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第24話「新たなる5人の力!」

○今週の出来事
①絶望の仮面

 のぞみのミスが原因で起こった亀裂。りん、うらら、こまち、かれんは自己の問いに埋もれバラバラに。ナイトメアに向かったのぞみの目の前には仮面をつけた4人。

 一番驚いているのはブンビーさんなんじゃないかと思えますが、それは置いておいて。のぞみの声に応えない4人。人形のように意思がありません。この仮面怖ぇなぁ。デスパライヤは無駄だと言います。のぞみはアクアの仮面をぴっぺ返そうとします。剥がれません。カワリーノが一度つけたら取れない、それは絶望の仮面だと、仲間は絶望の底に沈んだとのぞみに教えます。
 変身するのぞみ。絶望に相対する希望のプリキュア。

 ブンビーが慌ててドリームアタックはやめなさいと言います。本部が壊れてしまいます。何か所帯じみているというか、スケールが小さい敵だなぁ。カワリーノが制します。と、ドリームに取り付く4人。身動きが取れなくなるドリーム。カワリーノが仮面を持って詰め寄ってきます。仮面を顔に付けようとしますが、希望を持っているので仮面が拒絶されます。それを見たカワリーノは「お仲間はもう、いないんですよ?」と核心を突きます。その言葉を(精神的に)聞いてしまったドリームは希望が揺らぎ、仮面を受け入れてしまいます。その光景にデスパライヤは「心地よい絶望だ」と満足気です。
 5人の処遇を伺うカワリーノ。プリキュアには興味が無いデスパライヤ。カワリーノは落とし穴を開きます。ギャグみたいな装置ですが、こういうシーンで使われると何となく怖いものに見えるから不思議です。
 近寄るプリキュア達。制止の声をあげるココナッツをブンビーが捕らえます。そして自ら落ちていく5人。
 床がゆっくりと閉まっていきます。ブンビーがココナッツを脅迫しますが、それを止めるため隠れていたミルクがブンビーに取り付きます。突然の事態にココナッツを放すブンビー。ココは閉まりかけた床に向かって駆け出します。制止するナッツミルクに構わずココも底の知れない闇へと落ちていきます。


②楽園
 のぞみが意識を取り戻すと、りん、うらら、こまち、かれんがテーブルを囲んでいます。りんが気安くのぞみに声をかけます。テーブルには山盛りのご馳走。皆の表情も優しそうに微笑んでいます。胸のポケットから音が聞こえます。取り出すとそれはキーホルダー。不思議そうにそれを見るのぞみ。何故それがあるのは分からないようです。かれんに促がされのぞみはご馳走に手をつけます。

 「絶望したプリキュアは辛い現実を忘れ、穏やかな世界に浸っています。ちなみにそこから抜け出せた者は誰ひとりおりません」カワリーノが説明します。のぞみが見ているものは楽園です。自分が望み作り出した自己の中の世界。
 コレットを奪おうとナッツミルクに悪戦苦闘するブンビー。この人は前回今回とシリアスなシーンを和ませてくれる貴重な役回りです。


③自己の中にある、他者
 ご馳走に手を伸ばした拍子にキーホルダーの鈴が鳴ります。気を止めるのぞみ。しかし4人が「なーに、深刻な顔してるのよ」「どうでもいいじゃないそんなもの」「考えたって疲れるだけよ」「悩みなんて忘れて一緒に美味しいものをたべましょ」と言います。自己の世界故にこれらの言葉は全てのぞみの言葉です。のぞみにとって、友達と楽しく一緒に過ごせることが幸せなのだから。しかし、何か大切なことを忘れていると自問するのぞみ。

 キーホルダーの発する音に気付くココ。闇の中をただようドリームを見つけます。急いで近づき、人間体になってドリームを抱きとめます。仮面を付けたドリームはココの呼びかけに応えません。念じるようにのぞみの名前を言うココ。

