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第48話「最終決戦!奪われた緑の郷!」

○今週の出来事
①熱戦・烈戦・超激戦
 正体を現したゴーヤーン。戦いの舞台は緑の郷に移り最終決戦の始まりです。

 全ての泉を司る太陽の泉。太陽の泉ってそんなに重要な物だったんだ。まあ、太陽の恩恵は全ての根源になるわけだから当然と言えば当然なのか。しかし、面倒くさくなったというゴーヤーン。全てを滅ぼすと言います。子どもの遊び感覚で好き勝手やられるのは迷惑です。
 毅然と向かう満と薫。緑の郷の美しさを悟ることが出来た彼女達にとってはある意味、咲や舞よりも意識的に大きいものがあります。プリキュアも言葉を継ぎます。バカの一つ覚えのような台詞。もうそんなのは飽きたと言わんばかりに苛立ちを現すゴーヤーン。咆哮。

 開戦。異変に気付くコロネ。王女が状況を説明します。海岸に向かって駆けるコロネ。

 4対1。いいね、やっぱいいね対人格闘戦。大きい敵はどうしても大味な戦闘になってしまうので小回りの利く対人規模の戦闘は迫力が増します。連携攻撃で対抗するも圧倒的な力をみせるゴーヤーン。OPでお馴染みの気合→低空滑走のブライト版があったりと派手です。
 空高く跳ぶゴーヤーンに追いすがるプリキュア。何ていうか番組が違うものになっています。弾かれても空中を蹴って舞い戻るプリキュア。空飛べないけど跳べる。しかし、街に叩きつけられてしまいます。お、意外と大きい街ですね(冷静に観察するなよ)。
 満足のいく結果に笑うゴーヤーンの顔をすかさず蹴り上げる満。油断大敵。容赦無し。満薫の攻撃に迎撃成功。海に堕ちるふたり。雄たけびをあげるゴーヤーン。女児向け番組であることを忘れています。

 立ち上がるプリキュア。戦意は衰えていません。地面が大きくえぐれています。多分死傷者数も多いと思いますが、その辺は忘れた方がいいでしょう。というか人いないかもしれない。大地を強く踏み、気合。それに応えるように光が弾けます。瞬時に跳ぶプリキュア。2話を思い出します。あの頃はわけも分からず自分の力に振り回されていましたが今は完全に制御できます。同時に海から飛来する影。満と薫。衝突。爆発。
 体勢を崩したゴーヤーンを捕縛する満薫。ウィンディが風で押し、トドメでブライトが渾身の、というかもう制限とか無しに特大の光の弾を放ちます。ハイメガキャノンとか元気玉とかのノリです。多分この娘達ならMSや宇宙超人相手でも勝てるような気がします。大爆発。プリキュアが緑の郷を壊しかねない勢いです。


②太陽の泉
 息を切らせるプリキュアと満薫。しかしゴーヤーンは健在。反撃で続けざまに直撃を受け立ち上がれません。太陽の泉の在り処をそれでも言おうとしないプリキュアに、痺れを切らせてトドメの一撃を構えるゴーヤーン。間一髪キャラフェが光りコロネボールが直撃します。奇襲が得意なコロネ。王女がコロネの背中から出てきます。
 王女もろとも消そうとするゴーヤーンに王女はキャラフェの力を使って対抗します。そんな力あったんだ。相殺。キャラフェは海に落ちて、突然海が輝きだします。

 最後まで残っていた太陽の泉。王女しか知らなかった泉の在り処。いや、その実態。生命の源である海こそが太陽の泉だと語る王女。ゴーヤーンは禍々しい暗黒の力を出します。ゆっくりと泉へ堕ちる力。突風が吹き荒れます。この期に及んでウィンディのスカートが捲り上がらないのは何か作為的なものを感じます。いや、捲れたら捲れたで作為的かもしれませんが(この期に及んでそんなことを考えるな)。緑の郷の精霊達が吸い込まれていきます。太陽の泉が枯れたら世界樹も枯れて緑の郷も泉の郷も二度と元に戻せなくなると叫ぶフラップとチョッピ。えー、それそんなに重要だったんだ。っていうか7つの泉関係無しに最初から太陽の泉の在る無しで決まってしまうじゃん。流石は王女も秘匿し続けた最後の泉。何か今作ったような設定とかそういうことは言ってはいけません。クイズ番組だって最後の問題に正解したら10万点です。最後が肝心なのです。

