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映画 チクタク危機一髪!

 常に前へ進まんとする、友達を信じ可能性を信じるプリキュアの姿に感動した。


①感想その1
 ストーリーの骨子としてはMH「雪空のともだち」と同じケンカして仲直り。最初2年連続かよ!?と思いましたが、なぎさ・ほのかと咲・舞が別人であり絆の結びつき方も違うので大分内容は違います。
 結論から言ってしまえば、「"ふたりは"プリキュア」の最後の映画にして締めくくるに相応しい内容。テレビ本編も終盤となる時期ですが、去年同様見事なタイミングと内容。以下本編感想。


②本編感想
 公園で待つ舞。寝坊する咲。冬服が可愛い。デート(断言)に遅れて全速力の咲。舞はふと目に入った公園の前にある時計店に。大きな古い手巻き式の時計。
 ようやく合流するもちょっと険悪ムード。咲は悪気が無くてもストレートに言うきらいがあるので、言葉にひっかかりを感じてしまうと気になりだします。舞を無理やり引っ張って行ってしまうのも普段なら嬉恥ずかしいイチャツキモードですが、今回は悪い方向に。
 途中で怪しい人に時計の在りかを教える咲と舞。それにしてもこの近道はちょっとした冒険感があって懐かしく感じます。

 ご町内カラオケ大会。遅刻してしまい参加を締め切られてしまいますが係員の好意により参加。私だったら二つ返事で許可します。あと間違いなく優勝確定で。何、下心なんてありませんよ。ただ、ちょっとその大きな荷物の中身を洗わずに頂ければいいです(変態)。
 ここでも意見の相違。結果オーライで楽観的な咲と気を使う慎重派の舞。テレビ本編ではほとんどケンカや意見の対立はしない彼女達ですが、それぞれに考え方や性格はもちろん違うので、相手の言葉に棘を感じ出すとお互いに止まらなくなります。健太のしょうもないギャグではふたりのギクシャクをほぐすには至らず。というか、健太じゃ無理でしょうけど。
 大きな荷物の中身はきぐるみ衣装。うおおおーー可愛いーー!これはもう、この映画の特筆すべき筆頭項目です。冬服も可愛いがこのきぐるみはさらに可愛い。これ、舞はカラオケ大会出場承諾も含めて恥ずかしがったに違いない。それを強引に誘う咲。そのうちその気になって咲と一緒に練習&衣装製作(漫画版でその回想ありますね)。やっべ、悶絶。これだけで映画代払える。惜しい。プリキュア単品ならそのシーンも在り得たかもしれない。スタッフはDVDでそれ収録するのが義務。
 曲目はガンバランス。おお!そーいや、他の出場者はヴォーカルアルバムにあった咲の歌を歌っていましたね。ちょっとニヤリとしてしまう部分です。緊張したふたりは「時間よ、止まれー!」

 本当に時間が停止し咲達以外は行動停止。ここでも咲は楽観的。これは物怖じしないとも言えるけど不謹慎で危機感が無いとも言える。でも、確かに皆動きが止まっているから何でもやりたい放題です。とりあえず人目気にせずイチャつくのはどうだろうか。
 アワーズとミニッツが飛ばされてきます。時計店に。一緒に時計の郷へ。

 さっきの怪しい人。ダークフォールのサーロイン。ダークフォールの幹部と言えば頭の弱そうな人達ばかりでしたが知性も備えているようです。時間を停止して世界を支配するのが目的。滅びの世界とは生・自然活動が停止した状態(変化の無い世界)を指していると思われるので時間停止もその意味で同種のものです。ここでも相手の話を聞いてしまう咲とそれに顔をしかめる舞。鼻につきだすと普段は了解されていることでも通らなくなります。

 変身。花と羽のエフェクトが強調されていますね。戦闘はスピーディ。というかこちらが付いていけない。高速戦闘はカッコイイです。しかしプリキュアではあってはならない同士討ちが発生。サーロインに負けたというより自分達の力を引き出せなかったプリキュア。迷宮へと吸い込まれます。

