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第38話「さよならほのか!?絆は固く永遠に!」

○今週の出来事
①暮れる夕日と心
 放課後のラクロス練習。練習でもなぎさの活躍ぶりは健在です。次回はラクロスの試合らしいのでその前振りでしょうか。


 雪城邸。さなえさんはほのかの部屋を訪れます。この時点で今回の重要性がうかがい知れます。さなえさんが序盤から出てくるといろんな意味で大変なことになります。そしてそれを全部見越しているのがさなえさんだったりします。母からの葉書を手渡すさなえさん。特に何を言うでもなく去っていきます。絶対に何が書いてあるのか知っているのにそれを言わないのがさなえさんです。
 部屋で葉書に書かれた文面に目をとおすほのか。そこには仕事で世界を回っていた両親がしばらくはパリに滞在すること、そして一緒に暮らさないか?将来のことについて話し合いたいので一度パリに遊びに来てということが書いてあります。「パリで暮らす・・・」と表情の無い声で呟くほのか。その声には両親と会える、暮らせることの喜びは感じ取れません。ミップルも心配そうに見つめます。

②すれ違う心
 翌朝。パリのことをなぎさとひかりに話すほのか。パリ!?と驚くなぎさにひかりは「そんなに遠いところなんですか?」と尋ねます。知ってそうで意外と知らないひかり。この辺は視聴者層の代弁も混じっています。「飛行機で三日くらいかかるんじゃない?」と答えるなぎさ。・・・どうやらこっちも分かってないみたいです。普段の会話なら普通に訂正するところですが、当人であるほのかにそんな余裕があるわけもなく少々沈んだ声で訂正します。すぐには答えを出せないと言うほのか。しかし、なぎさはほのかが行きたいなら行った方が良いんじゃないかな、と言います。ほのかは「えっ?」と思わず口にしてしまいます。構わず「ほのかなら大丈夫、どこに行っても元気にやっていけるって」となぎさは言います。言葉そのものは激励していますが、ほのかは表情と声を沈ませます。そのほのかを見て固まってしまうなぎさ。どうやら先の言葉が失言だったことに気づいたようです。
 言葉とその意味が一対のものであれば誤解は生じ得ません。言葉と意味が直結しているなら他に解釈する余地がありません。しかし現実には、言葉には多様な意味が含まれています。そこに多様な解釈の余地があります。本来、言葉は人の心、想いを伝えるためのものですが想いの数だけ言葉は存在しません。想いの様相を全べて言い表せるほど言葉はありません。不自由なのです。普段ならそのことは誰でも知っていることですがしばしば忘れることがあります。なぎさにとっては励ましと信頼を言葉にしたつもりでも、ほのかにとっては見放されてしまったように思えたでしょう。アナタはどこに行ってもいいよ、と。

 「おっはよ~」と突然なぎさに抱きつく志穂。大変なテンションです。遅れて莉奈も挨拶。そのままなぎさを連行していきます。ほのかとひかりにはにべも無いです。気を使わなくてもいい友人だろうということでしょうか(割とよくある風景なのかも)。もっとも、今のほのかにはなぎさとさらに距離を感じてしまうことだったかもしれません。何も言わず視線をほのかに移すひかり。果たしてこの娘はどこまで心の機微を察することが出来るだろうか。と、今度はユリコが現れてほのかを押していきます。ひさしぶりですユリコ。ほのか達の後姿を見ながら独り表情を落とすひかり。別に自分だけ残されたとか最後まで無視されたとか、友達居ないとかそういうことでヘコんだわけでは・・・ないと思う。まあ、今回ひかりは話には直接絡まないのだけど、ふたりの悩みや絆の在り方を見届ける立会人みたいなポジションですね。


 国語の授業。「奥の細道」を読むよし美先生。また意味深なものを・・・。一作目8話思い出すなぁ。なぎさは先ほどの失言を悔いています。ちらりとほのかを見るとあまり元気が無い様子。授業が終わりなぎさはほのかに先ほどの話の続きを言おうとしますが、志穂と莉奈に遮られてしまいます。間が悪い。

 ラクロス練習。休憩中になぎさは例え話として志穂と莉奈にパリ行きの話しをします。茶化す志穂と莉奈になぎさはどんな言葉を掛けてくれるか?と尋ねます。しかし、なぎさの真意が読めないというのもありますが、あまりに話が突発的で現実性が薄い上に日ごろから与太話をしているであろう志穂と莉奈は本気で取り合いません。参考にならずガックリするなぎさ。

