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最終話「扉を開けて!ここから始まる物語」

○最後の出来事
①絶望の闇
 空を飛ぶ飛行機。顔を俯かせ泣く幼子。祖母―さなえさん―はこう言います「希望を捨てずに頑張ってれば明日はきっといい日になりますよ。ねっ、ほのか」 さなえさんは優しい顔でこちら(視聴者側)を見ます。誰に言っているのでしょうか。
 咆哮。バルデスは辺りを吹き飛ばします。瓦礫に混じって飛ばされていくプリキュア。
 ちょっ、初っ端からさなえさん登場って。もうそれだけで泣き入るんですけど。ほのかの幼い頃。両親と別れるシーンですね。この時からさなえさんはほのかに大切なことを教えていたんですね。あの言葉は一年目の28話で聞いた言葉ですが、今この状況で語られるととても重く、とても心強い言葉に感じます。


 バルデスは上空から崩壊した街とプリキュアを見下ろします。力の残っていないプリキュアにわざわざトドメを刺す気も無いようです。放っておいてもプリキュアは力尽き、世界は闇に飲み込まれます。
 指を動かす力も残っていないプリキュア。かろうじて声を出すことは出来ます。ブラックは身体を動かそうとしたり、壊れた明日の像を見てその惨状に心を痛めます。それに答えるホワイトの声には最早生気が感じられません。ジャアクキングが力を強めるとさらに一帯は崩壊していきます。このまま崩壊し闇に包まれようとしている世界を救うことが出来ず自分の無力さと悲しさに泣くブラック。メップルはブラックに今まで幸せだったと言います。ミップルも世界の終わりの時まで一緒に居れて嬉しいと言います。メップルに泣くなと言われてもっと涙を流すブラック。ホワイトも溢れ出ます。彼女達の居た土地が崩壊し深い闇の深淵へと落ちていきます。
 って、ちょっと待て!コラ!お前ら何泣いてんだ!何絶望してんだ!何で諦めているんだ!そんなのプリキュアじゃないだろ!なぎさじゃないだろ!ほのかじゃないだろ!メップルもミップルも!それでいいのかよ!!(心の叫び)

 ルミナス。彼女は皆を愛しているからクイーンになることを決めた。でも愛しているからクイーンになれない。『クイーンの心』はポルンを呼びます。答えるポルン。いつのまにかポーチから出ています。ルルンも呼びます。そして名前を思い出せと言います。キタ!この展開。待ってましたよ。彼・彼女らに冠せられた名は伊達じゃないはずだ。「未来へ導く光の王子」「未来を紡ぐ光の王女」そしてルミナス。未来を作るのはあなた達自身であると『クイーンの心』は言います。

②希望の光
 さなえさんの手を握り不安そうに空を見つめる幼子―ほのか―。昔も今も可愛ぇのう(エロじじいか)
 泣きじゃくる幼い姉に声をかける亮太。運動会でコケてしまったので泣いているようです。父がギャグ交じりで励まします。笑う母。この夫婦は昔からこんな感じですか。父は言います。「だから、泣くな。上手くいかなかったことを素直に受け止めるってことも勇気だぞ」そしてこちらを振り返って「なぎさ」と呼びかけます。母も「そうよ、なぎさ」と呼びかけます。その言葉の先に居るのはブラック―なぎさ―
 さなえさんは「明日はきっといい日になりますよ。ねっほのか」と抱いている幼いほのかにではなく、縁側に立ち尽くしているホワイト―ほのか―に言います。
 かつてあった光景。そして今一度繋がる言葉。上手くいかなかったことを認める。それは自分の弱さを知ることである。人は万能ではない。一人では出来ることには限界がある。二人でも?じゃあ三人では?…皆では?皆を信じろ。一人ではない。親がいる。友達がいる。皆がいる。明日を信じろ。