 迷路の脱出テクニックである右を伝っていく手法をとるイーグレット。でもそれが通じない迷路もあります。さらにこの迷宮は三次元的・異空間的であるので確実性は無いと思われます。イーグレットの手法に異を唱えるブルーム。こういうまどろっこしくて手間のかかるのは向いてなさそうです。さらにはぐれたムプフプを優先するかしないかでも口論。決裂。ついに分かれてしまうふたり。
 ウザイナーの強襲。イーグレットを助けるため全力疾走するブルーム。しかしケンカによって精霊の力が減じているため返り討ちに。イーグレットは扉の陰に隠れて退避していました。この辺の息の合わなさも辛いところ。扉が消失し完全に分かれ離れに。

 変身が解除。プリキュアの変身解除はほとんど無いので珍しいです。もはや変身を維持していられるほどの精霊(絆)の力も無い。動きを止め、座り込んでしまう咲と舞。
 不安、悲しさ、自己嫌悪でふたりの繋がりの始まりである5年前の出会いのイメージすら揺らぐ。フラッピ・チョッピが励ますも効果は薄い。ふたりの時間は止まる。人の場合、時間が静止することを別に言い直せば心が静止することである。変化することをやめ停止し動かなくなれば、外界からの入力にも鈍感になり人は廃人あるいは自動機械になる(演出として咲舞の周囲が白くぼやけているのは上手い)。
 咲と舞はお互いに嫌われてしまったのではないか、傷つけてしまったのではないかと考え込む。これはイデオロギーの相違ではない。お互いに嫌っているのではなく、想うからこその停滞と悩み。ケンカはしてもお互いの想いは変わっていない。舞が絵を描くことだけではなく、人と繋がることで様々な可能性に気付いたと独白するシーンが強く印象に残ります。
 アワーズとミニッツが当たり前の、そしてこの時ふたりに今一度必要な言葉を語る。大事な友達を助けること、自分が相手を好きだと思うこと。好きでいてもらえるから好きなのではなく、好きだから相手に歩み寄り、お互いにそう想っているからその繋がりが強くなる。それは絆。相手に嫌われているなどと憂う必要など無い。自分の大切な人を助けるのに躊躇うことなどない。自分にできることは、好きな相手を信じること。静止した心の時間は再び動き出す。手巻きの時計と同じように人の心も自らが巻く。

 意志がある限り可能性もまたあり続ける。想いは伝わる。再会するふたり。自分の身を案じることも無く空中ダイブ。どう見ても友達ではなく恋人同士だと思います。そこにウザイナー。はぐれていたムフフプ達とも合流。ウザイナーのカツラが落ちる。皆カツラ言い過ぎ。カツラの人は落ち込まないで下さい。ウザイナーの頭に扉が。
 咲一人では扉は開かない。舞が加わります。一人で出来ないことも、ふたりいれば出来る。今一度ふたりの未来の扉が開かれる。

 脱出成功。でもサーロインの攻撃に晒されピンチ。ここから熱い展開。背中を合わせ手を繋ぎながら段階的に変身していくふたり。お互いの欠点や傷つけあってしまうことも認めそれでもなお、お互いを想うことを信じるふたり。もはや呪文や予備動作すら要らない。繋がった心、絆がそれ自体力になるプリキュア。今までありそうでなかった変身。ムープとフープの力も加わりブライト&ウィンディ(リング装着)見参。
 さらに戦闘は激化&高速化。すげぇぇ。ブライトの目くらまし→ウィンディキックが地味に凄い。女児向けアニメじゃねー。
 本性を表すサーロイン。必殺技で応戦するプリキュア。待ってました!台詞忘れたけど、ここのふたりの主張が熱いです。時を止まれ!如何にもお前は美しい!(ファウスト ゲーテ)  ファウストが賭けたのは自分の心。常に未来を志向し突き進まんとする迷いの無い意志。だからこそ時間に対する静止の叫びはありえない。自分達が悩み、経験し見つけた答えに対する確信への強い意志がプリキュアのカッコ良さ。人間は完璧じゃないからこそ助け合い、手を取り合い、理解し合う。一人ではできないこともふたりなら出来る。ふたりだから力を合わせられる。だからプリキュアはふたりなのだ。ふたりから始まり伝播する意志、気持ち。時計の郷、精霊達の力も加わり干支が攻撃に加わります。訳が分からないが凄いことに。というかサーロインて牛じゃないのか?大丈夫か干支の丑。同士討ちにならない? サーロインもふたりをパーフェクトなコンビだと認めざるを得ません。


 戦い終わって再びカラオケ大会。今度は迷うことも緊張することもありません。手を繋いでガンバランスdeダンス!


