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日米開戦の真実(佐藤 優)

○日米開戦の真実 佐藤 優 小学館文庫
記:2012.8.4

 日米開戦時のイデオローグ大川周明を題材に、当時の日本が如何なる論理によって開戦へと踏み込んだのかを解説した本。彼の著書「米英東亜侵略史」のテキスト全文を引用して説明している。

 大川周明と聞いて東京裁判で東条英機の禿頭を叩きつけた人、精神錯乱で無罪になった人というイメージしかなかったので本書を読んで大川周明に対する認識は大きく変わりました。彼のテキストは知識と洞察に富みながらも一般人にわかるよう咀嚼されていて、彼が当時一級の知識人であることがわかります。
 大東亜戦争時の日本の情勢について書かれた本はいくつか読んでいますが、思想的な理由付けをどのように行っていたか、当時の日本人がどのように考えていたのかは知らなかったので勉強になりました。本書の中で特に興味深かった点は2つ。一つは大東亜共栄圏思想の背景と欠陥。もう一つは性善説を前提にした日本の外交方針。


①大東亜共栄圏の背景と欠陥
 当時の国際情勢はよく言われるように帝国主義による植民地争奪戦でした。もっと正確に言えば自由主義的帝国主義。本書を読んでなるほど、と思ったのは自由主義はどこの国が得をするのか? ずばり最強国が得をする。市場競争力(あるいは軍事力)が高い国は自由貿易という名のイス取りゲームをやった方が得をする。逆に弱い国は保護貿易をして自国を守ろうとします。当時の覇権国家はイギリス、その後アメリカになります。当初アメリカはモンロー主義をとっていましたが、これは当時のアメリカが自国および周辺国を統合するまでに時間があったからです。その後巨大な国になったアメリカは太平洋へとのりだしそこに実っている甘い果実(東アジア、中国)を食らうために門戸開放主義を謳うようになります。自分のところの開拓は終わったから、今度は外を開拓していこうと転換したわけです。日本は日清、日露戦争によって中国内に権益を持っていたのでここで利害が衝突します。
 帝国主義とは自国の利益を最大化させるために拡張していく政策と理解するとわかりやすい。この思想は普遍主義、つまり一国あるいは少数による市場支配経済と言えます。これは本書でも指摘されているように、現在のグローバル化、新自由主義、TPPなどによる関税撤廃の自由貿易などの動きも同じ原理によるものです。強い奴が勝つルール。

 その普遍主義と相対するのが多元主義とも言える大東亜共栄園になります。これは要するに、世界を一つに統合するという思想ではなく、それぞれの文脈、文化圏、歴史的繋がりから生まれる小世界を併存して行こうという考え。現代で言えばEUのような概念。日本は後発国だったこともあって、ガチで欧米列強と戦って勝てるとは思っていなかった。かといって白人による支配を受け入れることもできなかった。そこで日本を盟主とした東アジア同盟を立ち上げて力の均衡を図ろうとしたようです。この思想がどこまで当時の日本政府と国民に了解されていたかはわかりませんが、大川自身は多元主義による共存を考えていたようです。植民地支配に対して強く嫌悪しています。
 しかし、ここで実際に帝国主義と戦う上で一つの矛盾が生じてしまう。本来なら日本の思想的には植民地支配は忌避されるものです。かといって植民地無しで欧米には勝てない。そこで一時的に中国、朝鮮を併合して力を蓄え、その間植民地にされる方々には痛い思いをしてもらうけど後で解放しますから耐えてください、という自分に都合の良い理屈を押しつけてしまうことになります。当然、そんな理屈は通らない。当時それを理解した中国高官も居たそうですが主流になることはなく、アメリカやロシアを抱き込んで上手いこと日本の支配から抜け出すような政策を行っていく。当然のリアクションですね。
 大東亜共栄圏という理想を実現するために一旦植民地化政策をとる。そこに自己欺瞞が生じる隙があったことは事実です。本書に限らず大東亜戦争関連の本はいくつか読んでいて、日本の行動の正当性、道義を理解してもいますが、それはあくまで日本側からの視点であって、その視点の違いが戦後の外交問題などで燻っているように見受けられます。都合よく利用されたりもしてますしね(中国が靖国参拝に文句を言うのは自国内の不満を反らして一体感を保つためでもある)。尤も、歴史観というのは当事者の主観によって作られる物語なので、解釈の違いが起こるのは当然ではあるんですけど。

