成瀬は天下を取りにいく(宮島未奈)
○成瀬は天下を取りにいく 宮島未奈 新潮社
君、言うほど天下取ってないよね。
この小説を最も端的に、そして的確に表しているのは帯にある「可能性に賭けなくていい。可能性を楽しむだけで人生はこんなにも豊かになるのか」だろう。
成瀬という人物を一言で表せばエキセントリック。何か思いつけば躊躇いなく実行する。けん玉を始めたり、西武デパートが閉店すると知って1ヶ月間テレビに映ろうとしたり、Mー1グランプリに出場すると言い出したり。脈絡が無いどころか変人にしか見えない。しかし彼女はそれで良いと思っている。たくさんの種を蒔いて一つでも芽が出ればめっけもの。親友の島崎曰く「ほら吹きとどう違うのか」。
この小説はそんな彼女に巻き込まれた人々の戸惑いと、ささやかな笑顔を描く。ノリ的には映画『三十四丁目の奇蹟』に近い。
話が飛ぶが、最近26歳の市長が誕生したと話題になりました。文脈は忘れてしまいましたがその人が「若者は成功体験が少ない」というようなことを言っていたのを覚えています。それを聞いて思うのは「じゃあ失敗体験は多いのか?」。ぶっちゃけ成功失敗以前に何かをしたという体験そのものが無いんじゃないの?って思うのです。
これは何も若者を指して言っているわけではなく、私も振り返ってみれば何かにチャレンジしたと胸を張って言えることはほぼ無いし、おそらくみんなそうでしょう。大体みんな同じようなことを同じようなレベルでやっているだけ。
では、人と違うことをやっている成瀬は凄いかと言うと別に凄くはない。
彼女は優秀で何をやらせても高レベル。地元の新聞に何度も紹介されるほど。自己紹介でけん玉を披露すれば拍手喝采。しかしその程度でしかない。閉店するデパートを救うわけでもなく、Mー1も毎回1回戦落ちでそれも4年でやめてしまう。突然始めたかと思えば突然やめる。地元にデパートを建てる夢はあってもそのプロセスは白紙。器用貧乏な秀才。それが成瀬という少女。彼女がやっていることは誰でもチャレンジできる。
この意味で彼女は可能性に”賭け”ていない。一つのことに生涯を費やすことはおそらくない。その代わり「Mー1グランプリに出場した」とは言える。彼女の人生はそんな「やらねーよ」「やったことねーよ」な体験で満たされている。
ぶっちゃけ、世の大半の人は何者にもなれない。けど楽しい人生は作れる。そのために自分から何かを始め……なくてもいい。ここに本作の妙味がある。
自分が始めなくても友人がやり始めてそれに付き合った経験は誰しもあるでしょう。そしていつの間にか先に始めた友人よりもハマっていたことも一度や二度ではないでしょう。この物語はそんな繋がりで出来ている。友達がやり始めた。たまたま気が向いて話に乗った。そこから生まれる何かもある。
何者かにならなくても、なれなくても、楽しい人生は作れる。そのキッカケはすぐ隣にある。
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