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第5話「うそ!キュアソードってあの子なの??」

○今週の出来事
①猪突猛進だけではダメ

 剣崎真琴。アイドル兼歌手として注目されている人物。ありすの情報によると彼女がキュアソードらしい。展望台に登った人の数と降りた人の数が食い違っていた。真琴とマネージャーが降りた形跡はないとありすが説明します。その他にも指紋、足跡、DNAなど一致しているそうです。プリキュアらしからぬ現実的な説明。今更ですけど、マネージャーってダビィが変化してるのかな。この件で分ったことは四葉財閥を敵に回してはいけないということです。絶対この家非合法的なことに手を染めてるよ。完璧にそれを隠蔽してるだろうけど。
 アイドル兼プリキュアという高スペックぶりにテンションを上げたマナは居ても立ってもいられないとばかりに駆け出します。真琴に会う気です。六花がどこにいるのか知っているのかと尋ねると足を止めます。芸能人に簡単に会えるわけないでしょ、と六花にたしなめられます。この流れ、間違いない。「それでしたら、私にお任せ下さい」。ミサイルからブラジャーまでなんでも揃えてくれそう。


 アジト。4人目の目撃報告。毎回増えるのでそのうち100人になるんじゃないかと言うイーラ。現状で32人確認されています。そうなる前に始末しとけよ、と他人事なベール。1000人まで増えたら本気出す。どんだけやる気無いんだよ。っていうか、そうなったら誰にも手を付けられねーよ。予算の関係で950人くらいは端折られそうですが。
 代わりにマーモがやる気を出します。王女の手がかりを得るまでは泳がすつもりだったが、手が付けられなくなる前に潰してしまうか、と悪巧み。プリンセスとか王女とか呼ばれているのはOPの赤ちゃんのことでしょうか。主力商品っぽいのですが、なかなか出てきませんね。


 ヨツバテレビ。名前オチ。ありすに連れられてきたものの六花はどうやって入るのかと心配。しかしそんな心配を余所にありすは警備員を顔パス。拍子抜けしたマナは後を続こうとして止められます。ありすが友達だからと説明すると許可が下ります。先に説明しろよ。改めてありすは父が経営している会社だとマナ達に説明。金とコネがあれば何でも出来る。72色の色鉛筆買って貰えないのは親が貧乏だから、家が忍者屋敷じゃないのは親が貧乏だから、芸能人に会えないのも親が貧乏だから。世の中の仕組みを子ども達に教えてくれます。
 スタジオの一室を訪れるとそこでは歌の収録をしています。収録が終わり真琴は周囲のスタッフに声をかけながら退室していきます。奢ったところがなくスタッフの心象も良さそうです。真琴をまた間近で見られてマナはときめきます。ありすも素敵な方だと評します。釘を刺すように六花が彼女の正体を確かめに来たのだと目的を再確認。
 ……。……。間。
 「で、次の作戦は?
 「ありませんけど?
 ノープランでした。驚いた六花が声をあげてしまいスタッフの視線を浴びます。きっとマナちゃんが何とかしてくれるとありす。他人任せかよ。いっそのこと前回みたいにキュアソードに変身しているところを録画してそれをネタに引き込めばいいんじゃないですかね? あるいは真琴の事務所を買収するとか。っていうのは最終手段として考えているに違いない。
 肝心のマナがいません。六花が慌てて捜します。スタッフに睨まれてしまいます。