 科学部。実験を見せるユリコ。ほのかは身が入らずに窓の外を眺めます。それに気づくユリコ。

 今度はアカネさんに聞くなぎさ。アカネさんはパリと聞いて、学生の頃に毎日通っていた喫茶店を思い出します。そしてそこであった恋の思い出に浸るアカネさん。興味津々と聞くなぎさですが、アカネさんは秘密にします。アカネさんのしゃべり方面白いなぁ。それでも重ねて聞くなぎさ。何の参考にするつもりなんだか。それでもダメとアカネさん。話を元に戻したところでお客さんが来てしまい席を離れるアカネさん。反省するなぎさ。何のために聞いたのだか。そっとドリンクが置かれます。ひかり。

 ミップルと離れ離れは嫌!と主張するメップル。ポルンも同意します。ルルンくっつき過ぎです。このコンビ面白いと思う。ほのかと離れ離れになるなんて絶対嫌と本心を語るなぎさ。非常に危ういポーズです。視点の角度をほんの数度変えただけで大変なことになります。悩みを相談できなくなる、宿題が教えてもらえなくなる、お弁当を忘れた時に分けてもらえない、と語るなぎさ。メップルがすかさずツッコミます。「プリキュアだって・・・」とも口にするなぎさ。なお、今回ほとんど言及されてませんが、一応物語上最重要課題はプリキュア問題なのですが、ここが全くもってスルーされているのがポイントです。物語をリアルに追求するならプリキュアの問題は避けて通れないばかりか一番話題にされてよい部分(ほのかが踏みとどまる理由として一番に上がってもいい)なのですが、素晴らしいことにプリキュアはそんな些細なことに気をとらわれたりはしません。そんな無粋でつまらないことはしません。なぎさにとって、ほのかにとって、ひかりにとって(この作品にとって)問題はたった一つ。「友達」です。
 だったら何で、と朝方の発言を責めるメップル。それは酷というものだ。軽はずみだったと反省するなぎさ。落ち込むなぎさにひかりはほのかならなぎさの気持ちを分かっていると言います。19話でなぎさが転校すると勘違いした時にほのかが確信持って言ったことを彼女は知っています。
 なぎさはそれでも悩みます。何を言ってあげられるのか、何を言うべきなのか。今のほのかに必要な言葉。自分の中にある気持ちを言葉にすることができないむず痒さ。そういう場面が往々にしてあります。そしてその問題は国語や数学とは比べ物にならないほど難しい。たった一言でも人を勇気付けたり変えたりできるかもしれない。その逆もある。しかも大概取り消しが効かない一発勝負。

 縁側で葉書を見つめるほのか。ミップルは何も言うことが出来ません。
 ハーティエル・シークンとハピネン「行くべきか行かざるべきか」「どっちが幸せなんですかね」「難しい問題ですぅ」

③想いを伝えるには
 洋館。少年はひかりとの邂逅を思い返します。「僕はどこで生まれたの?」「僕は一体・・・」と自問する少年。その様子を見るサーキュラスとバルデス。あ、バルデス居たんだ。バルデスは目覚める日もそう遠くないと語ります。サーキュラスはいつものようなルミナスに会いに出撃します。

 科学部。ユリコはほのかに絶対に行くべき!と強く言います。ユリコはヨーロッパに留学するのが夢だったと言います。でも両親に止められて出来ない。そんなユリコから見ればほのかの話は夢そのもの。「それはそのとおりなんだけど・・・」と濁すほのか。どうでもいいけど手を白衣に入れた姿がカッコイイ。
 ユリコの言っていることは正論の一つです。学術的な好奇心・向上心があるものからすれば留学はステップアップのチャンス。しかし、ユリコの本心はほのかを捉えていない。ユリコはほのかを尊敬しています。それはこれまでの関係で十分に分かります。尊敬しているからほのかはもっと高みへ行ってもらいたいと思う。自分の夢を叶えて欲しいと思う。だから自分の願望を言ってしまう。自分を投影する。それはエゴと言う。今のほのかにとってそれは重荷であると思う。そして今のユリコはほのかを友人としてではなく憧れの人として見ています。