 のぞみはハッと何故自分達が一緒なのかと疑問を口にします。学年も性格もバラバラです。共通点はありません。「そんなことどうでもいいじゃないですか」「今が楽しければそれでいいのよ」「いつも仲良く一緒に楽しく過ごすのが」「友達、でしょ
 迷うのぞみ。キーホルダーを見ます。ココの言葉を思い出すのぞみ。彼女は気付きます。「楽しいだけじゃダメなんだよ!今はどんなことも諦めずに、一生懸命に頑張れって!教えてもらった!」ココの声が聞こえてきます。のぞみもココを呼びます。
 ドリームの仮面に亀裂が入ります。ココはドリームの手にキーホルダーが握られていることに気付きます。ココはさらに意識をドリームに向けます。一瞬、ドリームの仮面にキスするのかとヒヤヒヤしました。

 気が付くと、のぞみとココが抱き合う形でお花畑に立っています。メルヘンチックです。ココは嬉しそうにのぞみを抱きしめます。のぞみはココの胸に抱かれながら、ココの声が聞こえたこと、大切なことを思い出せたことを話します。このシーンののぞみの可愛さは間違いなく最上級です。
 「私にはやりたいことがある。叶えたい夢があるんだって」キーホルダーをココに見せます。ドリームの仮面が割れ爆発。爆発!?


④他者の中にある、自己
 別に爆発しなくても良いような気はしますが、ドリームの仮面は無くなり素顔が現れます。
 驚愕するカワリーノ。

 ドリームとココは闇を漂う4人の意識の中に入っていきます。
 テーブルを囲む4人。ドリームとココ(ぬいぐるみ形態なのがミソ)は4人に呼びかけます。目を開ける4人。焦点の定まらない瞳。ここは私達の世界じゃない、一緒に帰ろうと呼びかけるドリームに俯いて応える4人。「帰れない」「怖いんです」「自信がない」「もう無理だと思う」現実に目を背けます。のぞみはそれでも呼びかけます。5人一緒なら出来る、と。
 手を繋ぎ合わせる5人。思えば初めて5人で手を繋いだ。皆に謝るのぞみ。迷惑をかけ皆に支えられている。りんは「支えてもらっているのはこっちだよ」と答えます。かれん、こまち、うららものぞみに謝り、そして5人一緒であることを望みます。
 「一緒に夢を追いかけよう!
 「yes!


⑤自己の克服
 盛大に4人の仮面が爆発します。景気いいなー。
 光が溢れ床を突き抜けます。その光が希望の光だと言うデスパライヤ。5人のプリキュが戻ってきます。
 本気を出しかけるカワリーノを止めるブンビー。本気で焦っています。平静を取り戻したカワリーノはプリキュアを別の空間へ飛ばします。

 闘技場。平静を取り戻し余裕のカワリーノ。コイツ強そうだなぁ。あんたの思い通りにはいかない!と答えるプリキュアにあなた方の思い通りにもいきませんよ、とギリンマだった怪物をけしかけます。

 怪物を取り押さえようとしますが圧倒的な力に振り落とされてしまいます。5人同時キックも歯が立ちません。
 傷つき満身創痍で立ち上がるドリームを攻撃するカワリーノ。その攻撃を間一髪でルージュが助けます。ルージュも満身創痍です。
 ルージュに、そんな目に合うのはそこのお友達のせいですよ?と揺さぶりをかけるカワリーノ。
 ルージュは「どんな目に合ったって良い。あたしはのぞみと、一緒に居たいのよ!
 カワリーノの追撃をかわし、反撃するドリームとルージュ。

 怪物の攻撃にさらされ、傷を追うレモネードに、仲間を捨てれば良かったのに夢は叶いませんよ?とカワリーノ。
 「私は絶対に仲間を見捨てないし、夢を諦めたりはしない!
 ドリームとルージュが助太刀に入ります。レモネードの夢を応援する二人。

 怪物の攻撃をミントが止めます。何気に力があります。カワリーノがまたそんな役回りですか?と問いかけます。
 すかさずアクアが入り「それがこまちの優しさよ!あたしが一番良く分かっているわ!」そう答えるかれんに一人ぼっちのあなたに何が分かる?「かれんは独りじゃない!私も皆もいるわ!独りになんか絶対にさせない!
 五人の力を合わせて怪物を押し返します。カワリーノは怪物にさらなる力を与えます。さらに凶悪化する怪物。

