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第47話「ピカーン!みんなで奏でる希望の組曲ニャ!」

○今週の出来事
①舞い降りる黒鳥

 アフロディテ達も石化してしまいいよいよ残るは響達のみ。崖っぷちです。どうすればノイズを倒せるのか。ハミィは力を合わせて頑張るニャ、といつものとおり。問題は何をどう頑張るか。
 ノイズを倒さないと世界中から音が消えると言うアコ。音の無い世界。そんな世界を作ってノイズはどうするんだろ。響は浮かんだ疑問を反芻するようにつぶやきます。その疑問は正しく大切です。これまで彼女達はノイズをただの外敵として見ていたけど、では彼の側から見たとき彼は何故、何をしようとしているのか。番組当初の響と奏がそうであったように自分の側だけの視点で事を進めようとすると軋轢が深まる。

 轟音と振動。ノイズは隠れていた建物を破壊し響達を見つけて奇声をあげます。耳を塞ぐ4人。後々彼が語るように、耳を塞がれ、目を背けられ続けてきたことの証左です。

 ノイズはこれで世界から全ての音が消えて理想の世界になると言います。響は疑問を投げ掛けます。「しくない?
 ノイズは前回言ったように、全て消えれば悲しさなど感じないと答えます。永遠の静寂。響は判らないと疑問を深めます。音もない、誰もいない、何もない世界であなたは何をするの? 響はノイズを知るために向き合おうとしている。
 「いずれ、消え去るさ、私もな」
 さらに意味の判らないことを言うノイズ。彼の存在成立過程を考えればおそらく言葉通り消える。心の無いところに悲しみは生まれないし居続けられない。
 「どうして? 理想の世界なんでしょ、なのに自分は消えてしまうの? なにそれ何がしたいの? 判らないよ! あなた一体何なの?
 ノイズはまた奇声をあげて突風を起こします。「そんなことこっちが訊きたい」自問するように呟きます。

 耳を塞ぐ響達にノイズは、いつもそうやってお前達は私を忌み嫌ってきたと咎めます。鳥がモチーフだからか醜いアヒルの子が真っ先に連想されます。彼の言葉に響は悲しそうな表情を浮かべながら彼へ視線を向けます。ノイズは虐げられた者でもある。
 「お前達がいる限り、私は消える事はない」言葉を続けるノイズ。どんどん抽象的、形而上的な概念思考になっていきます。個人的には大喜び。この物語はビックリするくらい真っ直ぐで、羨ましいくらい前を進もうとする。
 「私を生み出したのはお前達だからな
 その言葉に一様に驚く4人。
 「この世界は決して楽しい事ばかりではない、楽しいことがあれば同じように同じだけ悲しいことがある。その悲しみの中から私は生まれた
 「私は悲しみそのもの。お前達人間の悲しみの結晶。お前達がいる限り私は永遠に生まれ続ける
 「信じられないか? ならば!」突風を起こします。
 「どうした? さあ立て、立ち上がり変身して全力でかかってこい! 私を倒して消し去ってみせろ!
 売り言葉に聞こえなくもないけど、これは彼の本心だろう。わざわざ挑発して煽っている。彼が語ったことが真実であるなら、この状況に最も困惑し苦しみ理不尽さを感じているのは他ならぬ彼だ。あるいは、悲しみを消せるというのなら消してみせろ、という要求。ノイズは擬人化と概念思考が両立できるので色々と意味を重ねられます。

 ノイズの叫びを聞いて響は堪えるように俯きます。彼の真意を感じたのでしょう。彼女は素直で誠実であるが故に繊細な心を持っています。だから苦しむ人々を助けたいと思うし敵を許せないと思う。では、敵もまた苦しんでいる人だったら?
 「もちろん…」「出来ないよ!
 奏とアコ、セイレーンが立ち上がって変身の構えをとろうとした刹那、響が叫びます。驚いて言葉が発せられた方を向く3人。私は奏の太ももの方に目が行きました。
 (心の声が)聞こえる、ノイズが泣いていると言う響。戸惑う奏達にノイズは本当は悲しいと思っている、自分の声が醜いと思っている、それを聞きたくないから全ての音を、世界を消し去りたいんだと話します。響の瞳に映る彼は強者ではない。
 「私、あなたとは戦えない。だってそんなの悲しい。悲しすぎるよ!
 響の言葉を聞いて何かを思うハミィ。

