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第23話「愛を取り戻せ!プリキュア5つの誓い!」

○今週の出来事
①知らない人がラビーズを持っていきました
 前回のあらすじ。
 カテジーナ「トチ狂ってお友達にでもなりに来たのかい?」
 キュアエースと名乗る知らない人登場。

 ということで、全体的に赤い人登場。外見的に王女に似ていますが真琴やダビィは突っ込まないようです。内心では「まさか王女さまがいい歳こいてプリキュアの格好するわけがない」「プリキュアが許されるのは中学生まで」とか思ってるんだけど、もし当たったら色々痛いことになるので口に出せないのかもしれません。え、高校生のプリキュア? なんのことだか、さっぱ……おや、誰か来たようだ。

 カテ、もといレジーナはエースを見るとムカムカするようです。相手は見るかに年かさ。にもかかわらずあんな派手な衣装。それに引き替えこちとらイカ墨に一晩漬け込んだんですかって感じの衣装。年頃の女の子としては忸怩たる思いなのも頷けます。
 先制。爆発。地形が若干変ります。結構厄介な火力です。勝ち誇った表情を浮かべそうになったところでエースの反撃。ギリギリかわしますが、当たってもいない砂浜が大きくえぐれます。こっちの火力も酷かった。
 エースは運動性能も高くレジーナを翻弄。レジーナは力に頼った戦い方で、エースは技を使っているという感じですね。ところで、マーモとベールは何くつろいでるんですかね。
 必殺技バンク。はい来ました口紅型新商品。女児の大人になりたい願望、お母さんの真似したい願望を商品化。
 「彩れ! ラブキッスルージュ!
 単品価格は3,675円です。なお、変身アイテムのラブアイズパレットは3,990円。この二つのセット商品は7,665円となっておりまして大変お買い……得でもないな(思わず値段二度見した)。
 新キャラ登場に合せてBGMも新規。
 「ときめきなさい! エースショット!
 「ばきゅ~ん!
 いやいや、最後のかけ声いらないだろ。っていうか、お前ほんと歳いくつだよ。ちなみに字幕だと「ばきゅ~ん」なんですけど、声を訊くと「どきゅ~ん」って聞こえますね。個人的にどきゅ~んの方が色々ぶっ飛んでて好きです。
 レジーナに直撃。ボロボロです。流石愛の切り札、愛も容赦もない攻撃です。

 マナは傷ついて倒れたレジーナに駆け寄ろうとします。しかしレジーナはプリキュアに敵意をむき出しにします。撤退。マナは身も心もボロボロ。
 泣き崩れるマナ。泣けばあの子が戻ってくるのか。そんな彼女にエースは厳しい言葉をかけます。立ちなさい、立ち止まっている余裕などない、とさらに続けます。突然現われて容赦ない言葉をかけてくるエースに六花達は反発します。ありすはマナが傷つけられることに関してはかなり敏感ですね。
 「プリキュア五つの誓い!
 「一つ、プリキュアたる者いつも前を向いて歩き続けること
 「もっと強くなりなさい
 見方によってはすげー良い人なんですけどね。助けてくれて、指導までしてくれる世話好きな人なので。今まで作中でプリキュアだったら~する、みたいなのはニュアンス的にあったんですがこれを明示してくるのは分りやすく、また明示すれば嘘がつけなくなるので自分でハードル上げてますね。まあ、すでにレジーナ関連でハードルが異常に高くなっているんですけれども。
 無理だ、これ以上強くなれないと弱音を吐くマナ。この件、というかマナがレジーナの問題をどのように捉えているかは正確に分らないところですが、基本的に彼女がレジーナに対して行ったことは友達として出来る範囲の中ではほぼ限界値だろうと思います。相手を常に友達だと思い真摯に接する。実際これでイースやセイレーンの心をこっちに持ってくることができました。同時に彼女達に住む場所も与えてきました。敵を味方にする手段と手順に関して本シリーズは意識的に行っていて、ドキドキにおいても同様の手法が用いられています。キングジコチューの横槍がなければレジーナはマナの家で過ごすことになったはずです。が、本作ではこれをバッサリ切りました。幼い子どもから父親を引きはがすことなんてできるのか、引きはがして解決する問題なのか、と。レジーナの精神年齢から察するにこれは危険を伴います。事実レジーナは自分が抱えた気持ちを理解できずにいました。それはストレスとして、言いしれぬわけもわからぬ不安や葛藤として彼女を苛むでしょう。マナはレジーナのそうした心の内に気づいていませんでした。そもそもたかが友達風情が人の家の親子関係に首突っ込んで勝手に娘さらっていくことがまかり通るわけないのです。連れ戻されて終了(現実的には児童相談所を経由させるしかない)。はじめからマナのやれることには限界があって、まさに今彼女はそれにぶつかったわけです。そしてこれを以てプリキュアは次のステップに入ります。この複雑に絡み合った関係、親子関係、傷つけられる子どもを如何にして救い出すことができるか。それはプリキュアの友達ロジックで解決可能なのか。この物語は立ち止まらない。それはそうと、六花さんの太ももがたまらない。

