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第12話「マナの決意!あたし弟子をとります!」

○今週の出来事
①あなたのようになりたい

 拳を握りしめ、少年は大志を抱きます。

 前回アイちゃんに助けられたことを回想。強力な助っ人なのではないかとシャルルが言います。とはいえ王女の手がかりは依然として掴めず。道のりは険しい。
 教室に大声で入ってくる少年。マナの弟子になりたいと土下座で頼みます。なるほど、この手があったか。これならいつでもマナ達を見放題。


 ということで事情を尋ねます。彼の名は早乙女純。他の生徒達も好奇の目で様子を見ています。たぶん毎度のことなのでしょう。「またか」と六花。こういうことはよくあると真琴に説明します。マナが女の子と親しくするのには嫉妬しても男子はスルー。六花さんよく分っています。なお、六花はマナを尊敬している面がある(3話参照。生徒会長に頼まれたときも隣で嬉しそうな表情を浮かべています)ので、こうしてマナが人に尊敬されたりするのは彼女にとって心地良いことだろうと思われます。今はそれがすっかり当たり前になっているでしょうが。
 弟子入りを決めたキッカケは昨日の出来事。前が見えないくらい本を重ねて運ぶ純君。ふらふらと頼りなげです。そんな彼を手助けするマナ。本を全部引き取ります。半分とかじゃないあたりマナらしい。穿った見方をすれば彼女は人の仕事を取りすぎる傾向があります。それでは相手の力が伸びない。楽々と本を運びます。前が見えないと思うんですが大丈夫なんでしょうか。
 「その姿はとても(物理的に)力強くて、頼もしくて、まるで白馬の王子さまのようでした」と語る純君。それ女の子に対する褒め言葉じゃないよね? 「白馬関係ないし」。微妙に冷めている六花さん。王子って点に突っ込まないのは自分も王子呼びしているからだね。相田先輩のように強く逞しい男なりたいと力説。「マナ男じゃないし」。「僕を弟子にして下さい」「いいよ」即決即断。「また面倒なことを」。さきほどから表情一つ変えていません。いつものパターンなのでしょう。私はマナのことよく知ってます感がすげぇ出てます。
 「断らない。それがマナ」。隣で真琴が感心しています。

 昼休み。購買部に生徒達がおしかけパンク寸前。その惨状に焼きそばパンを諦める生徒。マナが引き受けます。最後尾で焼きそばパンの在庫を確認しようとしますがおばちゃんの手が足りません。そこでお手伝い。当初の目的を変更して購買部の助っ人に入ります。純君はついて行けません。ここでもマナは大活躍。焼きそばパンを生徒に渡して依頼完遂。
 「で、自分のパンは?」「」。自分の分まで人に譲っていると勘違いした純君はマナをさらに尊敬します。単に目先のことに追われて忘れているだけなんですけどね。六花に頼んでお弁当を分けてもらいます。なんという六花得。絶対内心でガッツポーズしているはず。こんなこともあろうかとマナの好きなおかずも入れている。六花はできる子!

 悲鳴。階段を躓いた女子生徒を保健室に連れて行きます。保健室では先生に頼まれて荷物運び。荷物を運んでいたらケンカの仲裁、とその後も問題処理に東奔西走。学校の外でも行動は変わりません。何が凄いってそれに毎日ついて行ける六花が凄い。前回のように急遽仕事に穴が空いてもすぐに埋められる六花の事務能力とマナへの献身。自称ツバメは伊達じゃない。

 だいぶ寄り道をしてソリティアへ。赤ちゃんのお世話までしているのかと純君は驚きっぱなし。彼もアイちゃんをあやそうとしますが、髪を掴まれて四苦八苦。六花がラビーズでガラガラを出して肩代わりします。
 やっと一息つける純君。真琴が疲れた様子を見て取ります。マナに付きっきりでは当然だと六花は言います。彼女の場合は慣れているのと、マナの過剰な奉仕活動ぶりを半分諦めているのでマナと同じ事をするのではなく、マナのバックアップをすることで仕事量を調整していると思われます。
 ありすが甘いお菓子を勧めします。映画の時に余った納豆餃子飴が残ってそう。マナの視線に気づく純君。マナは頑張り屋さんだと彼を評します。今日は大変だったと言う彼にマナは楽しいと答えます。人の役に立つことに喜びを感じるマナ。しかし純君は仕事に追われるばかりでそう感じる余裕はありません。彼はマナのようになりたいのであって、人に感謝されるためにやっているわけではないことも影響しているでしょう。動機が違います。先輩のようになれるのだろうかと不安を抱きますが無理矢理ネガティブな思考を振り払います。
 ポン、と突然肩が叩かれます。ノッポさんがラビーズを贈呈。それプリキュアだけのアイテムってわけじゃないのね。隣で真琴が胡散臭そうにノッポさんを見ます。よく分らない人です。それはそうと無事退院できたようです。