 響はノイズに向き合いながら彼の悲しみを分かち合うように涙を浮かべながら彼に語りかけます。あなたも悲しみ苦しんでいるからこそ世界をなくしたいと思っている。それを否定するノイズの言葉を響は嘘!と打ち消します。
 ノイズは、なら悲しみをもっと味わって貰おうと響達を吸収しようとします。ハミィが動き出します。トーン達に何があっても諦めないでプリキュアを助けて欲しいと頼み、響を庇って伝説の楽譜を持ったまま自らノイズに飛び込みます。


②最後の戦い
 ノイズは苦しみ出します。セイレーンはハミィが唄っているのだと気付きます。
 暗闇の中。怒りに染まった音符達が所狭しと浮かぶ中で、ハミィは唄います。
 「ノイズ聴こえるニャ? これが音楽ニャ。音楽があれば悲しいことや辛いことなんてみんなすぐに吹き飛んじゃうニャ。ハミィだって今まで時々は悲しいこともあったニャ。でも、楽しく歌を唄えばそんなのすぐに乗り越えられるんだニャ
 彼女は幸せのメロディの歌い手に相応しい。音楽を愛し他者にそれを伝えるために歌を唄う。セイレーンがくれた愛情(セイレーンに音楽を習った)を彼女は受け継ぎ昇華させている。彼女の歌は愛情や友情の歌です。彼女の歌でいくつかの音符から怒りが消えます。

 ハミィの歌を聴いた4人は大切なことを思い出します。悲しみは乗り越えればいい。
 4人は戦うために変身します。トーンも力を貸します。最後の変身。
 「ノイズごめんね、今まで私達あなたを倒すことしか考えてなかった。でもそうじゃない。そうじゃなかった
 「戦わないんじゃなかったのか」
 「ううん、戦うわ。戦って今度こそあなたを助けてみせる
 愛するために殴る。プリキュアの真骨頂。

 助ける? 心も身体も全て悲しみで出来ているこの私によくもそんなことが言える! 思い上がるな!と怒りを燃やすノイズ。自分の何をお前らは知っているのか、軽々しく言うな、という憤り。彼の中の音符も怒りに染まりハミィも闇の中へ消えます。人間というのは面白いもので、同情されたから、手を伸ばされたからそれをハイそうですかと素直に掴むとは限らない。今までの苦しみや葛藤、生い立ち、そこで堪え忍び生きてきた意地だってある。それを易々と手放して他人に身を委ねるなんてことは早々できません。歪もうと泥の中にあろうと、誰だって誇りを持っている。

 プリキュアはノイズに向かって跳躍するも迎撃され落下。彼を見上げるメロディはノイズに届かない、と苦悶の声をあげます。彼との距離は縮まらないどころか開くばかり。
 「届くミミ!
 ミリー、ファリー、ソリー、シリーが飛び出してプリキュアの力を増幅させます。腰に羽が生えたプリキュアは今一度ノイズへと飛びます。
 「ノイズ!聴いて!」…と言いながらベルティエで突くメロディ。流石です。肉体言語こそプリキュアの戦い。
 「悲しみは、乗り越えられる!
 「いくら乗り越えようと悲しみは生まれ続ける!
 「それなら、乗り越え続けるだけよ!
 「それになんの意味がある!?
 生きる限り続く苦悩と解放。それは押しては寄せる波のように終わりが無い。しかも苦悩の方が期間的に長いかもしれない。これではまるで生とは監獄の中に捕らわれた囚人のようではないか。乗り越えたところで監獄の中にいることに変わりないのではないか。
 「その分だけ人は前に進めるから!
 「知ったようなことを!
 「知ってるからよ!
 「私はみんなの敵だった。何度も騙して傷つけた。でもみんなが過ちに気付かせてくれたから……私は生まれ変われた
 「私もパパがいなくなって辛かった。独りで迷って悩んで。でも、みんなが居たから私は、ありのままの自分になれた!
 「私も! 響といっぱいケンカした。ホントは仲良くしたいのにつまんない意地張って素直になれなくて…でもいっぱいケンカしたから!
 「そう! 前よりずっとわかり合えた。もっともっと
 「仲良くなれた!
 「私達はそうやって大切な仲間になれた

 セリフだけ書き起こしていますが最後の戦いに相応しいスピーディでパワフルな戦闘が行われています。細々と書いてもテンポが悪くなるので割愛しますが、メロディとリズムのゼロ距離ミュージックロンドは面白い技の解釈です。こういう使い方も出来るのね。
 「ならば何故泣く」
 「みんなと一緒にいられるのが嬉しいからよ
 「涙は悲しいときだけのものじゃない
 「ノイズ、あなたにもきっと判るよこの涙の意味が