 崩壊の進む大地。しかしそこに一条の光が天に伸びます。そこに立っているのは手を繋ぎブレスを付けたプリキュア。バルデスを見据えます。「私達にはまだ明日がある」「だから諦めるわけにはいかないの」声に力がこもります。
 プリキュア目掛けて跳びかかるバルデス。プリキュアも大地を蹴って跳びます。そして!OP主題歌が流れます。おおおおおおっ、このタイミングで!むしろここしか無い!
 凄まじい烈火の如く繰り出されるプリキュアの攻撃にバルデスは防戦一方です。先ほどまで立ち上がる力も無かったはずのプリキュアのどこにこんな力が!?バルデスの疑問に答えるようにプリキュアは叫びます。
あんたは勘違いしている。あんたが相手にしてるのは私達ふたりだけじゃない!
あなたは全ての命を相手にしているの。私達に繋がる総ての命を!
 帰ってきた!俺の知るプリキュアが帰ってきた!!どんな逆境にも絶望にも挫けない心が!人との繋がり・想いを無限の力にまで引き出せる存在が!帰ってきた!!ブレスは虹の園の希望の力の結晶。なら、その虹の園に住む皆と繋がっているプリキュアが希望を失わない限りいくらでも再生し、いくらでも力を引き出せる。ご都合!?それで結構!この力とテンションがプリキュアです!熱い。熱いぞ!プリキュア!
 バルデスも負けじと渾身の衝撃波を放ちます。吹き飛ばされ大地に落ちるプリキュア。しかし、見事に着地し同時に前を見ます。さなえさん、なぎさの両親。彼女達の心にあるのは彼女達に繋がる総ての命。プリキュアの後ろにはその人々が映し出されます。うわっ、涙出てきた。自然に出てきた。たれ落ちた。悲しいとかそういうんじゃない。嬉しくて、楽しくて、心が躍るから出てくる涙。
 バルデスが放った強力な闇の弾をプリキュアはパンチとキックで吹き飛ばします。ダイナミックです。っていうかこのアクションすげぇ。プリキュア最後の戦いにしてプリキュア史上最高のバトルだ。そして放たれるプリキュア・マーブルスクリュー・Max。その圧倒的な力はバルデスを包み込みます。
 衣服は無くなったもののダメージはそれほど受けていないバルデス。驚異的です。バルデスは自信をもって言います。「お前達ごときにこの私は絶対に倒せん。この私は最早命などというレベルではないのだ」プリキュアの疑問に答えるようにバルデスの後ろにはジャアクキングがそびえ立ちます。力がみなぎるバルデス。後ろにいたジャアクキングは消滅します。バルデスこそがジャアクキング本体だったのです。

③人の意志
 バルデス=ジャアクキングの攻撃に耐えるプリキュア。その力は圧倒的です。ジャアクキングの身体に触れることも出来ないまままたしても彼女達は吹き飛ばされてしまいます。宇宙そのものとも言っていい存在であるジャアクキングに人であるプリキュアが対抗する術はないのか。

勇気、希望、未来、未来へ導くのはポルン。未来を紡ぐのがルルン。そして明日は私達の手で、はっ、私達皆の手で。分かりかけてきた」光り輝くチェアレクト。ルミナスは悟ろうとしている。本当の答えを。そしてその時こそクイーンの復活がなされる。
 未来は与えられるものではない。ルミナスが犠牲になって他の人達に与えるものではない。未来は犠牲の上に成り立つものではない。ルミナス自身も含めて作り出していくものこそが未来。ルミナス無くして未来は無いのです。

 己が力を試すように大地を砕くジャアクキング。その咆哮に世界が震えます。

 プリキュアが落ちた先はいつか来たケヤキ。凹むブラック。ホワイトは崩れ行く街を見ます。否定の言葉もでないか。「しまった宿題忘れた」と呟くブラック。卒業文集を出していないそうです。ふっ、ふふ。そうか。そういう風に来ますか。ホワイトもアサリを買うのを頼まれたそうです。このままでは味噌汁の具がありません。はっ、はは。そうだよな。「いいな~アサリのお味噌汁」「家で一緒に食べましょう。おばあちゃまも喜ぶわ」「じゃあ、卒業文集手伝って貰おうっと」「もう、ブラックったら」ツッコミを入れるメップル。この状況には全く似つかわしくない会話です。でも、私はこの会話こそがプリキュアだと確信する。かつてブラックがここでイズミヤさんのチョコタルトを買いに行くと言ったこと。何をもって彼女が立ち直ったのかを。彼女達が何に属しているのかを。それらを思い出す。世界を守る?宇宙に抗う?違う。そんなことではない。彼女達の住む世界は小さく、暖かく、そして無限に広がる世界。その世界に生きるのだ。
 ホワイトは気づきます。「私達は自由なのよ」「例えどんな状況にあっても私達の心の中までは誰も手出しできない」ハッと気づくブラック「私達の心の中の宇宙は誰からも自由だわ!」「うん、そうだね」ブラックは立ち上がってホワイトに並びます。
選ばれし勇者メップル
「はっ、はい、メポ」
希望の姫君ミップル
「はい、ミポ」
私達の中に希望と勇気がある限り」「私達は誰にも絶対に負けない
 今こそ思い出せ、その身に宿る意志を。何者であるかを。その意志が続く限り決して未来は閉ざされない。っていうか、もう、凄いことになっているんですけど、これ。なっているというか、やりやがったというか。またさっきと同じ涙出てきた。進むべき道を前を向いて進まんとするその意志。勇気と希望。それがここに在る。
 輝くプリズムストーン。