 楽屋。マネージャーが一日の予定をざっと説明。みっちりスケジュールが組まれています。サインも山のようにあります。最近忙しすぎるとこぼすマネージャー。しかし真琴は気丈に振る舞います。これもやはり復興費のためでしょうか。四葉財閥に土地の租借ならびに関税、流通独占権などを条件に融資を頼んだ方が早い気がしますが。
 飲み物を買いにマネージャーが出ていくのと入れ違いにマナがやってきます。マナは自分がキュアハートだと言うと握手を求めます。呆然としている真琴に「あたしの仲間になって下さい」と言葉を続けます。やっていることを箇条書きにするととんでもない子だな。相手との距離とか境界とかそういうの完全にスルー。人見知りしないと言えば聞こえはいいけど、馴れ馴れしいとも言えます。警戒心の強い人相手には避けられるタイプ。
 あれから色々経験を積んだ、仲間も3人に増えた、まこピーはとっても可愛いのに歌うときはとっても凛々しくて凄い、しかもプリキュア、感激、まこピーが仲間になってくれたら千人力だと一方的にしゃべり立てます。
 ギリッ。
 椅子の背もたれを強く握る真琴。ピリピリした雰囲気に流石のマナも自信が持てなくなりキュアソードさんですよね?と問いかけます。「なんのことかしら?」。はいそうです、とは答えません。
 ここがどこだか分っているのか、勝手に踏み荒らして良いところじゃないとマナを叱責する真琴。仲間になるならない以前に、自分の都合を押しつけたマナの無礼さ、不躾な態度が露骨に出ています。これもまた自己中な態度です。毎週ジコチューになる人達は心の片隅でちょっと誘惑が起こる程度ですが、マナはそれを行動に移している点で実は一番要注意な人物かもしれません。
 マネージャー、六花とありすも楽屋にやってきます。ハッキリと真琴に拒まれたマナは呆然とします。六花に連れられて部屋を出ます。
 直接乗り込んできたことに驚きながらも感心した様子のマネージャー。どうかしていると言う真琴に、あなたへの熱意は感じたと答えます。


 応接室。六花はマナに説教。そのアングル素晴らしいですね。マナはソファの上で正座。あるある。マナのそのアングルも素晴らしい。ありすは絶対防犯カメラで撮ってる。もう深く反省していると六花を止めるありす。これはあれか、マナに構いたい六花的には小言を言いたくなるのと対照的に、ありすはマナを保護したいという欲求か。静かな正妻戦争が始まっています。
 マナは握手をすれば誰とでも友達になれると思っていた、プリキュア同士ならなおさら、きっと仲良くなれるに違いない。でも大切なことを忘れていた。仲良くなるにはちゃんと相手の気持ちを分ろうとしないとダメなんだ、まこピーにとってアイドルは大事なことなのに、それを邪魔したのだと反省します。スイートはそのことに気づくのに1年かかりました。この物語は1年かけて何に気づくのだろう。
 マネージャーがやってきます。剣崎真琴はいつだって真剣、だから彼女の歌は心に響くのだと話します。


②剣崎真琴のステージ
 再びスタジオへ。真琴の収録が始まります。彼女の歌を聴きながらマナはマネージャーの言葉を思い返します。自分の歌を聴いてくれた人が笑顔になって欲しい、彼女の歌にはその願いが込められている。人への厳しさは自分への厳しさというわけですね。上昇志向の人はそういう傾向があります。ちなみに私は自分がやることは全て自分のためにやります。この感想もそうだし、仕事も元をただせばお客さまへのサービス提供となりますが、それを自分の役割と割り切っています。自分がキッチリ仕事すれば結果として顧客も満足する、という考え方。私が満足する、納得する、幸せになるために何事かを行う。自分と他者とを直接結びつけない。これは私が人と常に距離を置くための一種の防衛策です。この考え方の特徴は、責任を自分で負わなければならないことです。誰かのためにやったのだからという言い訳は許されません。孤独でいるということは、自分の行動の責任を背負うということでもあります。その反面、人の面倒は見ない(自分と関係しない責任までは背負い込まない)。各自がやることやれば全体として機能するという考えですね。自分で言いますが、これは偏った考え方なので普通の人は真似してはいけませんし、真似できません。偏った感受性を活かすための適応の結果です。これはこれで他者や社会と巧く接続していれば正常に機能します。いつでもベストを尽くして最高のパフォーマンスを披露しなくちゃいけない。その責任と自覚が自己と他者との接点を浮き彫りにし、自己の肯定感や有り様を確固たるものにさせる。

