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映画「おもちゃの国は秘密がいっぱい!?」

 ブッキーのパジャマ最高!!

 お話にしても、アクションにしても、EDのダンスにしもてチャレンジングな映画。誰しもが玩具で体験している出来事を告発しながら、しかしそこに救済を提示している作品。


○本編
①前説
 もはや映画恒例と言える前説。タルトとシフォンは当然としてもカオルちゃんが美味しすぎます。この人便利すぎ。っていうか、カオルちゃんは不思議生物と同列なのか…。導入部としては文句のつけようがありません。ライトの注意事項を説明して本編スタート。


②パジャマパーティ
 いつもの公園で、ラブ達は久しぶりのパジャマパーティにウキウキしています。私もウキウキです。パジャマパーティ…なんと夢広がるフレーズ。一緒にお風呂入ったり、一緒にお風呂入ったり!!!
 せつなは初めてなので、そんな初心者を三人が優しくあの手この手で手ほどきしてくれるって信じてます。カオルちゃんも一緒にお泊まりしたい、でもそれじゃお邪魔パーティだと上手いことを言いますが、そんな彼をスルーして彼女たちはラブの家へ。こういうのはこっそり観るからいんです(最低だ)。

 ということで念願のパジャマパーティ。このときを待ち望んでいました。映画の公式サイトが立ち上がり、あらすじでパジャマパーティがあると知ったときから。パジャマ姿で遊ぶ彼女達を見られて幸せゲットです。なにげにブッキーのパジャマ姿は今回が初なので嬉しさのあまり目に焼き付けました。パンフレットで中の人も言っていますが、せつなに枕をぶつけたのは絶対祈里です。間違いない。ちなみに髪を下ろすとラブと祈里は似ています。
 ラブ達が楽しい一時を過ごしている同時刻に街では子ども達の前から玩具が突然消えていきます。しかしまだそのことに気づいていないラブ達は一緒に料理を作って、一緒に食べて、一緒にお片付け。初めてのパジャマパーティに満足するせつな。みんなで一緒にご飯を食べられて楽しいと言います。美希と祈里はバザーの話題。ラブは何を出すか迷っています。せつなに訪ねると、うらない道具と返答。売らない。そう占いの。とベタなネタ。久々に聞いた。
 テレビで玩具が消えていることを知ります。こんな異常事態はラビリンスの仕業だと目星をつけます。パジャマに上着を着て急いで街に向かうラブ達。ラブの母がお風呂が沸いたと告げますが、シャンプーが無いので買いに行くとみんなで出て行きます。どんだけ仲がいいんだとこぼす母。そんなことより、我々から入浴シーンを奪うとは言語道断! このときを夢見て日々精進してきた私の努力を無にするとは絶対に許さない! どうやってお風呂のシーンを無かったことにするのか気になってたけどこんな古典的な手を使うとは!

 街の玩具屋に行くと人々が店員に苦情を言っています。玩具が突然消えたのは果たして玩具屋のせいなのか、メーカーの責任なのか、そもそも苦情以前に怪現象のような気がしますが、裁判になった場合の結果が気になるところです。
 ラブは玩具を失って泣いている少年を必ずプリキュアが取り戻してくれる、と励まします。美希達が見ている前で玩具が次々と消えていきます。子どもから玩具を奪い、私からお風呂シーンを奪うなんてなんて卑劣で狡猾な奴。

 家に戻るとタルトからラビリンスの仕業ではないと言われます。クローバーボックスが反応しないので真犯人は別にいるようです。そのとき、ラブの耳に自分を呼ぶ声が聞こえてきます。シフォンも反応してその主を呼びます。押し入れが開いて、ウサピョンが出てきます。ラブが幼いころに遊んでいたウサギのぬいぐるみです。耳の先と背中がやぶれて綿がはみ出ています。
 ウサピョンによると真犯人はトイマジン。世界征服の手始めに玩具を消したそうです。おのれトイマジン!! 貴様が!貴様が俺からお風呂シーンを奪った真犯人か! 絶対に許せない! 貴様を倒しお風呂シーンを取り戻し、ついでに子ども達の玩具を取り戻さねば。今すぐ倒せば一汗かいたしお風呂に入ろうという流れに持って行けます。いける!