 アジト。ボロボロなベールさん。こっちは退院出来ても当分仕事は無理そうです。もう後がないとイーラ達に発破をかけます。イーラは本気でやってやるとボールを投げます。ガーター。カッコが付きません。ボールを大量投入して倒します。要は倒せばいいんだろ、とイーラ。それが出来ないから歴代幹部は大変なんですよ。


②あなたのようにはなれない
 図書室で本を借ります。相談されたことを調べるためのようです。マナの能力が高いのはこうした下積み経験が多いからというのもあるでしょう。仕事でも後輩に教えるためやバックデータを得るための下調べをすることで経験値が増えるので、多少面倒でも続けると継続は力なり、となる。
 純君も本を見つけて手を伸ばしますが届きません。マナが代わりに取ります。実際この年頃は成長期の兼ね合いで女子生徒の方が背が高いことがありますね。女児向けアニメ的には主人公であるマナの何でも出来るお姉さん像が描写されています。
 そんな様子を見ながらよく続く、と六花。チェックが地味に厳しそう。純君のようなことは何度もあったと言うわりに、マナの近くに六花達の他だれも居ないことを見ればみんな脱落していったことは明白。今回もあと何日持つか、という感じなのかもしれません。真琴が出てきて努力家だと言います。君達、暇なのか。ダビィは少し元気がないと言葉を付け足します。
 高い壁ならぬ本棚。それに圧倒されるように純君は深いため息をつきます。心の花が枯れそうです。

 テニス部でも練習相手を引き受けます。とても真似できないとまた落ち込む純君。ならせめて荷物持ちでも…と思ったら重くて持ち上がりません。それを片手で楽々と持っていくマナ。女児向けアニメの女の子は強い。

 下校。マナ・六花・真琴が並んでいる後ろでちょっと距離をおいて歩く純君。これはきつい。これは無理だわー、下心で同じことやろうとしても彼女らに入っていけねー。っていうか六花がそれを許すわけねー。道の先にありす。堂々と道ふさいでやがる、この金持ち。ここは君の私道か?(大貝町自体が四葉家の私有地である可能性が高いですが)
 ありすは純君の姿に気づくと視線で挨拶。純君と並んで歩きます。あのまま純君だけを置いて車で去っていったら伝説になりそうですが、さすがにあくどいと言われる彼女でもそんな真似はしません。純君を放置しちゃっているマナ達と違ってありすは純君をフォロー。ドキドキは学校が別れている割りにマナ達を中心とした学校描写を入れているのでありすの出番が少なくなりがちですが、こうした描写が入ることで彼女の立ち位置や性格がハッキリしています。
 ありすに「お疲れ様」と言われて振り返る純君。自分は何もしていないと述懐します。ついでに言うと「お疲れ様」と言われるくらいマナが普段やっていることを他の人がやるのは負担になると思われているようです。幸せの王子発言もそうですし、六花とありすはマナのサポートはしてもマナのようになろうとはしません。マナは基準にならない。彼女達はそれぞれ自分に出来ることをステップアップさせながらやっている。みんなが同じことをやらなくても、できなくても、精神的なステージを同等に保つことが出来るというのが本作の特徴であり、一つの基準です。