 あなたにもそういうのない?と問われたマナはあると答えます。それを訊いたマネージャーは僅かに表情をほころばせます。今作の妖精は問いかけて自覚させる役割を持っている。謝りたいと言うマナの願いをマネージャーはくみ取ります。
 真琴の姿を放心したように見つめるマナ。瞳が揺れます。プリキュアの面倒臭い(しかし同時に面白い)ところは、大切なことを言葉で説明しないことがあることです。この時のマナは真琴をアイドルとしても、プリキュアとしても見ていないと思われます。自分のやるべき事、願いを叶えるために一生懸命になっている人の姿を目の当たりにしている。そこには憧れや浮ついた気持ちはない。自分の先を行く人、見本となる人として瞳に映っているだろうと思います。一個人としてマナは真琴の使命、立場を理解します。であるからこそ後の握手会で再び手を差し出すことができるのです。仲間としてではなく、志を同じくする者として。

 スタジオの陰で別なアイドルが真琴に嫉妬しますが、すぐに自分の未熟さも認めます。この世界に登場する人達は概ね善良です。嫉妬や欲望に飲まれない。しかしだからこそ人の願望や嫉妬は強力だと言えます。どんな善良な人の心にもその綻びは生まれる。
 マーモが囁きます。スタージコチュー召喚。駄洒落かよ。
 ジコチューは真琴を狙います。回避。しかし動きづらい衣装のせいで尻餅をついてしまいます。逃げるスタッフ達。人払いも済んだので早速変身。

 「あなた達、さては新人アイドルユニットね」
 「え?」
 あながち間違いでもない。「若い芽は早いうちに詰まなきゃ」「この業界は甘くない」と攻撃をしかけてきます。いやいや、あんたも十分若いだろ。攻撃が避けられると、今度はスターの輝き!と目くらまし。全部駄洒落で行く気なのか。地味だけど効果的な攻撃にプリキュアは苦戦。
 真琴も攻撃を受けます。間一髪ハートが割って入ります。真琴の大事なステージを壊させないとジコチューを退けます。暑苦しいのは苦手だと言うマーモ。半分暑苦しそうな格好してますけどね。戦闘再開、やはりジコチューの方が優勢。
 突然スタジオが暗くなるとスポットライトが点灯。キュアソードが立っています。ミュージカルショーかよ。前回もそうだけど照明係は良い仕事してます。
 目くらましを浴びてもソードは動きが鈍ることなく反撃を加えます。見なくても避けられると言うソード。流石紫、基本性能が高い。独りで圧倒。必殺技で浄化します。

 相変わらずソードは無愛想に去っていきます。


③同じステージへ
 収録は無事行われたようで、マナの家で3人は放送を見ます。そこに手紙が届けられます。曇ガラスの向こうに映るネコのような姿。手紙には「DB」の文字。マネージャーの名前だそうです。そのまんまやがな。中を開くと…。

 剣崎真琴握手会。次の相手を見てマネージャーは表情をほころばせます。真琴の前に立ったマナは謝ります。マナから視線を外してもういいわよ、と素っ気なく答える真琴。マナは自分にもやらなくちゃいけない大事なステージがあることに気づいたと話します。それを訊いた真琴は彼女に視線を向けます。一生懸命ベストを尽くしたいと語る彼女に問いかけます。
 「あなたのやりたいことって、何?
 「みんなの笑顔を守ることです
 真琴がプリキュアであろうがなかろうが、マナは真琴の真摯さに向き合い、その真摯さに見合う自分であるために手を差し出します。形は違いますが六花が変身を決意したのと同じ構造です。マナの手を真琴は握ります。その手をマナは握り返します。
 お土産に桃まんを渡します。