 そんな一視聴者の葛藤はどうでもよく、ラブ達は子ども達の玩具を取り戻すべくおもちゃの国へと向かいます。せつなのアカルンを使って。これほんと便利だな。


③おもちゃの国
 テレビ本編でも登場したように、おもちゃの国に入るためには門番にパスポートを提示しなければいけません。レゴブロックの人形みたいな門番がパスポートを要求します。玩具がしゃべった!と驚くラブ、いや君のぬいぐるみもしゃべってるから。まるでおもちゃの国ね、とせつな。お前はここをどこだと思ってる。
 ウサピョンがメモ帳にテキトーに書いた文章を見せるとあっさり入国が許可されます。アバウトです。

 街の中では玩具達が賑やかに暮らしています。遊園地みたいなところです。浮かれるラブにせつながトイマジンを倒しに来たのだと本来の目的を言います。とりあえずその辺の人に聞くことにします。
 これまたテレビ本編に登場したサルの監督と、女優の人形が撮影をしています。サインを貰いにマトリョーシカ達がやってきます。そこにラブ達が声をかけます。ところがトイマジンの名を聞いたサルは表情を険しく目を血走らせて突然どこかへと去っていきます。女優の人形もマトリョーシカ達も逃げるように去っていきます。ついでにカメラも。お前動けるのかよ。街中に届くようにトイマジンの名を叫ぶとみんな姿を消してしまいます。
 一体どういうことなのか? と不思議がるラブ達。みんなトイマジンを恐れているのかもしれません。そこにルーレット伯爵が現れます。独特の言い回しが面白い。色々と胡散臭いので相手にしないで立ち去ろうとしますが、伯爵からトイマジンの居場所を知っていると聞いてついて行きます。あからさまに罠っぽい。

 ルーレット伯爵に連れられてやってくると、そこはスゴロクの森。先を急ぎたいところですが、ゲームをしないとつまらないでしょ、と玩具らしいことを言う伯爵に美希もタルトも話に乗ります。
 トップバッターはラブ。マスを進むとイベント発生、カンフー道場へ。ウサピョンがトイマジンの手先なのでは?と疑いますが伯爵は素知らぬ顔。先に進むにはこの双六をやるしかないようです。美希、祈里、せつなが続きます。

 カンフー道場。ラブはいつの間にか胴着を来ています。そして表れたのはヌンチャクを持ったブルース・リーの人形。マニアックな玩具です。今の子どもどころか下手をすると親にも通じないネタです。プリキュアスタッフのセンスが気になるところです。

 美希は宇宙旅行。ということで2、30年前のSFに出てきそうな格好をしている美希。スタッフのセンスを疑いたくなります。そこに表れる宇宙戦闘機。襲いかかってきます。

 気づくと祈里は古代の戦士のような格好をして大剣を持っています。驚いて剣を離して兜も脱ぐ祈里。何が何だか。しかし一言いわねばなりません、スタッフグッジョブ! スタッフのセンスを信じてた! さりげに脇が見えたことを見逃しはしません。恐竜が襲ってきます。

 せつなが着いたのはチェスの世界。せつなはカジノのディーラーのような格好。せつなだけまともな扱いです。映画スタッフにせつな派が多数いることは疑いようがありません。キングに率いられたチェスの駒達が襲ってきます。


 トイマジンの策略によりプリキュアは分断されてしまいます。ルーレット伯爵はトイマジンの手先でした。ウサピョンも双六に参加しますが、トイマジンの元へ転送。タルト達は一回休みで眠ってしまいます。