 エースはマナからラビーズを奪います。愛を取り戻すまで預かる。アデュー、と言い残して颯爽と立ち去るエース。この人、よほど自分のキャラに自信と熱意があるらしい。
 マナはエースの言葉を認めます。自分にはプリキュアをやる資格がない。マナは何も悪くないと六花も泣きます。ああ、そうか、後のシーンを見てもそうだけど、このメンツでマナに厳しいことを言えるのは真琴くらいだな。その真琴もマナに肩入れしているし、現状でほぼ「4人」と括れつつあるから、初期の頃のような緊張的な関係は難しい。おそらく六花とありすはマナに厳しいことは言えない。だって彼女達は常にマナについてきた子達だから。マナの努力や熱意も知っている。それだけにムチ打つことはできないでしょう。ここでエースという部外者が入るのは正しい。


 トランプ王国。レジーナは父の元で眠りにつきます。レジーナ問題は一旦保留。エースについてはキングジコチューも知らない様子。
 ということで、新キャラ。リーヴァとグーラ。今更ですが幹部の名前は七つの大罪に因んだものが付けられているそうです。例えばイーラは憤怒(ラテン語ira)、ベールは怠惰(悪魔ベルフェゴール)というように。リーヴァは嫉妬のレヴィアタンがモチーフでしょうか。グーラはまんま大食漢。
 新キャラは強い、の法則に則って彼らは今までに3つの世界を手中に収めてきたそうです。イーラはどうせサルしかいない星だろ、と軽口を叩きます。人事異動の季節、プリキュア殲滅はこのふたりに任されます。歯ぎしりする3人。


②知らない人が声かけてきました
 商店街はお祭りムード。ドキドキはシナリオ的にギッチリ詰めているせいか、通常ならお祭りをネタに一本話しを書きそうなところをこんな感じで流してしまうようです。
 ぶたのしっぽも出店。そこに六花と真琴がやってきます。学校の夏服はカラーリングが変るようです。味見という名のお裾分け。マナは部屋に籠もったままご飯も食べていないようです。何かあったのかと父が尋ねます。マナがふさぎ込むのは滅多にない。詳しい事情を話すわけにいきません。真琴はきっとすぐに元気になると答えます。良い友達を持った、と少しだけ安心する両親。

 キュアエースとは一体何者なのか。そんなときは四葉財閥に。「有力な情報は未だ掴めておりません」。ダメでした。相当手強いとランスも言います。ところで、絶対狙ってるだろこのアングル。
 マナのお爺さんがダンボール箱を抱えて家から出てきます。荷物はフリーマーケットに出すものだそうです。マナが手伝ってくれる約束でしたが今の状態では無理。六花が手伝うと申し出ます。ありすも同意。真琴も加わります。お爺さん的に真琴の心象がどうなっているのか読めないところですが(一度料理で大ポカやらかしている)、生真面目で根は良い子という認識かもしれません。