 ラクロス練習。なぎさはほのかが来ていることに気づいて駆け寄ります。ほのかはちょっと見に来ただけ、次の試合もうすぐなんでしょ?と話題を変えようとします。なぎさは「ほのかはいつも言ってるじゃない、自分のことは自分で決めなきゃって。だから、その・・・」と上手く言えません。しかも部活中であり時間も無し。間が悪い。後で家に行くと約束します。

 夕方。ほのかは自室で横たわります。キュルキュルっとビデオを巻き戻し。横たわるほのか。・・・。え?何で巻き戻したかって?だって、ほら、ほのかの腰から下のラインというか、要するに腰とスカートから伸びる太ももが艶かしいんだもん。そりゃ巻き戻して見たくなるよね(お前だけだ)。
 先ほどの「自分のことは自分で決めなきゃって」という言葉を思い返し「なぎさの言うとおりなんだよね。だけど」と呟きます。
 ほのかはおそらく本心では(なぎさに)こう言って欲しいのだと思う「行かないで」と。自分をただの友人の内の一人としてではなく、かけがえのない親友として、「誰かさん」ではなく「ほのか」として見てもらいたい。引き止めてもらいたい。自分が必要とするように必要とされたいと。でもそれはエゴだ。我儘で聞き分けのないことだ。そして知ることが怖いことでもある。本当に必要とされているのか、もしかしたらされてはいないのではないか。だからほのかは問うことができない。我儘であることを知っているし、怖くもあるから。
 なぎさは本心ではほのかに行って欲しくないと思っている。でも、それは自分の我儘であると知っているから出来ない。おそらくはほのかの気持ち(「行かないで」と言って欲しい)にも気づいていると思う。それでも彼女は「行かないで」とは言えない。何故ならもっと自分の気持ちを伝えたいと思っているから。それは自分がほのかを心から信頼し、必要とし、同時にほのかにもそう思われたいと思う想い。エゴ。我儘。
 結局のところ、ふたりは我儘を言いたくても言えないのだと思う。相手を思い遣るということが我儘と衝突してしまう。ふたりの関係は非常に大人びており他者理解が強い。その弊害として本心をぶつけること、つまり我儘を言うことは非常に少ない。利己と利他は二律背反する。でも、人の心はそもそも矛盾した気持ちがあると思う。だからこれは言葉では言えないのだと思う。言葉は意味を多様に持たせる。一度解釈してしまえばその反対側の意味を見出すことは難しい。冒頭の会話のように誤解が生じてしまう可能性がある。そこでなぎさが取った行動は・・・


④友情のキャッチボール
 さなえさんの声。約束どおりなぎさがラクロスのスティックを抱えてやって来ました。
 第一声は「ごめんね」なぎさはほのかに謝ります。ほのかは(見た目には)気にしておらずなぎさの言うとおりだと答えます。安心してベッドに寝転がるなぎさ。そして、なぎさは神妙な表情と声で何か言おうとします。不安そうに見るほのか(多分、先ほどの続きを言われるのではないかと怖がったのではないかと思う)。なぎさはガバっと起きてほのかをキャッチボールに誘います。そうステッィクは2本あります。どうでもいいですが、「キャッチボールしよっか」と言った時のなぎさの表情は作画がどうのこうのという話の問題ではなく、めっちゃカッコイイ。

