六畳半のすごし方 TOP  >  本の感想 >  ロリータ(ウラジミール・ナボコフ)

ロリータ(ウラジミール・ナボコフ)

○ロリータ ウラジミール・ナボコフ 訳:若島正訳 新潮文庫
記:2008.3.13

 陪審席にいらっしゃる紳士淑女のみなさん、震えるような、甘美なうめき声をあげるような、肉体的ではあっても必ずしもそのものずばりとは限らない関係を少女と結びたいと切望する性犯罪者のうち、大多数は人畜無害で、未熟で、受動的で、臆病なよそ者であり、常軌を逸したと言われるものの実際には無害なふるまいや、熱くて濡れた、ささやかで密やかな性的逸脱行為を追及しても、警察や社会から弾圧を受けたりすることがないよう、地域社会にお願いしているだけなのである。
 我々はセックス狂ではないのだ! 我々は立派な兵士みたいに強姦したりはしない。我々は不幸で、穏健で、犬みたいな目をした紳士であり、大人たちの目の前では衝動をコントロールできるくらい、充分に釣り合いはとれているが、ニンフェットに触れる機会を一度与えられるなら、何年懲役になっても構わないという人間なのだ。
 (ニンフェット:9~14歳の魅力的な少女と理解しておいけばいいと思います)

 この小説を読んだことがなくても「ロリータコンプレックス」という言葉は多くの人が知っていると思う。この小説はその言葉の語源となった小説。引用した文章を読めば分かるように、少女性愛を持った人物の物語。官能小説ではないので、姦淫している場面はあるがいたずらに性的興奮を誘うような読み物ではないです。
 主人公は間違いなくロリコンで倒錯者で変態で精神科医が嫌い(作者はフロイトが絶対嫌いだと思う)で、まあどうしようもない奴なのだけど、人間として破綻しているかというとそうではないと思う。
 少年時代に同年代の少女と恋に落ちて性的体験を今一歩のところで達成できず、それがコンプレックスになった、という如何にもな精神分析は置いておくとして(こういう安易な合理的説明をこの作者は嫌っているか嘲笑っているような気がする)、オッサンくらいの年齢のときに出会った12歳の少女(ロリータ)にぞっこん参ってしまって、その未亡人の母親と(勿論娘が目的で)結婚して、母親が偶然事故死して、娘と姦淫して2年ほど暮らして、その後娘は行方不明になって、数年して出会ったときには娘は他の男と結婚して妊娠していて、まあ、色々あって主人公は拘留中に死ぬというのが大筋の話。この物語は主人公が記録として残したことになっている。

 ロリコンの主人公の奇怪な物語という印象よりも、孤独な人間の物語という印象が強い。性癖については色々あるのでロリコン趣味を取り立ててもさほど重要ではないと思う。児童ポルノや児童虐待は恥ずべきことですが、大人の女性に対する性的暴行も同様のことです。
 この主人公を「孤独」だと思うのは、この主人公が自己の中に閉じているからです。同情心で言っているわけではありません。彼自身は孤独だと思っていないでしょう。
 少女に対する彼の興味は異常なもので、ロリータに熱を上げていても他のニンフェットにも興味を持つし、ロリータに対しても15歳以上になることが意識され始めると一時的に興味を失います。ひどく自己中心的で少女に対する関心が強い人物です。しかし、それでも彼はロリータを愛していました。例え15歳を過ぎて、結婚し、かつての可憐さを失っても、妊娠していても彼は彼女を愛していました。その意味でこの小説は少女性愛のみを扱った物語ではなく、主人公の(性愛を含めた)愛の行く末の物語であると思います。
 「愛」と言ってもその様相は多様にあります。彼の愛は自己に閉じている愛だと思います。この物語は彼の一人称ですが、読むのがひどく面倒なのは彼の雑多な思考がそのまま書かれているからです。彼の知識、レトリック、皮肉、行為が書かれており、驚くほど他者の心理や行動に対して無関心です。ロリータの心すら彼はほとんど関心を寄せていません。ロリータに対する彼の捉え方は自分の所有物であり、自分がロリータの奴隷でもあるというもので、信頼や絆を築こうという発想はありません。彼は自分の中にロリータを閉じ込め、そのロリータに愛情を注ぎ、愛情を求めている。客観的に見ればそれは、彼が少女に付きまとい、束縛し、性的虐待を加えているようにしか映らないでしょう。最期まで彼はロリータを自分だけのものにしようと考えていました。

 この歪んだ思考、願望、愛情、関係性は主人公が自己に閉じて外界と接続されていない(接続しようとしていない)ことが分かります。孤独だと思うのはそのためです。哀れだとは思いません。彼は変質者で狂っていて、性犯罪者で人として恥ずべき行為をしているならず者です。
 ただ思うのは、人間はこうも孤独になれて、自分ではそれを意識しないばかりかそれで満足してしまうことです。そのために周囲にいる人々まで不幸になってしまう。「孤独」は一人ぼっちというだけではなく、心の通っていない人間関係にも当てはまる。後者の孤独の方が自己と他者の人間性を疎外している分より深刻だと思う。ついでに言えば、おそらくその孤独は人間関係によくある話なんだと思う。
[ 2013年05月22日 13:53 ] カテゴリ:本の感想 | TB(0) | CM(-)
トラックバック
この記事のトラックバックURL