 傷つくドリーム達を見てにミルクは自分が何も出来ないことを自覚します。迷惑ばかりかける。謝るミルク。ああ!忘れてた!ミルクのことすっかり忘れてた。そうそう、ミルクも謝らなきゃいけないんです。
 ミルクの頭に手を置き、一緒に蝶の飾りを作ろうと話すドリーム。謝罪に対し、それを許し仲間であることを伝えるこの主人公はカッコイイ。後、髪の毛の乱れ具合が艶かしい(最低な発言)。
 怪物を目の前にして立ち上がるドリーム。5人並び諦めません。


⑥新たなる力
 ミルクが一緒に蝶の飾りを作ると叫びます。やっぱりキャリーの中にあった新商品。でっかい…なんだ?蝶型のうちわ? 新商品に対しては柔軟かついい加減なプリキュア。ナッツが「プリキュアの新しい力になるかもしれないナツ」と大変不安になることを言ってくれます。
 「とにかくやってみよう!」「yes!」その臨機応変さがポジティブで好きです。
 「夢と希望の力と共に」「五つの光を今ここに
 意外に大きいらしく、うちわ(?)の上に立つ5人。「プリキュア・ファイブ・エクスプロージョン!」と蝶の羽を広げ突っ込みます。お、ここで番組名を冠した技が。要するにこれは、アレだろ、科学忍法火の鳥と同じようなものですね。合体技はあるだろうと思ったけど、乗り物を使うとは思わなんだ。そして張り手必殺技といい、この体当たりといい、直球技です。
 ギリンマだった怪物は消滅します。乗り物にそのまま乗って帰る一同。便利だな。

 天に帰るうちわ(?←トーチらしい) 何か光が出て5人の胸に入ります。多分個々の力になると思われます。テキトーに解説するココナッツ。何はともあれ、元通り、いや、元より良くなりました。
 プリキュアを危険視するデスパライヤ。

 蝶の飾りは完成します。相変わらずミルクは小生意気な口をききます。しかし照れているミルク。5色の蝶、中心には8色の輪が収まっています。


⑦次回予告
 そんなことプリキュアであるわけが無いと知りつつ、水着!だと思った。


○トピック
 どう見ても、実際そうだけど子ども向け新商品を(特にバトルアニメで)合理的かつ納得のいくように説明するのは難しい、ということがわかる今週。こうなったらナイトメアも新商品を投入して市場競争をしたらどうだろうか。女児受けせずにプリキュア圧勝になりそう。

 以下とても長いです。要約すると、
1.自己告発はそれを認めることで克服できる。
2.それは自身に「次になにをするべきか」を自覚させ行動させる働きを持つ。
3.他者との繋がりが自己実現を可能とする。(自分の夢、やりたいことは他者の存在があって存在する)
4.この物語がどこまで昇華されるか楽しみ


①自己告発の苦痛と誘惑
 ということで、前回のおさらい。
 他人と付き合う時、少なからず妥協や我慢することがあります。そうやって自分と他人との間を取り成して生活します。その中で他人を評価したり評価されたりします。友達や仲間も出来るし自分の位置・地位も築くことになります。ですが、必ずしも自分の思い通りになることはありません。嫌な思いをすることがあります。自分が他人と上手く馴染めないことがあります。しかし、それを他人に口にすることはありません。それを言えばこれまで築いてきた関係が崩れるかもしれないからです。
 自分の中に積もる疑念や不満や不安は通常隠しておきます。見ないようにしておきます。見るとそれらがさらに募るからです。何より、それを見るのが怖いことでもあります。実は自分は誰からも必要とされていないんじゃないか? 実は自分は友達を友達として扱っていなかったのではないか? 友達よりも自分の都合を優先したいと思っているのではないか? 自分が孤独なのではないか? 自分は嫌な奴なのではないか? 自分は裏切り者なのではないか? 鏡を見たときにそこに醜悪な自分がいることを直視したくない。
 しかし、疑念・不満・不安が無い。とは言えません。事実そう思ったことがあるからです。自分が自分に問いかける告発は自分の醜さをそのまま映し出すものであり、そこから逃げられないことがさらに苦痛を与えます。この苦痛を回避する方法として、告発から逃げることで、目を背けることで、忘れることで「無かった」ことにします。最初からそんな告発など無かったことにすれば苦痛も無い。(通常日常では意識せずにそれを行う)

