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コラム1「序盤の展開と成長」

そろそろプリキュアも中盤にさしかかってきたので、ちょっとまとめてみたい(かなり長いです)。

○基本的な考え方
 私はプリキュアを友情モノとして認識・評価しています。劇中の伏線や展開(戦闘シーン含む)もそのためのものと考えています。早い話、「なぎさとほのかの友情、人間としての成長」という観点が最重要項目で他はほとんど気にしていません。それを前提として考察しています.
そのため、この文章をお読みの方で違う考え方をなさっている方にとっては「?」と思われる個所があると思いますが、ご容赦ください。

○大雑把な流れ
 展開としては、なぎさとほのかの出会いと友情の芽生え。友人らのサイドストーリーと合わせた日常。パターン化されたドツクゾーンとの戦い。
 基本的には順当でありがちな展開です。1話1話の密度は普通か濃い目で、必ず起承転結を持ってきているので飽きない反面、ストーリーもしくはアクション部分にしわ寄せがきている回も散見されます。ペース的には異様に早いです。前半(26話程度)でプリズムストーンを揃える勢いです。

○アクションシーン
 戦闘描写の良し悪しは別として、基本的設定は非常にテーマに即しています。
 変身において2人(とメップル、ミップル)がいないと出来ないのは、友情モノを拡大解釈して相互扶助と信頼であると考えれば当然のことで、変身は力を合わせてより大きな力を引き出すということの比喩です。無論、ケンカ等でお互いが不仲になれば力を合わせるなどということは出来ないのだから、変身して強くなるということも不可能です。
 必殺技や防御壁も同様の理由からであり仮に片方だけがやたら強かったり、片方だけでも十分に強かったりしたら2人で戦う意味が薄れます。確かに、単身で変身できれば展開の幅が広がると思いますが、変身に制限があった方がそれを逆手にとったシチュエーション(バラバラな心を1つにする等)もあるので個人的にはテーマ性も満たしている現状が良いと感じます。

 戦闘そのものについては、不満を感じるとすれば尺の長さや動きの問題ではなく、緊迫感が足りていない点です。マーブルスクリューで倒すこと自体はワンパターンですが、それは他作品でも似たり寄ったりです。
 プリズムストーンを奪うことが至上命令であるはずのドツクゾーン幹部にやる気が見られないことに緊迫感が欠ける要因があるように思えます。
 ザケンナーと共に戦うか合体したゲキドラーゴはまだしも、他の幹部(ピーサード、ポイズニー)はほとんど直接手を下していません。後者の2人は策謀家に近いタイプで、最初は小手調べとしてザケンナーだけで戦わせるという戦法をとっています。それ自体も悪くないのですが、マーブルスクリューが最大の脅威であるにもかかわらず、何の対策も講じないのはやはり間抜けとしか言いようがありません。
 ザケンナーの特性や罠を張ることによってスクリューを封じ、尚且つその窮地を脱して敵を倒す、という流れならばカタルシスや緊張感は持てます。その辺でもう一工夫欲しいところです。逆に、幹部失脚のテンポが早いのはマンネリ化防止と定期的な見せ場(幹部対決)を演出するためとも取れます。

○メップルとミップル
 なぎさとほのかの関係が未熟な時期においては2人の接点として機能しました。今後はそれぞれのパートナーとの触れ合いがメインになると思われます。
 未だ登場していないカードやプリズムストーンと光の園の話もあり、なぎさ達にお世話になりつつもアドバイザーとして果たす等、役割としては大きい立場です。

○なぎさとほのか
 なぎさとほのかの関係を見ると、個人的に最初ほのかをある程度完成された人間としてなぎさと対比させ、なぎさの成長(この場合は、心理的変化を指す)を見せるのかと思っていましたが、逆でした。なぎさとの対比でほのかが成長しています。また、なぎさもプリキュアとしての日々やメップルとの触れ合いによっての成長しています。

 なぎさとほのかの共通点は少ないですが、根本的な部分は一緒です。2人とも良い人です。当たり前のことですがこれは重要です。基本的に2人は他者を思いやることを知っています。ただし、その手法が異なります。なぎさは直感(行動)的で、ほのかは理性(精神)的に捉えている事です。起点は同じでもベクトルの方向が正反対の関係と言えます。
 この2人が見知らぬ他人から友達へと発展できたのはプリキュアという共通点以上に、お互いの人間として持っている本質が同質だったからではないかと思います(なぎさの「プリキュアってだけで~」のセリフを2人が自らの意志で打ち破った8話は秀逸である)。

○成長性
 なぎさは、元々活発で友達思いの情に溢れたキャラであるため、友情という人間関係のテーマに関してはある意味完成に近い状態です。友達の多さや家族との繋がりは見てのとおりです。
一方ほのかは、自分がどういう意思を持っているかや理性的なことについては秀でている反面、人間味つまり対人関係で見せる情については薄い印象です(友達が序盤に出ないのも意図して演出している節がある)。ただし、全く情が無いわけではなく、他者との対話や相互理解を重視していることは彼女の人間性が優れている証拠です(情よりも論理性を優先させているということ)。そのことはピーサードとの対決やなぎさとのケンカで表れています。