 ノイズはプリキュアに挑みかかり圧倒します。自分はお前達とは違う。お前達などと同じで堪るか!と叫びます。段々と本心が出てきています。メロディ達の言葉は真実であるが、それは「出来た」「乗り越えた」人々の声であって今まさに監獄にいるノイズからすれば自分と違うところにいる、自分と違う人間の声に聞えるでしょう。あなたもきっと判るという投げ掛けは見下されているかのような響きもある。おそらく意図してそうしているのでしょうが、先ほどのプリキュアの言葉はノイズを見下ろす形で発せられています。対等な立場ではありません。自分の抱えるこの苦しみは決して他人には判らない。判って貰えない。しかし誰もが他者に理解されることを望んでいる。そして相手を理解したい、とも思う。

 「そうよ、ノイズ。あなたはあなたなの
 「その声も羽の音も
 「あなただけの立派な音楽
 「そうみんな違ってていい
 「みんなそれぞれ自分だけの音楽を持っているの。いろんな人がいて、いろんな音楽があって、喜んだり悲しんだり、きっとそうやってみんな繋がってこの世界は出来ている。この世界が一つの組曲なの
 「ノイズ、あなたもその一部。だから私達はあなたを消すことなんて出来ない

 ノイズという名には雑音として人に見向きされず忌避される意味が入っているのでしょう。しかしそれもまた音楽であり、この世界を構成する一部なのだとここで肯定されています。スイートの名が冠されたこの物語は音そのものを音楽とし、苦しみ悲しみもまた心の在り様として肯定しています。清濁含め全てがあること、それが正しき姿であり完成なのである。

 何故そこまで音楽(心)を信じられるのか。メロディとリズムは答えます。「笑顔にするから」。笑顔を見て幸せだと思える。何故幸せだと思えるのか。それが心の繋がりだから。心の繋がりが幸せをくれる。幸せなどあり得ない。
 ここで「笑顔」を用いているのは後番組であるスマイルを視野に入れてのことでしょう。幸せとは笑顔に象徴されている、という提示ですね。これはスイートでも幸せな場面で笑顔を描いているので自然な言葉です。地味に引き継ぎを行っています。主役やタイトルが替ろうとプリキュアの物語の根幹は変わりません。幸せを求める人々が如何にして笑顔を作り出していけるか。スイートは音楽にそれを託している。
 ミューズは身の丈ほどあるバブルを作って投げます。そんなことできたんだ。ファンネルを飛ばして破壊するノイズ。もうやりたい放題。
 「今はそうでもいつか判るよ
 壁走りしてパッショナートハーモニー。ビートもソニックを先置きしてロンドと絡ませて撃ち込みます。使い方かっけぇ。ミューズは鍵盤を弾いてバリアを作りだしてノイズの攻撃を防ぎます。バリアの中から現れたメロディとリズムはスーパーカルテット。バンクを使わずに必殺技全種使用。すげぇ。
 「誰だって必ず笑顔になれる!
 「何が笑顔だ、そんなものほんの少しの心次第で一瞬で悲しみに変わる!
 「だからこそ、どんなに深い悲しみも乗り越えたら笑顔に変わる!
 「ならば私が!」「それなら私達が!
 「この世界の全てを!」「悲しみに染めてみせる!」「笑顔に変えてみせる!
 「そうニャ、みんなで願うニャ」
 「笑顔と幸せと音楽の溢れる世界を!


③希望のシンフォニー
 プリキュアとノイズが重なると不思議空間が現出。
 トーン達はプリキュアに音楽を信じてくれてありがとうと言います。
 「その想いで僕らはもっと強くなれる
 「さあ、その心をもう一度重ね合わせよう。僕らと
 フェアリートーンが重なるとクレッシェンドトーンへと姿を変えます。やられた、そうきたか。クレッシェンドトーンはそうやって受け継がれる存在なのかもしれない。親から子へ、子が時代を引き継ぎ親となる。プリキュア達もまた力を得て姿を変えます。最終決戦仕様。

 「ねえ、ノイズ、たぶん私は同じなんだよ。悲しみからあなたが生まれたように、喜びや笑顔からこの力は生まれた。それはあなたと一緒に悲しみを乗り越えるため。そのためにプリキュアの力はある。だから、今こそあなたに
 「届けましょう、希望のシンフォニー
 今更ですがシンフォニーの意味を調べました。交響曲。いろいろの異なった要素がまじり合って、ある効果を生み出しているたとえ。今このときをおいて他にないほど最後の口上に相応しい。
 「プリキュア・スイートセッション・アンサンブル・クレッシェンド!
 「フィナーレ!