④イベントクリア
 生身のままでは危険です。変身。テレビで先行して使われていましたが変身BGMはアレンジバージョン。映画では珍しく今回のフレッシュは変身が1回です。
 ブルース・リーのヌンチャクをかわし、地味にカンフーをするピーチ。プリキュアはときどきアクションがマニアックになります。ベリーは戦闘機の攻撃をなんとかかわし、無人の戦闘機を発見します。パインは恐竜に振り回されています。この子ほんと戦闘に向かないな。パッションは襲いかかるポーン達を倒します。


 ウサピョンはトイマジンに止めるよう言いますが、トイマジンは聞く耳を持ちません。そしてウサピョンにお前も僕と同じだ!と叫びます。その言葉に絶句するウサピョン。


 ヌンチャクを破壊したもののブルース・リーの格闘能力は高く一進一退のピーチ。アクションが地味に面白い。
 ベリーは戦闘機で応戦しますが、後ろを取られ撃墜されてしまいます。勝ち誇った敵が横を見るとベリーが優雅に乗っています。驚いている敵を尻目に拳で戦闘機を破壊します。完璧です。
 パインは恐竜の様子がおかしいことに気づきます。足に木の破片が刺さっていることに気づきキックで除去。恐竜はそのまま倒れておとなしくなります。どうやら痛みで暴走していただけのようです。さすがパイン手を汚しません。
 パッションはポーン、ナイト、ビショップなどを瞬殺。強ぇ。しかし息を切らせています。残るはキング。巨大な戦斧を軽々とした身のこなしで扱うキング。しかしパッションは瞬間移動を使って翻弄します。まてまて、そんな技ありかよ。これ本編で使ったら一人でラビリンス壊滅させられるんじゃないのか!? よくよく考えればベリーのブルンも戦闘中に使えたからアカルンもOKなのでしょうが、これは販促的、もとい反則的です。いちいちポーズを取るパッションがカッコイイ。キングの攻撃をかわし、取り落とした戦斧ごと瞬間移動。そして上空からロードロー…もとい、タンクロー…ではなく、城の一部(見張り台)でキングを押し潰します。華麗に決めます。チェックメイト。

 勝負が長引き、体力が消耗するピーチ。相手の人形は息一つ切らせていません。もともと息してないでしょうが。ピーチは動きを止め、呼吸を落ち着けます。ブルース・リーは間合いを保ちながら動いて隙や動揺を誘いますがピーチは無心のように不動です。ついに攻撃を仕掛けたブルース・リーの拳とピーチの拳がぶつかり、ピーチは不動のままブルース・リーだけ壁までふっとんで動かなくなります。ピーチさんカンフー免許皆伝です。

 思わぬプリキュア達の奮闘にトイマジンは苛立ち、立体ビジョンでプリキュアの前に姿を表します。そこで語られる真実。子どもが玩具を捨ててしまうから先に消した。このおもちゃの国は子ども達に捨てられたおもちゃ達の国。そして彼は子どもが大好きだったのにも関わらず捨てられたことへの復讐のため子ども達を玩具にしてやる!と言います。その言葉に誰よりも衝撃を受けるピーチ。
 それでも止めようとするウサピョンをトイマジンは吸収。ルーレット伯爵にプリキュアを連れてくるよう指示します。

 スゴロクの森に戻ったもののピーチはウサピョンを捨ててしまったことに心を痛めます。確かにトイマジンの言い分や感情も分からなくもないが逆恨みだ、全ての子どもが玩具を捨ててしまうわけではない、なんとか食い止めなければいけない、とベリー、パイン、パッション。それでもピーチは謝らなくては、と言いいます。このあたりが流石プリキュアです。真っ直ぐだ。
 ルーレット伯爵がルーレットを回して直接ゴールへとプリキュアを転送します。伯爵は消えてしまいます。


