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惑星のさみだれ(水上悟志)

○惑星のさみだれ 水上悟志 全10巻 少年画報社
記:2010.12.29

 「大人が笑うのはな、大人は楽しいぜって子供に羨ましがられるため。人生は希望に満ちてるって教えるためさ」(東雲半月)

 「知ってるか? 子供はな、大人のマネをして大人になっていくのだぞ」(ノイ=クレザント卿)

 「ヒーロー参ッ上ォ!!」(雨宮夕日、東雲三日月)


 惑星(ほし)を砕こうとする者と惑星を守ろうとする者、少年と少女、子どもと大人の物語。全10巻の中で密度の高い物語が描かれています。友人に勧められて読んだ漫画ですが、完結したこともあって全巻揃えました。本棚に入れておきたい漫画です
 少年と少女の成長物語、子どもから大人へ成長していく過程が丁寧に描かれています。伏線の張り方が上手くて読み返したときに驚きました。最初から最後まで必要なエピソードを漫画としては長いとは言えない尺の中でキッチリ描ききっている。正直最初は普通の能力者系バトル漫画かと思っていましたが、話しが進む内に成長物語としての積み重ねが見えてきて常に一定レベルで緊張と興奮が続き、絶妙なタイミングでの珍妙なギャグを持ってくるバランスが上手くて読む度に引き込まれていきました。あとこの手の漫画としては珍しく主人公が弱いのが特徴。
 世界を破壊しようとする魔法使い相手に老若男女14人が挑む。登場人物達にはそれぞれ「大人」「子ども」「大人になりつつある子ども」というように役割があってそれらが相互干渉しながら物語が綴られている。個人的に大人というのは、大人としての自覚を持って大人になっていくものだという信条があるので共感できる部分でした。大人ってなんだろう? 大人の役目とは何か、自分のことしか見えていなかった主人公達が大人から学び、子ども達と接する中で自分というものを作っていく姿が魅力的。
 最終巻で長めのエピローグがあります。通常おまけ的に「その後」が描かれることが多いですが、これもちゃんと物語として正しい(物語として意味のある)エピローグになっていて物語の構成がとにかく上手いと感嘆しました。


 この漫画を読み終えたときにふと思い出したのが「コギト・エルゴ・スム」つまり「我思う、故に我あり」でした。この世の中のものを疑っていくと最後には疑っている自分だけが残って、自分は確実に存在するとかそんな意味のものです。哲学者デカルトの言葉ですね。これが哲学の世界でどういう扱いと展開をしたかはどうでも良くて、ここで連想されたのは、自分を中心にして実存を考えると、自分以外のものは「世界」という言葉に括ることができます。つまり、地球とか宇宙とか他者とか全部「(自分以外の)世界」と 括れる。
 いわゆる「セカイ系」と言うのかな? 自己と世界の繋がりを描く物語ではよくある論法だと思います。有名どころだとエヴァンゲリオンでしょうか。中学生あたりの思春期になると「自分以外は自分が生み出した妄想では?」とか考えたり、肥大化する自己意識に自制心が追いつかなくて厭世気分になりがちですね。こういう自己と世界(他者)を分けて考えるのは個人的には幼稚な考え方だと思っています。だって自分の心証を外に八つ当たりしているだけです。他者からすれば自分も「世界」の一部でしかありません。もし仮にこの世界が自分が作った幻想だとしても、おそらくこの世界は自分にとって都合良くありません。崖から飛び降りれば死ぬでしょうし、人を殺せば刑務所へ行きます。それで目が覚めて元の世界へ行ける保証などありません。世界を否定しても世界の理を受けざるを得ない。ようするに、自分も世界の一部なんです。「自己」と「世界」は主観的な枠組みでしかありません。
 主観的には「自己」と「世界」。であるなら、もし自分以外の相手に愛情や友情、信頼を持てたらそれは世界を愛することに他ならないのではないか。他者に愛されたり、信頼されることは世界から愛されることと同義ではないかと思うのです。人から何かを託され、学んでいくこと、人へ何かを伝えていくことも同様に世界と自分の繋がりを感じる事だと思います。人というのは、他者との関わりの中で世界を受け入れ世界を見るのだと思います。人に絶望した者は世界に絶望するし、人を信じられる者は世界に希望を見いだせる。自己と世界は不可分。だからこそ他者の行為に目を向け、他者に働きかけていくことは自分を作っていく上で大切なことです。

 本作の主人公、雨宮夕日と朝比奈さみだれはよく似ています。彼らはそれぞれの理由で世界を疎んでいました。夕日は虐待的な体験、さみだれは不治の病によって。だから彼と彼女はお互いにお互いが持つ圧倒的な力に見入ったんですね。自分の持っている幻想や思考の限界を破壊してくれる存在。過去の鎖を断ち切ってくれると思える相手。夕日がさみだれに見たものはそうした強さでした。さみだれが夕日に見たものはヒーロー。自分を包み込んで自分を愛してくれる相手。自分の運命と一緒に歩んでくれる相手。そうした孤独を持つふたりの主人公が仲間達と交友を重ねていく内に世界を愛せる(世界に愛されていると気づく)ようになっていく姿に人間の弱さと強さを感じます。人はヒーローを望むし、人が望むヒーローにもなれる。
 それを決して忘れることなく示していける、そんな大人になりたいと思うのでした。
[ 2013年05月22日 14:08 ] カテゴリ:本の感想 | TB(0) | CM(-)
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