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映画ふたりはプリキュアMaxHeart

 とりあえず暫定的に箇条書きで。もしかしたらこのままかもしれませんが。

①予告と本編の違い
 TVCMのなぎさ・ほのか・ひかりが飛んでいるシーンとか、三人がドレス着てる前でメップル達が跳ねるシーンとか、メップル達の衣装(勇者風、お姫様風、王様風)は無し。多分、プロモーションと本編は別物として作成されたものと思われる。


②本編箇条書き
 藤Pを見て口元にソースやら青海苔つけて恥かしがるなぎさを「可愛い」評するほのか萌え。
 ラウンドの第一声は笑ってしまう。地球育ちのサイヤ人かと思いました。
 変身前の状態で、土煙立てながら高速バックするなぎさとほのかは凄いと思う。
 カエル達との戦闘で公園が廃墟化しましたが、ゴメンナー居ないし、特に技とかも使ってないので、実は直らなかったりします?
 ラウンド達のお願いに渋るほのかとひかりが印象的。ひかりの渋る理由も理由だが、ほのかは進んで話を引き受けるような気がする。珍しく(ダイヤに惹かれた)なぎさが率先して引き受けているのでそのカウンター役かな。
 希望の園。だっ、ダイヤ?モンド?・・・何かルビーとかサファイヤとかありません?目を輝かせて石の大きさに感激しているほのか嬢はどこかズレていると思う。でも、そこが可愛い。
 お城。通路が大きい。もしかしてここの女王もデカイのかと思った。
 スクエアと対話しようとするほのか。フラグイベント。こうしてほのかの虜になるであろう男が。
 パーティ。うおおおおおおおぉっ!このドレス姿で70分本編終わってもいいかもしれない。それはダメだとしても、ドレスシーンはもうちょい欲しかったかな。
 魔女。変身後1秒でリタイヤのシャイニールミナス。そんな・・・・。今回ルミナスは出番少ない。映画では普段の性格や戦闘キャラとしてまだ確立されてないんじゃないかと。映画の企画はMaxHeart前からなので現状のひかりと下手に乖離させないために、あまり動かさないキャラにしたのかなと憶測。
 プリキュアも変身後数秒で船ザケンナーの主砲で沈黙。圧倒的。
 失った無くしたモノ(信頼含む)を取り返すために魔女の住処へ。魔女強い。
 魔女の洞窟。再戦。ブラックのチョコ買いだめしなきゃに応えてホワイトの「売り切れちゃうものね」つっ、強そーーー。
 でも、負ける。魔女強い。
 頑張るひかり。魔女の攻撃の直撃を喰らったりと大変。でも、受ける直前にオーラみたいのが出てた気がするので無意識に防御壁を張ったのか。流石クイーン。
 希望の園にて最終戦。手を繋いだプリキュアが目にも留まらぬ速さでザケンナーを瞬殺。凄っ!でもやっぱり強い魔女。
 ダイヤモンドの力を借りて黄金のゴールドクロスになるプリキュア&ルミナス。これでは、ブラックとかホワイトではなく、キュアゴールド1.2だ。一人ホワイトなのにブラックな人がいた気がする。
 魔女も倒し平和が戻る希望の園。帰りの時。帰らねばならない。お祭りも楽しいパーティも何事も終わりは来るのだから。ほのかスクエアを虜にする。ああ、罪作りな女性。なんでこの娘は男関係の話が多いんだ?
 帰ってきた虹の園。なぎさとほのかは手を繋いで笑う。雨は振り続ける。新しい季節の到来を告げるように。


③カエルぴょこぴょこ
 なんでカエルなのかなー、としきりに考えてました。どうでもいいことなのかもしれませんが、あそこまでカエル(ダイヤモンドライン保管場所、像)にするからには何かあるのかと思いまして。カエル自体のキャラクター性もあるのでしょうが、別な意味合いもあるのではないかと。
 んで、ラストシーンで疑問氷解。ラストシーンは雨が降ってきて雪城家の庭先で見つけたカエルを見ながらふたりが手を繋いで「カエルぴょこぴょこ~」と言って笑うシーンで終わり。
 萌え場というよりも、個人的には泣きたくなるくらいに感傷的になったシーンでした。なんで希望の園の戦士をカエルにしたのかも分った気がする(実際にはキャラ決めてから話作ったのかもしれませんが)。希望の園での出来事が彼女達にとっての日常に自然に溶け込んでいくとともに、この情景は「梅雨」を想起させます。カエルと雨。映画の上映期間はおそらく梅雨手前くらいまででしょう。ゴールデンウィークをピークとしても、映画を見終わって早晩せずに梅雨になります。ちょうど、プリキュアと現実の私達の時間軸が同じくらいになっています。
 一緒の時間を生きている感じがします。なぎさ達が経験したことは私達が過ごす時間と同軸上にいる。希望の園での出来事がなぎさ達の日常に回帰し、そして私達が過ごす時間に回帰します。プリキュアのTV本編は出来る限り現実と同じリアルタイムで進むようにしているんですが、それは1年モノの企画だからできることだし、映画にしても、こちらの時間軸に合わせた作りにしているのは、なぎさ・ほのか・ひかりと一緒の時を共有する、という視聴者の視点に合わせているからなんじゃないかと思う。プリキュアは描写とかテーマが日常に根ざしたものですが、時間軸そのものをこちらの時間軸に合わせているのも見逃せない点だと思う。これはDVDが出てからとか、レンタルで一気に見た場合では得られない共感です。それは彼女達が「今」という時間を生きているからだと思います。
 春が過ぎて、梅雨になる。そして夏が巡る。季節の移り変わりとともに彼女達は少しずつ色々な事を経験しながら成長していく。その姿はダイヤモンドの輝きよりも美しい。なんちゃって(恥っ)。
[ 2013年05月21日 19:31 ] カテゴリ:MaxHeart | TB(0) | CM(-)
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