 それでも告発され「本当の自分(の本心)」を見てしまった場合、ある誘惑が生じます。告発は苦痛を伴いますが誘惑も伴います。それは自分の本心に従ってしまうことです。嫌な友達がいるなら切ってしまえ、我慢することは止めてしまえ、自分のしたいことをしてしまえという誘惑です。本心である以上これは自分にとって正当性があります。自分にとって一番求めていることを何故やらないのだ? 従えばいいじゃん。この誘いには一つの条件があります。それは他人を拒むことです。そもそも何故疑念や不満が生じるかと言えば他人との関係があるからです。自分の都合を優先できないのは他人がいるからです。他人に気を遣うからです。だったら他人と関係を切ってしまえば自分の都合を優先することができます。自分の中に閉じれば我慢や不満を抱くことなく自分の思うままです。
 結局、自分の本心を見たくないのも、本心に従ってしまうのも自己愛なのです。

 かれん、こまち、りん、うららが見せられ、陥ったこととはそういうことです。もし、告発を無視し何事も無かったかのように過ごせば内心の葛藤を抱き続けることになります。常に醜く恐ろしい感情を抱き続けながら他人と関わることになります。例えそれが普通のことだとしても、最早それを見てしまった自分(視聴者含む)はその関係が美しいものだとは思わないでしょう。かれんは仲間が居ても孤独を感じ、こまちは自己の自由を求め、りんはのぞみを疎み、うららはプリキュアを捨て女優を目指す。それらを内心に抱きながら続けられる関係は欺瞞に満ちたものになります。
 逆に、自分の本心に従ってしまえば、この作品の志向とは全く逆の道を歩むことになります。他人を拒み自己に閉じることは、他人との関係で生まれる可能性全てを捨てることになります。これまでこの作品が描いてきたことを全て捨て否定することになります。そして自己に閉じてしまった人間は社会からも他人から隔絶し孤独になるのです。(寂しいとかの意味ではなく、「何とも繋がらない個」という意味。この状態は多様な可能性が全く無い、とは言わないが極端に低い)
 そして、のぞみに出来ることとは?

 という課題がありました。(個人的にこの課題に対しての答えが欲しかった)
 これはとてもギリギリの綱渡りです。自己の本心に従うことは作品上ないと思いますが、逆の問題が重大です。ここでハッキリとした答えが出されないと、結局のぞみ達はなんで付き合うの?本当に友達なの?彼女たちの疑念は解決されていないんじゃない?という疑問が払拭されないからです。そしてそれが払拭されなければこの先どんなに彼女達が活躍し友情を深めようと偽りや欺瞞が残り空々しくなってしまいます。そうなってしまうとどんな答えを出しても理想論にしかなりません。「答えはわかるけど、無理でしょ」では意味がない。それを見た人にも「その答えが正しく、それを実行し実現できる」と思えるものが欲しい。それは実際に現実に働きかけ、現実を変えていける理想になるからです。


②自己告発の克服
 この課題に対する答えはやはりプリキュアらしいストレートなもので、かつプリキュア5としての明確な視座を持ったものでした。大満足。中盤ののぞみと4人の手繋ぎシーンで終わらせるのではなく、戦闘におけるカワリーノの言葉に各自が明確な意思を持ち答えるところまでやってくれて申し分なし(それが無かったら半端だった)。

 以下個別に。
・りん
 のぞみとの友達関係に嫌気がさしているのではないか?という本音。
 前回子どものりんが言っている様に、面倒をみているのに感謝されないというのも非常に痛い指摘です。感謝されたいがためにやっているわけではないでしょうが、自分の苦労に見合った評価は普通欲しいと思います。自分が面倒をみているのに評価されず、さらに自分が嫌な思いをしてしまう。
 その問題に、彼女は”それでも”のぞみと一緒にいたいと答えます。彼女がプリキュアになったのはのぞみを守るためです。のぞみと一緒にいたいからです。友達関係においても損得はあります。満足・不満はあります。彼女はそれを引き受けます。そして友達関係の基本は損得を勘定にいれないものです。あの人といたい、友達でいたい、好きという感情。時に不満を抱くことは事実でしょうが、好きという感情も正しいものであるなら、それらは同時に引き受けるものです。なお、りん(達)は自分ものぞみに支えられていたということにも気付きます。