 フリーマーケット開催。変装用の眼鏡は外して堂々と品を売ります。これは酷い宣伝活動。一見真琴の品を売っているように見えて、実は関係ない人ん家の品。知ってか知らずか、大勢人が押し寄せ品物が売れていきます。そんな光景を見ながら趣旨変ってない?と六花。あ、お爺さん私が代ります。その角度ならダンボールを受け取った拍子に腰を落とせばいける。ちょっと重かったとか体勢を整えるためだったと言い訳もできる。完璧じゃないか。
 人が集まれば活気が生まれる、活気がある街はみんなを笑顔にするとお爺さんは言います。ちなみに私は人が多いところに行くとテンションがダダ下がって来た瞬間帰りたくなります(実際帰ることもある)。

 カーテン締め切って体育座りのマナ。絵に描いたような落ち込み。
 マナの脳裏にはレジーナが部屋で遊んでいる姿が映ります。その枕六花さんが先に目を付けているのでケンカが起きそうです。レジーナの許さない、という言葉が思い返されて苦しみます。たぶん、マナにとっての問題はレジーナとの関係でしょう。本来のロジック的にはレジーナとキングジコチュー、トランプ王国との問題を解決して初めてレジーナと一緒に過ごすことが出来ることになるのですが、彼女はそこまで考えが及んでいないか、目先の問題に衝撃を受けているように見えます。いつもの明晰さを欠いた、短絡的で自分勝手な落ち込みと取ることもできます。厳しい言い方をすればマナはレジーナの本質的な問題に目を向けていません。挫折や落ち込みは自己の無力感の暴露を突きつけられることです。自分ならできると思っていた、その考えが実はただの思い込みでしかなったことを突きつけられる。ここで厄介なのは、そう突きつけられたからといって必ずしも人はそれを正しく認知するとは限らないことです。目を逸らすこともあれば、人のせいにすることもあるし、受け止めない(忘れる)こともある。無力感や瑕疵は自尊心を傷つけるのでそれを認めたくないと思うのは人の正常な心理作用です。何が言いたいかというと、このマナの苦悩は「マナの問題」なのです。マナがこの事実を受け入れるか、どうすべきかは彼女の問題です。これは彼女のジコチューとの戦いです。
 話しが飛躍しますが、おそらく元ネタはシラーの詩だと思いますが「友情は喜びを二倍にし、悲しみを半分にする」というのがあります。転じて夫婦の愛などにも使われる言葉ですね。これ、私は嘘だと思ってます。少なくとも私はこれに同意しません。私の認識では喜びが2倍なら悲しみも2倍になる。人を背負うこと、人を受け入れること、人に愛着を持つということは相手との心理的同化を促すので、自分以外の問題にまで首を突っ込むことになるんだから面倒事が増える。だから半分になるなんてことはない。勿論理解者がいるかどうかで心理的負担は増減するでしょうが、人と仲良くなればなるほど感情の起伏(上下幅)が大きくなります。それが悪いなどというつもりはありません。むしろそれで良い。その起伏が人生に彩りを与え、多彩で多様な試練を人に与えていくでしょう。それが人に深みと歪みを与えるのです。この手の文を書くときに私は必ずといっていいほど悪い面も書きます。それはそうした心理作用、関係性が表裏一体だからで決していいとこ取りなどできないからです。度々書いていますが、私は他者にあまり愛着を持ちません。これによって対人関係に悩むことが無く、常に安定した心理状態を保持できますし、問題が生じても割り切れるので落ち込み時間を減らし現実処理を結果的に早めることができます。これを薄情だと言うこともできるでしょう。他の人がどういう心理特性を持っているのか知りませんが、幸か不幸か私は性格的にハッキリ特徴がでているので、この長所を最大化させることで欠点を補い、メリットを引き出します。人がその能力を引き出すにはその人の心理特性(心理的傾向)に合致し、その力が周囲にも承認された状態で自らそうすることを望んでいる必要があると思います。つまり、自分に正直になれ、それを人に認めさせろ(むしろ人から求められるくらいのレベルで)。それが出来ればみんなハッピー。私がマナに期待することはそれです。


