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悪霊の価値

 職場の同僚で数年前に病気を患って手術したものの未だに快復しきれていないばかりか、他の病気も併発している方がいます。で、その方からお祓いに行ったという話しを聞いたのでその辺の話しをつらつらと書きます。

 最初に私のスタンスを示すと、神様や幽霊の類は信じていません。正確に言えば信じる価値がないと思っています。例えば私が困窮したときにその原因を地縛霊や悪霊のせいにして心機一転を図るとか、神様や守護精霊が助けてくれる、見守ってくれるから恐れることはないとか、そういう捉え方をしません。私にとって神や幽霊などの超自然的なものは役に立ちませんし価値を認めていません。別に存在しないと言う気はありません。存在してもしなくても、私には価値が無いのでどうでもいいのです。それらが役立つというのならそれは結構なことだと思っています。使えるものを使って人生の糧にできるならそれで良い。最終的に悩みが解決してハッピーになれば良い。
 ちなみに神の啓示や天啓、悟りの類は信じています。これは超自然的なものではなく、単に人間の心理的作用、現象です。強度が高い感動と言ってもいいです。強烈な印象や感動がその人の人生観を決定付けることはあります。その印象の捉え方で神の声とか、自己の内なる声とか言っているだけです。私が信じるとすればこれらの「根拠のない確信」です。

 話しを戻してその同僚が言うには、
 1.霊能者に会う前にトイレの頻度が多くなった。また、霊能者に引き合わせてくれる方も仕事の残業を頼まれたりしてまるで霊が自分達を足止めしているような予兆があった。
 2.霊能者と会った際に一発で自分が多くの病気を抱えていることを見抜いた。
 3.たくさんの地縛霊が憑いていると念を押された。病院から貰っている薬は効果が全く無いと断言された。
 4.試しに憑いている悪霊を他の人に移したらその方が突然泣き出し不調を訴えだした。
 5.鹿を見たことがあるかと尋ねられた。見たことがあるというと、その鹿が守護霊のように守ってくれていると言われた。
 対話料は90分1万円。除霊費は別。

 ざっとこんな感じの話を聞かされました。まあ、霊能商売の典型例みたいな対応ですね。同僚は最初に会ったときに病気を持っていることを見抜かれたことにインパクトを受けて霊能者を信じかけているそうです。最初は霊能者を信じていなくても自分の心や状況を見抜かれたことで信じてしまうことは多いですね。
 この霊能者が本物か偽物かは知り得ませんが、基本的に1~5について全く幽霊関係なしで説明することは可能です。簡単に説明すると、

 1.普通霊能者に会うとなれば緊張もするだろうし、寒いのでトイレに行きたくなることは自然とある。残業についても偶然性が関与する。要するにただの偶然なんだけど、霊能者との印象が強いためにそれらを意味あるものとして再認識されてしまう。心理学で言うところの認知的不協和とかそういうやつ。無理矢理理由付けしようとするのは人間の癖。
 2.そもそも霊能者に会いに来る人は何かしらの解消されない悩みを抱えている。身近な人の不幸や自身の病気などはその最たる例。同僚は腰を悪くしていて杖を使っているし、最近はマスクもしているので身体が悪いのは素人目にも分る。仮に外したとしてもテキトーに言いつくろって他の可能性を指摘してやればいい。これはコールドリーディングと呼ばれる手法で、ある程度の観察力と想像力があれば技術的に使える。
 3.薬が効かないからわざわざ霊能力者に会いに来たので、薬が役立たないと断言しても問題はない。むしろ不安を煽って暗に自分が解決できるとアピールしている。
 4.状況が完全に分らないがやらせの可能性もある。常連者であればそういったことに敏感になっているのである種の自己催眠が利いている可能性もある。
 5.都会ではないので鹿を見たことがある人なんていくらでもいる。この手の「誰にでも当てはまる」ことを利用して「ずばりあなたは~なんですよ」とバイアスをかける手法は枚挙に暇がない。鹿は山神とか神の使いとして信仰対象になることもあるので守護霊云々のくだりはもっともらしいことを言うことで権威付けしていると思われる。


 この他にも小学生の子ども(同僚の子どもではない)が時折人格が変わったように言動が変わることがあるが、その霊能者の所に行くと治るという話しもされました。それも多分何かしらの病気や体質(発達障害や自閉症、パニック障害、解離性障害、統合失調症など)が濃厚。素直に専門の医師に相談した方が良い。そういう病気がかつては狐憑きとか神がかり行者として認識されていました。


 という感じで話しを聞いていて正直胡散臭さしか沸きませんでした。最初はコールドリーディングは可能ですよ、と冷やかし半分で返答していたんですが話しを聞く内に同僚の話しに合わせるようにしました。
 冒頭の話しに戻りますが、ここで重要なのは同僚が精神的に回復できるかどうかです。霊能者が本物か嘘か、悪霊や地縛霊が居るかは本質的に意味がない。実際のところ、どんな軽易な病気であれ完治率が高い病気であれ、偶然にしろ何か他に理由があるにしろそれがなかなか快復しないことはあるし、病気が長期化してしまって精神的にまいって鬱病になってしまうこともある。同僚もその傾向がありました。そういう心理状態になると自然と身体も動かなくなって運動不足になるし、免疫力も下がる。病気が併発しやすくなるリスクが高まるわけです。見方を変えれば、霊能者を頼ってしまうほどに同僚は周囲から精神的なバックアップを受けていないとも言えるんですね。だから、ここで一旦全部悪霊のせいにしてしまって、自分の問題は解決されたと本気で思えてそこから活力を取り戻せればあるいは今の状況を抜け出せるかもしれないと考えました。別に私はカウンセラーではないし、面倒を見る気もなにもないので静観する形なんですが。これで治って霊能関係にハマったら、まあ、その時はその時ってことで。


 同僚のこうした体験や話しを聞くと、人が霊的なものに活路を見出そうする理由や心理的要因が見えてくるような気がします。人間というのは困った生き物で、本当は理由や根拠なんてない、あるいは分るはずもないものに理由を見出そうとするんですね。そうやって自分の心を落ち着けて整理しようとする。そのために神や霊が使われる。これが正しく人の心を解放に導く結果になればそれは人の心の豊かさであると言えるし、失敗すればどうしようもない悪あがきと言えるのかもしれません。
 我ながら身も蓋もない考え方だなと思うんですが、重要なのは人生の謳歌であって手段ではないのです。金持ちになりたいなら、その手段が会社を立ち上げて儲けてもいいし、金融取引で儲けても良いのです。それが合法で人に迷惑かからなければ。
[ 2013年05月22日 18:32 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(-)
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