 ジャアクキングの前に土煙を上げながら着地するプリキュア。光の使者キュアブラック。光の使者キュアホワイト。ふたりはプリキュア。闇の僕たちよ、とっととお家に帰りなさい。
 余裕のジャアクキング。プリキュアは構え、挑みかかります。そして流れるBGMは「三人の絆」最高・最強の舞台設定。ジャアクキングの衝撃波で吹き飛ばされつつも屈することなく立ち続けます。息を吸い見据え挑む。阻むジャアクキングの衝撃波。それに歯を食いしばって飛ばされること無く耐えます。もう、少女アニメじゃありません。ホワイトなんてモビルスーツの機動音出してます。舞うスカートが魅惑的かつカッコイイ(最終回までこの視点を持ち続ける私は本当にアホだと思う)。
 ジャアクキングは焦ります。宇宙そのものと言っていい力を持つのに何故プリキュアは倒れないのか。BGMも佳境です。
ここで倒れるわけにはいかないの!色んなことがあったんだもん
 ケンカ。キリヤとの別れ。連れ去られた親友。
でも、乗り越えてきたのよ!
 プリキュアだけのことじゃない。運動会でコケた時も、両親と別れた時も彼女達は乗り越えてきた。
だから、あんたなんかに
今、ここで、あなたなんかに
負けるわけにはいかないの!!
 涙を流しながら彼女達は絶叫します。力を込めるジャアクキングにプリキュアの持つブレスも金色(こんじき)に輝きます。金色に包まれるプリキュア。すげぇ、すごいぞ!このアニメ。そして回り過ぎだぞホワイト!プリキュアのダブルキックが炸裂します。勢いをそのままに彼女達は跳び、上空から…えっと、え~~っと、何ていうの?この技?何なんだ!?このアニメ本当に少女アニメか!?
Q:このアニメはなんですか?
A:ふたりはプリキュアMaxHeart

 これこそがプリキュアの真髄。あらゆる可能性を解き放ち、放たれる力。単にアクションが凄いという問題ではありません。ここで人であるプリキュアが宇宙そのものであるジャアクキングに対抗できることそのものに意味があり力があります。彼女達は紛れも無く彼女達自身の意志の力でこれを成しています。勇気と希望というたったそれだけの、そして大きい意志で抗える。どんな苦境にだって立ち向かえる。何故なら、彼女達の中にも無限の可能性がある宇宙があるのだから。この熱さは、すなわち人の意志の熱さです。


④ひかり
 大地を、世界を揺るがす力。肩で息をするプリキュア。もうこれで終わりか?
 ところがジャアクキングは地球規模に巨大化してプリキュアを押しつぶそうとします。それを阻んだのはこれまた地球規模のクイーン。ジャアクキングはクイーンに相打ちになれば世界が無に帰すと言います。クイーンは言います。願いは光と闇のバランスだと。違いは未来を信じようとするのか支配しようとするのか。クイーンは生きとし生ける者達の可能性に賭けたいと言います。
 ルミナスの事を心配するプリキュア。安心させるようにクイーンは、ルミナスは永遠にあなた達の心の中に生き続けると言います。「そうです。私はクイーンとして皆の未来を守り続ける決心をしました」とルミナスの声。お別れを言うルミナス。
私達は未来のずっとずっと先で繋がっているはずですから。だから、だから、決して後悔はしな、い
 泣きべそをかくルミナス。その涙は恥ではない。誇れ、その涙こそ愛していることの証なのだから。
ひかり
私達繋がってる。永遠に
はい
「ポルンが皆を未来に導くポポ」
「ルルンは皆の未来を紡ぐルル」
「さあ、全てを生み出す力を解放するのです」
これが最後の力です
「力を合わせるポポ」