⑤対決!トイマジン!!
 「ゴール」と書かれたゴール地点。わかりやすい。
 そこにトイマジン登場。戦闘開始。
 巨体のトイマジンの攻撃、力強さは凄まじく一撃でも受けたら危険です。なんとか連携して回避、攻撃を行います。しかしトイマジンの鎧は堅くプリキュアの攻撃をものともしません。ピーチを捕まえたトイマジンは自分の身体が捨てられた玩具で出来ていることを教えます。その言葉にさらに衝撃を受けるピーチ。メンタル的に弱いのでそのままズルズルと行ってしまうと危険です。
 トリプルキックでピーチを救出。手から離れ落下する際にピーチはトイマジンの身体の中にウサピョンがいることに気づきます。ウサピョンが自分を恨んでいると思い戦意を喪失してしまいます。
 トイマジンはファイナルベント・エンドオブワールドを発動。全身からミサイルやビームを撃ちだします。どこかの時空要塞で可変機能付きの戦闘機がやる回避運動ばりに攻撃を避けるプリキュア。もうこのアニメ、女児向けだってこと忘れてるね。
 このままでは埒が開きません。ベリー、パイン、パッションは4人で力を合わせて!と必殺技を放ちます。しかしピーチは戦意を失っていて立ち尽くすのみ。自分を責めるピーチにベリーの平手が飛びます。ベリーはこういうとき気丈です。今は桃園ラブではなくキュアピーチ、玩具を失った子どもの笑顔を取り戻すためにも戦わなければ行けません。ウサピョンもきっとピーチのことを分かってくれるとパイン。パッションもやり直せると言ったのはピーチでしょ、とみんながピーチに手を重ねます。
 その言葉に励まされ、ピーチロッドを使い、締めはどこからともなくクローバーボックスを出現させてグランドフィナーレ!


 倒したかと思いきや、そうは問屋が卸しません。
 トイマジンはおもちゃの国の玩具達に呼びかけます。捨てられたこと、憎んでいること、力を貸してくれるよう呼びかけます。これはプリキュア側がライトを使う逆のバージョンです。玩具達は忘れ、しまい込もうとしていた負の感情を思い出し一斉にトイマジンへと向かっていきます。そして街は空っぽに。全ての玩具がトイマジンの声に同意。

 玩具達が直接身体になり、巨大な禍々しいクマへと姿を変えるトイマジン。爪がやたら凶悪で痛そうです。
 桁違いのパワーにプリキュアは為す術がありません。しかしピーチはウサピョンに謝りたい一心で単身トイマジンへと駆け出します。トイマジンの攻撃をかいくぐり、取り付くピーチ。なおこの一連のシーン、トイマジンはCGで描画されていますが、それに合わせてプリキュアもCGを使っています。違和感のないようアップのシーンなどではアニメを使用しているようで、EDではお馴染みのCGですが本編の中では初の試みです。ダイナミックな動き。このアニメは女児向けということを忘れている。
 途中リンクルンが身体から離れ、変身が解けてしまうラブ。しかし一心な思いが通じたのかウサピョンと再会を果たします。

 ウサピョンに涙をこぼして謝るラブ。ウサピョンは自分は捨てられていないと言います。幼い頃に母が捨てようか?と訪ねたときに必死に捨てないで!とラブが頼んでいたことをウサピョンは憶えていました。
 ベリー達も全ての子どもが玩具を捨てるわけではないこと、玩具が無くなって悲しんでいた子がいたことをトイマジンに伝えます。しかしトイマジンは頑なにプリキュアの言葉を拒みます。身体を構成している一つ一つの玩具達も自分達は捨てられたのだ!と叫びます。ナイス告発。グッと来ました。
 ウサピョンは言います。言葉では無理だと、違う方法で気持ちを伝えなければなりません。ラブはウサピョンを抱え、みんなに―この映画を見ている子ども達―玩具を大事にしたいという気持ちを伝えて!と呼びかけます。
 空に無数のハートが出現します。みんなの玩具が大好きだという気持ちです。それでもなお戦意を失っていないトイマジンはラブを振り落とします。こういうときは超能力で。シフォンがハートを一つに集め、新たなピックルンを誕生させます。ピックルンはラブの落ちていたリンクルンに憑依します。ラブが落下すると目映い光が辺りを照らします。


⑥救済の導き手
 ホワイトハートはみんなの心、羽ばたけフレッシュ!キュア・エンジェル!

