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経験の政治学 (R.D.レイン)

○経験の政治学  R.D.レイン 訳:笠原嘉、塚本嘉壽 みすず書房
記:2007.2.4

 私たちは、自分を照らす光を反射しあう以外には互いに何の影響も及ぼさないような、自己充足的モナド(自発的知覚を担う単位実体。哲学用語。詳しくは私も分からない)ではありません。私たちは他の人々と互いに作用しあい、善にも悪にも変化させられるのです。

 "反"精神科医であるレインが人間同士の関係について考察した本。

 「好き?好き?大好き?」「自己と他者」を読んでいるのである程度著者の思考についていけるが、それでもなかなかに難しい。この著者は精神科医であるが哲学者でもあると思う。さらには思想家でもあると思う。
 反精神科医と見られる要因として、分裂症(現在は統合失調症と呼ばれる)に関しての考え方ひいては人間の心理に対する見方の違いがある。

 レインによれば、人間は誰しもが自己を欺き隠蔽し歪曲している。その結果自分自身から疎外されている。さらに人間は他者をも同じく欺き圧迫して疎外させることもできる。それがあまりに当然のように、救いがたいほどに成されてしまった結果人間はそのことにすら気付かないまでに至る。
 分裂症患者が時折体験する自己への旅とそこからの帰還は、疎外された自己を取り戻す契機になる(恐らく一種の宗教的体験-天啓や神の啓示、悟り、確信―のことを指していると思われる。この状態は五感が研ぎ澄まされ経験することは何もかもが新鮮に見える)。が、現在(レインの居た時代、1960年前後)の精神療法はその妨げ(薬物投与、電気ショック等々)をしている、と。


 うーん、まともに書こうとすると纏まらなくなるので、ちょこちょこっと見繕って。
 レインとしては要するに、分裂症患者なんていない、と考えている。人は皆大なり小なり偽っている。もしかしたら皆狂っているかもしれない。我々が他者に狂人だという基準は我々の一般的な言動と比べて言っているだけだ、と。さらには皆疎外されているんだから"本当の正気"も"本当の狂気"も見ていないのだと言う。我々が規定しそれを他者に組み込み、自分にも組み込みカテゴライズしているということだ。
 狂人は狂人だから狂人なのではなく、狂人だと駆り立て規定する他者がいるということを忘れてはならない。
 前に硫黄島からの手紙を見たとき、人間が何故あの不可思議な空気を作りそれに従ってしまうのか疑問に思った(12月9日の日記参照)が、レインはそれこそが人間の本性なのだという。
 人間は単独で存在しているわけではなく、「私」と「あなた」で成り立っている。私はあなたの行動を経験し、あなたはあなたの行動を経験した私の行動を経験する(分かり難いが、この本はこういう表現が多くて読むのが面倒くさい)。この場では~することが皆に求められている。そのことをあなたは知っていると私は考えているとあなたは思っている。などキリが無いくらい人は人の心理に組み込まれている。
 つまり、人間の心理を分析するには「私の経験」「私の行動」だけを見ても局所的でしかなく、全体を見る必要がある。それこそが人と人(あるいは環境)との間にある関係だと言う。
 それらの関係は例えば、日中は会社で仕事をして夜や休日は家族と過ごし少年野球チームの監督をしているオジサンが居たとする。そのオジサンが持つ関係は会社、家庭、監督というようにそれぞれがあり、それぞれに過去があり、未来があり、可能性がある。そしてそれぞれにその人の経験と行動がある。さらにはそれぞれに関係する人が持つ経験と行動がありその人達との距離や関係もバラバラである。これらをオジサン一人の経験や行動だけで推測・判断しオジサンのパーソナリティを捉えることは正確ではない。というわけだ。

 私自身、自己に絞った心理分析の本や情報を見ることが多いし、自分でもその方法を好む。けど、レインの言うとおり、それは正確なことではないのだろう。
 レインが考えているのは、恐らく自己の経験に対してフィルターを通すことなくありのままを純粋に受け入れることが疎外からの解放だということだろうと思う。そしてそれは確かに自己の経験するところの自分が行わなければならないことであるが、他者がそのことに対して妨げるのではなく、お互いにその純粋な経験を経験し合うということなのだろう、と思う。

 人間はその関係する繋がりの中でお互いに作用し合う。時にはその関係同士がぶつかり排斥し合う(正気とされるグループと狂気とされるグループ、国と国、反対派と擁護派等など)。その繋がり方は人間を相互に疎外しているのかもしれないのだが、疎外することが可能であるようにそこから解放されることも可能である。結局、人と人との繋がりがそれぞれを変化させるのだから、決してまだ諦めることはないのだ、というレインの声が聞こえるような気がします。そういう意味でこの人は思想家のような印象を持ちます。(そしてそういうところが私は好きだったりする)


 ちょっと、今の私では理解するのに荷が重いな。
[ 2013年05月22日 13:39 ] カテゴリ:本の感想 | TB(0) | CM(-)
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