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子どもの共感力を育てる(ブルース・D・ペリー)

○子どもの共感力を育てる ブルース・D・ペリー、マイア・サラヴィッツ 訳:戸根由紀穂 紀伊國屋書店

 これは数々の難問に立ち向かった回復の物語であり、彼女の人生を知れば、慈しみの心がどれほど複雑な過程を経て育っていくのかがわかるはずだ。共感力がどれだけ育つかは、過去にどれだけたくさんの共感を寄せてもらえたかで決まりがちだが、誰かのほんの小さな親切がその子の一生でずっと消えない力を持つこともある。第五章で見てきたような暴力の連鎖が続くとき、そうした環境でも共感を忘れない人々は希望と再生のための大切な光だ。トリニティ・ウォレス=エリスはそうしたすばらしい人物のひとりである。

 (七章 レジリエンス)

 「大切に思える何かを見つけて初めて、人は心を開いて、世の中って捨てたもんじゃないと考えるようになる」(トリニティ・ウォレス=エリス)


 前作「犬として育てられた少年」に引続き書かれた本で、内容的には共通する部分が多い。「犬として~」が虐待を軸に子どもの脳機能や人格形成、治療アプローチを説いているのに対して、本書では共感を軸に子ども達の心理を読み解いています。前作では触れられなかった自閉症などの一般的に共感力を持たないと思われている事例も扱っていて、幅広く子どものケアの在り方について言及しています。

 特に興味を引いたのは自閉症について。知っている人もいるかもしれませんが、自閉症は知覚過敏の傾向があり普通に生活しているだけでもかなりの負担がかかっていることがあります。また心の境界線を引くことが苦手で、アスペルガーの例でよく用いられる「○○はどちらの箱の中にあるか」のような他者視点に立って考えることを不得意としています。そのため自閉症やアスペルガー(この呼称は自閉症スペクトラムに変わるそうですが)は対人関係をスムーズに結ぶことが難しい。また同時に発達障害を併発することが多く、数々のハンディキャプを抱え込みます。が、本書ではこれらの問題は副次的なものではないか?と疑問を投げかけています。例えば先述したように知覚過敏によって負担がかかって集中力を妨げられたり消耗しているとすれば、これを何らかの方法で抑制することができればその分の余裕が生まれてパニックやイライラを抑えることが出来ます。また、補助的な装置を使うことで目の前に居る相手の表情や反応の意味を客観的に知ることができればコミュニケーションをより円滑に進めることも可能になる(実際にそのような研究がされている)。つまり彼らは元々知的障害や発達障害があるのではなく、ある過剰な(あるいは聴覚障害のように無入力な)状態故にそうなっているかもしれない。
 これは本人とその親にとって福音となるかもしれません。今まで知的障害と思われていたものが、実は適切な対応がなされなかったばかりに発達が遅れていただけならば、そのハンディキャップを大きく埋めることが可能になります。

 本書が指摘するように、自閉症やアスペルガーは独特です。それ故に普通の人からは良くて「変わり者」、悪いと「自閉症」という言葉が示すように他者に関心がなく感情がないと思われがちです(実際他者に関心がないのはある程度そうなのだけど)。要するに普通の人が彼らに共感を抱きにくかったから余計に疎遠になってしまっていたとも言えます。普通の人達はテキトーに相手の思考や行動の意味を類推しても当たります。それは似たような類型行動を取るからです。その意味で、実は大した共感力やコミュニケーション力がなくてもそこそこの共通性によって共感力の低さが露見していないとも考えられます。実際それが起因して多くの誤解や悲劇が起るのかもしれません。本書は主に虐待やトラウマ、自閉症などの普通ではない人々について書かれていますが、その目的は共感力そのものの重要性を説くことです。決して普通ではない人々と普通の人々が解離、断絶しているわけでありません。普通の人々が普通ではない人々を作り出すことだってあります。逆に共感によって絶望的な人生に希望が生まれることもある。共感力が多くの人々に共通する問題であることを著者は伝えています。


 冒頭で取り上げたトリニティの物語は本書の中でも希望的なエピソードとして扱われています。虐待されていた中で、トリニティは周囲の人々から助けられ愛情を与えられたこと、兄弟達の面倒を見る中で強さを身につけていったことが彼女の共感力を育て彼女に生きる力を与えています。暴力的な環境の中にあっても希望がある。読んでいて私も胸がすく思いがしました。しかし、読み進めていくとそれが一面的で、自分の無知と浅はかさに気づかされました。彼女の体重は130キロ。過去の影が今でも消えることなくつきまとっていたのです。
 肥満や摂食障害が幼少時のトラウマに起因しているのは珍しいことではありません。本書ではそれが意外なところから研究された事例をあげています。発端となったのはダイエット薬。追跡調査をしている中で、上手く行っているにもかかわらず途中棄権することが多いことに行き当たります。効果がなくて脱落するならまだしも、上手く行っているのに何故? 実は食べることには癒しや逃避の効果があります。これは酒や麻薬は勿論のこと、セックスにも言えることです。およそ○○依存症と言えるものはそうかもしれません。太っていればみんなに期待されることもない。自信のなさや不安を紛らわすために肥満を維持してしまう心理が隠れていることがあります。
 トリニティは自身こう語っています。
 「太った体の中に隠れてしまったら誰も私と何かしたいなんて思わない。(他の妹は性的虐待にあっていたのに対し)太っていたから私だけ被害に遭わなかったのは後ろめたい気もするけれど、やられたのは細くて可愛い子ばかりで、私はいつも思っていた。『太れば太るほどあいつらは手を出さない』って

 こうして彼女は自分を守ると同時に、肥満のリスクを抱え込んでしまう。また同時に後ろめたさや罪悪感を抱く要因にもなっています。虐待を受けた子ども達は自分を肯定することが出来ず罪悪感を抱いていることが非常に多い。彼女は今もそれを抱えていますが、少しずつ癒され日々の生活に喜びを感じている姿に私はどうしても希望を抱かずにはいられません。

子どもの共感力を育てる子どもの共感力を育てる
(2012/08/29)
ブルース・D. ペリー、マイア サラヴィッツ 他

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[ 2013年12月23日 22:13 ] カテゴリ:本の感想 | TB(0) | CM(-)
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