 ピーチパワーアップ。もはやピーチですらない。その神々しい姿にベリーとパインは綺麗…と見入ります。パッションもその姿に感じ入ります。

 キュア・エンジェルは羽ばたくと、ラビング・トゥルーハートでトイマジンにみんなの心を伝えます。憎しみが癒され浄化されるようにトイマジンの身体に取り付いていた玩具達は身体から離れ、天へと帰って行きます。
 最後に残されたクマのぬいぐるみ。それがトイマジンの正体。彼はかつて大好きな子どもと一緒に居たことを思い出して涙をこぼします。
 「もう一度、もう一度だけ、子どもを信じてみるよ
 「うん

 朝。ラブの母がお越しに部屋を訪ねます。返事をするラブ達。母が去ると、身を起こします。なんとか朝には間に合いましたが徹夜になってしまいました。しかし私は見逃しません。祈里がラブと同じベッドに居たことを。お風呂のシーンはありませんでしたが、私はこのことを心に留めておきたいと思います。
 街には玩具達が戻り、ラブに励まされた子どももプリキュアに感謝します。


 バザー。ラブは寄ってらっしゃい、見てらっしゃい安いよ~と客を呼び込みます。ダメだろと美希達に突っ込まれます。ラブの指には絆創膏がいくつも貼られています。
 一人の女の子がクマのぬいぐるみを見つめます。ラブがクマさん好きなの?と話しかけると首肯する少女。友達になれるのなら、とクマを譲り渡します。大事そうにクマを抱えて去っていく少女。クマのぬいぐるみはラブを見つめます。クマを見送るラブ。新しい出会い、新しい友達に巡り会えました。

 バザーも終了。完売したようです。ふとこのバザーに行けばラブ達の身の回りの品が手に入るのかと思った私は終わっていると思う。
 ところで、と祈里がラブの指について訪ねます。はぐらかすラブ。せつなは慣れないことをするから、と笑います。

 ラブの部屋。机に置かれた裁縫道具。不器用ながらも修繕されたウサギのぬいぐるみが夕日を浴びながら主人の帰りを待ちます。


⑦ED
 EDは映画を見ているお友達にダンスを呼びかけます。最初から最後まで楽しめるよう配慮されています。
 そして、オールスターズDX2が来年春に決定。もちろん公開日は3月20日。楽しみです。


○トピック
 「おもちゃの国」と名前はバリバリ子ども向けかと思いきや、実は大人が見てもグサリと来るストーリー。公開初日に2回見に行きましたが(これ自体はプリキュアの映画ではよくあること)、2度とも泣いてます。

 プリキュアの映画は本編ストーリーと関連はありませんが、物語の骨子が明確に出ることが多い。この「おもちゃの国」もフレッシュらしさ、フレッシュとしての方向性が如実に表れています。フレッシュがこれまでのシリーズの後継、GoGo!からのさらに上の段階へと物語を進めていることが分かります。その辺りを細かく書く前に細かい点を最初に書き出します。


①ミラクルハートライト
 ライトの劇中での使われ方が進化していて、単純にプリキュア頑張れ~!という応援ではなく、今回の映画の主軸であるテーマ、メッセージに関連した気持ちを込めてね、としている点は見事です。ラブとウサピョンがみんなに呼びかける一連のシーンはある意味作品的には破綻しています。なにしろ作中の子ども達に(の)声が届くわけではなく、突如としてハートが出現するからです。明らかにこれは映画を見ている子ども達を前提として描写されたものですが、この映画がそもそもこれを促すために作られていることを考えれば正しい演出ではあります。作品と視聴者の繋がりなんですね。ただ、これまでの映画と比べてライトの振るタイミングが取りにくく、実際にはライトの振りはまばらだったことは付け加えておきます。もう少しわかりやすくした方が良かったかもしれません。