 こちらに戻ってくるマナを見ながら安心する六花達。しかし真琴への疑いが晴れたわけではありません。彼女の参戦はいつになるのか。


④次回予告
 真琴「うわっ…私の女子力、低すぎ…?」。おじいさんのストレスがマッハ。


○トピック
 あなたなんてプリキュアってだけで友達でもなんでもないんだからね!な回。

 プリキュアは毎年主人公が変わっているので、当然のことですが成長や積み上げた理論も一旦リセットされます。しかしプリキュアの特徴はその積み上げた理論(経験値)を引き継ぐことにあります。プリキュアにおいて仲間は友達と同義語です。信頼関係なくして一緒に戦えない。マナは真琴を勧誘しに行きますが断られてしまいます。真琴から見れば彼女は赤の他人であり、仕事場にまでやってきて勝手なことを言う迷惑な人にしか映りません。マナは自分がやったことが誤っていたことに気づき、まず相手の立場や気持ちを考えなければならなかったことを思い出します。単に相手を巻き込めばいい、いつも巻き込めるわけではなく、相手と対等の立場にならないといけないことが明確化されています。これはこれまでのシリーズでも再三描かれたことで、この手順をすっ飛ばさずにキチンと(1話で)盛り込んでいるところにシリーズの経験、洗練さを感じます。またこの対等性は六花やありすのエピソードにも共通していて、本作の大きなポイントなのだろうと思われます。

 キュアソードを仲間にするには真琴と友達にならなくてはならない。アイドル兼先輩プリキュアとして活動している彼女にどうやったら認めて貰えるか、対等な立場となれるか。そもそも対等とはなにか?という話しでもあります。その条件として視線の高さを取り上げています。真琴は上昇志向を持っていて自分に厳しい。それは人を喜ばせるためには常に自分を律し弛まぬ努力が必要だと思っているからです。そうした動機と自覚を持っている人にとって遊び半分にやっている人は怠惰でいい加減な人に見えるでしょう。楽屋で会った時のマナはまさにそう映ったはずです。同じプリキュアでもごっこ遊びでやっているのか本気でやっているのかで大きな違いがあるように、同じ職だからといって同じステージに立っていることにはならない。ここで言う「ステージ」とはその人の自己実現レベル、意識の高さ、質のことを表します。だから「同志」という言葉があるように、一見すると違う職業や生き方であってもステージ(目標の高さや質)が同じであれば互いに共有できることが往々にしてあります。
 これは六花やありすにも言えることで、六花が自分をマナと比較しすぎて気後れして現状維持を選んでしまったら彼女はマナと一緒にはいられなくなります。マナの成長スピードについて行けず、マナが何を見ているのかが分らなくなってくるからです。相手と気持ちを共有できなければ人間関係は長続きしませんし、疲れます。両者の歩調が同じである必要がある。もっと簡単に言えば頭の良い人と悪い人では会話が成り立たないのと同じ。前提とする知識、視点、読解力が同じでないと対等にはならないのです。下の人からすれば目標が高すぎてついて行けないし、上の人からすれば低すぎてうんざりする。高いから良い、低いから悪いという意味ではなく、意思の疎通や共有は同じ程度のレベルでないとスムーズにはいかないということです。「見ているものが違う」ということになってしまう。

 マナは改めてプリキュアを通じて何を叶えるのかを自覚します。それを真琴に伝えることで自分が真琴と同じステージに立ちたい、立っていることを知って貰います。友達になるための最初のステップ。私はあなたと気持ちを共有できる、という提示です。これは子どもの友達の作り方というより、もっと精神年齢が高い大人の関係に近いと言えます。相手の気持ちを理解するために共感が必要なのは前作スマイルでも触れられていましたが、そこに同じ目標(目線の高さ)が加わっているのが興味深い。非常にレベルの高い関係性の構築を図っています。女子力高ぇ。
 六花から見てマナが高い位置(先にいる)にいるように、マナから見て真琴が高い位置にいて、相手に並んで立てるように自分を高める様子が描かれているのは面白い提示です。1~4話の話しを見てもドキドキは成長(自分を高めたい、先に進めるようになりたい)への意識が強い作風に見えます。常に現実(他者)に対してどのように自分を変えていくか。この能動的な態度をとおして成長の在り方、キッカケが描かれています。
 自分と同じ歩調で進めるパートナーを持てることは幸せなことなのかもしれません。
[ 2013年05月23日 20:08 ] カテゴリ:ドキドキ!プリキュア | TB(0) | CM(-)
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