 解き放たれるエキストリーム・ルミナリオ・Max


⑤扉を開けて!ここから始まる物語
 ベローネ中等部卒業式。賑やかな声。クラスメイト達。後輩達。明日の像のもと、桜組の集合写真が撮られます。桜組じゃない人も混じってますが。皆倒れて撮影失敗です。ほのかだけ倒れていないのはこの娘たる所以です。

 帰り道。思い返すなぎさ。ほのかは堪らずに泣き出してしまいます。彼女にとってのミップルは掛替えの無い存在です。河川敷。かつてケンカをして仲直りをし、色んな出来事が起こった場所。空は高く青い。

 締めの解説をする長老。伝説の戦士の使命は終わった。全てを生み出す力は意志と想いに応える。最後までボケをとおす長老。クイーンは静かに座します。
 ポルンとルルンの力って?

 タコカフェ。まだしょんぼりしているふたり。アカネさんは卒業式でほのかが見事な答辞をしたことを話題にします。ん、誰に聞いた?
お待ちどうさまです
 って、ひかり居るーーーーーーーーー!
とっても素晴らしい卒業式でした。お疲れ様でした
 驚くなぎさとほのか。そして視聴者。いやいやいや、そんな笑顔に騙されたいけど騙されな……騙されます。
 ふと気づくとポルンとルルンも居ます。そんでもって、居候が増えたとアカネさん。ひかりの弟でひかる。って少年も居るんかよ!「こんな親戚いたなんてねぇ~参った参った」いや、笑っている場合では、ってか弟なら知ってなきゃいけないだろ、何か微妙にその台詞のニュアンスは……まあ、いいか。
 勿論、メップルもミップルも来ています。
こんなことになっちゃいました
 苦笑しながら言うひかり。
 悪態をつくなぎさですが、ほのかはメップルと感動の対面中です。諦めなさい。本当は嬉しいくせに。お別れなんて無い。ずっと一緒。
「腹減ったメポ」
 ぶち壊し。でも、帰って来ました日常が。彼女達の本当の未来が、可能性が開かれました。太陽の光は優しく世界を包み込みます。


○トピック
 なぎさ、ほのか卒業おめでとう!
 ひかりこれからもタコカフェで、愛する皆と一緒で良かったね!

 最高。感無量。予想通り予想を裏切りまくって素晴らしい最終回を見せてくれました。
 映画とか見てひかりはクイーンになって世界を皆を愛し続けるんだとか世代交代だとか、ジャアクキングとクイーンの戦いにはプリキュアは入れないとかごちゃごちゃ考えていましたが、スッキリ爽快。そんなことを吹っ飛ばす勢いと力でした。この作品は最初からど真ん中しか見ていなかったのです。そしてそのど真ん中にこれ以上無いくらいの力を込めて投げました。そして大命中どころか突き破って遥か彼方、未来にまで届いたのです。

 全てを生み出す力。その化身であるクイーンは言いました。生きとし生ける者の可能性に賭けたいと。ジャアクキングが自分以外を否定する存在なら、クイーンは全てを肯定する存在です。その全ての中には闇も含まれます。クイーンは何も否定はしなかった。最後まで肯定し続けた。ルミナスは自分を犠牲にしてはいけないのです。自分を否定するのではなく自分自身が未来の作り手となるのです。それは彼女一人でやるものではありません。皆で未来を作ります。存在しなくなるか、存在するかで悩んでいたルミナスはその悩みそのものが間違いだったのです。未来とは自分が存在するからあるのです。
 勇気と希望が未来を作る。未来は自らが作り、他の者達と一緒に作っていく世界。それをプリキュアはずっと信じ続けました。生きることを強く肯定した『人の意志』は全てを飲み込もうとする闇の力に対抗できます。しかし倒すことは出来ない。闇もまた世界の理だから。そしてその世界の理のもう一つは生きる者達を信じます。人の意志と未来を信じようとする力が合わさり闇を倒します。滅ぼすわけではありません。滅ぼしてもいけません。光も闇もこの世界なのですから。