③感想その2
 プリキュアという作品は「ふたりは」というタイトルのとおりふたりの女の子がお互いに力を合わせて困難に打ち勝っていく物語です。見ている人には当然のように分かりますが、力を合わせられるのはふたりいるからであり、絆がプリキュアの力になります。プリキュアはひとりでは決してプリキュア足りえないのです。でも実はその部分、「プリキュアがふたりいるのは何のため?」という一番ありそうでなかったメッセージがストレートに出されたのがこの映画の特筆すべき点です。

 咲と舞は言ってみれば普通の友達です。特別な絆は持っていません。仲が良くたまたま大きなケンカをすることもなく続いた関係です。それゆえに一度大きく絡まってしまった絆の糸は解くのに厄介です。普段ならお互いに良い点だと思えたことが不快になり、相手を傷つけてしまったと悩むのは今回が初めてです。
 では、その時どうするか。友達なのですから仲直りすればいいのです。ケンカしようと最初の出会いや今までのふたりの経験が否定されるわけではありません。今自分が相手を想っているのは過去に様々な想い出があるからです。大切な友達だと思っているなら、その相手が困っていたら助けるのは当然のことです。これは咲と舞が普段から持っている純粋な行動原理です。悩むあまり見失いそうになりますが今一度自分の心の原点を思い出します。
 (なぎさほのかはお互いに理解したいという気持ちからその関係が出発しています。無印8話。咲と舞はまず友達であることから出発して積み上げられた絆が再構築されています)

 相手の良いところだけを認めるのはそれでも友達だと言えるのかもしれません。でもそれは表面的な付き合いなのではないか。他者が自分とは違う以上どうやっても意見や考え方の違いは発生する。その違い故に争いや一人の時よりも結果が悪くなることもある。しかし、相手の嫌なところも時には傷つけ合ってしまうかもしれないことも了解しそれでもなお相手を想うことを貫き可能性を信じ続ける咲と舞がカッコよすぎます。眩しい。これこそがプリキュアの最高に良いところです。この真っ直ぐさ。自分に向き合い、相手に正直に自分の想いを伝える。単に理想ばかりを見るのではなく、辛いことやままならないことも知りつつもそれでも前を見て信じる意志。普通の友達だった咲と舞がその関係から真っ直ぐに一段引き上げ、前作と同じ理想的な人間関係へと昇華する。S☆Sが一年かけて作ってきた咲と舞の関係がここで結実する。というか、させてしまうのが凄い。もうほんと、プリキュアは私を裏切らない。期待した分だけ利子つけてでも返してくれる。見ていて本当に良かった。

 話が横道にそれてしまいましたが、冒頭でも書いたようにこの映画が「"ふたりは"プリキュア」を締めくくると思う点は、その「ふたり」の意味を原点に立ち返りつつ、さらに広げたからです。ふたりだから作れる絆の輪。想いが、意志が伝わるならその輪はもっと広げることができます(想いや意志は伝わる、と断言してくれるのが心強い。私はそこまで断言する勇気が無いので)。アワーズとミニッツが咲舞に伝えたように、咲舞の意志が時計の郷、精霊達に伝わったように、「ふたり」とは絆の輪の始まりです。原点回帰と同時に作品が持つ主題の可能性そのものを再提起したのです。
 公式ですでにアナウンスされていますが、来年は「ふたりは」がタイトルから無くなります。恐らく5人になるでしょう。それがプリキュアにとって良いのか悪いのかは今問う気はありません。「ふたりはプリキュア」最後の作品であるS☆Sが「ふたりは」に対する解答としてプリキュアらしくストレートに真っ直ぐに見せてくれたことに大きな喜びと感謝の念を抱きます。




 そして、プードルの舞が可愛いかったのが最高の悦びです。(今までの感想全部台無し)
[ 2013年05月22日 09:24 ] カテゴリ:Splash☆Star | TB(0) | CM(-)
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