・うらら
 自分の夢を叶えるためにはプリキュアをやめるべきではないか?という迷い。
 彼女は仲間と一緒にいること、そして同時に夢も叶えることを意思します。そもそもプリキュアになれば夢が叶えられないという決まりはありません。そう思っているのはうらら本人です。逆に言えば、プリキュアでありながら女優になることが出来る、と思えば迷うことはありません。それを決めるのもうららです。結局気持ち次第です。そしてその夢を応援するとのぞみ達は言います。これまでうららの活動を支援してきたように、プリキュアであることは仲間を持つことであり、仲間達の支援を受けながら夢を叶えることができる可能性があります。夢を叶えるためには仲間を作るという選択肢を切らなければならない理由はありません。(歌手をやれば女優になれないのでは?という選択肢と同じで、より広い視野で見た場合、決して二律背反するとは限らない)

・こまち
 自分を犠牲にして周囲に気を遣ってばかりではないか?自分が良い思いをしたくないか?
 かれんと相互関係になりますが、こまちのこの性格をかれんは承認します。ある意味りんとは逆の自己承認形態ですが、こまちが自分の役回りをそれで良いというには少々自己動機として小さいです。直接的にそれで彼女が得や感情的充足を得るものではないからです(りんのように友達でいたい、というほど直接的ではない)。しかし彼女の行動を他者が承認することで、彼女は自分を肯定することができます。彼女の行動によって他者が彼女を認め信頼するなら、こまちは自分の世界に入らなくても充実を得ることが出来ます。

・かれん
 自分は孤独なんじゃないか?
 そもそも孤独とはどういうことか。一人ぼっちとはどういうことか。それは多分、他人のことを考えずに、他人にも自分のことが考えられない状態であることを指すと思います。かれんはこまちのことを理解していると言います。つまり彼女は他者と関わっています。同時にこまちからも理解されます。相互関係が成り立っている以上、彼女は孤独ではありません。彼女が信頼し、信頼するこまち(他4名)が彼女を信頼し続ける限りかれんは本当の孤独に陥ることはありません。

・のぞみ
 彼女が見た楽園的世界は友達と一緒に楽しく暮らす世界です。
 皆が自分のせいでバラバラになってしまいます(関係に亀裂が入った)。おそらく彼女はそれを恐れたはずです。すぐにゴメンと言えなかったのも皆が不和に陥ることを恐れる余り出来なかったのだと思います。だから彼女が見た楽園とかけられた言葉は「考えるな」「楽しければいい」というものでした。
 過程の無い結果はありません。何故自分は学年も性格もバラバラだった彼女達と友達なのか。それは彼女が一から作った関係だからです。最初から無条件で友達だったわけではありません。いつも仲良く一緒に過ごすのが友達、では友達とはどうやって作るんだ?
 彼女は気付きます。友達というのがいつも楽しいばかりのものではないことに。結果だけを見るものではないことに。それは作り続けなければならないことを。そのことに彼女は気付きます。それを教えてくれた人に気付くことで。
 そして彼女は自分には叶えたい夢があることを意思します。そして他者へと働きかけていきます。

 のぞみ達5人は自分の中に閉じこもろうとしました、あるいは現実を直視したくないばかりに目を背けてしまいました。確かに不満や疑念が出てくるのは他者との関わりがあるからです。でも、自分に夢がある時、その夢が他者と繋がっていたら自分の中に閉じていたらいつまでたっても叶えることができません。不満や疑念は大きい感情で、ネガティブな感情は手足を縮こませようとします。しかし明確に自分にやりたいことがあった時、中に閉じるよりも外へ向かおうとします。
 夢を叶えたい!友達でいたい!という、より強い意思は不安を払拭します。正確に言えば完全に払拭することはできません。いつでも出てくるからです。しかしそれを強い意思を持って克服し続ければ不安や疑念に負けることはありません。