 そんなマナをシャルルは気遣います。伝説の戦士プリキュアなのだからしっかりしろとも言います。弱音を吐きそうになった刹那、家が光ります。アイちゃんマジック。部屋をノックする音。母がアイちゃんを連れてきます。これにはマナもビックリ。アイちゃんのことは知らないはずです。


 映画宣伝CM。恒例の映画専用フォームがありそうです。


 母曰く「あなたの妹」。ずいぶん歳離れてるな。大体魔法のせい。うーん、これは主力商品なのに主人公とのスキンシップが足りず結果して宣伝力が弱いと判断された、早い話しテコ入れなのか、物語上今後もノッポさんに持たせておくと話しに絡ませにくくなるので最適化したと捉えるべきか迷うな。いずれにしても妹設定を作ったので扱い易いキャラになったと言えますが。っていうか、映画が結婚ネタで、本編では子育てって順序逆じゃね?
 そういうわけで、順調にアイちゃんの発育は進みそれなりに会話出来るレベルに。ラッパラビーズを受け取ります。それを使うとアイちゃんがラッパを鳴らします。お前が吹くのかよ。彼女なりに励まそうとしているらしい。

 外にお出かけ。出店が並んでいます。モブキャラが黒くなっています。プリキュアでは珍しい演出。レジーナの姿を見たマナは駆け寄りますが、もちろん幻。気落ちします。
 「いつまで背中を丸めているつもり
 びくっ。いやー、私猫背なんですよねー(誰も訊いてねえよ)。
 声のした方を向くと、ワンピースを着たマナと同じくらいの女の子が立っています。アイちゃんが彼女の方へ飛んでいきます。女の子もすんなりアイちゃんを受け入れます。え、やっぱそういう展開なの。マジで知らない人路線。
 「そんなことではいずれあなたの一番大切なものを失うことになってよ、相田マナさん
 年格好はマナと同じくらいなのに口調がやけに大人びています。でも声が幼い(高い)ので背伸びしている感じにも聞こえる。今までのプリキュアでは無かったパターンのキャラですね。だいたい、口紅付けて明らかにケバ……もとい淑女になることからして異例。


 真琴にサインを頼むファン。プライベートなのでお断り。正味、周囲の人達からも不快な視線を浴びています。残念がりますが素直に従おうとすると、はい、今週のジコチュー確定。リーヴァとグーラ。サインペンジコチューと色紙ジコチュー。
 ジコチューはインクを飛ばしたり突風を起こして人々に迷惑をかけます。セバスチャンが避難を呼びかけます。この人、この役割が板についてきました。
 六花とありすがかけつけ、真琴の音頭で変身。これはこれで隊長っぽくて渋い。変身シークエンスはカット。お早い登場ですこと、とリーヴァ。尺の都合です。
 リーヴァは挨拶と同時に帽子で攻撃してきます。木が真っ二つ。とりあえず強いですよアピール。正直、そのカッターでダイヤさんの衣装ちょっと切ってもらえないかなって思った私は健全な一般成人男性。健全な成人独身男性が日曜朝の女児向けアニメを見るかについては長い議論を要するのでここでは割愛したい。
 グーラがかみつき攻撃。ロゼッタのバリアを食べてしまいます。呆然とするプリキュア。強いっていうか、やりづれぇ。ジコチューも攻撃してきます。4対3。質的にも量的にも劣勢。