②せつな
 せつながこの世界で初めてパジャマパーティをしたりみんなで食事をすることを楽しんだりしている様子がキチンと描かれています。また、自分にやり直せるとラブが言ったことをラブに伝えているシーンなど「やり直せる」ことが強調されているのもポイント。ラストのキュアエンジェル登場シーンでパッションはラブの姿に感銘と、しかしこれがラブの本来の姿なのだというような表情で見ています。このシーンを見て思い出すのは本編22話です。医務室でラブはせつなに慈しむような表情を見せています。そのときせつなは直視できず目を背けてしまいましたが、今の彼女なら真っ直ぐにラブの表情を見ることが出来るでしょう。きっとラブの神々しい姿に彼女は自分があのとき見た美しさを見いだしたと思います。


③トイマジン
 このトイマジンは声からして特殊です。どこか子どもっぽい口調。一人称も「僕」です。今までのシリーズの敵のような大人ではありません。そして彼はいわゆる「悪」でも「敵」でもありません。


④「告発」「贖罪」「救済」「再生」
 本題に入ります。
 今回の物語は「告発」と「救済」が描かれています。玩具達が子ども達を「僕達を捨てた!」と責める。復讐を行おうとする彼らは倒すべき存在なのか、倒してもよいのか、あるいは救うとすればどのようにして救うことが出来るのか、そして玩具を捨てた子どもは何をすればいいのか、と問題提起されています。なお、この感想では「玩具」と「子ども」に留まらず現実世界や実際の人間関係を前提にして話を進めます。何故なら子ども達に復讐を目論む玩具達には「心」があり、それは人間が持ちうる感情と同等のもとして作中で描かれているからです。
 この映画は、人に捨てられた人々の嘆き悲しみと、自覚はなくとも罪を犯してしまった人々の贖罪と救済と再生の物語として見ることが出来ます。
 そしてこのことによって、フレッシュの物語が勧善懲悪、正義対悪、どちらが正しいかという過去シリーズとは一線を画す物語になっています。今までのシリーズは何かしらの「敵」がいて、その敵に対してプリキュア側が持ちうる正当性(可能性)を提示することで勝利し、プリキュアが尊重する日常を肯定してきました。しかし、フレッシュでは彼女達自身が敵を作り出しています。自らが誤り犯してしまった罪が目の前に現れている。これは本編のせつなの物語でも同様です。プリキュアは日常を基点として物語が作られているので自らの罪とも向き合い解決(克服)へと足を進めていくことは健全で正しい道です。これまでのシリーズよりも先へと段階を進めています。
 フレッシュのプリキュアは人々を救い希望となるヒーローではありますが、同時に普通の人々と同じ罪や弱さを抱えています。本質的には普通の人なのです。それを真剣に真っ正面から描いている本作、本シリーズは素晴らしい成長物語、人間賛歌です。