 フラッピ達の叫びに即応するプリキュア。この行動力。如何なる時でも、如何なる状況でも己の出来ることを迷い無く決定し実行し得る意志力。スパイラル・スター・スプラッシュを放ち泉の枯渇を止めようとします。それを止めるゴーヤーン。力が増すスプラッシュ。さしものゴーヤーンも押されます。もう少し、のところで精霊の力が枯渇するプリキュア。連戦続きの中必殺技を何発も撃ってるし緑の郷の精霊が吸われているからでしょうか。変身も解けます。

 勝ち誇るゴーヤーン。気を失った咲と舞を抱きかかえ成す術の無い満と薫。世界は枯れます。


③生命が宿る世界
 意識を取り戻した咲と舞が見たものは、鳥の飛んでいない空、花の咲いていない大地。滅びた世界。ひょうたん岩も形が崩れます。
 滅びた世界に残る邪魔な4人を消し去ろうとするゴーヤーンの攻撃を防御する満薫。アクダイカーンの命の炎を分け与えて作られた満と薫。命の炎が無い今、力を使いきってしまえば満と薫の命も尽きるとゴーヤーンは言います。その言葉を聞いても全く躊躇わないふたり。力を増す攻撃に満と薫は全ての力を使って守ります。

 満身創痍。枯れた大空の樹。変身する力を失った咲と舞。ほとんどの力を使いきった満と薫。緑の郷を託すように息を引きと…るわけじゃないんだと気を失う満薫(一度ここで死んだと捉える方がいいのかな)。
 無力に打ちひしがれる咲と舞。涙が大地に滴ります。何かに気付くフラッピ。"土"が残っていると言います。チョッピは"空"があると言います。花を咲かせることができる土がある。鳥が飛べる空がある。雲の向こうには月がある。きっと風も吹くだろう。瞳を開ける満と薫。

 「全てのモノに生命は宿る」父の言葉。お父さん、お母さん、みのり、お兄ちゃん、安藤、仁美、優子、健太、宮迫、皆に会いたい。今ある滅びた世界には生命は無い。花や鳥は無い。家族や友達も居ない。でも、その命が宿ることができる世界はまだ在る。全てのモノ、この世界そのものに生命は宿る。
 「この星に残っている全ての精霊達よ」「全てのモノに宿る精霊達よ」「お願い!私達に力を貸して!
 輝く大空の樹。モノに生命は宿り精霊が生ずるなら、生命あるものに力があるのなら、この世界がある限り力はある。
 その声に応え、大地、大空、月、風から精霊の輝きが放たれます。「月の力」「風の力」「大地の力」「大空の力」フラッピ、チョッピお前らカッコよすぎ。眩い光が彼女達を包み込みます。

 大地のブルーム、大空のイーグレット、月の満、風の薫
 花が咲き、鳥は舞う、風が薫る、月は満ちる。自分達の生きる世界。その世界に生まれたる4つの生命。


④次回予告
 堂々の最終回。4人並んでいるすぐあとにプリキュア5の予告が入ると、もうプリキュアは戦隊なのではないかと思ってもしまいます。
 総作画監督の稲上氏ですかね。ある意味最強の人が担当。


○トピック
 最初見たときは戦闘凄いなー、ラストの復活劇も面白いなー程度だったんだけど、感想書くためにもう一回見ていたら、ラストの流れは目頭が熱かった。私の感想は結構茶化して書く部分もあるのですが、感想書くために見るときは初見より真面目に見るので感情的に大きく影響を受けます。

 最終回前だというのにほぼ昇華しきっているんじゃないかと言う流れ。これは素直に最終回で決着がついて、後日談を多く取るのでしょうか。それともまだ何か本当の最後にさらに昇華させるか、楽しみですね。


