東映アニメ的にはオールスターズをやめます!って言うに言えない状況なんじゃないかと思いますが、果たして来年は誰がどんな企画を担当するのか楽しみです。


[ 2014年03月22日 12:37 ] カテゴリ:ハピネスチャージプリキュア! | TB(0) | CM(-)
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