 河川敷。そろそろ夕日も暮れそうな時間。ひかりも斜面に座ってふたりの様子を見ます。どこか安心している様子です。
 なぎさは「いくよ~」と声を掛けます。そして優しくボールを投げます。それを受け取るほのか。今度はほのかが投げます。ちょっと大きく飛ぶボールをなぎさはキャッチします。感心するほのかになぎさは伊達にキャプテンやってないからね、と見得を切ります。キャッチボールをするふたり。無言。行きかうボールだけが音を立てます。
 「ふたりでキャッチボールするなんて初めてだね」「そうだね」「何か、身体を動かすのって楽しい」「でしょ」声と一緒にボールが紡がれます。
 ふたりが元気になったことに安心するひかり。メップルミップルは何がなんだか分かりません。「良かった」と呟くひかり。彼女はふたりのキャッチボールに何を見るのだろう。
 言葉で伝えられないのなら言葉を使わなければいい。何も言葉だけが想いを伝える唯一の手段ではないのだから。ほのかにもなぎさにもエゴはある。相手に直接言えない想いがある。なぎさは言葉を使うのではなく身体を使うことを選んだ。自分の気持ちを投げること、相手の気持ちを受け止めることの暗喩。ややもすれば意味の分からない行為だが、なぎさとほのかにとっては今一番必要で効果的な行為。言葉はそれ自体意味を持っている。キャッチボールはそれ自体に意味は無い。ボールを投げ、受け、投げ返す行為。想いを伝えるなら言葉を使う方が効率的で有効であるが、意味があるために誤解を生じる可能性がある(想いの意味と言葉の意味がごっちゃになっている)。キャッチボールそれ自体に意味が無いということは、そこには想いしかないということである。曖昧で不明確なメッセージ。だけど余計な装飾がない方が伝わることもあると思う。我儘やエゴは汚いかもしれない。それを言葉にすることなく、キャッチボールで伝えようとしたなぎさはなぎさらしく、そしてカッコイイ。


⑤強い敵。でももっと強いプリキュア
 さて、安心していられるのも束の間、邪悪な気配がしてきます。ほのかはなぎさに「ありがとう」と言いながら投げますが力んだのか大きく飛ぶボール。それを掴むサーキュラス。
 ボールを割って握りつぶしてやろうとやる気満々です。負けじとこちらも変身です。おおっ、これは!もう見られないと思っていたベスト着用姿変身!やったぜ!今回はいろんな意味ですげぇ。
 前口上が言い終わるかないかの内に攻撃を仕掛けてくるサーキュラス。ブラックは川に落ちます。地面を転がるホワイト。サーキュラスはさらに追い立てますが今度は回避します。ふわりとした着地や動きが久しぶりな感じ。ひかりも変身します。
 三人揃うも速攻でぶっ飛ばされる三人。今日のサーキュラスは強いです。「お前達の居場所はなくなるのだ」と言うサーキュラスにホワイトは「私達の居場所は私達で決めるのよ」と反論します。そして軽やかに舞いサーキュラスに攻撃。カッコイイ。しかし、サーキュラスはプリキュアの言葉も攻撃にも堪えた様子が無くあしらいます。「お前達自身が意思を持つことなど許されないのだ」と語ります。そのサーキュラスに「そんなことない!」とホワイト。キタ!もうこれは例のパターンだ。待ってました。大好きですよこの口ゲンカ(次元低そうな言い方だなぁ)。「私達の生き方は私達が決める!」「運命は自分自身で切り開くもの。絶対に諦めない!」幾度となく地にひれ伏そうと立ち上がるプリキュア。挫けない強い意志。

 ザケンナーを召還するサーキュラス。テトラポットザケンナー。地面をたたきつけると同時に爆発が起きてふたりを吹き飛ばします。かなり実戦的な武器です。最近のザケンナーは機能的です。プリキュアを助けるためにルミナスはハーティエル・アンクションでザケンナーの動きを止めます。久しぶりです。以前は動きが鈍くなるとかだったのですが完全に動きを止め空中で停止するザケンナー。ブローチェの効果かな。ところで空中?攻撃を仕掛けるために跳び上がったところを迎撃したのか?直撃したときは地上で立っていたように見えたんですが。あれか、適当に張り付けたのか?どっちにせよ、ザケンナーは邪魔なところにいても困るので構わないでしょう。あと、ここでアンクションを使わせた時点でトドメはマーブルスクリュー確定だと思うのですが(アンクション→ルミナリオのコンボは今のところ無い)、これが今回の戦闘の肝。そう、ふたりの友情パワーを炸裂させるにはマーブルスクリューしかありません。
 サーキュラスは気合を入れてエネルギー弾を放ちます。直撃するプリキュア。土煙が収まり、そこに立っていたのは防御姿勢をとるもののダメージをそれほど受けていないふたり。絵的にカッコイイ。「私達、見かけによらず結構タフなのよね」制服着ててもタフです。「あなたにも私達の本気の力見せてあげる」カッコイイなプリキュア。ブレス召還。そしてスクリュー。耐えるサーキュラスですが「スパーク!」には耐えられません。ノックバックする時のプリキュアの「ううー!」って踏ん張りが良い。カッコイイ。ゴメンナー。