 「太陽の泉が枯れたら~」って場面で有無を言わさずふたり同時に立ち向かうあたりプリキュアの面目躍如ですね。何は無くともやってみる!全力で真っ向勝負する!ってのがプリキュアの、この作品シリーズの面白さだと思いますし。
 で、そのまま緑の郷が枯れてしまうという本当にもうどうしようも無い状況に。この状況ってシリーズ的にも最悪な状態。先回りして書きますが、この後の展開を考えればある意味当然なのでしょう。『世界を守るには太陽の泉を守る』という意識が咲舞にはあります。でも、これは直接的な世界を守るではないんですよね。太陽の泉そのものは彼女達に直接的に関わっているものではないです。母なる海とは言いますが『太陽の泉』という抽象概念とさほど変わりありません。

 じゃあ、どうするの?何もかも失って満身創痍で何が残されているの?
 咲舞が気付いたのは、まだ自分達が生きられる世界が残っていること。フラッピ達が断片的なキッカケを与える(土がある、空がある)。父の言葉を思い出す。それを受けて彼女達は生命を宿すことができる世界がまだ残っていることに気付きます。その世界の中には家族や友達もいる。確かに目の前にいた彼らは消えてしまいましたが、まだこの世界が残っている限りやってみる意味はあります。何故なら、満薫がそうであったように、『会いたい』と彼女達が意志する限り可能性は存在し、また発現されるからです。それがプリキュアだからです(無論、咲舞にとっては叶う保証はされていない。あくまで意志し行動することしかできない)。満薫が一度消え、再び蘇ったのはこれの前振りと言っていいかもしれません。前例を作った。だから世界が枯れて皆が居なくなっても、この世界がある限り彼女達は意志することができます。

 フラッピ達が咲舞に与え、咲舞は何かに気付き立ち上がる。その希望が周囲に伝播し返って来る。その時、単一でしかなかった存在は全体の総和でも在りえます。分かりやすくいえば「一人は皆のために、皆は一人のために」でしょうか。劇中でそういう言葉が出てこないのも特徴的ではあります。作品的にストレートな物言いをするのですが、本当に大事なことは、言うよりやってしまう作品ですね。私がこの作品を説教臭いとは感じないのは、本当にやってしまうからです。「団結すると強い」と言うのではなしに、団結したら大きな力が出ることをやっているからです。35~37話なんかは綺麗に繋がっていますね。

 生命が宿るにはその居場所である世界が必要であり、生命を宿せる世界があれば生命を宿すことが出来る。生命が在れば、あるいは世界が在れば両方とも在る事が出来ます。生命はその世界を現し、世界は生命を現します。咲舞満薫がこの世界の様相である花鳥風月を体現するのはこの世界に生まれた生命として当然のことでしょう。ここにおいて、咲舞満薫は世界と一体となります(循環的な、輪としての繋がりがあって、それを体現する)。このままゴーヤーンに勝って良い勢いです。


 話し飛びますが、個人的に38話って好きなのです。咲がアイドルになるかどうかって話。咲は全くアイドルになる気がなかったんですよね。彼女は自分の居場所というのが、自分と繋がっている人や出来事や環境の総和を居場所だと思っているからです。自分の居る環境を自分の居場所だと思えることって凄く素敵なことだと思うのです。綺麗な自己肯定なのです。自分の居場所ってのは誰かに指定してもらうとか、自分が決めるのではなく、自分も他者も環境も一体となって積み重なっていくものだと思う。今の自分は過去の自分があるからです。周りがあるから自分があります。決して人は自己のみで成り立っているわけではないのです。周りに気付いていき、自分との関わりや環境に自ら発信し、その総和が何を可能とするのかを現していくS☆Sはその意味で大変面白いことをやっていると思う。当たり前のことなんだけど、無印やMHがそうだったように当たり前のことを、恥ずかしがらずに前を向いてやることがとても素敵なことだと思う。

 あ、やべ、自分の中でほとんどS☆S固めてしまった。うっ、これ最終回見て感想書けるかな。いや、書くだろうな。書かせるだろうな。プリキュアは。
 次週最終回。刮目して見よ。
[ 2013年05月22日 09:26 ] カテゴリ:Splash☆Star | TB(0) | CM(-)
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