 不死鳥と化したクレッシェンドトーンがノイズを貫き、その身体を消滅させ……ません。ノイズの手をメロディは掴み取ります。
 「やっと届いた
 「何故ここまで」
 「そんなの決まっているでしょ」「みんなの笑顔を守ること」「それがプリキュアの使命」「あなたの笑顔も守らなきゃプリキュアの名がすたる
 「ははっ」
 ノイズの顔に笑顔が浮かびます。メロディはその笑顔に笑顔を返します。
 「まったく…」
 ノイズは消えます。人の心が生み出した悲しみの権化。そこに笑顔が生まれたことで彼は悲しみの檻から解放されました。彼はもはや黒鳥ではない。

 戦いが終わり元の姿に戻るメロディ達。ちゃっかりトーン達も戻っています。
 「ん? ねぇ、ハミィは?
 「え?

 そんなオチかよーーー!!


④次回予告
 大団円!!


○トピック
 この一年を締めくくるに(いやまだ終わってないんですが)相応しい見事な最終決戦。最終回を前にしてラスボス戦終了はシリーズ初。
 プリキュアとは何か、プリキュアは何を守るのか、当事者として立ち向かう響達は何を想い、何を願いそれを為すのか。それが全てキッチリと描かれています。これで次回まるまる奏の白ニーソ太もも見られるなんて至れり尽くせり。

 前回に引き続いてノイズの動機や成立ちが深掘りされたことでより具体性を持って音楽の価値、心の価値、引いては響達がこれまでやってきたことの意味を昇華させています。そしてプリキュアシリーズが初代から続けてきた光と闇、希望と絶望、罪と赦し、両義性を持った人間に内在する戦いの答えを出しています。このシリーズそのものが組曲として続いている。


 ノイズとの戦いは前回までの感想で書いたように、心の両義性の提示です。心は悲しみにも喜びにもどちらにも染まる。悲しみをなくすために心そのものをなくせばいいという主張に対して、悲しみを受け止めた上で幸せになれることが前回までで行われています。この戦いは各々の主張、在り方の提示に留まっていて歩み寄りはありません。
 今回ノイズの動機や成立ちを明らかにすることで彼が他者から疎まれ理解されず孤独と悲しみの中で足掻く、いわば弱者であることが判ります。響から見れば彼は悪のボスでも何でもありません。自分と同じように苦しみ悲しむ心を持ち、現に今泣いている人として映っています。これによってノイズとの繋がりが生まれています。今まで見えていなかった、気付かなかったことを知ることで相手に対する見方や考え方が変わるのはこれまでスイートがやってきた(ディス)コミュニケーションと同種です。相手と繋がりを持つには相手をある程度理解して受け入れる必要があります。また同時にノイズは人の心が生んだ存在であるとも説明されたことで、人間の心が生む悲しみや喜びは不滅であることを明確にしています。悲しみはそれを抱いた者自身を蝕み、他者をも巻き込む暗示とも受け取れます。
 ノイズの動機や成立ちを提示することによって人間関係や心をテーマとした本作のメッセージを強めています。この物語に合致した見事な拡張です。彼は深く傷つき絶望している。人が抱く悲しみはまさにそうしたものです。これにどう向き合うのか、人は何が出来るのか。その問いが最後の戦いです。


 段取りとしては二段階に分けられます。まずプリキュアは自分達が苦しみを乗り越えて笑顔になれたことをノイズに伝えます。彼女達もまた彼同様に悲しみ苦しんだ経験を持ちながらそれを乗り越えてきた人々です。ノイズに悲しみを乗り越えられることを知って貰う過程で彼女達がこれまで経験した苦しみや罪を告白しながらそれがあったからこそ今の自分、関係があるのだと強く叫ぶのはまさに魂の叫びです。弱さが強さに、悲しみが喜びに、苦しみが安心と自信へと変わった軌跡。それは心があたかも音楽のように転調を繰り返していくことに似ています。スイートは音楽をモチーフにして心の在り様を描いていますが、このように個人の生の中で起伏、転換があることを示しています。一人一人が心の音楽を持っている。