⑥正直に生きよう
 翌朝。なぎさの肩にぶつかって「おはよう」と挨拶するほのか。いつになくアクティブでポジティブです。志穂に対抗とかそういうのを置いて真面目に言うのであれば、これはほのかのなぎさに対する答えです。自分の我儘を身体で受け止めてくれたなぎさに対してほのかはこれまで以上の信頼を抱いたと思います。その肩に乗っても大丈夫という信頼。同様に自分に対するなぎさの信頼。だから彼女はいつもよりちょっとだけ積極的になぎさに挨拶します。傍から見れば厚かましくオーバーな挨拶。でも、なぎさはそれを決して不快とも思わないし、受け止めきれずに身体を崩すことも無い。それをほのかは知っています。見た目上は志穂達とそれほど変わらない挨拶ですが、そこには確たる信頼とちょっとした我儘があります。
 ほのかはなぎさにラクロスをずっと続けるのかと聞きます。先のことは分からないと答えるなぎさ。それを聞いたほのかは安心したように「そうよね、分からないわよね。分かんなくてもいいんだよね」と独り言のように言います。ほのかには珍しい言葉です。
 と、ユリコが神妙な顔で現れます。昨日の話を取り消したいというユリコ。何のことだかよく分からないほのか。「パリに行かないで、ほのかと別れるなんて嫌、ずっとずっと一緒がいいー!」と叫びます。
 昨日のユリコはほのかを「友人」としてではなく「憧れの人」として見ていたのですが、そのせいで自分とほのかの関係を無視した言葉を言ってしまいました。そのことに気づいたのか今日になってほのかを「友人」として見て言葉を言います。それは完全に自分の我儘です。ほのかの都合は無視しています。そういう意味では昨日も今日も我儘を言っているに過ぎません。でも、ユリコは自分の偶像である「憧れの人」ではなく「友人」としてほのかを見ることが出来ました。同じ我儘でも後者の意味で発せられた言葉の方が暖かく強いでしょう。また、こういう風にストレートに我儘を言えるのもユリコらしいかと思います。まあ、なぎさとのシーンを見た後だとかすんで見えてしまうというか、対比というか引き立て役なんじゃ・・・と思えてしまうのですが、「ほのかとユリコ」の関係としてはとっても微笑ましいラストだと思います。

 母に返事を書くほのか。パリ行きの話は保留するようです。そんなほのかを見ながらさなえさんは「ゆっくり考えればいいんですよ。自分自身に正直にね」と呟きます。大好きですさなえさん。この大人っぷり。最強のポジション。この人が出てくると綺麗に締まる気がしてしまうマジック。
 「これで良かったんデース」「悩んでもつまづいても、今を一生懸命生きるということの積み重ねがきっと幸せへの道なのよね」とダメ押しするように纏めるハーティエル。幼い外見に似合わず大人びたこと言います。月は静かに優しく輝きます。


○トピック
 流石プリキュア。手加減してくれません。チクショウ、目頭熱くしながら感想書くのって大変なんだからな。っていうか、(今までも幾度と思ったが)本気でプリキュアはすげぇと思った。本気で理想的な子ども番組だと思った。個人的な考えですが、理想的な子ども番組とは理想を貫かんとする番組のことです。ちなみに理想的な子ども番組は私にとっても理想的な番組だったりします。っていうか、俺にとって理想的な番組がプリキュア


 今回の主題というのはほのかがパリに行くか行かないかではなく、友達(主になぎさ)がどう思ってくれるか、また友達との関係を再認識させるものでした。実際ほのかがパリに行くか行かないかというのはラストのように保留することもできるでしょうし、行くことも出来る、断ることも出来るものでした。
 細かい部分については本編部分の感想で大体書いたので省略してしまいます。ほのかの本音(「行かないで」といって欲しい)は実は本編では語られないのですが、前回の予告で言っているのがミソですね。視聴者はほのかの本音を知っている状態ですが本編では語らせない(語れない)ことで切実さが如実に出ていたと思います。