 そしてその意志を貫いた彼女達にはちょっとした奇跡が起きました。

 ラストでひかり・メップル・ミップル・ポルン・ルルンが戻ってきました。もしこれが完全な別れとして描かれていた場合、今よりも感動できたかもしれません。泣けたかもしれません。ひかり達は皆の心の中に行き続けるんだと思えるでしょう。でも、そんな感動よりもっと素敵な感動があると思います。
 なぎさとほのかはずっと戦い続けてきました。日常を守るために。光の園の住人は元々は他世界の者であり彼女達の本来の日常ではありません。でも、もう彼女達にとっての日常となってしまいました。メップルやミップルと居るのが当たり前の日常になりました。ひかりがタコカフェで働いているのが当たり前の日常になりました。彼女達が戦い抜いたご褒美にその日常が帰ってきてもいいんじゃないでしょうか。ポルンとルルンの力とはそういうことだったのかもしれません。
 なぎさが居る。ほのかが居る。ひかりが居る。メップルが居る。ミップルが居る。ポルンが居る。ルルンが居る。ひかるも居る(さり気にここ重要)。皆が居る。皆と一緒に在る。ごくあたりまえの(ちょっとありえない)日常を彼女達は歩みます。それぞれの未来に向かって、無限の可能性を秘めて。
 その明るい未来への可能性こそ、この作品の本当の感動だと思います。



○解説兼解釈
 感想が感想になっていないので(感情的にはあの通りであり、あのまま理解しているのですが)、もう少し理性的に書いてみます。内容としてはすでにみちたろさん(1月29日の感想およびその補足)やdokoikoさん(1月30日からの一連の記述)が書かれています。より論理性を求めるのならこのふたりの文章をお読み下さい。私は私の理解の仕方で記述します。


①プリキュアの復活と力
 2回復活しています。2回とも違う理由と動機付けが働いています。そしてその力の意味も異なります。
 第一の復活は『みんなとの繋がり』です。無力に打ちひしがれ絶望する中で幼い頃の肉親の言葉を思い出します。今までの自分が決して一人きりで成長してきたわけではなく、肉親の支え、みんなの支えがあって成長してきたのだと彼女達は悟ります。一年目最終話ホワイトの台詞「私たちには大事なものがある。大事な人達がいる。メップルやミップル、そしてポルン。そして私達を支えてくれるのは、全ての命。私に繋がる全ての命よ」を踏襲・昇華させています。なぎさ達は全世界を肯定・承認します。そしてその世界の人々を背負うことで逆に世界から彼女達は肯定・承認されます(プリキュアの後ろにみんなが並んでいる映像がイメージ的に分かりやすい)。MHの物語が一年目よりも範囲が広く色んな人々や世界(様々な職業)との繋がりを描いてきた意味がここにて成就します。プリキュアは世界の代表として確固たる存在となります。このことにより、プリキュアはバルデスに勝てるようになります。如何にバルデスが個(命)として強力な存在と言えど、全ての個を背負うプリキュアに勝てるわけがありません。

 全ての個を背負うプリキュアですが、勝てないものがあります。それはこの宇宙そのものです。宇宙は世界そのものであり、全ての個を背負うプリキュアをさらに総括する存在だからです。どんなに個(あるいはその集団)が強力でも宇宙の理(物理法則などのこの世界の基本的な現象の総括)を覆すことは出来ません。
 では、何を持って宇宙に抗することが出来るのでしょうか?プリキュアの出した答えは、(私の主観的解釈ですが)『人の自由意思』です。ケヤキの場面でのやり取りはふたりが「プリキュア」であることを放棄しています。一人の人間として立ち戻ることをしています。だから、ブラックはなぎさ、ホワイトはほのかに戻り、宿題やアサリの味噌汁の話をします。彼女達がどんなことを思おうとそれは彼女達の自由です。ほのかが言った「私達は自由なのよ」は正しい言葉です。宇宙がどんなに絶対なものであっても、人の自由意思にまで抵触はできません。宇宙の理は世界を規定しますが人の自由意思を変えることはできません(ほのかの台詞「例えどんな状況にあっても私達の心の中までは誰も手出しできない」)。勇気と希望という意志もプリキュアだからあるのではなく、人が意志することができるものです。ここにおいて人の自由意思は宇宙に抗する唯一にして最大の手段となります。
 その後のジャアクキングとなぎさとほのかとの戦いは宇宙と人の自由意思との戦いです。彼女達はただの人として宇宙に挑みます。泣いて叫ぶシーンが非常に印象に残りますが、あれこそ人であることの証明です。彼女達にはそれぞれの経験・思い出が詰まっています。大変な苦労を乗り越えて紡いできた絆があります。どんなに宇宙が無慈悲で冷徹に出来ていても、人の力では到底及びのつかないものであっても、それが人を包み込もうとしても、人の心までを否定されるわけにはいかないのです。人の自由意思を信じるならば、生きることに意味があるというのならば絶対に負けるわけにはいきません。これは力の問題ではなく自由意思の存在、つまり人としての存在を賭けた戦いなのです。個人的にこの一連のシーンが熱くカッコイイと思うのはそのためです。『人の自由意思』を信じる者として、この時のなぎさとほのかは『人の自由意思』そのものなのです。
 (蛇足的ですが、回想で一年目8話および42話を使用しているのは、なぎさとほのかが「様々な試練を乗り越えてきた」という意味で最も適しているからだと思われます。MHは基本的に試練というものがありません。すなわち乗り越えた出来事がありません(私が憶えていないだけかもしれません。MH38話は試練というより自立の話です)。純粋な成長をしています(これはひかりにも言える)。それ故、彼女達の意識として絶対に忘れられない・譲れない共有の思い出として8話と42話は適当です。あと、回想にひかりのシーンが無いのも当然です。逆にここでひかりのシーンまで出てしまうと一貫性がなくなりごちゃごちゃします)