 シャルルが敵を感知。電話越しに仲間のピンチを伝えます。便利。
 仲間のピンチ。変身出来ない自分。目の前に立っている知らない女の子(アイスが溶けないか心配になります)。数瞬。瞳から迷いが消えます。
 「行こうシャルル。みんなのところへ
 「ありがとうございました
 マナは女の子に向くとお礼を言います。この反応は意外だったのか女の子も呆けます。
 「あたし、レジーナがいなくなったことで頭がいっぱいになって大事なことが見えなくなってたんですね。でも、何が一番とかじゃなくて、あたしはみんなの笑顔を守りたい。仲間達の笑顔もレジーナの笑顔も。全部!守ってみせる!
 駆け出すマナ。彼女はやはり賢い。すぐに女の子がエースだと気づき、それに混乱することも問いかけることもなく、彼女の言葉、今の状況を受け入れて行動に移している。マナの行動は一見唐突だけど論理的で筋道立っている。自分の中で出た答えにすぐ従うから周囲には唐突に見えるんだな。ただ条件反射で動いているのではなくそこに思考が関与している。これは大事なことです。全肯定も全否定もそこに思考が関与していない点では同じ。思考し、決断する。彼女は自分の視野の狭さ、自分の代わりになってくれている人達のことを知った上で進もうとしています。


 ジコチューのインクを浴びてさらには魚拓。散々です。満身創痍になりながらも立ち上がるプリキュア。何度でも言いますがソードの太ももは素敵です。追撃するジコチュー。
 そこにマナが割っては入ります。ちょっと待ったコール。声でけぇ。飛びかかったジコチューが墜落します。さすが音痴に定評のあるヒロイン。
 ジコチューのインク攻撃をパラソルでガード。そんなんで防げるのかこれ。さらに回して相手にはじき返します。インクを浴びた色紙がペンジコチューにケンカを売って内輪もめ。
 「ふん!
 2話で六花が生身で活躍したノリですね。こういうのは遊び心があって楽しい。アイデアや工夫で立ち向かう。こういう逞しい姿のマナがありすは好きなのだと思います。余談ですがこうした戦闘シーンを見てもプリキュアの日常・非日常の境界は曖昧になっています。一般人レベルで戦えてしまう。

 「お見事です。相田マナ、いえキュアハート
 木陰から女の子が現われます。
 「プリキュア五つの誓い。一つ
 「プリキュアたる者いつも前を向いて歩き続けること
 「そもさん」「せっぱ」みたいな掛け合いだな、これ。このやり取りでダイヤ達も女の子の正体がエースであるとこに気づきます。
 女の子はマナに愛を取り戻したのですね、と言いながらラビーズを渡します。愛とは何か。「それは人を思いやる気持ち」。マナが自ら発した言葉。では、愛を失うとはどういうことか、思いやらないことか、対義的にはそうだ。では具体的にはどういう状態か。自分しか見ないことだ。自分の檻、自分の殻に閉じこもること。決断することを恐れ、責任を負うことを恐れることだ。その間にも他の人達が自分を支えたり心配していることを忘れていることだ。自らのジコチューに囚われること。何かに関心したり驚いたり感銘することを忘れ、自己の願望を満たすためだけの木偶に成り下がることだ。感受性の著しい低下と捉えることもできる。ドキドキという言葉は直球だけど分りやすい。驚き、興奮、感銘、感動、興味、新しい体験、対象となるモノに対して自分の心が動いている状態を指す。外界と接続することで人はドキドキを体験する。それを奪う存在はこの物語において立ち向かわなければならないモノである。


③知らない家の子がプリキュアに変身
 変身。強そうに見えるオーラを纏うキュアハート。復活した主人公の見せ場…と思わせて敵の目の前を横切る女の子。敵に尻向けてカメラの方に向きながらアイちゃんを呼びます。この子相当な出たがりだな。
 「プリキュア! ドレスアーップ!
 顔のアップシーン見ただけで気合いが分ります。この印象はありすと同じ。流石は新商品の看板たる新キャラ。変身アイテムはアイちゃんが供給。商品コンセプトとしては化粧品。アイシャドウを入れます。女の子の瞳に映る7つの灯火。珍しい演出。CMでもこれが売り文句になっているようです。裸のシルエットがくるくる回ったりするのは変身ヒロインの常套演出ですが、何を血迷ったのか7つの炎が本当に燃えてそこから衣装が出現していきます。何これカッコイイ。不死鳥のように再生を想起させます。
 「愛の切り札! キュアエース!
 Aのロゴかっこいい。
 「美しさは正義の証し! ウィンク一つであなたのハートを射貫いて差し上げますわ
 Aの再現率高ぇ。指なめらかに動きすぎ。試しにやってみようとしたら全然動かなかった。