 ということで本題の序文にも関わらず長くなったので、ちゃっちゃとポイントを押さえていきましょう(でもやっぱり長い)。
 最初に「告発」と言ったように、悪い奴らだと思っていた人達が実は自分達のせいでそうなってしまった、そしてそれは安易なことでは解決できない。そのことが映画では手順良く表されています。
 たびたびトイマジンが繰り返しているように、玩具達は子ども達が好きだったのです。ところが子ども達は彼らを捨て、彼らの心を裏切ったのです。忘れ去られ、自分の気持ちを踏みにじられたことに対する憎しみ、復讐心は正当です。「自分を無視しないでくれ!」「自分の気持ちはなんだったんだ!」という叫びは心のある者の悲鳴です。自滅になってでも周囲に影響を与えられるのなら、自分の存在の意味があったであろうと納得できる。この貪欲なほどの自己存在欲求(俺を認めてくれ!、認めさせてやる!)は大なり小なりみんな持っているものです。やけっぱちになって自滅と引替えに他者をも巻き込むのはそうした自己の重要感、存在を主張したいという意思があるのだと思います。
 これに対し、最初の戦いはプリキュアとして戦え!というものでした。ラブ個人だけで戦っているのではなく、子ども達の願いもあるのだから心を鬼にしてでも戦わなければならないし、きっとウサピョンも分かってくれる!というわけです。これは欺瞞です。これは要するに武力による鎮圧に過ぎません。鎮圧する側の自己満足と身勝手な解釈です。自分達のことしか考えていない行動です。これは捨てられた者の悲鳴まで捨てることを意味します
 これがなんら解決にならないことは言うまでもありません。しかし、現実にはこうなることが多い。不満を言う側は何らかのハンディキャップや不利益を被った人々で、その人々が訴えても軽んじられ見過ごされてしまうことは多いのです。無論、不満はさらに高まるばかり。

 玩具達がみんなで集まって出来たトイマジンは、みんなの復讐心、憎悪の塊です。力対力ならばもはやプリキュアに勝ち目はありません。目の前にいるのは世界中の子ども達が捨てた玩具達の憎悪です。これ以上戦っても戦争にしかなりません。勝者・敗者を作り出し、勝者に従わせる。また同じことの繰り返しです。武力による解決が意味をなさないことが分かります。
 そして実はまだ作中で玩具達へ「ごめんなさい」と誰も言っていません。誰も自分達の罪を認め、それを謝罪しようとはしていません。玩具達の気持ちは分かるがだからといって復讐してはいけない、玩具を大切にしている子もいる、と自分達の手前勝手な要求を言っていたに過ぎません。やり直せる、と言ってもそれは自分達がやり直せると言っている。玩具達が、じゃない。
 ここでラブはウサピョンへ謝るということだけを考え駆け出します。元々彼女はウサピョンに謝りたいと考えていました。この問題の当事者でもあります。素直に全力で謝りに行くのは流石プリキュアとしか言いようがありません。素直で真っ直ぐで高潔で、それ故に前向きに解決していくプリキュアの面目躍如です。そしてこれこそが解決への第一歩になります。

 ウサピョンに謝り、決して(ラブ達を含む)子どもが玩具を大事に思っていないわけではない、玩具を大事にする子もいるのだ!と言えてもここでまた告発があります。自分達は現に捨てられたのだ!と。正当な素晴らしい指摘です。告発をする作品の最も重要なところは欺瞞を許さない点です。言い訳無用。現に捨てられた事実、忘れられた記憶、そこから生み出される憎悪は安易な自己満足や言い訳を許しません。

 言葉ではダメだとウサピョンは言います。深く傷ついた彼らは疑心暗鬼になっていて、安易な言葉では納得出来ません。彼らはずっと愛してもらえなかった、捨てられた人々です。だからここで見せなければならないもの、証明されなければならないものは、彼らを愛する気持ちと行動です。
 ラブがウサピョンに謝罪し、お互いに気持ちを伝え合ったことは一つの証明です。それをみんなが示す必要がある。ここで視聴者に気持ちを込めてライトを振ってと促しているのは正しい方法です。それらの気持ちをキュアエンジェルの姿に変えて、玩具達に気持ちを伝えることで彼らは過去に愛情を受けたこと、そして今後また自分達がその愛情を受けるであろうことに気づきます。ラブは他者に愛情を与えられる、たとえその相手が自分を騙していた相手でもあってもその愛情を失わなかった人物であり、愛情の導き手として申し分ありません。彼女は玩具達の復讐を責めることなく、赦し再生へと導きます。彼らもやり直せるのだ、と。その姿にパッションが感銘を受けたのは前述のとおりです。