 宇宙に対して人の自由意思は対抗手段となり得ますが、あくまで対抗できるだけであって宇宙を倒すことはできません。


②テーマの拡張
 一年目に比べてMHはテーマも物語の基盤も拡張されています。MHのストーリーは社会見学・修学旅行等行動範囲が広がりまた出会う人も多く様々です。テーマが拡張されるとともに敵であるジャアクキングの意味も拡張されています。分かりやすく言えば一年目最終話でプリキュアは(ポルンの力を得つつも)ジャアクキングを倒しています。26話の時はクイーンが手助けしたから別としてもプリキュアが独力で倒せているのにMHでは倒すことができません。これは単に強くなったということではなくジャアクキングの意味が大きくなっているのです。一年目は希望(クイーン)と絶望(ジャアクキング)という程度の意味しか持っておらず、そのために一年目のテーマ程度で十分プリキュアはジャアクキングを倒せます。しかしMHでは自身が言っているように「宇宙」という高次なレベルに拡張されています。
 MHのテーマとは何か? 一年目が日常の肯定なら、MHは世界の肯定です。ひいては生きることの肯定です。


③ひかり
 ジャックキングが自身を「宇宙」と名乗るのであれば、表裏一体であるクイーンもまた「宇宙」ということになります。簡単に言ってしまえば、「絶望・死・虚無・一義性」の意味の総括が「闇」であるジャアクキングであり、「希望・生・信・多義性」の意味の総括が「光」であるクイーンと言うことができます。つまりこの「宇宙」は「光」と「闇」の2つの理から成っていることになります。この内の一つが欠けても、また両方が無くなってしまえば「宇宙」というものは存在できなくなるでしょう(ジャアクキングもそう言っています)。
 プリキュアが、なぎさとほのかがどんなに頑張っても宇宙の理を覆すことは出来ません。それが人の限界だからです。もしそれが可能なら、それは最早人ではなく神です(ここで言う「神」とは宇宙よりも高次なものとして言っています)。それでは意味がありません。有限な力しか持たない「人」だからこそ「私達は生きているのだ!」と主張するにたる意味があります。

