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マン・オブ・スティール

 頭の悪い主人公って見ててイラっとする。ダメだし感想。「映画の感想」カテゴリに入れていないのは個人的に残す必要性がないためです。

 スーパーマンのリメイク作。久々に大はずれ引いた。その理由を一言でいうと、主人公が頭悪すぎて好感が全く持てない。

 例えばスーパーマンが子どもの頃、その特異な力によって自身苦しんだりいじめられたりするんだけど、そんな経験をしたわりに人助けしたいとか言い出すのがちょっと分からないし、人助けするにしてもビジョンがなくて単に場当たり的に腕力使っているだけ。自分の起源を探して方々旅して回るんですが、バイト先で客と揉めたときの仕返しが陰湿かつ幼稚。要するにこのスーパーマンは、腕っ節が凄いけど頭の方はからっきしで、スマートに問題を解決するいなし方、交渉力、コミュニケーション力が無い。ただの脳筋。
 そんなわけだから、故郷の人達がやってきてドンパチはじめてもやっぱり場当たり的。終盤のドラゴンボールばりの超人戦闘は派手だけど、改めて思うのはバトルってのは戦う背景、ビジョン、互いに賭けるものの重さやそこに込められた精神性が伴ってないとただのチンピラのケンカと変わらないってこと。この映画は2時間半近くあるんだけど、主人公がちゃんと考えて行動しているシーンが全く思い当たらなくて、やっぱりこいつ頭悪いなーっていう印象しか残らなかった。

 昔のスーパーマンで、地球を逆回転させて時間を巻き戻して解決したっていうエピソードがあるんですが、個人的にはこっちの方がリアリティあると思ってます。だって、スーパーマンらしいじゃないですか。彼にしかできない。この映画にはそういうスーパーマンらしさ、彼にしかできないことってのが無い。例えば、仕事クビになって貯金も数万円しかない人と、毎月数千万円の収入がある人とやれることって違うわけで、スーパーマンにはスーパーマンにできることがあるはずで、それなのに一般人とほとんど変わらない問題提起を突きつけられてもなーと。もちろん、どんな解決手段であってもそこに伴う判断、責任の重さ、不安はあって、それを描くことでスーパーマンと一般人の共通性をあぶりだすってのはある。でもこの映画はスーパーマンを一般人化しちゃっているんで、だったらスーパーマンじゃなくてもいいんじゃね? バッドマンとかスパイダーマンにやらせればいいじゃん、あっちは普通の人間なんだしって思う。


 友人と一緒に見ながら「その辺に落ちてる石を投げてあの宇宙船を落としたら面白いのになー」と笑ってたんですが、割とマジでそれやって良かったと思う。結局スーパーマンの凄さって腕っ節なんだから、脳筋を極めて一般人の予想を上回る発想で困難を解決してくれた方が面白いっていうか、スーパーマンらしい。故郷を取るか、地球を取るかなんて小難しい話しは確かにドラマ性があるかもしれないけど、枷が多くなれば多くなるほど腕力で解決できなくなって、結局スーパーマン(腕力しか取り柄がない)の意味なくなっちゃうんだよね。でもやっぱり腕力で解決させる(バトルする)んだから、ドラマを盛り上げるための小話自体が陳腐になってしまう。本作はその辺のさじ加減が中途半端な印象を受けました。

[ 2013年12月23日 19:16 ] カテゴリ:よもやま話し | TB(1) | CM(-)
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