 それでもノイズを説得することはできません。ノイズはプリキュアとは歩み方も何もかも違います。だからプリキュアはノイズを同じだと言いません。あなたにはあなたの生があると言っています。個性とか言うと聞こえがいいですが、要するに投げているんです。あなたはあなたの幸せを見つけられる、あなたもきっと笑顔になれる、いつか判るって投げているんです。この態度は正しい。結局はその当事者に委ねるしかないのです。自分の心、人生を決めるのは自分だからです。言い換えれば、アフロディテが石化すると判っていても演奏し続けたように運命や環境がどうであろうと最後の最後に自分の在り方を決められる余地が人間にはあると思います。
 プリキュアはノイズに正面から自分達の想いをぶつけ、同時に彼の想いを受け止めています。その方法として殴り合う。拳で語り合うって少年漫画に出てくる番長かよってな感じですが相手を真っ直ぐに見てその声を聴いて、自分の想いを真っ直ぐに伝えることはコミュニケーションの基本です。それをやっているんですね。いつまでも悲しみは続かない、あなたも笑顔になれると彼を励ましています。それはノイズに笑顔を見せ、彼の手を握ったことに示されています。彼女達もまたそうやって勇気付けられ立ち上がり絆を紡いできました。これは前作ハートキャッチから一歩進んでいます。人のために心を痛め、人の心を理解しようとし、人のために泣いたさらにその先で、響達はノイズと繋がり絆を結ぼうとしたんですね。彼は孤独ではない、彼の手を取り一緒に笑える人がいることを身を持って示しています。この戦いの最後の答えは彼と友達になること。単純明快にして、おそらく最も困難なこと。
 プリキュアは人の心を守る。それは人と繋がり、友情や愛情を育て紡いでいくことです。その過程で争いや誤解、すれ違いがあろうと最後に通じ合えたならその過程もまた肯定できるものとなるでしょう。争いもまた一つのコミュニケーションであるのかもしれない。ケンカをとおして仲良くなる、ということはスイートは争いを否定していません。見えない、知らないために誤解が生まれ対立してもそれを乗り越えて人は共に歩んでいけるのだと言っているんですね。とても強く前向きな意志です。
 ノイズと絆を結ぶことをとおして、人間は悲しみを乗り越え笑顔になれること、自分の悲しみも他者の悲しみも人はお互いに救いうることを提示しています。悲しみから生まれた権化すらも笑顔にできる。全ての悲しみは笑顔や幸せへと続いている。プリキュアの最終決戦、一年の昇華はダイナミックで真っ直ぐで強く美しい。

 ラスボスとの戦いはシリーズにおいて色々な提示をされてきました。絶望に対する希望として、生の否定に対する肯定として、罪に対する再生として、憎悪に対する愛として、終わることなく続く概念的思想対決の果てに融和を見せた本作に賛辞を贈りたい。脈々と受け継がれてきたプリキュアの意志の集大成です。
 という感動と感慨の余韻に浸る間もなくあのオチで全てを台無しにした本作に賠償と謝罪を求めたい。響と奏のバカップルぶりで返して貰いましょう。ラスボスを笑顔にしたのはいいけど石化した人々がまだ戻ってません。全ての人を笑顔に、それを以て最終回とする本作に頭が下がります。



 人によって感じ方、環境は大きく異なります。だから人によってはすぐに感じられる幸せ……その源である安心や自信、決意、連帯感、裕福さ、豊かさがなかなか感じられない人もいます。いつもどこか不安で、どこか満たされず、自信が持てない。苦しみばかり感じる。私も学生の頃に厭世観を覚えていました(思春期でよくある)。希望的なものを持っていなかったけど、今なら判る。世界は豊かであるし、人間もまた豊かなのだと。でっかい地震が起きようが生きていれば何とかなる。何とかする。それは単に楽観的なだけだという気もするのだけど、私は不幸せではない。苦しみが10年、20年続こうともそこから解放される可能性があることを忘れてはいけません。解放される保証はしません。されない人もいるでしょう。でも、されるかされないかなんて人の身では知るよしもない。たとえ長く苦しい生活が続いたとしても幸せを感じる時があって、自分はこの時のために生きていたんだ、この幸福や充実、豊かさはこれまでの数十年の苦しみが生んだものなのだ、この先辛いことがあってもそれに耐えていける。…と思えたならそれまでの経験は決して無駄ではない素晴らしいものなんです。苦悩もまた糧とし栄養として、時間がかかっても芽吹き根を伸ばし不動の大木となる生。苦しみと喜びが続く生。その音色は豊かで美しいと私は信じています。
[ 2013年05月22日 19:36 ] カテゴリ:スイートプリキュア♪ | TB(0) | CM(-)
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