 なお、最近だと東アジア共同体などの企画が持ち上がっているようですが、著者の佐藤氏は否定的です。というのもEUはキリスト教、ギリシア哲学、ローマ法などの共通する文化、意識を共有しているからこそ一つの共同体を持てるけど、東アジアにはそれがないと指摘しています。改めて言われると納得。一見すると仏教や東洋思想、人種による共通性があるように見えるけどその内実はバラバラです。日本の政治の変遷はどちらかというと欧州に近いので、実生活でも思想的親和性でも東洋より西洋寄りです。仮に共同体を策定するにしても、中国との摩擦は不可避で、下手をすると中国にお株を奪われ日本の利益を損ねてしまうかもしれない。その辺は外交や軍事力による均衡がものを言うと思うのだけど、結局のところ、普遍主義であろうと多元主義であろうと世界は自国の利益優先で動いていることに変わりはない。


②性善説を前提にした日本の外交方針
 これも他の本を読んでも度々出てくる話しなんだけど、当時の日本は国際社会に進出するにあたって、正々堂々とした外交を行っていたようです。本書が指摘しているように性善説を前提にした外交方針が多々見受けられます。ところが欧米は朝令暮改の如く言うことが度々変わって、自分に都合の良いルールを押しつけてくるものだからマジギレしたわけです。俺がこんだけ紳士的に振る舞っているのにその態度はなんだ!ってわけ。こういう考えに行き着いてしまうと自閉的で周りはみんな敵っていう認識になって孤立してしまう。実際そうなってしまったのだけど、もっと日本が性悪説、つまりそれぞれの国は自分の利益を最大化するために武力を用いても強制してくることを見越した外交政策をとっていたらもう少しマシな状況に持って行けたのかもしれません。自分が紳士的に振る舞おうと思っているからといって相手がそうするとは限らない。

 話しは飛びますが、当時の陸軍情報将校、大坪義勢中佐の言説が興味深かった。
 「戦争とは何か、戦争はなぜ起こるか、戦争はなくならぬものかというようなことですね。私は戦争とは国家間の思想の衝突である。相対する両国の思想が、どんな平和的手段を以てしても一致しえない場合、遂に武力に訴えて相手国の思想を転換せしめようとする手段が戦争だと申したい。従って戦争の勝敗は戦闘の勝敗のみでは決せられない。もちろん戦闘の勝敗は戦争の勝敗に第一義的な密接な関係を持ってはおりますが、長い目で見るとき、単に戦闘のみの勝敗で、思想的な勝敗を見ない場合は、本当に戦争の勝敗を決したとはいえません。もし、思想的な勝敗が決したならば、戦闘の勝敗を超越して戦争の勝敗が決すると思います。このことは世界の歴史をひもといてみると明瞭であって、戦闘そのものは我に不利であっても、国民が結束して最後まで頑張り通した国は、結局戦争に勝って栄えております

 私も戦争とはそうしたものだと思っています。現代において食料難や単純な略奪行為が国家間戦争になることはありません。人殺し云々、虐殺破壊行為云々は結果の一つであって目的ではない。戦争は政治、経済の延長であって、その本来の目的は自国に都合の良いように相手国を承伏させる、あるいは社会システムを書き換える行為だと思う。
 戦争を肯定するわけではないけど、かといって否定する気もない。戦争行為がどうしても必要になることがあるし、またどの国にもそれができる戦力があるからです。国家の駆け引きは子どもの「はないちもんめ」ではない。相談しようそうしようでお互いに納得できるんであれば苦労しない。各国は自国の利益を最大化しようと動いていくものである。これを肝に銘じて外交しろって話しですね。戦争したくなかったら外交センスを磨くしかない(当然軍事力も必要)。


 ってな感じで、当時の日本情勢の理解がちょっと深くなった気がします。
 ところで、野暮なツッコミを入れるとすれば、本書の著者である佐藤氏はどうも新自由主義などの経済面を軽視しているように思います。思想や哲学については高い洞察を持っていて参考になるのですが、それが経済に関する話しになるととたんに単純化して見ているように読めます。経済って私は重要だと思ってます。基本的にその追求と発展が現在の世界体制を作っていると思うし、そこへのこだわりが人間の本質だとも思う。思想で腹は膨れない。その辺は経済学者などの著書などを読んで補完しているんですが、人によって考え方とか得意分野って違ってくるので、そこを把握してこの人のこの部分の話しは信頼に値する情報、逆にここは聞き流して良いところってな感じで最近は本を読むようにしています。
[ 2013年05月22日 14:12 ] カテゴリ:本の感想 | TB(0) | CM(-)
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