 変身すると大人っぽくなるのは女児向け変身ヒロインの王道。プリキュアでは比較的その要素が少なかったんですが(フレッシュが例外的)、エースさんは分りやすいくらいガンガン行ってますね。よく見ると口紅だけでなくアイシャドウも入ってますし。

 ふたりで共同戦線。ハートが正攻法的に戦うのに対して、エースは自分の加速を打ち消すために地面を滑りながら敵の懐に潜り込む(しかも背面で)という無駄にカッコイイ動きを見せます。あ、この人ムーンライト系の人だ。今年のプリキュアはエース小隊って呼ばれそうな予感。一応ハートも初期のノリで優雅な動きもしますが、明らかに格が違います。ドキドキでは珍しいガチバトル。

 必殺技。本日2発目。新商品販促は新キャラのお仕事。敵を浄化するときに、ハートキャッチみたいに口紅の回るところをくるくる回したりはしないようです。

 謎のプリキュアよりもマナのことが気がかりだったダイヤはハートに抱きつきます。良かった、と涙を浮かべながら喜びます。流石六花さん、誰よりも早く動く。映画の宣伝ポスターでもハートの隣をガッチリ死守。マナが結婚?当然相手は私よ、くらいの意気込みを感じます。
 ソードとロゼッタもハートの復活を喜びます。その間も抱きついたままのダイヤさんの熱意に私は心打たれます。

 そんな和気藹々とした雰囲気を無視して、エースは試練は始まったばかり、はやく私のステージまで上がってこいと言い残してまた去っていきます。もうこの子がアイちゃんのお世話すればいいんじゃないかな。


④次回予告
 王女さま見つけちゃったしね。


○トピック
 私はようやく登り始めたばかりよ、この果てしなく遠いプリキュア坂を、的な。
 キュアエースに関する私の一番の関心は、このキャラが女児に売れるのか?ですね。今や女児向け定番アニメ。スタンダードとも言える作品ですが、こういう実験を積極的にやってくれるのは楽しいです。果て無き冒険スピリッツ。

 5個クリスタル見つけたと思ったら今度は5つの誓い。ステージという言葉を使っているように、ステップを踏みながら成長していくことが予想されます。5話の感想でも触れましたが、人というのは双方のレベルがある程度同じでないと会話も思考も成立しなくなります。六花がマナと同じプリキュアになるために現状よりも一段上がったこと、マナがアイドルとして真剣に仕事をする真琴に並ぶために意識付けを行ったことがここでも再提示されています。ちょっと違うのは六花やマナが自発的にそれを行ったことに対して、エースはそれを強制的に行っていること(それ故にエースはハート達のことを正式なプリキュアとしては認めていないでしょう。せいぜい半人前程度の認識)。これがどう展開されていくのかは楽しみなところです。
 キュアエースさんについては、おいおい情報開示とともにやっていくとして、やっぱり注目はレジーナ関連。彼女の登場によって本作のジコチューの意味や扱い、プリキュア側とジコチュー側の関係が浮き彫りになってきたわけですが、ここにきて主人公であるマナの限界を露呈することにもなって、ほんと物語の中心的役割を担ったキャラだと思います。しばらくはエース関連の修行が続くでしょうけど、レジーナがどのように救われうるか、彼女の気持ち、ジコチュー(プシュケー)が昇華されるかは本作の重要なテーマを示すものだと思います。



