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フェルマーの最終定理(サイモン・シン)

○フェルマーの最終定理 サイモン・シン 訳:青木薫 新潮文庫
記:2011.9.17

 「私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない」(ピエール・ド・フェルマー)


 「私は何一つ「有用」なことはしてこなかった。私の発見は、直接的にも間接的にも、また良きにつけ悪しきにつけ、この世を住み良いものにするためにはいささかの寄与もしなかったし、今後もするとは思えない。……あらゆる実際的な基準で判断すれば、私の数学者人生の価値はゼロである。そして数学以外には、いずれにせよ大したことはしていない。まったく無意味な人生だという裁定からのがれる唯一のチャンスは、私が創造に値する何ものかを創造したと判断されることだ。そして、私が何かを創造したことは否定できない。問題は、その価値である」(G.H.ハーディ)


 「私は、良さ(goodnes)の哲学というものをもっています。それは、数学はその内に良さをそなえていなければならないということです。(中略)この予想(注:谷山=志村予想)は、良さの哲学から芽生えたものと言ってさしつかえありません。たいていの数学者は、自分の美意識に照らして数学をやっているものです。そして良さの哲学は、私の美意識から生まれたものなのです」(志村五郎)


 「大人になってからも子供のときからの夢を追い続けることができたのは、非常に恵まれていたと思います。これがめったにない幸運だということはわかっています。しかし人は誰しも、自分にとって大きな何かに本気で取り組むことができれば、想像を絶する収穫を手にすることができるのではないでしょうか。この問題を解いてしまったことで喪失感はありますが、それと同時に大きな開放感を味わってもいるのです。(中略)しかし、長きにわたった波乱の旅もこれで終わりました。いまは穏やかな気持ちです」(アンドリュー・ワイルズ)


 フェルマーの最終定理を巡る数学の物語。世紀を跨いで紡がれた数学者達の群像劇。
 抜群に面白い本だった。私自身はどちらかと言えば理数系の人間だが、工業高校卒業程度の数学の知識しか持ち合わせていない。だからフェルマーの最終定理がどれほど困難な証明を必要とするかは微塵にも分らない。しかし本書が優れているのは、難解な数学を分りやすくかみ砕いて説明しながら数学者達がどのようにしてこの問題に挑戦してきたか、数学という学問が発展してきたかを活き活きとまるで物語のように描き出している点にある。ピタゴラスの三角関数から始まり、フェルマーが発見し証明したと言い残した(ただし証明の過程は書かれていない)定理に立ち向かう幾多の挑戦と敗北。もはや証明は不可能であるとすら言われながらも、ついに数世紀にわたった謎に終止符が打たれる。

 意外だったのはこのフェルマーの定理は数学者達から難解なパズル程度にしか思われていなかったこと。というのもこの定理を証明したからといってそこから新しい発見に通じているとか、現在ある他の問題を解決できるような風には見えなかったかららしい。様々な分野に発展した数学は、それぞれがガラパゴス化して成長していったが故に同じ数学でも他の分野と繋がらないということが往々にして見られるようになりました。ところが研究を重ねる内にまったく関係無いと思われた分野と分野が繋がることが発見され、さらに研究していくと実はフェルマーの最終定理とも繋がっていることに気付きます。単なる難解なパズルと思われていた定理は実は数学が統一されたものであるということを指し示す光明となっていく。点と点が繋がり線となっていく様子は群像劇とも言える活況を呈する。行き詰まった研究が違う視点からのアプローチで蘇り、ついにはフェルマーの最終定理を証明したことは、数百、数千年にも及ぶ人類が発見し成長させてきた数学の集大成にも見えます。それは数学のドラマであり、数学者達のドラマであったと思います。


 また、読んでいて面白かったのは数学に対する数学者達の態度でした。この感想の冒頭で引用したように、数学者達は数学を通じて自らの創造、価値、美意識を表現しようとしているのだと気付きました。この世界を数学という眼鏡で見ているのだと。彼らはこの世界を数字や式といった物差しで見つめながらもそこに美しさ、価値を発見しようとしていたんですね。そこが感動的でした。
 これは私の持論ですが、人は何かしらの理想や美意識、価値をこの世界から見出すべきだと思っています。そうすることで人は心を豊かにしていけると思っている。突飛な話しですが、私は人間は魂があるから人間だと思っている。もちろん、魂なんてものは人間の脳みそが作りだした電気信号の産物だということも知っているし、別に輪廻転生や天国、極楽を信じているわけじゃない。人が魂と呼ぶソレは、そういう物理現象だとか化学変化だとかの物差しで測るものじゃないということです。この世界を数学の眼鏡で見ようが、何の眼鏡で見ようが事実や現象に違いは無いでしょう。そこに何を感じるかが、魂の大事な役割なのです。数学者達が見るこの世界は統一され完成されたものに見えるかもしれない。そのことに気付き、それを美しいと感じ、そこに喜びを感じられることを私は素直に羨ましいと思う。
 単にコンピューターでパパっと計算して正解かどうかをチェックするだけならそうした感動などないでしょう。もちろんそれはそれで生活が便利になっていくかもしれない。でもそこにはドラマは生まれない。人が何を考え何をこの世界に現そうとしてきたのか、そこで何を見ようとしたのか、そこに私は魂を感じ、同胞への共感を覚える。
[ 2013年05月22日 14:09 ] カテゴリ:本の感想 | TB(0) | CM(-)
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