 そして一番目を見張ったのが「想いを伝える手段」でした。プリキュアは言葉で想いを伝えることが主体になっています。その方が具体的でメッセージが強いからです。コミュニケーションの基本は会話です。ところが今回はその限界に突き当たっています。言い換えるなら言語化が酷く難しい気持ちを抱えている状況でした。利己と利他。これまでのプリキュアは利己を肯定しつつも基本的には利他を優先するものでしたから、今回のような利己を内包した問題は言語化が難しいです。小難しくなるかくどくなるか言い訳がましくなってしまいます。
 そこで用いられたのが非言語コミュニケーションでした。キャッチボール。キャッチボールと聞いても父親と息子がやるか野球少年がやるかしか思いつかないのですが、それを少女モノでやったことは衝撃的かつ今回の主題に対しての最高の解答であったと思います。正直やられた、と思いました。なぎさが自分の気持ちをどうやって言葉にするのかと思っていましたから意表をつかれました。この妥協の無さ。トリッキーな手段だから驚いたのではなく、「想いを伝える手段」としてまことに見事といわざるを得ないからビックリした。コミュニケーションはその当人同士に適した形で行うことが最も有効的で、そのために猿真似すればOKというわけではない。なぎさの選んだ方法はなぎさが最も得意とし、最も自分の気持ちを伝えられる方法として適しており、同時に相手からのパスを受けるという双方向性を持ったコミュニケーションとして最良の選択であったと思います。これ考えた人マジですげぇと思うよ。

 もう一つ見所としては、最後の母に向けた言葉の中で「この次ぎに会えるときは、きっと成長したほのかになっていると思います」とあったことです。普通、留学とか可愛い子には旅をさせろとか言うように外の世界を見ることは成長の機会として良い意味で使われます。ですが、ここでは残ることでも成長の機会があると肯定しています。それはそうだと思います。成長するために最も必要だと思うものは意志です。理想や自分を前に進ませようとする心構えです。それが無ければどこに行こうが寝て起きての繰り返しにしかならないでしょう。自分を成長させるもの、得るものがあると能動的に捉えればどこであろうと人は成長できると思います。ハピネンが言ったように今を一生懸命生きるということの積み重ねが幸せへの道になるでしょう。


○この感想の意味が分かりづらいので補足
 本編感想の中でしきりに「エゴ」「我儘」という言葉を使っていますが悪い意味で使っていません。基本的に私は「感情」を悪い意味で使うことは無いです。それは想いの発露だからです。「情」は「理」と同様に肯定されてしかるべきです。「情」は人を動かす原動力になります。身体を動かし言葉を紡ぎ他者をも動かす原動力になります。「理」はその制御を行うものです。「理」だけでは動けません。分の悪い賭けや状況の中でわずかな希望を信じて進もうとするのは「情」に他なりません。ただし自己を肥大化させた「情」とかダメね。それは「理」の出番が必要。要はバランスです。

 実は今回あまりプリキュアとして解釈してなかったりします。そういう解釈でならみちたろさんの感想(11月23日)が読みやすく説得力あるものなので参照されたし。
 じゃあ、何を見たのかと、何を持って「すげぇ」なのかというと、上トピックにあるようにコミュニケーションの方法が秀逸であり、この作品が他者とのコミュニケーションについて徹底して理想的な人間理解と信頼・友情を描いている点です。そしてそれを一般論ではなく、なぎさとほのかにしか適用できない形(ラクロスでキャッチボール)にしているのが見事です(上と同じこと言っているなぁ)。人間理解や友情は当人同士の間でしか成り立ちえません。視聴者-なぎさ、視聴者-ほのか、という間には人間理解や友情はありません(感情移入ならある)。だから真に友情を描くのであれば、なぎさ-ほのかのみに適用できる形でのコミュニケーションがなければなりません。何故「のみに適用」なのかというと、なぎさ-志穂となぎさ-ほのかは関係も共有する思い出も経験も全く異なるからです。なぎさと志穂にとってはキャッチボールはラクロスの練習という意味がすでに成り立っています。
 言い換えればこういう特化された演出、関係描写は分かりにくく意味も曖昧になってしまう可能性があるのですが、そこに込められている意図、思想、配慮はフォーマット(一般論)化された友情演出などとは比較にならないほどの面白さと感動を得られます。結構今回地味だったという話を聞くのですが、個人的には大盛り上がりでした。特になぎさがどう伝えたら?と言葉にすることに悩む→スティック2本持ってきたシーンでの驚きと喜びは筆舌に尽くしがたい。なぎさとほのかのために作られた物語だからこそ面白いのです。(ひかりメインの回はひかりのために作られていればOK)


