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犬として育てられた少年(ブルース・D・ペリー)

犬として育てられた少年 子どもの脳とトラウマ


○犬として育てられた少年-子どもの脳とトラウマ- ブルース・D・ペリー、マイア・サラヴィッツ 訳:仁木めぐみ 紀伊國屋書店

 我々は「不確かなつらさより、確実なつらさ」を選ぶ

 本書で紹介しているのはほとんどが、トラウマを乗り越え、克服した、希望と成功のストーリーだ。驚くべきことに、人間ができる最悪の精神への暴虐行為が行われた後をさまよううちに、人間が見せる最高の慈愛に出会うことが多い。


 最近、共依存や虐待を受けた子どもについて興味を持っています。虐待やネグレクトが子どもにトラウマを植え付け、生涯消えることのない傷跡を残すことが近年の研究と症例によって判明しています。この因果関係について書かれた本は数多くありますが、では、実際に被害者となった子ども達をどのように治療し、救済することができるのかが書かれた本はなかなか見つかりませんでした。本書はその手がかりとなる本です。

 虐待が子どもの発達を妨げたり、脳に障害を与えることが発見されたのは比較的最近のことです。元々トラウマは80年代にベトナム戦争帰還兵から発見され、当初は戦争などの希な体験でしか発症しないと思われていたため、それが子どもにも当てはまるとは考えられていませんでした。著者はそうした黎明期の中で、実際にトラウマを抱えて苦しむ子どもを前にして当時常識とされていたことに疑問を抱くようになります。そして実地を重ねながら子ども達を効果的に治療するためのプログラムを構築していきます。本書は大きく11章に分かれており、各章毎に関連する症例をあげながら虐待やトラウマが脳機能すらも変容させてしまうものであることを丁寧に平易な言葉で解説しています。順序だって繰り返し説明しているので予備知識を必要としません。
 本書を読んでいて、一番に、率直に感じたことは著者の思いやりと熱意でした。著者は子ども達の傷ついた心を思いやり、どんな態度が子どもを警戒や緊張から解放するのか常に考えながら応対している様子が書かれています。タイトルが示しているように、本書に登場する子ども達は悲惨で残酷で救いようのない環境に置かれています。しかし本書はそのようなセンセーショナルで好奇な視線を向けられかねない事例について、常に冷静で温かく粘り強い態度を貫いています。常に子どもの目線で、子どもに何が必要なのか、何を分かって貰いたいのか、それを繰り返し述べることで如何にトラウマを抱えた子どもの心が複雑で難しいものかを著者は伝えています。それは同時に周囲の人々の無理解、無知、未熟さも浮き彫りにします。現代医療の限界、核家族化して周囲のバックアップがなかなかうけられない社会構造、親自身の知識不足を取り上げながら子ども達を取り巻く環境を描写しています。
 トラウマや発達障害を扱った本はいくつか読んでいますが、本書は具体的で、説明が分かりやすく、上記で引用したように成功例が書かれているので入門書としても優れ、オススメできる本です。


 で、結局なにが障害やトラウマから子ども達を癒してくれるのかというと、次の言葉に集約されます。

 その子の人間関係が健全であればあるほど、トラウマから回復し成長する確率が高くなる。人間関係は変化のための触媒であり、もっとも効果的な治療は人間の愛なのである。

 誤解の無いように言うと、文字通り愛さえあれば何でも誰も回復するということではありません、心理的な治療の他に投薬などの治療やスキンシップ、瞑想、呼吸法など様々な療法を取り入れながらじっくりと時間をかけて、少しずつ子ども達に今を生きる力を持たせていくことが必要となります。学習障害を抱えていることも多いので当然そのフォローも必要になってきます。端的に言って金も時間もかかる。これを成すためには周囲の大人達、クラスメイトや友人などの理解と支えが必要になり、そのバックアップが手厚ければ手厚いほど効果を上げるという意味です。健全な人間関係そのものが最大の治療であり、愛情と信頼関係がなければ安定した生活環境を維持することはできません。
 人間は社会的な動物で、生きるためには他者と関わっていくほかありません。しかし障害を抱えた人々はトラウマとなる体験を生き抜くために自ら作り上げた防衛手段がその後の人生の足かせになっています。それが人間関係をより悪化させもします。人との関係を辛いこと、無意味なこと、信頼するに足りないことと捉えている彼らに、そうではないことを信じてもらえるように粘り強く教え、実感させていかなければなりません。これは医師だけではなく、親、周囲の人々にも言えることです。ぶっちゃけて言えば、その人の周囲に素晴らしい人と出会いがあるかどうかに左右されてしまうということでもあります。しかしこれは、トラウマや偏見などに対して正しい知識を与えることである程度敷居を低くすることが可能です。10章「子どもたちの優しさ」はそれをよく示しています。

 適切な知識、そして思いやりを持つことが辛い体験を持つ人々を救う手がかりになる。それは当たり前のように見えて実はとても難しいことなのだと実感させられます。



 本書を読んで、一般的に見逃されやすかったり誤解されやすい事例があったので参考にいくつか取り上げます。
・ネグレクト(育児放棄)は悪意だけではない。
 母親が子育てに疲弊して赤ん坊にミルクやおむつを与えた後、気分転換に日中外に出て子どもを一人家に置いていくという事例が本書で紹介されています。母親に悪気はありませんでしたし、そのうち赤ん坊は泣かなくなったので母親は子どもが「良い子」になったと感じたようです。これはネグレクトに含まれます。子どもが泣かなくなったのは泣いても誰も助けてくれないと悟ったからです。そうした子は人を信用しなくなったり無関心になったりする可能性が高まります。このように、何らかの理由で幼少期に面倒を見なかったことで子どもの性格傾向に大きな影響(大抵は悪い意味で)を与えることはあまり意識されていません。

・トラウマと立ち向かって克服しなくてもいい
 日常生活で問題がなければ放置して構いません。トラウマを思い出させようと強制すること自体が辛い体験ですし、そもそもトラウマは自分でどうにかすることができなかったという無力感と絶望感から生じているものなので、それを強制させるのはトラウマそのものの再現になるので、本人が望まず日常生活に支障がなければトラウマ体験を思い出させる必要はありません。

・赤ちゃんは愛情で育つ、はある意味で事実
 動物の事例でラント症候群というのがあります。赤ちゃんの中で一番弱い個体は親からグルーミングなどの愛情行為をうけられず本当に衰弱死してしまう事例。これは人にも当てはまることで、親からスキンシップなど十分な愛着を受けられなかった子どもは成長ホルモンが出ずに十分なカロリーを与えられても無意味に放棄され衰弱することがある。

・虐待に対する子どもの生理的反応は大きく2つある
 過覚醒と解離。前者は興奮状態になることで危険を察知し逃亡したり戦うための準備を行わせます。後者はいわゆる離人症状によって現実逃避する反応。これらが日常生活に支障を来たす具体的な事象としては、過覚醒は騒ぎなどの問題行動を起こしたり、学習障害を引き起こすことが上げられます。注意欠陥多動性障害と診断されやすい。後者も意識低下から学習障害、またリストカットを意図的に行うことで不安を紛らわせようとすることがあります。こちらは解離性同一性障害と診断される可能性がある。このように、結果だけを見れば特定の診断名に当てはまる症状ですが、生育歴や背景を調べることでその人がトラウマを体験している可能性があり、そうした場合に有効的な治療法が異なることがあげられます。
[ 2013年11月25日 00:34 ] カテゴリ:本の感想 | TB(0) | CM(-)
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