 そもそも、「友情って何?」という疑問も生じますが、個人的な定義としては「自分の意思を持ち、そして相手の意思も認めること」であるかと思っています。相互理解と言えばそうですが、仮に相手の欠点や決定的に理解できない部分があったとしても、それでも尚、相手を一己の人間として尊重・認めることと解釈してください。そのためには相手をよく知ると同時に自分を知ってもらうことや自分の意思を持つことが必要です。時に意見の衝突や食い違いが生じるのは折込み済みです。

 今言った定義から言えば、ほのかの方が一見完成されているように見えますが、そうではありません。人間は理性や論理のみに生きているわけではなく、感情でも動く生き物です。だから、情というものは不可欠な要素であり、他者の痛みを知ることや他者の喜びを自らも感じることは友情に問わず必須です。

○なぎさ
 前述のとおり、なぎさは友達付き合いが上手いため必要な経験値は既に持っています。
 なぎさのおっちょこちょいな行動や、弟曰く「動き続けていないとダメな種類かな」はストーリーを進める上でも原動力となるので一概に欠点とは呼べません。理性にしても、割となぎさは常識人なのでこれ以上に必要と思えるかは微妙なところです。
 ではどの辺が課題なのか考えると、(結局理性の部分なのですが)意識として相手を思うということなのではないかと思います。
 ほのかは自分で口にするほど相手との相互理解を意識しています。それは精神的に成熟している表れですが、なぎさはその面で未熟です。好奇心が強く、順応性が高いほのかは思考が悪い方向へ行かなければ、自己を高める方向へと自然と向きます。なぎさの言動(弟とのケンカ等)で時折見せる彼女の笑みはなぎさを意識するとともにキチンとなぎさを見ていることの表れです。
 なぎさは確かに本能的と言ってよいほどに相手を思いやることを知っていますし、自分の否を認めることもできますが、感情を優先するため、意識的に相手を見るということに不慣れではないかと思います。その場の雰囲気ですぐ動いてしまうのは反応の早さのかわりに大切なものを見落としてしまう危険性をはらんでいます(特にメップルの病気の話)。
 つまり、感情に流されず意識して相手を見やる心を持つということが成長として考えられます。それらは、毎回冒頭の回想シーンやメップルとの交流でも示唆されていると思います。

○ほのか
 ほのかは理性的であると同時に自己中心的です。自分の考えや興味を第一優先にする節があります。例えば、初めてメップルとミップルに会ったときやプリキュアになるとき、彼女はほとんど躊躇しませんでした。「面白そうだし」と危険性を訴えるなぎさを退け好奇心を優先させています。ナンパーマンやピーサード、強盗も同様自分の考えを優先させています。それは彼女の意思の強さを物語るものですが、裏返せば相手の立場や客観的な状況を疎かにしているとも言えます。
 現実問題として、実際なぎさは弟を、ほのかは祖母を危険に晒させています(友達も多数含む)。
 ほのかは祖母に危機が及んだことで初めて、プリキュアとして戦うことの意味を感じ自分の置かれた立場を認識しました。プリキュアということが他者に知れた場合、どうなるかは実際のところほのかでも予見できないでしょう。逆にそのことが不安を増長させます。ほのかが「ずっと、このままよね」という言葉を発したのは現状の自分が置かれている環境・関係が崩れてしまうのではないかと言う不安の表れであると思います。極端に言えば祖母(他者)が傷つき、また祖母(他者)から拒絶されるかもしれないという不安です。
 自らの好奇心や興味から発する環境の変化には心の準備が出来ていても、自分の知らないところで進行する(悪い方向への)変化は誰しも受け入れがたいものです。
 しかし、それはほのかにとって悪い心理変化ではありません。自分と他者との関係を再認識するキッカケになります。他者が傷つくことで感じる怒りや悲しみ、自らが受けるかもしれない拒絶の感情。これらは理屈ではない情という人間として持っている当然の感情です。
 なぎさとの触れ合いによって、人とのコミュニケートを肌で感じたほのか。命を大切にし守ろうとするなぎさをとおして彼女は人の心と温かみを知ります。
 以前のほのかを知るわけではありませんが、科学研究発表会においてユリコに華を持たせたことや、夏子と京子に対して危機感を優先させたのは、あるいはその経験があったからかもしれません。(こういう風に書くとほのかが冷血漢のように見えてしまうのですが、あくまでも最初と現在の比較として見てください)
 ほのかの成長としてはこのような相手を肌で感じ、思いやるということが一つのテーマだと思います。

○最後に
 2人の友情と成長が如何にしてなされるか。こちらが思いもよらない良い意味で裏切るような展開を期待しつつ、見ていきたい。これでもか!というほどの熱い展開を心待ちにしております。
[ 2013年05月21日 07:55 ] カテゴリ:ふたりはプリキュア | TB(0) | CM(-)
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