 結局のところ、過去や事実は変えられないのです。捨てられたことは事実だし、それが起因して憎悪が生み出されている。愛情がないために生み出されているのなら、そこに愛情を注ぐしかないのです。お金がない、仕事がないならそれらを与えればいい。でも愛されない、捨てられてしまった、忘れられた、という不満は物理的には復元困難です。不可能かもしれない。心を助けるには人が人に向き合わないといけない。そして、たぶん、絶望して、そこから戻りたいと願っても、「人やこの世界を信じる気持ち」が無かったらその人は永遠に救われ癒されることはないのだと思います。心の救済とは、他者が自分を信じるだけでなく、自分も他者を信じる心がなければならないのだと思います。
 「贖罪」や「救済」「再生」が如何に困難かはここにあります。自分の罪を自覚しそれを意識することで誠実に行動しよう、やり直そうとすることは出来ても、他者にそれを促すには心を開いて貰わないといけません。それが何かしらの技術や方法で絶対に出来るという話は未だ聞いたことがありません。確実な処方箋がない以上、ある意味これは賭けです。みんなを幸せに、前を向いて進ませたいなら、頑なに心を閉ざしてしまった人に向き合うくらいしか出来ない(それ自体が相手に愛情や好意を向けることになる)。それが出来る人としてラブが創造されたこと、プリキュアの主人公として位置付けられていることは、この物語の本質にその想いがあるのだと思います。届け愛のメロディ!とは伊達ではないってことですね。


 トイマジンであったクマのぬいぐるみは、新しい友達と出会い新しい日々を過ごすことになります。これによって再生の道が始まります。信じるだけじゃだめで、本当にそれを実行していくところに真の救済がある。その意味ではプリキュアはクマのぬいぐるみを助けてはいません。最終的に助けたのはクマを選んだ女の子です。プリキュアはその手助けをしただけです。プリキュアだけで全てを救うことはできない。時にはこうした偶然が必要になる。


 ちょっとイジワルなことも言うと、今後玩具達は無数に捨てられるでしょう。人の心は移ろいやすい。今情熱に燃えていてもいつそれが燃え尽きるか分からない。今私は情熱を傾けてプリキュアの感想を書いているけど、それがいつ無くなるか分かりません。もしかしたらプリキュアのことを忘れてしまうかもしれない。人も、人の心も絶対はありません。変わってしまう。しかしだからこそ良い意味で変わることもできる。人はそのときどきで身の丈にあったモノを使っていきます。ある時期にあるモノを必要として、次の時期には違うモノが必要になる。それは人でもモノでも考え方でも変わらない。優先順位が友達から恋人に、伴侶に、子どもになる。そうやって取っ替え引っ替えしながら成長していくことは人の進み方としてはごく自然で当たり前です。年齢や社会的地位で必要なものは変わります。作中冒頭のバザーがラストに繋がるのは美しい構成です。今の自分にとっては不要でも他者に必要とされ伝えられていくのは現実の一例でもあり、新しい出会いの可能性でもあります。そして、そうやって出会いや別れがあっても決して忘れてはならないのが、愛情なのでしょう。あのときあれがあったから楽しかった、今の自分がある、と感謝する気持ち。

 玩具を捨ててしまった子ども、その子どもに復讐しようとした玩具、どちらにも罪があります。それらを受け止め精一杯の愛情でみんなが前に進んでいける、やり直していけることを提示した本作にこう言いましょう、「プリキュアなら当然だよね

 どんなときにも、どんなことにも誠実に正面から取り組んで、当たり前のことを当たり前に(それが難しいことなんだけど)やってくれるのがプリキュアだと思っています。しかもそれを毎回やってしまえることも含みで。そんな作品に巡り会えたこと、今現にこうして楽しみ、愛してやまないことを幸せだと思います。おそらくこの気持ちはいずれ薄れてしまうでしょう。明日そうなるかも(早っ)。しかし、そうした経験が自分の糧になっていくことを確信しています。
[ 2013年05月22日 12:12 ] カテゴリ:フレッシュプリキュア! | TB(0) | CM(-)
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