 風が吹いて子どもの帽子をさらっていきます。マナが駆け出します。後を付いて純君も。軽やかに走るマナと対照的に息を切らせながら走る純君。背も低い、足も遅い、力もない。躓いて転びます。帽子をキャッチして笑顔を浮かべるマナ。地に這う純君。文字通りの差。彼はどんなに努力しても先輩みたいにはなれないと苦虫を噛み潰したように心の中でつぶやきます。
 「強く、大きくなりたい。先輩よりも!」
 心の闇が広がっていきます。しかし次の瞬間なれるわけないと諦めると闇も縮小していきます。次のステップに入ったな。ジコチューとは何か。それが少しずつ拡張(開示)されていきます。
 イーラが現われ彼のプシュケーを取り込みます。
 イーラビースト。
 「あれは…象?
 「象ね
 「象ですわ
 ありすの表情で吹く。
 「か、可愛い
 君の方が可愛いよ、セニョリータ。
 可愛い扱いされて怒るイーラ。これ着ぐるみだろ。子ども喜びそう。帽子を返して避難させます。
 戦闘開始。見た目に反して機敏な動きと力の強さを見せるイーラ。
 「強い! 可愛いのに
 君も可愛いよ、フロイライン(お前はどういうキャラになりたいんだ)。
 立ち上がるハート。「まだやるかい? いっとくけど今日の僕は本気だぜ?」。見た目とのギャップが酷い。
 純君を助けると言うハートに、こいつの望みを叶えているだけだと答えるイーラ。強く、大きく、逞しくなりたいと願う純君。ああ、それで象なのね。ハートはこんなやり方は彼の望みではないと言い返します。純君は先輩みたいにはなれないと絶叫。それがイーラに力を与えます。
 ソードがマナの何を見ていたのかと叱咤。強ければマナのようになれるのか。ダイヤも努力し続けたから今のマナがあるのだと言います。強さとは心だとロゼッタ。持ち上げすぎだとハートが答えます。自分も失敗したり落ち込む。自分も同じだと彼に伝えます。
 イーラは跳躍するとキック。しかし狙いが外れます。追撃しようとしても身体が思うように動きません。プシュケーの色は黒から青に変わっています。
 「ほら、やっぱり。あたしみたいにならなくても純君はとっても素敵だよ
 予想よりずっと早い。このタイミングで来るとは思ってなかった。ハートキャッチでも12話でデザトリアンは説得されています。ですがハートキャッチはデザトリアンになる人を中心に話しを作っていた(プリキュアは部外者だった)のでプリキュアの力に依らず自身で克服可能なことは必然であったし、提示が比較的早かったのも納得できる話しです。突発的に怪人化するジコチューで同じテンポなのは相当です。ドキドキのポテンシャルはかなり高い。
 
 イーラは力尽くで制御。イーラの脚を4人で踏ん張ります。
 「いつも一生懸命頑張ってる純君に、あたし、キュンキュンした。だから! 純君のハートは渡せない!
 一般的男子中学生なら勘違いしそうなセリフ。六花さんが嫉妬で本気出しそう。ソードとロゼッタ(特に後者)の表情がやべぇ。前任のプロデューサーがライバルはAKBと言うだけはあります。不細工になるくらい頑張っているところまで見せて共感と憧れを抱いて貰える、そんなヒロインを地で行くのがプリキュアです。
 「純君を返せー!

 投げ飛ばされたイーラは踏ん張って滞空。ソードが牽制射撃。川の上に居たため水しぶきが上がります。続いてロゼッタが上空から仕掛けます。対空射撃を防御すると上からも下からもイーラを包むように水が溢れます。そこを狙って冷凍ビーム。詰み。技の特性を活かした戦闘。単にバンクを繋いでいるだけなのですが、ドキドキはそこを手抜かり無くやっているので飽きさせません。アタッカーであるソードとダイヤのバンクが短めなのもテンポを考慮してのことかと思われます。見栄きりよりも全体のテンポに重きが置かれている。
 「強くなりたいって努力する純君の想い、真っ直ぐな願い、それは決してジコチューな心なんかじゃない!
 技名の名乗りから実際の射撃まで間があることを利用してセリフを入れているのが上手い。イーラも病院送り。


③僕の花
 目を覚ます純君。視界いっぱいに広がるマナの顔。驚いて立ち上がります。もったいない。折角の膝枕だったのに。おし、私が残りの分を堪能しようじゃないか。位置的には六花の太ももも見放題。俺、弟子入りするわ。
 記憶が混乱する純君。マナの顔を再び見ます。どうかした?と尋ねられ視線を外します。彼なりに何か思うところがあるようです。

 純君が最近来ないと話すマナ達。花壇を通りかかると見事に花が咲いています。こんなんだっけ?と訝るマナに純君が声をかけます。庭作業のエプロンにはラビーズ。園芸が趣味らしく自分で育てた花を植えたそうです。自分は先輩みたいに強くなれない、けど、僕の花を見て誰かが笑顔になってくれたらいいなって。僕が憧れていたのはきっとそういうことだった。それに気づいたと彼は言います。
 自分から弟子入りを頼んだに反故する形になって謝る純君に、マナは感激。真琴も弟子を取れるのではないかと褒めます。
 一件落着。…と思いきや、新たな刺客現る。


④次回予告
 ビオランテか。幹部は仮装で笑いを取らないといけない決まりがあるようです。ありすブチ切れの予感(ロング版予告参照)。資本力の差が金持ちの決定的な差であることはもちろん、戦闘力の差が女子力の決定的な差であることを教えてくれそうです。


○トピック
 で、5人目のプリキュアは何色なんです?