 私が前回の感想で、全員謝れ!と書いたのはそれが自分自身を振り返ることになるからです。5人とミルクは自分自身を振り返ります。振り返ると嫌なこともあります。しかし、その嫌なことの元々の本質は実は自分が一番欲しい故に出てくるものではないか。友達でいたいのに上手くいかない。夢を叶えたいのにできない。孤独でいたくない。信頼したい、されたい。それらは求めようとすれば失敗する可能性だってあります。
 自己告発に対する(個人的に唯一だと思う)答えは、それを直視し受け入れることです。開き直るんじゃありません。認めることは自分の感情・行動を背負うことです。「私は思った」「私はやった」と。失敗や自分の醜い部分も認めてしまう。だからこそ「私は次にこうする」「次にこう思う」となる。その意思・行動に意味がある。それは状況に流されたり、自分に閉じてしまうのではなく、能動的な意思・行動が現実に作用し働きかけていくからです。主体性は自己を強くします。
 そして自分の弱さを認めることは、他人の弱さを認めることもできるはずです(多分)。自分の弱さを知り、他者の弱さを知り、それを許し現状を変えていける意思と行動を起こし少しずつでもより良くして行けるならそれは素晴らしいことなんじゃないかと思う。自分だけでなく、他人とも成長していける。それって凄くカッコイイと思う(←めっちゃ主観的)

 のぞみは謝ります。りん達も謝ります。ミルクも謝ります。それを彼女達は許し合います。自分にとって、あるいは他人にとっても都合の悪いことから目を背けず、直視し、それでもなおかつ許せるなら、『次』が目指せる。


③他者との関わりの中で
 それら、自己告発からの克服として、他者が自分の中にいることに気付くというのぞみから始まる認識が広がっていくのも素晴らしい描写です。のぞみはココからの言葉に気付き自分を取り戻し、りんは自分の中にあるのぞみを見ます。うららも皆がいて応援してくれること、かれんとこまちが相互に自己の中にいること。そして他人の中に自分がいること。いやー、もう、これいいね。自己とは他者との関係において成り立っていると思っている(なんでそう思うかは分からんが、そう思っている)私としてはよりその理解を促がします。自己実現(夢を叶える、成長する)とは自分だけでやり遂げたり、自分だけのものじゃなくて、他者とも相互に成り立っていることに気付きます。そういう夢ややりたいことも他者の存在があって抱くことができるものだと思います。

 主人公であるのぞみは超人ではありません。アホで不器用であることを除いても、彼女が立ち上がれたのもココがいたからです。彼女一人で克服はできませんでした。それは彼女も普通の人間であることを意味するのですが、同時に、その普通の人間であってもこの物語のように人の心を開き、繋ぎ、夢を目指していけることを意味します。人の言葉に気付き人に手を差し伸べ許すことのできる人間。人でありながら人を救うことが出来る人。ある意味救世主としての性質がのぞみにはあります。


 プリキュア5は「夢」と「現実」の対比があります。それはナイトメアのような(一部戯画化された)現実だけではなく、自分自身の現実という一番痛いところまで取り入れたのは意欲的です。結論として自己告発の克服をやるのはよくあるんですが、中盤でそれをやっちゃうのが凄い。つまり、その先、自己告発の克服を踏まえた「夢」の提示の仕方が問われます。これは今回の課題よりも困難な課題です。そもそもそれを見る私も初めての経験だし。それをやってくれるのがプリキュアなので、大いに期待したいところです。


 人は繋がっている!皆で協力すれば何でも出来る!という言葉など私は欲しくありません。私が欲しくて求めているのはそこに込められている意思と確信です。それをどのようにして実現し見せられるかを作品に求めています。プリキュアはその意味で個人的に質が高いです。どんどん物語そのものとは関係ないことが想起されてくるんですが、そういう作品に出会えることが嬉しいので。この調子でガンガン突き進んでいただきたい。
[ 2013年05月22日 09:45 ] カテゴリ:Yes!プリキュア5 | TB(0) | CM(-)
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