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アンドロイドは電気羊の夢を見るか?(フィリップ・K・ディック)

○アンドロイドは電気羊の夢を見るか? フィリップ・K・ディック 訳:朝倉久志 ハヤカワ文庫
記:2008.2.16

 あなたがどんな姿をしていようと、あなたがどこの星で生まれようと、そんなことは関係ない。問題はあなたがどれほど親切であるかだ。この親切という特質が、わたしにとっては、われわれを岩や木切れや金属から区別しているものであり、それはわれわれがどんな姿になろうとも、どこへ行こうとも、どんなものになろうとも、永久に変わらない。
 (フィリップ・K・ディック)

 映画「ブレードランナー」の原作となったSF小説(映画は未見)。タイトルが特徴的なSFの古典的名作。第三次世界大戦によって核汚染された地球から火星へ移民した人類。移民に伴いアンドロイドが作られたが、一部のアンドロイドは逃亡し地球へと降りる。地球に住み逃亡アンドロイドを狩るバウンティハンターである主人公は、地球に降りた8人のアンドロイドと対決することになる。
 というようなまさにSFな話。スリリングな展開、アンドロイドとの駆け引きは普通に読んでも面白い。

 SFというと未来のハイテク技術を使った話というイメージがあると思いますが、SFの面白いところは、この発展した科学技術が逆に人間の存在を浮き彫りにする点です。例えば知能的にも外見的にも人類と大差がないほど精巧に作られたアンドロイドと人間の差は何か。心とは何か。もし電脳空間で日常と変わらぬ、いやそれ以上の体験と情報を得られたとしたら現実と仮想の差異はあるのか。そういう問題を浮き彫りにします。この小説はアンドロイドが登場しているように、人間の存在が問われています。

 物語の序盤で情緒オルガンという機械が登場します。これは人間の感情を自由に制御することが出来る装置で、「鬱」な気分から「職人的態度」になれる気分や「すべての問題における夫のすぐれた判断を快く受容する態度」などあります。細かすぎる。ダイヤル番号からいって1000個近くあるようです。こんな装置を使って自分の感情を(一時的にではあるけど)制御している人間が果たしてどれほどアンドロイドと変わりあるだろうかと思うところから物語は始まります。
 人間とアンドロイドを区別する方法として感情移入検査が作中で使われています。また、マーサー教といわれる宗教があり、共感ボックスなるものが登場します。これはマーサーという人がひたすら坂を登っている映像を見ると人間はそこに感情移入して自分のこととして体感するとともに、他の人とも感情を共有することができるアイテムです。簡単に言ってしまえば人間とは感情移入する生物だ、ということです。対してアンドロイドは知能が優れていてもどこか冷たく利己的です。
 では、人間とアンドロイドは「感情移入」能力の違いなのか、人間はそれがあるから人間なのかと言えば、それも違うんですね。何故なら、感情移入する能力はその反面の効果として感情移入をしない相手を冷徹に見させるからです。
 人は、自分にとって興味の無い相手や物や事象にとても冷たいです。例えば見知らぬ国で餓死や難民が出たことをテレビで見ても大抵は気にもしません。知らない人が何をしようがしったこっちゃない。動物の肉を美味しい美味しいと食べる。ところが何かの気まぐれで興味を持ったりそれなりの態度でテレビを見ると困っている人に同情したり、動物保護を唱えたり、優しくなります。
 アンドロイドが人間ではないからと「ソレ」と呼び、何の躊躇いもなく殺すことができる反面、そのアンドロイドに愛情すら持つ事もできるのが人間の感情移入能力です。理性だけで捉えるなら大きな矛盾であり意味不明です。わけが分からない。

 でもやっぱり感情移入ができて、その対象が何であるかに問わずアンドロイドだろうと電気羊だろうと電気ヒキガエルだろうと関係なく生命と感じ、それを大切だと思える気持ちはたとえ身勝手で意味不明で矛盾を含んだものだとしても尊いと思う。その優しさ、親切さが無かったら辛いんじゃないかと思う。もしかしたらそういう感情があるから辛さもあるのかもしれないのだけど、どの道、私達はそういう存在で、そういう世界で、そういう現実に生きている。なら、「これが人間だ!」「これが人間らしさなんだ!」と胸を張って言えることをした方が楽しいと思う。
[ 2013年05月22日 13:52 ] カテゴリ:本の感想 | TB(0) | CM(-)
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