 「ひかり」という存在が何故なぎさとほのかのような普通の人ではなく、さりとて完全なクイーンでもなく、初期状態においては感情すらも希薄な「クイーンの命」であったのか、それは彼女がクイーンであると同時に人でなければならないからです。クイーンでありながら人として生きることで彼女は人の意志が宇宙の理の一つであることを示しました。即ち「光」その存在・意志こそが人の持つ意志と同じであるということです。これは人であるプリキュアと宇宙であるクイーンには証明できないことです。人は生まれながらに人であり宇宙ではありません。クイーンも存在自体が光である以上人ではありません。存在が違う以上光と人は繋がりません。せいぜいが、光の加護を人が受ける程度です(一年目26話)。
 しかし、ひかりは違います。ひかりは光という宇宙の理の一つでありながら、それを自覚することなく人としての生を受けました。様々なことを学び45話の「待ってない!」の言葉によりひかりは世界とそこに生きる人々から完全に肯定・承認されます。そしてひかりも世界とそこに生きる人々を肯定し愛します。さらにひかりは「ひかりという存在をなくしてクイーンになる」という答えではなく、「ひかり自身が生きてクイーンになる」という答えを見つけます。ひかりが「ひかりという人としての個と意志を持ちながらクイーンになる」ことによってクイーンの持つ光の意志が人の意志と同じものであると証明します(補足で言えば志であるハーティエルは虹の園に存在した)。クイーンはひかりであり、ひかりの意志は人の意志です。その意志は生きるからこそ持ち続けることができます。
 『人の意志』とは光の意志と同じです。その意志が闇を抑え未来を導き紡ぎます。(『人の自由意思』と『人の意志』は似て異なるものです。この場合どちらが高次であるかというものではなく、前者は人の存在そのものであり後者は意志(勇気や希望などの志、志向性のある意思)そのものを指しています。この説明がよく分からないと思われた方、すみません)

 人の意志というのなら①で述べたようにプリキュアも持っています。そういう意味でならプリキュアだけでもジャアクキングを押し込めそうです。しかしそれはできません。何故ならプリキュアとジャアクキングは同格程度(対抗できる程度)だからです。自由意思が宇宙と釣り合うように、人の意志も闇の意志と釣り合っています。だから決定打は与えられない。クイーンにしてもジャアクキングと同格だから決定打は与えられない。それ故にラストは正しい。
 ラストのルミナリオは光の意志と人の意志が合わさったものであり、闇の意志しか持たぬジャアクキングは敗れます。プリキュアが全ての命と繋がるように、プリキュア(人)と光(ひかり)の意志が繋がります。人の中で生まれた意志がクイーンの意志となり、人と繋がり、全てを生み出す力を解放させます。
 なぎさとほのかは『人の自由意思』を肯定し、ひかりは『人の意志』を肯定します。そしてそのふたつは『生きる』という一つの答えを導き出します。生きることの先には未来があります。

 補足を一つ。ルミナスがクイーンになることを言ったときにあっさりとプリキュアはその言葉を認めますが、それはルミナスが「決心をしました」と明言しているためです。人の心が自由であるなら、なぎさとほのかが「待ってない!」と言ったようにひかりが決心することも自由です。またひかりの目の前であの言葉を発しているので、その言葉を受けてなおひかりがクイーンになることを決めたのであればなぎさとほのかにそれを制止することはできません。そして気付いたはずです。ルミナスの言葉とその涙の意味に。紛れも無く目の前にいるのはクイーンではなくひかりであり、彼女の成長した姿だということに。だからブラックは「ひかり」と言うのです。そして人の想いが如何なる距離・空間・時間をも越えて繋がるものであるなら(エターナルン「誰かが誰かを想う気持ち、いくつもの時や世界を超えても僕はその想いが永遠だと信じた」)ここでの別れが本当の別れでは無いはずです。それをひかりは自ら口にします。ひかりが未来を作っていくように、なぎさとほのか達も同じく未来を作っていきます。その意志が絶えることなく未来にまで続くなら未来で彼女達(の意志)は繋がっていることになります。個人の自由意思は有限(個の生は有限)であっても人の紡いでいく意志は未来にまで届くことが出来るでしょう。


④まとめ
 人の自由意思(と意志)の意味と強さを信じている自分としてはこの最終回はまさに理想です。結局のところは人の可能性というのは信じるしかありません。理屈では証明されません(人は正しいのかという疑問、また人の意志は不変でも確かでもない)。理屈という意味でならまだジャアクキングの方が理屈になっています。不確定な要素が多い光よりも結果が一つしかない闇の方が論理的です。そんなことに屈することなく如何に人を信じられるか、それをこの作品は見事に描いたと思います。そして最後のハッピーエンド。何から何までこの作品は素敵な未来と可能性を信じて提示しました。


⑤おまけ
 キリヤですが、再登場して一年目最終回で消えましたがあれも今思うと彼には彼の未来の可能性を提示したのだと思います。(闇に消えたままだとその可能性すら消されることになる)
[ 2013年05月21日 21:25 ] カテゴリ:MaxHeart | TB(0) | CM(-)
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