 先ほどの「エゴ」「我儘」の話を持ってくると、今回なぎさが思っていたことを(野暮だと分かりつつも)箇条書きで表すと「ほのかには行って欲しくない、私はほのかを必要としている。でも、大丈夫、私とほのかは離れていても友情や絆は変わらない。そう信じているから。ほのかの気持ちも分かっている。行きたくないって分かっている。でも、大丈夫、ほのかも私を信じて。私達は大丈夫。だから、ほのかはほのかの思ったとおりに考えて、決めて欲しい」とかそんな感じかなと。うーん私日本語が不自由だなぁ。部活の時にその結論部分だけ言ってしまい、ほのかは悩んでしまうのですがキャッチボールにてその意図が理解されます。
 人の想いは分かりません。物理的に不可能だから。テレパシーも使えません。では、どうすればいいのか、それは信じようとすること、相手を理解しようとすること、同時に相手にもそう思われたいと思うことだと思う。自分にエゴがあるように、相手にもエゴがあります。そのエゴを信じることです。相手の領域(判断、条件、行動)、自分には踏み込めない領域を認め、信じることが信頼というのだと思います。自分は自分、他人は他人だと今一度再認識する必要があります。
 過度に自分を押し付けても、過度に相手に依存しても信頼は成り立ちません。なぎさは自分のほのかに対する気持ちを出しながらも、ほのかの自主性を重んじました。ほのかの領域はほのかに任せたのです。ほのかが何と言うかはほのかにしか分かりません。なぎさはほのかを信じているから、ほのかを一人の人間として認めているから、ほのかの道を支持する決断をしています。これはとても大人的で理性的な接し方です。
 ほのかについて言えば、19話で悟ったように大丈夫とか言いながらめっちゃ今回躊躇っているのが可愛いのですが、それもまた感情故の悩みだと思います。理性であれば割り切ることも、納得することもできるかもしれません。でも、それでは感情が置いてきぼりになってしまいます。今回ほのかがモヤモヤしているのは感情を制御できていないからです。なぎさの助力によりほのかは自分の持っている感情を(外見上は出すことなく)なぎさにパスし、自らの内で肯定しました。感情はお荷物でも不要なものでもありません。自分そのものといっていいものです。それを受け入れたほのかは大きく人間として成長しています。というか、ほのかの場合は感情を受け入れると成長するタイプですね(この辺はdokoikoさんのチャートが面白いと思います)。キリヤとか科学部(MH17話)とか。「理」と「情」はふたつあって人となります。あー、だからなぎさとほのかはそれぞれ「情」と「理」に別れていたりするのかな。お互いに無いものに惹かれ、補い合いながら成長していきますね。「情」と「理」を同等のものとして扱い、統合させながら成長させていく描写も素晴らしいと思います。



 そんなところで、今回の話は終わり(より意味が分からなくなっているような気もしないでもない)。


○3年目について
 巷では主役交代説までありますが、結論言うと主人公変わっても変わんなくても良いです。どっちでもOK。ってのが私のスタンス。
 別になぎさとほのかを軽く扱うわけではなく、つか、このふたりが居たからこそこの作品はこういう作品になったと思いますが、なんというか、この作品に込められている思想、意志が大好きなんです。子ども達が成長し、大人が静かにそれを見守る世界。暖かく、時には大声で理想を叫ぶ情熱。そういうのが好きなのですよ。人を理解し、信じ、希望を持って歩んでいく物語。その思想が大好き。そういうのを見ると感動するし、生きる力と意志を湧かせてくれる。3年目の予想とかは無いですが願望としてはなぎさとほのかが代わることよりもこの思想が変わることの方が嫌です。まあ、そうなった時はなぎさもほのかも(中身が)変わってしまうでしょう。
 私がプリキュアをプリキュアだと思っているのはそういうことなんだろうな、と思います。実際、響鬼は路線変更して登場人物は代わりませんが、作品の雰囲気が変わってしまってヘコみましたから。
 プリキュアがずっとこのままプリキュアたる思想を持って続くのであればそれは間違いなくプリキュアだと思います。
[ 2013年05月21日 20:50 ] カテゴリ:MaxHeart | TB(0) | CM(-)
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