 前回のおさらいになりますが、マナの敗北には2つの要因があります。すなわち、
①レジーナの気持ちに気づけなかった
②レジーナに適切な指針を与えることができなかった

 逆にキングジコチューはこの2つをクリアしています。①レジーナの気持ちに気づき②苦しまない方法を与えた。
 勿論キングジコチューがやったことは間違ったやり方で、毒にしかなりません。しかし何も与えられないならいっそ毒を飲む方を人は選ぶ。あの状況下でレジーナの問題に気づき対処法を取ることができたのはキングジコチューだけです。マナがやれたことは「あなたは私の友達でしょ?(だから私を傷つけないで)」と言うことくらいでした。キングジコチューが「お前は私の娘だろ?」というのと何ら変らない。レジーナの腕を左右それぞれ持って綱引きしているだけ。「痛い痛い」と心の中で叫んでいる彼女の声に気づいて、優しい言葉をかけたキングジコチューはこの点においても優位性があり軍配が上がるのは当然です。
 ほんとに皮肉な話しなんだけど、クソ親でも子どもの理解度ではマナを上回っている。それが彼女を慮っての行動ではなく利用するためのもので毒を盛っているのとなんら変らないことであっても、何も与えられない人よりも、たとえそれがまやかしや毒でも与えられる人を人は選ぶ。苦しんでいる当事者にとってそれが正しいか間違っているかは重要じゃない。この苦しみが消えるならなんだっていいと考えている。これは今回の件以外の全般的なことにも言えます。レジーナの場合は本人が今どういう状態なのかを正確に認知していないこと、彼女の幼さ、弱さにつけ込んでキングジコチューが意のままに従えている点でかなり悪質です。これもまた虐待・ネグレクトなどの家族関係が崩壊した家庭でしばしば見られる実態でもあります。

 マナがレジーナに対して行ったことは決して間違ったことではありません。彼女なりにできることを最大限やったでしょうし、中学生にあれ以上のことはできません。大人でも難しい。言ってしまえばこれはマナの過失ではありません。レジーナの気持ちに気づけなかったのだって、そこまで見通せたら逆に化け物です。要するに、このマナの敗北(挫折)は人にはどうやっても解決することのできない問題があること、解決する方法があったとしてもそれを自分が行えるとは限らないことを提示しています。ざっくり言うと諦めろってことなんですが、そうした敗北、無力感を目の前にしたときに傷つく人、元々あれはどうにかできるものじゃなかったと割り切る人、責任転嫁する人がいるでしょう。どれが正解かは知りません。私に言えることは敗北を知ってなお立ち上がり前に進めるバイタリティがあればいいということだけです。ちょっとしたことで傷つき現実対応能力を損なわせるような自尊心なんてクソの役にも立たない。這いつくばってでも人に生きる道筋を求めさせることが自尊心の在り方だと思っています。マナに間違いや過失はない。しかし成長すべきだ。何故ならそれが彼女自身を高め、誇りを与えることになるからです。 そしてそれは彼女に関わる多くの人々に恩恵を与えていくでしょう。


 閑話休題。
 親と子の問題は、フレッシュのせつな(イース)と似たケースですがせつなの場合が一旦親と離れて自立した精神を養った上で再び対峙したことと対照的です。これはどちらが正しい間違っているというものではなく、ケースバイケースだと思います。せつなとレジーナとでは前者の方が精神的にまだ高く判断力もあります。一時的に親元を離れた方が冷静になり自分を客観視することもできるでしょう。しかしレジーナにはそんな余裕や力は無いように思えます。下手に親から引き離すとそれ自体が害になりかねません。これはこうした壊れた親子関係を扱う場合で厄介な問題だろうと思います。クソ親でも親として必要であるという事実。その意味で本作が行っている一連のエピソードは現実の問題にかなり近いことをやっています。正直、スタッフの正気を疑います。だって、これ、ものすごく面倒臭い話しだもん。これを提起した以上、下手な嘘で誤魔化すことは許されません。子ども向けアニメだからこそ嘘は許されない。自分でハードルを上げるんだからプリキュアは怖い。そしてだから面白い。この物語はそうやってきた物語だと思ってます。常に進み、高みを目指す。やってもらいましょう。見せてもらいましょう。その覚悟を。こっちもそれに全力で付き合います。

[ 2013年07月07日 20:15 ] カテゴリ:ドキドキ!プリキュア | TB(0) | CM(-)
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