 テンポの良さ、テーマの適宜開示、六花のマナ大好きオーラが維持されているのがすげぇ。特に最後の項が重要です。ここ試験に出します。
 横入りしたいから始まって、いよいよジコチューの意味が深掘りされてきました。突発的でどうでもいいような願望はもちろんのこと、大好きな友達の一番の友達でいたいという願望や、強くなりたいという願望もジコチュー化対象。現状では「満たされない願望」が適用範囲のようです。
 これはハートが言うように願いであり、その人の誠実さ、感情の豊かさ、向上心の現れでもあります。しかし現実にはそれが本人に留まらず他人の足を引っ張ることや葛藤となって苦しむことに繋がっているのは事実で、ここにプリキュアとジコチュー勢の対決軸が現われています。人の願望は暴力的で一方的だというジコチューと、人の願いは創造的で互いを結びつけるものだというプリキュアの対決です。ここで誤認してはいけないのは、ジコチューとプリキュアどちらが正しいか、真理であるか?という話しではなく、人の営みとはこの戦いの連続であるという提起を行っている点です。
 純君がラビーズを身につけているのはそのためです。ラビーズはプリキュア関連のキーアイテムですから、マナ達以外の人々もプリキュアになれる資質があることが暗喩されています。一般人もプリキュアと同じ戦いをしている。ジコチューになった人々の中ではじめて純君は自分の心に向き合い、自分を変えた人です。欲しいものが手に入らない、その苦悩を乗り越えて彼は彼にしか出来ないものを見つけています。

 これまで見てきたようにプリキュアは「正しい」のではなく、その葛藤を繰り返しながら「創造性を生み出せる」ことに彼女達の特異性(一般人との差異)があります。むしろ彼女達は間違うが故に成長している。これまでジコチューになった人々は戦闘中の記憶が無いこと、取るに足らない葛藤で自制できている点でも成長の余地はありませんでした。そのため深刻なエピソードには発展していません。ところが今回は違う。もし純君が自制していたら向上心までも失ってしまうことを意味しています。彼のジコチュー的意思は憧れと向上心であり、自制してはならないものでした。この提示は面白い。では、自分勝手な悪い願望と、人を成長させる善い願望に線を引くことができるのかと言えば、それは出来ません。というより願望それ自体は善悪の価値判断対象にはならないと私は思います。それに対するスタンス(アクション)に善悪の差が出る。なぜならその行動が人の意思の表れだからです。個人主義を認め、人の自由意思を認めるのであれば、人の行動を決める意思にこそ価値が置かれます。その意思決定には主体性と責任が伴います。人の真似をしてもそれはその人の意思とは見なされない(仕事で言えば慣例主義)し、今回の純君がそうであるように能力が伴っていなければチグハグな結果になる。
 だからこそ、プリキュアは自分で考えろ、と言うわけです。願望を制御し、課題と自分の実力を一致させるには理解力と決断力が必要になる。高く跳ぶには地にしっかりと足をつけて踏ん張らないといけない。六花とありすがプリキュアになったのは、マナと同じことをするためではなく自分のやるべきことを見つけたからです(前に進もうとする意思=変身だと思って下さい)。実はここに一つシビアな事実認識が隠れています。自分は憧れの人にはなれないという事実です。前回の感想で非対称性の話しをしましたが、ここにも関連します。人と同じ力を持てない以上、どこかで諦めが生じる。それを認めろ、認めていいと本作は言っています。「自分らしさ」とは他人との違い、自分の分(適性や限界)を理解することの裏返しです。ある種の諦め、全能感からの脱却であり、努力や希望を部分的に否定します。そのため本作は「頑張ればマナのようになれる」とは一言も言っていません(事実誰もマナになれません)。ぶっちゃけ、今回の話しは純君の挫折と妥協の話しです。
 しかしそれは決して個人の人間性の否定や敗北を意味するものではありません。そこを基点にして人は各々自分なりの幸せ、自分の人生を選び取ることが出来る可能性が生まれるのです。純君は挫折と妥協を建設的な方向へ転換させています。マナが生徒会長やっている間に、純君が花壇を綺麗にすれば学校全体がより良くなります。私がいなければあなたは困るし、あなたがいなければ私が困る。自立と依存は両立できる。一人ひとり違うから、違うことをするから豊かになれる。同じ力を持たなくても、同じ心(意識の高さ)を持つことができる。その絆、繋がりを持つことで一人ひとりが己の生を創造していく。それが結果して世界の創造となるというのがプリキュアロジックです。シリーズを重ねる毎にそのロジックは深みを増しています。
[ 2013年05月23日 20:12 ] カテゴリ:ドキドキ!プリキュア | TB(0) | CM(-)
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